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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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無門吉右衛門


無門吉右衛門


「おめえさん、強ぇんだってな?」開口一番、吉右衛門が言った。御家老様らしく無い伝法な口調である。柳河に着いた翌日、弁千代は伊織と一緒に城内にある家老の屋敷に赴いたのであった。

「見たかったなぁ、その伴天連との試合ぇをよ!」

吉右衛門は、スッと伸ばした背中を少し前に屈めて弁千代を見詰めた。

「済まねえな、俺ぁ生まれた時から江戸の柳河藩下屋敷で育った浅草者だからよぅ、こんな口しかきけねえんだ。尤も、よそ行きの言葉は使えるぜ、気に入らねえ奴にはそっちで喋る」

歳は死んだ父より少し上だろうか?びんの辺りに白いものが混じっている。

「家老と言っても組外だぁ、偉くもなんともねぇ。ただ、田舎もんの家老達よりゃ話はわかると思うけどな」

「御家老様、この中武弁千代殿は数々の真剣勝負を勝ち抜き、この加藤伊織との約束を違えず昨日この柳河に到着したので御座います」

「おっといけねぇ、そうだったな。伊織からお前さんの話を聞いたのが二年前ぇ。こうやって会えたのが、なんとも嬉しいじゃねぇか」

「中武弁千代に御座います、以後お見知り置きを」弁千代が改めて名を名乗った。

「無門吉右衛門だ。宜しくな」

姿勢を戻して笑顔を消してから吉右衛門が言った。「だが、来るのが少々遅かった。去年ならば、誰がなんと言おうと家臣にねじ込んでやれたのだが、今年はそうもいかねぇ。藩を挙げて文官武官の登用試験をやると決まったんだ。決まったことに横槍は入れられねぇ、否、入れちゃいけねぇんだよ」

「はい、沖端川の舟上で若い武士に聞きました」

「そうかい、なら、話が早ぇや。お前さん試験を受けてくれねぇか?」

「武道吟味の試験に御座いますか?」

「そうだ、そして自力で家臣になってくれろ。俺が推薦すりゃ試験だけは受けられるからな」

「承知致しました、必ずや御家老様のご期待に応えられるよう全力を尽くします」

「頼んだぞ。試験は三日間に渡って勝ち残りで行われる、得物は木剣だ防具は使わねぇ」

「木剣ですか?」

「これが曲者だな、形は刀に近いが竹刀のような使い方が出来る。当たりゃ痛ぇだろうが真剣の勝負にゃ程遠い。実戦に強ぇ奴が必ず勝つとは限らねぇ」

「御家老はよくご存知です」

「俺ぁ、江戸の山岡鉄太郎先生の道場でヤットウを仕込まれたのよ、その辺のこたぁよぉく分かってるよ。ただなぁ・・・」

「ただ?」

「お前さんには気の毒だが、もう、刀で斬り合う時代じゃねぇんだよ。浅草じゃ見世物小屋にびっくりするような居合の達人が出てやがる。そこに全てが現れているんじゃねぇのかい?」

「私もそう思います。剣術は生き残る為にいずれ変貌を遂げるでしょう、それはそれで良いのではありませんか?」

「本当にそう思うかい?これからはそんな柔軟な考ぇ方が必要なんだよ」

「私はある人に、それを教えられました」

「そうかい、その人を大切にしてやんな」吉右衛門は背筋を伸ばしてすっくと立ち上がった。「中武弁千代、これにて謁見を終わる、御苦労であった!」






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