鳥籠
鳥籠
弁千代は、そろそろ仕事を探さねばならぬ、と考えていた。
日野の佐藤彦五郎から剣術教授料という名目で一両貰っていたから、まだ暮らしに余裕はあるが何れそれも底をつく。
そうなる前に職を探そう、と思ったのだ。
弁千代は、長屋の路地の中央を走るドブの木蓋を避け、木戸のすぐそばに住まいする口入屋の佐平を尋ねた。入り口の障子に『口入、佐平』と大書してある。
「ごめん、佐平殿はご在宅か?」弁千代が声をかけると中から返事があった。
「遠慮はいらない、入りなさい」
「では、失礼致す」戸を開けると、長火鉢の前に五十絡みの痩せた男が煙管で煙草を吸っているのが見えた。周りには綴じた帳面が整然と並んでいる。
「こちらで職を紹介して頂けると伺ったのですが?」
「おや、貴方は最近この長屋に引っ越してきた浪人さんじゃないですか、仕事をお探しかえ?」人の良さそうな笑顔を向けて佐平が言った。
「はい、何せ江戸は初めてなものですから自分で探すこともままならず」
「そうでしょうな、仕事は信用が第一だ、良い身元の保証人がいなけりゃそうやすやすとは雇っちゃくれません」
「そこで一つ職を斡旋していただきたいのですが?」
「あなたは運が良い、今江戸で口入れ屋と言やぁ裏稼業ですよ。女衒や人買いまで口入れ屋の仕事だと思われていますからねぇ。私んとこはそんな事はありません、真っ当な仕事をお探し致しますよ」
「それは忝ない、で、どのような仕事があるのでしょうか?」
「そうですねぇ、お侍の内職となると傘張りが定番でしょうが、今は青山の甲賀組が組織的にやっておられますからなかなか仕事が流れてまいりません。あそこの傘は評判が良くてねぇ、傘問屋なども青山に集まっておりますよ」
「他には?」
「万年青や朝顔など植物の栽培、あ、そうそう伊賀組のツツジは有名で『江戸名所図会』にも載っているくらいです、鈴虫や金魚の飼育というのも変り種ですな」
「長屋では無理ですね」
「やはり居職がご希望で?」
「はい、なるべく家に居て自由が利くようにしたいのです」
「そうですなぁ、お見かけしたところそれほどお困りの様子も無い、多少の身入りがあれば良いということですかな?」
「はい、国元からの仕送りが僅かながらあるものですから」
佐平はちょっと考える風をした。
「では、ひょっとして敵討ちか何かで・・・身を市井に埋没し憎き仇をお探しとか・・・」
「い、いえ違います・・・」
「お隠し為さるな、そういうことならこの佐平、及ばずながら尽力させて頂きます。なぁに口は固うございます、ご心配には及びません!」急に佐平が張り切り出した。忠臣蔵の杉野某と弁千代を重ね合わせているのかもしれない。杉野は二八蕎麦屋に身を窶し、市中に潜伏して見事に仇討ち本懐を成し遂げた赤穂浪士である。
「は・・あ」
江戸の人間は早とちりで気が短いと云う、誤解を解こうとしても無駄なのだそうだ。弁千代は黙っている事にした、その方が何かと都合も良い。
「お侍さんは、何か作れる物はあるかね?」
「作れる物とは?」
「生活に必要なものですよ、嗜好品でも構いませんが」
弁千代は腕を組んで考えていたが「役にたつかどうかは分かりませんが、私の作れる物といえば一つだけ思い浮かぶものがあります」と言った。
「何でしょう?」
「鳥籠です」
「鳥籠?」
「はい、子供の頃、邸の近くにメジロを良い声で鳴かせるのが上手な老人がいたのです。剣術の稽古の帰りによく遊びに行ったものです」
「ほう、それで?」
「私もメジロが欲しくなってどうやったら手に入るか訊いたのですよ」
「ふむふむ」
「そしたら、籠の作り方を教えてくれたのです」
「籠の?メジロの捕り方ではなく?」
「メジロを捕るには先ず囮のメジロを籠に入れて木に吊るして置かなければなりません。そこに寄って来たメジロが止まりそうな枝にとりもちを仕掛けて捕まえるのです」
「囮のメジロは?」
「お爺さんが貸してくれました。最初にメジロを捕まえる罠は仕掛籠と言ってとても子供には作れるものではありませんでしたから」
「そうですか、どうも本当のようですな。ならば、一つ見本を作って来てもらえませんか、商品になりそうなら私がまとめて問屋へ持って行き銭に変えて来てあげましょう。なぁに手間賃なんぞはいりゃしません、同じ長屋の住人は家族も同じで御座いますからねぇ」
「有難うございます、手間賃のことは別としてそれでは早速一つ作って参りましょう。子供の頃のこととてうまく作れるかどうか分かりませんが」
「私は大概ここにおりますが、もしいなければ出来上がった籠をそこの畳の上にでも置いておいてください、あとで結果をお知らせに参ります」
「忝ない、どうかよろしくお願い致します」
弁千代は佐平に礼を言って表に出た。
「さて、適当な竹を探して来ねば」
木戸を出た弁千代は浅草田圃の方角に向かって歩き出した。
弁千代は、吉村に断って下屋敷裏の竹林に入った。刀の鯉口を切り一瞬のうちに真竹を数本斬り倒した。鳥籠を作るのに百本前後の竹ひごが必要なのだ。
必要な材料を斬り終えると、下屋敷にある道具箱から、鋸と三又錐、竹割鉈と切り出し小刀を借りた。
吉村が、何に使うのですか?と訊いたから、内職ですと答えておいた。上手く行けば古道具屋で揃えるつもりでいる。
竹を抱えて長屋に戻ると、早速作業を開始した。
まず、節を避けて竹を一寸の長さに切り揃え、それを竹割鉈で丁寧に割いて、一本一本膝の上で削る。
袴に小刀を押し付け竹の方を動かすと、まっすぐな竹ひごが出来るのだ。
子供の頃、一日中これをやるので袴に穴が開き母親に叱られた記憶がある。
今度は穴を開けないように手拭いを敷いた。
鳥籠の形を作る竹の枠に、五分の間隔で三又錐を使って竹ひごを通す穴を開ける。
たったこれだけの行程だが、子供の頃は一つの鳥籠を作るのに十日は掛かった。今なら半分位で出来るだろう。
見本を作るのに六日掛かった、まだ勘が戻らない。慣れればもう少し早くなるだろうが。
弁千代は、取り敢えずできた鳥籠を持って佐平の所へ向かった。
「ごめん」戸口で訪うと中から返事があった、佐平は在宅のようだ。
戸障子を開けると佐平がこの前と同じ格好で座っている。
「出来ましたか?」
「はい、このようなものですが」おずおずと鳥籠を佐平に差し出した。
佐平は暫くの間それを矯めつ眇めつ眺めていたが、弁千代に向き直って言った。
「良いでしょう、なかなかの出来です。早速明日にでも問屋へ行って掛け合って参りましょう」
「よろしくお願い致します」
「これならきっと良い値で売れますよ、しかしお侍さん器用ですな」佐平が感心している。
「あ、弁千代とお呼び下さい。子供の頃の遊びが役に立ちました」
「ならば弁千代殿、明日結果を持って伺いますので待っていて下さい」
「はい、ご面倒をお掛けしますが、何分にも良しなに」弁千代は頭を下げて表に出た。
「さて、そばでも食いに行くとするか・・・」




