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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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三十六計



三十六計



壱岐は、漠然とした不安を感じていた。藩主立花鑑寛が将軍継嗣問題に積極的に関与し過ぎていたからである。

ところがある日、鑑寛が憮然としてお城から下がって来た。

「やめだやめだ。壱岐、儂はもう将軍継嗣問題から手を引くぞ!」

「如何なされましたか?」

「今日、お城で慶永公から、『外様が将軍継嗣問題に口出しすべきではない』と言われた!」

「それはどういうことで御座いましょう?」

「外様に建儲に関わる資格は無い、ということであろう!」

壱岐は内心喜んだ。

「それは、慶永公のご配慮かも知れませぬ」

「なんじゃと?」

「幕閣と攘夷派の水戸との間の雲行きが、なにやら怪しゅう御座います」

「だからどうだ、というのじゃ?」

「慶喜公は水戸の御老公の実子であらせられます。日米通商条約の調印を控えた幕閣が黙って見過ごす筈は御座いません」

「ふむ」

「そうなれば、如何に親藩と雖も我が身を守るのが精一杯、とても外様までは守ってやれぬと思われたのではありませぬか?」

「なんと、儂の身を慮っての事と申すか?」

「御意」

「ならば、何とする?」

「三十六計を決め込みまする」

「なに?」

「逃げるので御座います」

鑑寛は一瞬怪訝な顔をしたが、次の瞬間突然笑い出した。

「ワハハハハハハ!儂は今まで一度も逃げ出した事はなかった。然し一度逃げてみるのも面白いかも知れぬ。壱岐早速手配を致せ!」

「御意!」



「弁千代、御苦労であった」壱岐は自室に弁千代を招き、京都での労を犒った。

「ははっ!」

「如何であった?」

「橋本殿の胆力、まことに驚嘆すべきものがあります」

「結果は思わしくなかったようじゃが?」

「橋本殿でなければ、とてもあそこまで善戦する事は出来なかったと存じます」

「あの天才の頭脳をもってしても宮廷の牙城を崩せぬとはな」

「宮廷の頑迷此処に極まれりで御座います」

「公卿と云ったところで広く世人と交際できる訳ではなかろう。家来たちの世間話を聞いて世の有り様を想像するのが関の山、堂上に英傑の出る訳がない」

「まことにもってその通りかと存じます・・・ただ」

「ただ?なんだ、申してみよ」

「はい、橋本殿はこう申しておりました。『夷狄を排除しようという輩がいる。その混乱に乗じて政権を倒そうとする輩がいる。それなのに、幕府も朝廷も内部抗争ばかりを繰り返してなんの策もない。この国に未来はあるのか・・・』と」

壱岐は暫し黙考してから言った。

「弁千代、柳河藩は手を引く」

「はっ?」

「我々のできる事は此処までだ」

「はい」

壱岐は口調を改めた。

「中武弁千代、藩籍を復する。殿をお守りして下向せよ!」

「御意!」







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