警視抜刀隊
警視抜刀隊
「あいつら何やってやがる!」高野が苛立たしげに叫んだ。
目の前の堡塁から銃撃している官兵は、皆自分の頭越しにスナイドル銃を撃ちまくっている。
つまり相手を見ていない、盲滅法の乱射だ。
「あれじゃ当たるものも当たらないぜ!」
「そう言うな、奴ら徴兵で掻き集められた兵隊だ。自分が何のために戦っているのかも良く分かっちゃいないんだ。まして下手すりゃ死ぬと思えばああするより仕方なかろう!」
間断なく発射される銃声に耳を塞がれながら話すので、勢い声が大きくなる。
「その割には、どんどん撃ち殺されてるじゃないか!」舞介が眉を顰めながら言った。
「薩摩銃撃隊は腕が良い。旧式のスナイドル銃だが武器の劣勢を補って余りある!」
「おい、あいつら指揮官の命令を無視してるぞ!」
「怖くて動けないんだよ!フランス式の軍事訓練も実戦じゃ役にたたねぇな!」
「これじゃ先に薩軍抜刀隊が突撃してくるぞ!」
「敵の抜刀隊が出てきたら飛び出す、皆用意は良いか!」弁千代が声を上げた。
「しょうがねぇ!やってやるか!」
昨夜、巡査隊の中から剣の達者な者百名が選抜され官軍第四旅団に編入された。
そのうち四十名がこの防塁に配置されている。
最近官軍はあることに悩まされていた。
夜な夜な薩軍が銃を猛射し、機を見て抜刀攻撃を敢行し官軍の守備線に討ち入って来るのだ。
官軍はその為にせっかく奪った堡塁をあっという間に取り返されてしまう。
そこで、薩軍抜刀隊に対抗するために結成されたのが警視抜刀隊だ。
彼らの使命は、薩軍抜刀隊を撃破し田原坂の堡塁を一つでも多く占拠する事にある。
「良いか!示現流は初太刀に全身全霊をかけてくる。初太刀に合わせるな初太刀は外せ!」
弁千代は部下達に指示を出した。
「分かってますよ、隊長!」
その時、薩軍の銃撃がいっそう激しさを増し、官軍の兵は土嚢の陰で身を固くした。
「来るぞ!」
一瞬銃声が止むと、喊声を上げて薩軍の兵が突進して来た。
「行くぞ!」
弁千代が刀を抜いて飛び出すと、抜刀隊の隊員達が後を追って次々に飛び出して行った。
正面から向かって来た薩兵を右に躱して胴を抜いた。
待つ間もなく次の敵が襲いかかって来る。
切っ先を落として受け流し、肩に一太刀浴びせた。
あちこちで独特の奇声が上がっている。
隊員達は薩軍抜刀隊の圧力に苦戦していた。
敵の初太刀を躱しきれず、斃れる隊員もいる。
「下段から股を掬い上げろ!足を狙え!」
叫びながら敵の陣を目指す。
敵陣は近い所で僅かに十メートルと、目と鼻の先だ。
その間に敵は四人。
弁千代は身を低くした。
下段に構えて突っ走る。
襲いかかる敵の中を走り抜けながら、体捌きだけで剣を左右に振るう。
脛を断ち斬られた敵が次々に倒れていった。
白刃を突破して堡塁に飛び込むと、銃を捨てて刀を握った薩兵が殺到した。
狭い堡塁の中では大きな動きは命取りだ、最短距離を最速で動くことを要求される。
長短一味の居合の体捌きが役に立った。
三人ほど斃した時、警視抜刀隊が雪崩れ込んで来た。
薩兵は浮き足立って崩れ始めた。
逃げ始めた薩兵を見て、官軍銃撃隊が前進して来た。
「射撃用意!撃て、撃てぇっ!」
指揮官の指示で逃げる薩兵の背に銃弾を浴びせかける。
「息のある薩兵にはトドメを刺せ!薩兵は死んでも起き上がって襲って来るぞ!」
薩兵の恐怖に駆られた官兵は、倒れた薩兵に殺到し、狂ったように剣で突き、銃で撃った。
この日、奪った堡塁は三つ。
警視抜刀隊、死者九名負傷者十五名を出したが、斃した敵は一人四人とも言われた。
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田原坂での戦闘は、日を追う毎に薩軍の劣勢が色濃くなって行く。その要因は警視抜刀隊の活躍の他にもう一つあった。
それは兵站の違いである。
官軍は銃弾にしろ食糧にしろ、輸送路が確保されており、物資は滞りなく届けられる。
それでも、毎日消費する弾丸の量は半端では無く、スナイドル銃をエンピール銃に変えて弾丸の損耗を抑えた。
それに比べ薩軍の兵站は現地調達を基本とした。
その為食料は現地の農村に依存していたし、弾薬は薩摩砲兵工廠で製造する分では足りず、官軍の輜重車を襲い略奪して使用した。
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「密偵の報告によりますと、薩軍は農民に拾わせた鉛玉を、一個一銭で買い取り鋳直している模様です」
作戦会議の席で、現場の少尉が本隊の指揮官である大尉に報告した。
「場所は何処だ?」
