マリアの村
マリアの村
「あの祠の観音様はマリア様だったのですね?」弁千代が菊に問う。
「はい、でもマリア崇拝は基督教では禁じられています」
「何故です、マリア様はキリストの母ではないですか?」
「基督教は元々徹底した女性蔑視の宗教なのです。ミハエル様はそれに異を唱えマリア様を日本に持ち込まれました」
「然し本邦も男尊女卑という点では変わりが無い」
「それは武家の作法です。百姓の世界では母の血を大事にします、誰が父かという事より誰が母かという事の方が重要なのです。主婦とは元来おんな・あるじの意味なのですよ」
そう説明してくれる菊は、とても大人びて見えた。
「それで日本の山村には、マリア信仰を受け入れる土壌があったと・・・」
「厳密には、私たちは基督教徒では無いのです」
「しかし役人にはその区別は分からない」
「分からないのです、異教徒だというだけで排除しようとしている。だから、私たちは隠れるしか無いのです」
弁千代はとても複雑な気持ちになった。宗教とは人の幸せを願うものであろう、その宗教が人を差別したり排除したりしようとするのは本末転倒では無いのか?
そう菊に訊いてみた。
「それだけ宗教は人の心に影響を与えるのです、為政者は宗教を利用する事で民衆を操作するのです」
これは無学な民衆の知識では無い。
「お菊さんはなぜそんなことを知っているのですか?」
菊は、しばらく返事をしなかった。そして漸く寂しげな目を弁千代に向けて言った。
「ミハエル様に教えていただいたのです・・・」
ミハエルと偽天狗一味の骸は、村の墓地に埋葬された。
この村が、いつまでもこのままで居られる筈は無い。
弁千代は、少しでも長くこの村の平穏な日々が続くことを、祈らずにはいられなかった。




