鞘の内
鞘の内
「慎之介様・・・」
「紗季・・・」
「婿殿・・・」
「姑殿・・・」
札所の宿坊で、三人は久しぶりの再会を果たした。
「慎之介様、やっと会う事が出来ましたね」
「紗季・・・苦労をかけたな」
「婿殿、戻ってくれるのか?」
「はい、御心配をおかけしました」
「良かった・・・ほんに良かった」房は心底安心したという顔で微笑んだ。
「それもこれも弁千代殿のおかげです、改めて礼を申しますぞ」
「いえ、礼には及びません。偶然同じ人物を探していただけの事です」
「そう言えば、弁千代様は夫と太刀合う事が目的でありました・・・」紗季が心配そうに呟いた。「はい、せっかくの再会に水を差すようですが・・・佐々木殿、太刀合って頂けますね?」
「宜しいでしょう、もう私は逃げません」慎之介が弁千代を見据える。
「慎之介様っ!おやめください!」紗季が必死に訴える。
「紗季、私は生まれ変わったのだ。たとえ命を落としてもそれは武士の習い、賄方と言えど武士として生きて行くためには避けられぬ道だ」
「よくぞ申した!婿殿あっぱれじゃ!」
「母様っ!」
紗季は狼狽した、折角会えたのにこれでは元の木阿弥だ。怨みの篭った目で弁千代を睨む。
弁千代は沙希の視線を無視した。
「では、下の河原で・・・半刻後に」
「心得た」
弁千代は、宿坊を出て何処かへ立ち去った。
半刻後、弁千代が河原に降りると、すでに慎之介が待っていた。
房と沙希も遠くに控え、心配そうに見詰めている。
「お待ちしておりました」慎之介が慇懃に頭を下げた。
「お待たせ致しました・・・」弁千代もそれに応え頭を下げる。ただ、手には刀の代わりに金剛杖が持たれていた。
「得物はそれですか?」慎之介が訝しげに訊いた。
「はい、居合は近間の短刀に対処する為に生まれた武術だと訊きました。ならば遠間の杖にはどう対処なさるのか知りたいのです」
「後悔めさるな」
「もとより・・・」
二人は、三間の間を置いて対峙した。
弁千代は、杖を慎之介に向けて構えた。先端をやや落とし気味にする。
慎之介は、当然ながらまだ抜刀していない。左手の拇指を鍔に掛け、腰を軽く落としている。
面妖なのは右手の甲が刀の柄に触れている事だ。弁千代が初めて見る構えである。
弁千代は抜き足で間合いを詰て行った。
慎之介は弁千代の接近に合わせて、少しづつ腰の位置を下げて行く。
「シエッ!」杖が突き出される。
「破っ!」慎之介が滑るように後退しながら抜刀した。
杖の先が三寸ほど斬り飛ばされた。慌てて弁千代が飛び退く。
慎之介の刀はすでに鞘に納まっていた。
ジリジリと横に移動する、杖が短くなった分間合いを詰め、杖の先を下段に向けた。
「チッ!」浮身をかけて転身する、杖は下から跳ね上がった。
「突っ!」また三寸ほど杖が短くなった。
もう、刀の間合いである。弁千代は剣のように杖を中段に構えた。
切先を慎之介の喉に付けて、送り足で前に出る。慎之介の鞘から三たび光芒が走った。
更に三寸、杖は短くなった。
「これからですね」弁千代がニヤリと笑う。
「次で決まる」慎之介も微笑んだ。
弁千代は右手一本で、短刀程の長さになった杖を慎之介に向けた。
慎之介は元の構えのまま静かに立っている。
スッと弁千代が前に出た。同時に慎之介の鞘が送られる。
弁千代の左手が慎之介の刀の柄頭を押さえた。慎之介は刃を返し、棟に左手を添え下から掬い上げて来る。
杖が慎之介の胸を突く。慎之介の刀は弁千代の膝を深く抉っていた。
弁千代は右膝を抱いて蹲る。慎之介は刀を握ったまま、胸を押さえて呻いていた。
「慎之介様っ!」
「婿殿っ!」
紗季と房が慎之介に駆け寄った。
弁千代はゆっくりと立ち上がる。膝の傷口からは白い骨が見えていた。
「気絶しておられるだけです、命に別状は無い」
「貴方様のお怪我は?」紗季が訊いた。
「かすり傷です、もう一歩慎之介殿の踏み込みが深ければ、私は片足を失っていたに違いありません」
弁千代の膝から下が血に染まる。
「は、早く血止めを!」
「紗季!儂の山谷袋から晒を!」老婆が叫んだ。
「はい!」
紗季は川の水で弁千代の傷を洗い、晒を裂いてキツく縛った。




