博多へ
博多へ
朝早く、鈴と薫は堀に掛かった橋の袂まで弁千代を見送った。
「ベンさん、気をつけてね」
「首尾よく目的を果たせたならすぐに戻ります」
「薫、トトに手を振って」
薫の手を取って鈴が振って見せた。
鈴と薫に手を振って弁千代は博多へ向けて出立した。
ただ、目付きの鋭い商人風の男が、足早に鈴の横を通り過ぎたのを意識することはなかった。
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弁千代は大川、神崎を経て山越えで福岡藩領に入る道を取った。十五里半、急げば二日で城下に着く。
『今日は千石山辺りで野宿だな』
弁千代は神崎で身拵えを整え、山道に足を踏み入れた。
暫く行くと、後ろから旅人が歩いて来るのが見えた。かなり距離を取ってはいるが、付かず離れず弁千代に着いて来る。
『尾行がついたか・・・』
弁千代が足を止めると、旅人も足を止める。引き返して追っても逃げられれば追いつける距離ではない、顔もまだはっきりとは見えない。
『仕方がない、このまま行こう。追手も気付かれている事は分かっているようだ、無闇に襲っては来るまい』
そう思い定めて、弁千代は道を急いだ。
予想通り千石山付近で陽が落ちた。提灯を灯せば良い標的になる。仕方なく植林された杉の林に分け入って太い木の影に腰を下ろす。
『今夜は寝ずの番だな・・・』
弁千代は、振分荷物から雨合羽を取り出して纏い、刀を抱いて杉の木に背を持たせかけた。
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「誰だ!」
もう子の刻(午前〇時)は過ぎている。弁千代は人の気配に目を開き誰何した。
「旦那・・・中武弁千代様でございますね?」
「そう言うお主はどこの誰だ?」
そっと首を振って声の主を探す。
「あっしを探しても無駄でござんす、あなた様に斬られるほど近くにはおりませんので」
「忍びか?」
「まぁ、そう言う事にしておきましょう」
「私に何用だ?」
「一つご忠告して差し上げようと思いまして」
「忠告?」
「立花壱岐様の為のお役目なら、およしになった方が身の為でござんすよ」
「ほう、それは聞き捨てならぬな。何故だ」
「相手が悪うござんす、下手に手を出せばきっと後悔する事になる」
「脅しか?」
「そう取っていただいても良ぉござんすよ」
「脅されて引いては武士の面目に拘る」
「では、諦めてはくださらぬと?」
「くどいな」
「やはり、そう仰ると思っておりやした。では、ご忠告させていただきやしたぜ、せいぜいお気をつけなさいまし」
ふっと人の気配が消えた。
「恐ろしい奴・・・」
弁千代は大木に頭を着けて目を瞑った。




