武道吟味
武道吟味
試験(これは殆ど他流試合と言って良いのだが)第一日目は明け六つから始まって暮れ六つで終わった。
弁千代は一日の間に十人の受験者と太刀合い、全て一撃で粉砕した。
竹刀と比べて柄の短い木剣は、小手先の操作が難しい。
一方弁千代は、刀での戦いに慣れている為、木剣を全身で操る事が出来た。
竹刀を使い慣れている昨今の武士では、弁千代に抗することは出来なかったのだ。
二日目は、前日勝ち残りの十名を五名ずつに分け、総当たりで二名の勝ち残りを決めた。
弁千代の剣は冴え渡り、相手の剣を自分の体に触れさせることは無かった。
三日目、午の刻。弁千代が柳河城二の丸に作られた試験場で待っていると、異様に長い木剣を携えた剣士がやって来た。
驚いた事に、床几に腰掛けた五人の試験官は何も言わない。
「大石神影流、樋口陣内!」と、その男は名乗った。
大石神影流は柳河藩の剣客、大石進によって創始された剣術で、北辰一刀流の千葉周作のいる江戸で大旋風を巻き起こした流派である。
五尺三寸という長竹刀で江戸の名だたる道場を総なめにし、千葉周作が樽の蓋を鍔代わりに用いてやっと引き分けたという逸話がある。
『そうか、それなら試験官が何も言わないのも頷ける』弁千代は納得した。
その長さの真剣を操るには、余程の膂力か卓越した身体操作の術を身につけておかなければならない。そもそも腰に差して歩くには無理がある。
『竹刀剣術ならではの流派』世間ではそう噂されている。
「始め!」行司役の役人が扇子を振った。
陣内の構えは異様だった、剣尖を弁千代の喉に向け、左肘を曲げて木剣を水平に構えている。
木剣の長さに合わせて柄も長い、まるで槍術のような構えだ。
弁千代は切っ先を立てた正眼に構えて、突きを警戒した。
「しぇっ!」弁千代の読み通り、突きが来た。立てた切っ先の右側からだ。
弁千代は剣で突きを払う事無く、剣の左に身を移す事で一撃目を躱した。
「ちっ!」
二撃目は左からきた、右に転移して躱す。
三撃目は見せ技だった。右から突くと見せかけて瞬時に左を突いてくる。
「今だっ!」
弁千代は立てた切っ先を沈めながら陣内の剣に覆い被さるように浮身を掛け、剣が陣内の木剣の峰に乗ると、躰ごと前に出た。
「グエッ!」
弁千代の木剣の切っ先が、陣内の喉を貫いた。
「それまでっ!」行司役の役人が二人の間に割って入った。
陣内が地面に倒れて、喉を抑えて咽せている。
「勝者、中武弁千代殿!」
行司の声が、弁千代の勝ちを宣した。
「お前が中武弁千代か?」
城を下がって半ば宿舎化している伊織の屋敷に行く途中、後ろから声を掛けられた。
人通りの少ない武家屋敷の通りだった。
弁千代が振り向くと、陸灯台の陰からのっそりと背の高い壮年の男が出て来た。
優に六尺(180センチ)は超えている。
身なりは綺麗だが顔は鬼瓦のように厳つく、声は割れ鐘のように耳障りだ。
「あなたは?」
「大石進」
「あなたが・・・」
「お前の技が見たい」
「何故?」
「樋口陣内は我が弟子だ」
「弟子の敵討ちをしようと・・・」
「ふん、そんな酔狂な真似誰がするか。ただ、陣内を破ったお前の技が見たいまでよ」
「嫌だ・・・と言ったら」
「この刀にかけても」そう言って進は刀の柄を叩いた。
異様に長い朱鞘の刀だった。背が高いので違和感は無かったが、弁千代が腰に差せば鐺が地に着いてしまうだろう。
「勝負は時の運、あの時はたまたま私に運があっただけだ」
「お為ごかしを言うな。俺の目は節穴では無いぞ」進が左手の親指を鍔に掛ける。
「無体な!」
「問答無用」
しかし、進は刀を抜かなかった。そのままの姿勢で少しだけ腰を落とす。
刀の長さが分からない、あの朱鞘のどの辺までが刀身なのか?
弁千代は鞘にかけた左手を水月の位置まで引き上げた。
途端に進が右足から踏み込んだ。左手が返って地の底から刀身が浮き上がって来る。
弟子の陣内とは明らかに違う動きだ。
弁千代は右に大きく転移しこれを躱す。同時に放った真っ向斬りはあと一歩届かなかった。
間髪を入れず進の二の太刀が弁千代を襲う、反転した刀身が松の葉のような軌跡を描き、鋭角に斬り落とされた。あの長刀をこれだけ自在に操れるのは、体捌きができている証拠だ、下がれば槍のような突きが正確に弁千代の喉を捉えるだろう。
弁千代は前に出て鍔元で進の剣を受け止めた。ガッ!と鈍い音がした。
進が強引に押し込んで来た、膂力では弁千代に勝ち目は無い。足絡みで弁千代を倒そうとする。
弁千代がフッと脱力すると、力を受け止める対象を失った進の躰は、大きく前に飛んで行った。
「柔か?」躰に似合わず俊敏な動きで立ち上がると進が呟いた。
間合いが切れ、二人は相正眼で向き合った。
「何をしておる!」大きな屋敷の門番が二人を誰何した。「ここを中老安藤玄蕃介様の屋敷前と知っての事か!」
「ちっ、邪魔が入った」進が舌打ちをした。「なんでも無い、俺は大石進だ。安藤殿によろしく伝えてくれ」
「はっ、これは大石様でありましたか・・・失礼を致しました」
「中武弁千代、また会おう」進は刀を納めて城に向かって歩き出した。




