暇乞い
暇乞い
「弥平殿、そろそろお暇したく存じます」
母屋の弥平の部屋で、弁千代は居ずまいを正しそう切り出した。
「おや、もうそんな季節ですかな?」
「そろそろ、尋ね人も戻っておいでになる頃でありますれば」
「どなたをお尋ねなさるおつもりか?」
「大組組外筆頭家老、無門吉右衛門様御家来、加藤伊織様をお尋ねするつもりです」
「なんと!加藤様ならば、浦五島町の柳河藩蔵屋敷で何度もお目にかかった事が御座います」
「本当でございますか!」
「私は町年寄として、”御館入り”を仰せつかっておりまして、加藤様は聞き役として蔵屋敷に詰めておられたのです」
「それは奇遇な」
「加藤様は、貿易品の調達や、他藩との情報交換、長崎奉行からの連絡の取次などを取り仕切っておられました」
「そうだったのですか」
「あの頃は楽しかった。いや、加藤様のご苦労は大変なものであったのですがなぁ」
「それはどのような?」
「長崎は、異国の様々な情報が入って来る所です。各藩は挙って蔵屋敷を建て情報収集をしておりました」
「唯一日本に開いた窓口ですから」
「蔵屋敷の聞き役は、互いに組合を作っておりましてな、それはもう頻繁に遊所に行くのです。それも付き合いが悪いと離席、つまり除籍されるのですからたまったものでは有りません。交際費は嵩む一方ですが藩からは経費節減を言い渡されておりまして、聞き役の方々は自腹を切って遊所に赴いていたのです」
「それは酷い!」
「私も何度か加藤様の遊興費をお立て替えいたしました。いえ、加藤様の名誉の為に言うのですが、お建て替え分は、後できっちりご家老様が色を付けてご返却くださいました。他の藩ではとてもそうはいかないのですが・・・」
「情報収集の為の遊びだと・・・」
「中には遊びだけが目的の聞き役もおられましたが、加藤様は随分と危険な目にも会われたようです」
「宮仕えも大変なのですね」
「いかさま・・・」弥平はふと思いついたように、「おお、そうだ、ついでと言っては何なのですが、私の手紙を加藤様に届けていただく訳には参りませんでしょうか?」と言った。
「お安い御用です」
「良かった、して、いつ頃の出立を予定されておいでですか?」
「来月の初めには」
「分かりました、良い船便を探してご用意しておきます」
「どうぞよろしくお願い致します」弁千代は畳に手をついて、頭を下げた。




