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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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近藤勇


近藤勇


素直な剣だった。

馬鹿正直に剣を振るって来たのだろう。

宮川勝太は一心不乱に弁千代を攻め立てた。

素直すぎる、太刀筋が読みやすい。弁千代は紙一重で勝太の攻撃を躱して行く。

しかし勝太は疲れない、もうどれくらい剣を振るい続けているだろう。

弁千代の背が壁に当たった次の瞬間、ゴォッ!という太刀風と共に頭上に木剣が落ちて来た。

カーン!と甲高い音がして勝太の剣が飛んだ。木剣は薄い天井板を突き破り鍔の位置で止まったまま落ちて来なかった。

「参った!参りました!」

額の直前で止まった弁千代の剣を見ながら、勝太が言った。

弁千代は静かに剣を引いた。「ありがとうございました」


「茶番だ!」鋭い声が上がる。沖田だった。「貴方なら、勝太さんの剣に触れずに勝ちを得られた筈だ、何故わざと剣を飛ばした!」

「体捌きが間に合わなかった」弁千代が答えた。

「嘘だ!次は私が相手をする、刃引きならそんな余裕は無い筈だ!」

「待て沖田、お前の出る幕ではない!」周助が諌める。

「これは先生のお言葉とも思えません、このままでは試衛館の名が廃る!」

「名などどうでも良いのじゃ!」

「私は承服できない!」

「総司、お前は俺に恥をかかせるつもりか?」勝太が静かに言った。「次にお前が勝ったところで、俺がお前より弱いという証明になるだけじゃ無いか」

「そ、それは・・・」

「その通りだよ総司」

「歳さん・・・」

「無門・・・さんかえ?あんたぁ強ぇよ。だが、あんたもただの人殺しにゃなれねぇな。そんなこっちゃいつか命を落とすぜ」

「そうかも知れません」

「素直だな、俺ぁ百姓だから武士の作法は知らねぇよ。だがな、綺麗事じゃ喧嘩は勝てねぇ、これからの世の中ぁ喧嘩の強ぇ方が生き残るんだ」

「私も死にたくはありません、ただ人は必ず死ぬ」

「ふん、知った事か、俺ぁ死ぬまで喧嘩するぜ」

「ご自由に・・・では私はこれにて」


弁千代が出て行くと、いきなり沖田が駆け出した。腰に真剣をぶち込んでいる。

「待て総司!」勝太が叫んだが後の祭りだった。


足音が追ってくる、沖田だろう。

間合は二間、あと少し・・・鯉口を切る。

地を蹴る音と同時に、振り向きざま刀を返して下から掬い上げた。

うっ!沖田が刀を振り上げたまま固まった。

弁千代の刀の切っ先が、ピタリと沖田の顎の下で止まっている。


「何故斬らねぇ!」いつの間にか追いついた土方が言った。「やっぱりおめぇは死ぬよ」

「その時はその時です」弁千代は刀を納めて背を向けた。

「今なら斬れますよ、沖田さん」

沖田は金縛りにあったみたいに動けなかった。

「貴方も、ただの人殺しにはなれぬようですね・・・」


弁千代は何事も無かったように歩き出した。



三日後、蛇骨長屋に勝太から手紙が届いた。


『私儀、この度近藤周助の跡を継ぎ天然理心流四代目を襲名致しました。これを機に名を近藤勇と改めますます精進努力に相勤めます、これも偏に貴方様のお陰と感謝致しております。つきましては細やかでは御座いますが襲名の宴を催したく、今月晦日、万障繰り合わせの上試衛館までご足労いただきたく伏してお願い申し上げます。

右早々一筆御意を得たいと存じます。

某月二十五日

                               宮川勝太改近藤勇昌宜       

無門弁千代殿


追伸、沖田の稽古が微妙に変わって来ております。吉と出るか凶と出るか今後の動向を見定めたいと思います。以上』


弁千代は、所在無げに框に腰掛けている酒屋の小僧を見た。

「ご苦労だったね、委細承知と伝えて下さい」そう言いながら鐚銭を小僧に渡した。

小僧は黙って首肯くと、矢のように駆け出して行った。

後には貧乏徳利が残されていた。


「行かずばなるまいな・・・」






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