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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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「お主何人斬った?」剣を青眼に構え直しながら進が訊いた。ほんの少しだが、息が上がり始めている。

「僅かに四人のみ」任蔵の生真面目な答えが返って来た。

桜任蔵は水戸藩の外交嘱託というような立場で各藩の攘夷家たちと交わっている。

奇行の多い人物で、義によって真剣で勝負すること三度、身投げ女を救って養女にしたこと二度という。

吉田松陰の評は、『任蔵は義士なり』である。


藤森弘庵は壱岐を丁重に遇した。羽倉簡堂から噂を聞いていたのだろう。

過激な攘夷論者の任蔵は、弘庵の壱岐への歓待ぶりに業を煮やし、帰りの駕籠を狙ってつけて来たのである。それに気付いた進が、駕籠を先に行かせこの仕儀となった。


「何故このような真似をする?」

「我が国を、土足で踏み躙られるような真似を許せるはずが無い、開国すれば必ずそうなる」

「剣術には『後の先』というものがあろう、仕掛けて来た相手の技を利用して勝つのが日本人のやり方ではないのか」

「詭弁だ、聞く耳は無い」

「ならば、仕方がない」進の構えが大石神影流独特の『附け』に変わった。

任蔵は最初から青眼のままである。

チェーィ!!任蔵の気が膨らみ真正面から斬り込んで来た。

進の長刀が槍のように任蔵に迫る。

ギン!任蔵の剣が進の剣の棟を叩いた。

その瞬間、進は左に転移し刀を返し任蔵の首を落しに行った。白刃が任蔵の首筋に細い血の線を残した。

「何故斬らぬ」

「今、水戸藩と事を構えたくはない」

「これは俺とお前の勝負だ」

「そうは行かんだろう」


「任蔵、刀を引け」背後から声がした。

「弘庵先生・・・」

「お主の姿が見えぬので、もしやと思って来て見たが・・・」

「・・・」

「お主にはまだ大事な仕事がある、ここで徒らに命を落としてはならぬ」

「・・・」

「大石殿とか申したな、ここは私に免じて不問に付してはくれまいか?」弘庵が頭を下げた。

「承知致しました」進は任蔵が動かぬのを確認してから、身を引いて刀を鞘に納めた。

「それにしても、見事な後の先の技で御座った。政治もあのように出来たらのぅ」

「勿体無いお言葉、痛み入る・・・では、これにて失礼致す」進は壱岐の駕籠の後を追った。

「任蔵、此処は辛抱致せ」

「いずれ必ず・・・」

任蔵は進の後ろ姿を目に焼き付けていた。







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