「はっ、田原村より南に十町ほど下った森の中です」
「薩軍はいよいよ銃弾が尽きたと言う事か」
「そのようです」
「そこを潰せば薩軍は万事休すだな?」
「はい」
「では、巡査隊より五名を選抜して弾丸の密造所を急襲させよ。この作戦に田原坂奪還の成否がかかっておる・・・と言い含めてな」
「はっ!」
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その夜は、帽子の庇を叩く雨の音も喧しく、羅紗の制服もぐっしょり濡れて重たかった。
合羽などとうの昔に脱ぎ捨てている。少しでも身軽に動きたい。
部下にはスナイドル銃をもたせ、自分は大刀を一本腰にぶち込んだ。
それにしても、五人で急襲せよとは無茶な命令である。
本隊の指揮官は警視抜刀隊の活躍を快く思ってはいないらしい。
どれだけ歩いただろう、濡れ鼠になった部下達は皆俯いて歩いている。
弁千代は暗い森の中を、泥道に足を取られながらついて来る部下達を振り返った。
「あそこに灯りが見える」
杉の樹間を透かして、淡い光が漏れ入ってくる。
「馬小屋のようですが?」
「近くに民家が無い、どうやら今は使われていないようだ」
「では、あの灯りは・・・」
「間違いない、弾丸の密造所だ」
「どうします?」
「俺が様子を見に行く、お前達は銃を構えて待っていろ」
「隊長、それは危険です。歩哨に見つかります」
「いや、小屋の周りに人の気配は無い。この雨の中、まさか襲って来るとは思っていないようだ」
「しかし・・・」
「それにこの雨は此方にとって都合が良い、雨は外の気配を消すからな」
弁千代は帽子の顎紐を締め直し、小屋に向かって歩き出した。
「くれぐれも注意して下さい」
部下の言葉に右手を上げて答える。
思った通り、小屋の周りに人影はない。足音を忍ばせて明かりの漏れる跳ね窓に近付いた。
窓から熱気が流れ出て来た。
中を覗くと上半身裸の男が十人、緩慢な動作で立ち働いている。
石を積み上げ泥で固めた大きな炉が、部屋の中央に設られており、鉄鍋がかかっている。集めた鉛玉を溶かしているのだろう。
それをヤットコ型の鋳型器に流し込んでいるのが見えた。
「当たりだな」弁千代は小さく呟いた。
さて、これからどうする?
部下の所へ戻って全員で突撃するか?
いや、それよりも・・・
弁千代は刀の鯉口を切りながら入り口に向かった。
「おい、隊長は何している。まさか一人で突っ込むつもりじゃ・・・」
「銃を構えて待っていろとの命令だ」
「きっと中の奴らを追い出すつもりです」
「よし、前進だ。出て来たやつは撃ち漏らすな!」
「オウ!」
ガラリと引き戸を引くと熱気がムンと纏わりついて来た。
男達が一瞬凍りつく。
「お主、誰じゃ!」
それには答えず抜き打ちに一人を斬り下げた。
「官軍じゃ!」
叫んで男達が刀を取りに走る。
弁千代は小屋の奥深くに走り込み、刀を手に取った男を斬り倒した。振り返ると全員が抜刀していた。
「袋の鼠じゃ殺せ!」
顳顬に血管を浮かせて男が叫ぶ。
炉を真ん中にして対峙した。
薩兵は炉が邪魔で正面からは近寄れない。弁千代は炉の右側に回り込む。
途端に奇声を発して斬り込んで来た。
受けると見せて右に躱した。
タタラを踏んだ敵を蹴り飛ばすとそのまま鉄鍋に突っ込んだ。
後方へ回り込もうとした敵に溶けた鉛が降り注ぐ。
薩兵の悲鳴が上がった。
崩壊した炉から火の粉が舞上がる。動揺した敵を奥から追い上げるように剣を振るった。
その間に、火の粉が藁屋根に燃え移った。
雨で湿った藁は燻って、小屋の中に煙が立ち込めた。
こうなると一人の方が有利だ。敵は同士討ちを恐れて動きが鈍くなる。
「全員外に出ろ!この小屋は終いじゃ!」
薩兵は我先に小屋を飛び出して行った。
外で銃声が鳴った。
薩兵の狼狽える声が聞こえる。
弁千代は戻ってくる薩兵を次々に斬り倒した。
堪らず外に飛び出した薩兵は、皆銃弾の餌食になった。
最後の薩兵を袈裟懸けに斬り倒すと、刀を拭って鞘に納めた。
「今から外に出る!撃つな!」
弁千代が叫ぶと銃を下ろす気配があった。
「隊長、ご無事でしたか!」
部下達が駆け寄って来た。
「ああ、何とかな」
「隊長、無茶するんだから」舞介が呆れたように言った。
「敵の油断が見えたのでな、機を逃したくなかった」
「あの指揮官、びっくりするだろうな」
「ふん、巡査隊を甘く見やがって、ザマァ見ろだ!」
「さあ帰るぞ、銃声を聞きつけて援軍が来る」
「おっと、そうだった。三十六計逃げるに如かずだ」
巡査隊は闇の中を本営に向けて歩き出した。
ようやく藁屋根が火を噴いて、帰り道を照らしてくれた。




