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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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江戸へ



江戸へ


大阪に五日滞在し、六日目に蔵屋敷を出た。河合辰之進が守口宿まで送ってくれた。

守口宿は東海道を五十七次とした場合の最後の宿場である。

「江戸は生き馬の目ぇ抜く処やさかい、気ぃつけて行きなはれ」

「はい、誠にお世話に・・・」

「固い固い」辰之助が顔の前で手を振った。「そんな事では疲れてしまいまっせ。ひと月ほど前に来た吉村っちゅう若い藩士にも言うたんやが・・・」

「吉村さんに?」

「知り合いでっか?」

「はい、一度飲んだだけですが」

「そんなら言うといてや、深刻になっても事は進まへん・・・て」

「はい・・・」弁千代がニッと笑った。「お世話になりましてん、帰りにまた寄せてもらいますぅ」

「その調子や・・気張りぃや」

弁千代は辰之進と別れ、陸路江戸を目指して歩き出した。



十日の後、弁千代は江戸に到着し柳河藩下屋敷に吉村を訪ねた。下谷徒町の上屋敷は先年の大地震で消失してしまったからである。

「来年の参勤までに普請を終わらせなくてはなりません」久し振りの再会を喜び合ったのも束の間、吉村が忙しなく言った。「かなり藩の財政を圧迫していますよ」

「それはお國でも頭を痛めていました」

「だが、藩もさる事ながら日本としては藤田東湖が圧死した事の方が大きい」

「藤田東湖?」

「水戸の御老公(斉昭)を陰で支えていた側用人、言わば水戸の頭脳です。藤田が死んで御老公の影が霞んだ」

「御老公といえば攘夷派の急先鋒・・・我が藩も攘夷派が優勢だったのではありませんか?」

「ところが、肥後の横井小楠が開国論を唱え始めたのです。新しく家老になられた立花壱岐殿は攘夷論者だったのですが、今は横井と足並みを揃え、強力に藩政改革を推し進めようとしておられる」

確か、大石進もそのようなことを言っていた。「しかし、状況によって戦略を変えるのは当然の事だと思うのですが?」

「そうなのですが、異国を禽獣のように嫌う攘夷論者にとって開国は裏切り以外の何物でもありませんよ、壱岐殿の身辺には不穏な空気が流れているし肥後も横井を警戒している」

「幕府は開国論が優勢だとか・・・実際に外国と交渉しているのは幕府です。外国の圧倒的な力の前に、今は富国強兵を優先すべしという論は最もだと思うのですが」

「私には関ヶ原の戦い以降の憤懣が、黒船来航を機に再燃しているようにしか見えません。弱腰の幕府に攘夷を盾にして噛み付き、朽ちた大樹を無理矢理引き倒そうとしているのです」

「吉右衛門様は、幕府を倒せば全てが変わると思うのは幻想だと言っておられた」

「その通りです!」

「それと同じくらい、幕府を守るのが大義だと思っているのなら大莫迦者だ、とも・・・」

「・・・」

「幕府は倒れるものなら放っておいても倒れる、いまは外国とどう向き合って行くべきかを考える時ではないのか、そう言っておられました」

吉村は複雑な顔をした。吉村にとって幕府は義を尽くす対象なのであろう。

「私は、庶民の目で今の日本の現状を見てこいと言われました。政治向きの事は吉村さんにお任せします」

「ならば、この下屋敷を拠点にすれば良いでしょう」

「いや、私は今浪人なのです、出来れば下町に住んでそこから世間を見て見たい」

「分かりました。では、当藩御用達の呉服屋、伊勢屋半兵衛の持つ長屋を周旋致しましょう」

「かたじけない、恩に着ます」弁千代は吉村に頭を下げた。


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