山を降りる
山を降りる
翌日、役人が来て山賊の生き残りを連れて行った。雨は漸くあがっていた。
検死の終わった骸は、昨日弁千代の斃した二人の骸と一緒に寺の東側に埋葬し、胤舜が丁重に供養した。
いずれ山狩りが行われ、山賊は一掃されるに違いない。
寺が静かになってから、弁千代は胤舜に太刀合いを所望した。
昨夜、錫杖の音を聞きながら戦っていた時、敵わぬ!と思った、どうしても胤舜の技が見たい、それが叶うのなら命も惜しくないと思った。
胤舜は黙って錫杖を構えた。弁千代は真剣を正眼に構えたまま動けなくなった。
どれほどの時が経っただろうか?弁千代の額からは汗が滲み出していた。
錫杖が動いた、真っ直ぐ弁千代の胸に向かって伸びてくる。
同時に弁千代は、刀の棟を錫杖に沿わせるようにして前に出た。
錫杖は厚みがある為、同時に突いても敵の刀によって軌道が外にズレる。
一方、刀には反りがある為、切っ先は懐に入って行く。
正に弁千代の刀が胤舜の胸を刺し貫かんとした時、胤舜が消えた。
次の瞬間、弁千代の頸に重い衝撃があった。
目が醒めると、目の前に胤舜がいた。
弁千代はバッタのように跳ね起き、地面に額を押し付けた。「弟子にしてください!」
その願いは軽く一蹴された。
「儂はこれから、この寺の再興の為、勧進の旅に出る。再興がなった暁には本山から人を入れて管主に据える。それが済んだらまた、行雲流水の旅に戻る。とてもお主の相手をしている暇は無い」
「では、どうしても?」
「くどい!」
「しからば、最後に一つだけお教え下さい」
「なんだ?」
「私は人を殺めました。いえ、地獄に落ちることは吝かではありません。ただ、剣によって悟りは開けるものなのでしょうか?」
「儂に剣の事は分からん。だが釈尊の語ったとされる逸話の中に、九百九十九人を殺めた殺人鬼が阿羅漢に悟ったという話が出てくる」
「では、人を殺めても悟れるという事ですね?」
「そう短絡してはならん。そもそも、人を殺したから悟れず、殺さなかったから悟れるという次元の話では無い。仏教の中道というのはその全てを超越した道の事を云う。剣の悟りも同じことでは無いのか?」
「・・・」
「悟りは頭の中で起こるものでは無い、教外別伝・不立文字。精進なされよ・・・」
胤舜はそこでピタリと口を閉ざしてしまった。
弁千代が出て行く時、胤舜は山門まで見送ってくれた。
「西へ行くなら、いずれあの加藤何某の所を訪ねてみるが良い」
「はっ?」
「あの風貌は西国大名の家臣に違いない。あの侍はお主に吉兆を齎すであろうよ」
「それは・・・?」
「直観だよ、直接観察してそう思うた、儂は人相見もするのだ」
そう言って胤舜は笑った。
「ありがとうございます、いずれ折り有らば訪ねてみたいと思います」
「では、さらばだ」
「おさらばでござる・・・」




