有明の海へ
有明の海へ
「これから、どうなさるおつもりじゃ?」
全ての後始末が終わった時、長老が弁千代に尋ねた。
結局、霊巌寺側で生き残ったのは、長老、英信、胤舜、二天、弁千代の五人だった。
星野兼有の道場の者は、逃げていた者を含め三人が生きていた。
奉行所の役人は、現場のあまりの凄惨さに顔を顰めた。都合三十人ほどが死んでいるのだ。
弁千代は、十日の間奉行所の牢に留め置かれ厳しい詮議を受けたが、胤舜、二天の働きもあり何とか事無きを得た。
「まだ、決めてはおりません」弁千代は憔悴しきった顔を上げて長老に答えた。
自分の犯した小さな諍いが、これだけの惨事を引き起こしたのだ。その思いが弁千代を苛む。
『自分一人が死んでおれば済んだ事だった』
だが、もう遅い。後悔が幾重にも弁千代を包む。
「起こった事は起こったのだ」胤舜が言った。「後悔は怒りだ、怒りは自他を破壊する」
「・・・」
「今はしっかり後悔せよ、然し後悔を繰り返してはならん」
「・・・」
「まあ、今は何を言っても無駄だな・・・」
胤舜はもう何も言おうとはしなかった。
「加藤伊織殿を訪ねてみようと思います・・・」胤舜を見詰めて弁千代が言った。
「おう、あの船に乗り合わせた侍か」
「はい」
「それも良かろう」
「ベンさん、私もついてっちゃ駄目?」鈴がおずおずと訊いた。
「鈴さん、私には貴方の行動を制限したり許可したりする権限はありません。でも、一緒に行って頂けるのなら私は嬉しい」
「いいの?本当に・・・」
「はい」
鈴は、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「重いな〜」出発前、弁千代が呟いた。
「えっ、何が?」
「人の命です・・・否、軽いのかな?」
「人の命は重くて軽い、今はそれで良いではないか」胤舜が言った。
「はい、答えは保留にしておきます」
「では、行って来い」
「はい、行って参ります」
弁千代と鈴は、長老と胤舜に別れを告げて山門を出て行った。




