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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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夏の終わり



夏の終わり


「中武殿、否、中武弁千代様。この度は大変にご無理なお願いを致しました」弥平は畳に手をついて深々と頭を垂れた。

「やはりそうでしたか。突然訪れた我々を、あのようにすんなりと受け入れて下さいましたのも、今度の事があったからですね」

「面目次第もございません」弥平は再び頭を下げた。

「そうですよぅ。生きて帰ったから良かったけれど、もしベンさんが死んでいたら、私は弥平さんをお恨みするところでしたよ」

「私もです、もし先生が死んでいたら、父になんと言って報告すれば良かったか・・・」

「誠に、どう責められても仕方のない事です!」

「もう、そのように謝られることはありません。私もこの上ない経験をさせて頂いたのですから」弁千代が慰めるように言った。

「そう仰って頂ければ、私の気持も楽になります。長崎街道の宿場宿場から、強い剣術家が長崎に向かっていると言う報せが届く度に、中武様にお縋りするしか無いと心を定めていたので御座います」

「そこに、旧知の友人の息子に連れられたご本人が現れた」愛一郎が言った。

「正に、渡りに船で御座いました」

「もし、私達が来なかったらどうするつもりだったんですよぅ?」

「何としても探し出して、お頼みするつもりでおりました。この長崎で私に探し出せぬ人はおりませんから」

「じゃあ、どっちにしろ今回のことは避けられなかったので御座いますね」

「そ、そう言う事になりますかな・・・」

「鈴さん、もう良いではありませんか。弥平殿もこんなに謝っておられるのですから」

「そうね、唐人屋敷も出島も刺激的な冒険には違いなかったものね」

「許して頂けますかな?」

「仕方ないわねぇ」

弥平はほっと胸をなでおろした。

「ところで、中武様はいつまで長崎にご滞在なさるおつもりですか?」

「ある方と約束があって、秋までには柳河に戻るつもりでおります」

「では、お時間の許す限りここにお泊まりになり、長崎を満喫してから柳河にお戻り下さい。秋になったら船をご用意致しましょう」

「いや、そのように甘えるわけには・・・」

「いいじゃないのよ、ベンさん。それくらいして頂いてもバチは当たりませんよぅ」

「先生、そうさせてもらいましょう。私もここで剣を教えて頂ければ有り難いのです。柳河に戻れば間も無くお別れしなければならないのですから」

「それに、らいじんの卓袱ももっと食べたいし」

「おお、是非そうなさいませ。私も出来る限りのお手伝いをさせて頂きますから」

「では、弥平殿。お言葉に甘えても宜しゅうございますか?」

「勿論でございます。ああ、これでやっと心の荷が軽くなった」

「では、何卒よろしくお願いいたします」三人は揃って弥平に頭を下げた。

「はいはい、黒船に乗ったつもりでお任せ下さい」

「あら、何処かで聞いたセリフだわ・・・」


「そんな面白いことがあったんならどうして俺も誘ってくれなかったんだ?」らいじんの朱い卓の向こうで大将が笑った。

「面白くなんかないわよ、人が死んだんだもの。それに、大将じゃ女形は無理でしょ!」春菊が呆れ顔で言った。

「ワハハハハ、違いない!」

「しかし、あんな事が出島で行われていたなんて吃驚びっくりですよ」

「若、大したご活躍だったらしいな」

「よしてください、思い出したくも無い。もう二度と女形になんかなりません!」

「良く似合ってたんだけどなぁ!」鈴が残念そうに言った。

「ところで、その後出島はどうなった?」

「どうって?どうもならないわよ」春菊が怒ったように答える。

「そんな大事件があったのにか?」

「役人もいっぱいいたのよ、みんな同じ穴のむじな。幕府にバレたら大変だから口裏を合わせて無かった事にしているわ。ただ、闇試合は暫く中止らしいけど」

「死人は?」

「適当な理由をつけて処理されちゃったわよ。ほんと、役人や金持って汚いわぁ!」

「でも、良かった、ベンさんが無事で。もう駄目かと思ったもの」

「私が怪しげな宴会に出ると思っていたのでしょう?」

「あ、それは・・・御免なさい、謝ります」鈴は素直に謝った。

「良いですよ、おかげで無事帰ってこられましたから」

「あら、私たち何の役にも立ってないわよ」

「あの時、皆さんの姿が見えたのですよ。あれで落ち着く事が出来ました」

「そうなの、じゃあ私達は命の恩人ね」

「そうなりますか」

「じゃあ、今夜はベンさんの奢り」

「ははは、仕方ありません」

「心配するな先生、今夜は俺の奢りだ。気の済むまで俺の料理を食べて行ってくれ!」

「え、良いの?」

「大将太っ腹ね、惚れ直したわ!」


弁千代は何故か、もうすぐ夏も終るなと思った。




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