山賊退治
山賊退治
「この山は深い、迂闊に出て行っては奴らの思う壺だ」
「ではどうやって?」
「奴らをこの寺に誘き寄せる」
「寺の境内で殺生をしようと・・・」
「既にこの寺ではたくさんの生命が死んでおる」
「えっ!いつ?」
「今、この時も」
「・・・」
「お主は人の命のことだけを言っておろう。虫や獣も同じ命だ、この山内でいつでも命を奪い合っておる」
「・・・」
「お主は、虫や獣に心はあると思うか?」
「分かりません・・・が心は無いのでは?」
「馬鹿者っ!」
「わっ!」いきなり怒鳴られて弁千代は仰け反った。これで二度めだ。
「心とは命の事だ!命とは生きているという事、生きているとは六根が働いているという事だ」
「六根?」
「眼・耳・鼻・舌・身・意が、色・声・香・味・触・法を感じて行動を決めているという事だ」
「はあ・・・?」
「ならば、虫や獣にも心はあろう」
「???」
「六根の入り口が門だ。門があるから欲や怒りが生まれる。犬や猫でも怒れば牙を剥くだろう?それが心だ。門が無ければ欲や怒りは生まれん、それを制御できるのは人間だけだ」
「・・・」
「分からんか?」
「分かりません・・・」
「ふふん、いずれ分かる」
そう言って、胤舜は笑った。
「今夜、境内で火を焚く。人がいる事が分かれば、奴らは必ず襲って来る」
胤舜は何か考える風をしていたが、弁千代に言った。
「それにしても腹が減った。お主何か食いもんは持っておらんのか?」
弁千代は、宿で作ってもらった握り飯を出して、それを二人で分けて食べた。
「うむ、腹がくちくなったら眠とうなった。お主も夜まで寝ておけ、今夜は一働きせねばならん」
胤舜はごろりと横になってそのまま眠ってしまった、鼾までかいている。
仕方がないので、弁千代は寺の伽藍の配置を見て回る。さっき確認出来なかった方丈もあった。
それが済んで、弁千代も胤舜の隣で寝転んだ。
なかなか眠れなかったが、いつの間にか眠ってしまったようだ。
さっきの戦いの夢を見た。身に付いた『形』が役に立った。夢の中で手順を反芻した。
「起きろ・・・」弁千代は胤舜に揺り起こされた。
「来たぞ」
すでに夜になっていた。
ただ、本堂の前で焚き火が爆ぜる音がする。
「いつの間に・・・」
「お主、ぐっすりと寝ておった」
雨が降って来た。ひたひたと殺気も迫る。
「良い具合に雨が降ってきたぞ、直にあの火は消える、火が消えれば人数の多い方が不利になる」
「何人いるのでしょう?」
「儂の見た所、十人は下るまいな」
雨が本降りになって来た。
「そろそろ行くか」胤舜は錫杖を手に立ち上がった。「お主はこの錫杖の音を頼りに戦えば良い。そうすれば同士討ちは避けられる」
胤舜は本堂の扉を開け、大音声で呼ばわった。
「出て来い山賊ども!そこに隠れているのは分かっておる!お前達はどうあがいても地獄に堕ちることは決まりだ!この胤舜が聖の錫杖でお前達に引導を渡してやる!大人しく討たれてしまえ!」
山賊が、わらわらと本堂を取り巻いた。ざっと数えて十二人。
「仲間を殺ったのはお前か!」
「さあどうかな、天罰ではないのか?」
「何を!このクソ坊主!念仏でも唱えていろ!」
「残念だな。儂は、禅坊主じゃ!」
残り火が一瞬赤々と燃え上がり、胤舜の姿を仁王のように浮かび上がらせて消えた。
外は文字通り漆黒の闇となった。
その瞬間、弁千代が胤舜の背後から疾風のように走り出た。
本堂の中で暗闇に慣れたままの目は、山賊達の姿を捉えていた。
山賊はまだ暗闇に目が慣れていない。
闇の中で断末魔の絶叫が上がる。山賊達に動揺が走った。
弁千代は、山賊達の中を縦横に走り回る。
彼らは互いにぶつかり、仲間同士で斬り合った。
胤舜が動いた。本堂から飛び降りると、錫杖を振るって次々と山賊を打ち倒して行った。
ゲッ!グフゥ!錫杖の輪が鳴る度に、声にならない呻きが聞こえてくる。
弁千代は錫杖の音を聞きながら山賊達の間を走り回った。血糊で滑る刀の柄を、雨が洗い流す。
四半刻後、本堂の前には九つの骸が転がっていた。
「あと三人!」胤舜が叫んだ。「残りは殺すでない、生捕りにせよ!」
「承知!」
弁千代は素早く動き、一人の踵の腱と一人の手首を斬り落とした。
胤舜は錫杖で、残る一人の鳩尾を突く。
生捕った三人を縛り上げ本堂の中に転がした。
「この者達をどうするのですか?」
「明日、役人に引き渡す。山賊のアジトを突き止め一網打尽にする為にな」
「恐れ入りました、しかし・・・御坊は何者なのです?」
「なぁに、ただの雲水さ」
胤舜はそれ以上何も言わなかった。
「どれ、お主の斬った二人の、血止めをしてやろうかの」
胤舜は、頭蛇袋から薬を出し、山賊の傷に止血を施した。
「すまんがお主、夜が明けたら宿場に戻って役人を呼んで来てくれぬか?」
「お易い御用です」
「それから、手の空いた村の者を何人か連れて来てくれ」
「何をなさるのです?」
「外の骸を埋めて供養してやらねばならん。これでも一応坊主じゃからな」
雨はまだ降り続いていた。




