表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
6/277





弁千代は石段を降り、宿の老婆の教えてくれた道を次の宿場に向け登って行った。

道はやがて下りになり、平坦になった。

「腹が減ったな・・・」寺を出たのは、もうだいぶ陽が西に傾いた頃だった。

考えてみれば、昨日の昼過ぎに握り飯を食って以来、何も腹に入れていない。

次男坊とはいえ、貧しい家柄ではなかった弁千代は、ひもじい思いなどした事は無い。初めての飢餓感に戸惑った。

途中の沢で、水を飲み空腹を誤魔化した。

「次の宿場に着いたらまず飯を食おう」弁千代は空きっ腹を抱えて先を急いだ。

次の宿場に着いたのは、陽もとっぷり暮れた黄昏時だった。

前の宿場より大きく賑やかだった。飯の食えるような店を探した。

馬喰の屯する厩の先に、”めし”と書かれた提灯の下がる店を見つけた。

迷わずに飛び込む。「ごめん、飯を食わせてください!」

いきなり言ったので、襷をかけた店の娘が目を丸くして驚いていた。

「い、いや失礼した。何か食べる物はありますか?」弁千代は言い直した。

「はい、うちは飯屋ですから・・・ですがお侍さんのお口に合うものがあるかどうか・・・」

「何でも良いのです、腹が満たせれば」

「簡単な山菜の煮物と、焼き魚ならありますが・・・あと、うどんも出来ます」

「全部ください!」

「はい、承知致しました」娘は笑いを噛み殺しながら、奥に注文を伝えに行った。


「お侍さん、よほどお腹が空いていなさるんですねぇ」奥の席に座って一人で酒を呑んでいた女が声をかけてきた。三味線が壁に立てかけてあった。

「はあ、昨日の昼から何も食べていません・・・」

「まあ、どうしてでござんす?」

「それが・・・まあ、いろいろありまして・・・」

「いいんですよぉ、そんなに困らなくても。ご飯が来るまで一杯いかがです?」

女は、銚子と猪口を持って弁千代の席にきた。

「いえ、私は酒は飲みませんから」

「あら、お堅い事。いいじゃありませんか、お近づきの印ですよ」

女は弁千代よりいくらか年上に見える、しかし、白粉の白さと紅の赤さで本当のところは分からない。

「女に恥をかかせるなんて、男のする事じゃありませんよ」

そう言われて、弁千代はムッとした。

「では、一杯だけ頂きます」

「そう来なくっちゃ!」女は懐紙で猪口を拭い、両手で銚子を差し出した。

弁千代は猪口を受け取り、女の酌を受けた。酒を一気に飲み干す。

美味くは無い、空きっ腹に酒が沁みた、躰が不思議なくらい熱くなる。

「まあ、いい呑みっぷり、もう一杯いかがです?」

「いえ、もうほんとに・・・結構です」初めての酒であった。

そこに、注文していた料理が届く。弁千代は救われた気がした。

「では、私は飯を食いますので」そう言って弁千代はうどんに箸をつけた。

温かい汁が喉を伝って胃の腑に落ちていく。さっきの酒を洗い流してくれた。

「美味い!」

「よっぽどお腹が空いていらしたんですね」女が呆れた顔で弁千代を見詰めている。

その時、店の縄のれんを潜って男が現れた。男は女を見つけて近づいて来る。

「お鈴さん、お座敷にお呼びがかかったよ。急いで来ておくれ」

「あら、番頭さん案外早かったのね」

「大店の旦那衆の集まりだ、粗相のないように頼むよ」

そう言って男はそそくさと店を出て言った。

「お侍さん、聞いての通りです。あたしゃ行きますけれど・・・今夜はどこの宿にお泊まりです?」

弁千代は飯を頬張りながら女を見た。「まだ決めていません」

「そうですか・・・私は鈴、覚えておいてくださいよ」


女は勘定を払い、三味線を抱え出て行った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