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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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巡査隊上陸

巡査隊上陸


同じ頃、巡査隊六百名を乗せた赤龍・社寮・玄武・蓬莱の四汽船が、横浜から博多に着いた。

巡査が次々と船を降り上陸集結する。

異様だったのは全員が制服の上に白い晒の帯を巻き、腰に二刀を手挟んでいる事だ。

皆、武士として闘いたかったに違いない。

「博多か、何年ぶりだろう・・・」

かつて帆船が浮かんでいた港の風景は、大型の汽船が停泊できる程の近代的な港に姿を変えていた。

「隊長、博多は初めてではないのですか?」

装備を背負い、肩に銃を担いだ舞介が船から降りて来た。

「ああ、昔剣の修行に二度ほど訪れた事がある。息子が三つの時だからもう十五、六年にもなるのかな」

鎌池先生や宮原左近は元気だろうかと空を見上げた。


整列した隊員を前に、重信権小警視が声を張り上げた。

「昨日未明、薩軍とそれに呼応した肥後の士族、熊本隊が熊本城を包囲した。何が何でも城を落とす構えだ。我々は明日鎮台兵救援に向かう官軍第四旅団の後方警護のため、久留米から南関を通って高瀬に入る。今夜はゆっくりと躰を休めて、明日からの戦闘に備えよ」重信権小警視はさらに言葉を継いだ。 「九州は敵だらけだ、ここ博多にも他の九州諸藩同様に、西郷に同調して蜂起しようとする不平士族の一団がいる。福岡党がそれだ。我々巡査隊にも恨みを持っている事は想像に難くない。何を仕掛けてくるかわからぬ、皆気を引き締めて行動するように!」

それからこまごまとした訓示が終わると、宿割りが渡された。弁千代の班隊十名は西新の商家に振り分けられている。

「西新か・・・」

西新は以前この地に来た時宿を取った場所だ。あそこには黒田藩の監獄があった。今も政治犯が大勢投獄されている筈だ。チラと不安が頭をよぎった。

「隊長、どうしたのですか?」勘の良い舞介が訊いて来た。

「いや、なんでも無い・・・さ、行こうか」


百道屋ももちやという反物を扱う大店おおだなの二階があてがわれた。

古いが襖を取り外すと二十畳はある。十人が寝るには十分な広さだ。

制服を脱いで膝をくつろげげた。

「隊長、なぜ薩軍は熊本城に固執するのでしょう?」胡座をかきながら町野が訊いた。

「鹿児島から直接東京を目指しても、熊本の鎮台兵が追ってくる。そうなれば挟み撃ちは免れまい。それよりも、先に熊本城を落として後顧の憂いを断ち、薩軍に同調する不平士族を吸収しながら攻め上る方が有利と見たのだろう。それに薩軍には船が少ない、陸路を行くしか無いのだ」

「なら、南関を抜かれたら形成は一気に薩軍に傾くな」湯浅が小柄な躰を畳むようにして身を乗り出した。

「そうだ、そうなれば全国の不満分子が一斉に立ち上がるだろう」

「そうなったら、明治政府は風前の灯ですね」舞介が冗談めかして言うと、高野が顔を顰めた。

「馬鹿、そうならねぇように俺たちが行くんだよ」

「先ずは加藤清正公が北の守りの要とした田原坂を占領する事だ」野口が冷静に分析する。

「そうだ、先に取られればこの戦いは長引く。何れにしても激戦になることは覚悟しておけ」

「隊長、大丈夫ですよ、いざとなればこれがある」高野が傍の刀を叩いた。

「今の戦に刀の出番があるかは分からぬが、接戦になったらきっと役に立つ」

「見てろ、戊辰の恨み晴らしてやる!」野口が刀を握りしめた。

「そうか、お前会津の出だったな」

「野口、お前ぇは冷静になったらとんでも無く強ぇが頭に血が上るとボロが出る。撃剣の稽古をしてたら良く分かるんだ。だから激したら死ぬぞ」高野が諌めるように言った。

「そんなことは言われなくても分かっている!だが俺は両親と弟を殺されたんだぞ!怒るなという方が無理だ!」片膝を立てて野口が高野を睨みつける。

「だからってお前ぇまで死んでどうすんだよ!」

高野が刀を掴んで腰を浮かせた時、弁千代が割って入った。

「もうその辺にしておけ!」

「大丈夫です、野口さんが燃えたら僕が水をかけてあげますよ。だって野口さん役者顔なんだもん」舞介が下手な冗談を口にする。

「水も滴るいい男、ってか?」

野町が言うと湯浅が笑い飛ばした。

「ハハハハハ、こりゃいいや!」

舞介にすっかり毒気を抜かれた二人が畳に尻を落としたところで、百道屋の女中が階段を上がってくる音が聞こえた。

「ご飯の前にお風呂に入って下さいな」

女中はそれだけを言うと、さっさと戻って行った。

「では隊長、先に行って下さい」

「あ、僕背中を流します」

「お前ぇの三助じゃ、垢も落ちめぇ。俺が行く」

他の隊員も、俺が俺がと喧しい。

「まあ良い、では半隊に別れよう」

そう言って弁千代は立ち上がった。

「一物に自信のある奴はついてこい!」

はっ!と言って全員が立ち上がった。

「仕方がない、みんなで背中の流しあいだ」


それから無門隊全員でゾロゾロと風呂場に向かって行進した。


*******


夕飯が終わって寛いでいるとなんだか表が騒がしい。

浴衣ゆかたを着たまま表に出ると、六尺棒とサーベルを持った巡査が大勢駆けて来た。福岡県の警察隊に違いない。

「何があったんだ!」

巡査の一人を捕まえて訊いた。

「誰だ貴様!」

巡査は血相を変えて睨みつけて来た。

「東京警視庁警部補、無門弁千代。第四旅団の後方警護出立のため、巡査隊と共に百道屋に宿しておる」

「はっ、警部補殿でありましたか!失礼をお許し下さい!」

巡査は姿勢を正して敬礼した。

「良い、何があった!」

「はっ!紅葉八幡境内に、不逞の輩多数集結との報を受け、鎮圧に参っております!」

「人数は!」

「五十名前後と聞いております!」

「目的は!」

「確かな事は分かりませんが、西新刑務所襲撃のためと思われます!」

「引き止めて済まなかった、行ってくれ!」

巡査はもう一度敬礼をすると、踵を返し仲間を追った。

「隊長!」

全員が出て来ていた。

「行くぞ!支度している暇は無い。大刀一本浴衣の帯にぶっ込んで走れ!」

「応!」


*******


「巡査に構うな!刑務所に向かえ!」

散切ざんぎり頭を振り乱し、中年の男が叫んでいた。この寒空に、薄い麻の単衣と木綿の袴をつけて刀を振るっている。

「あんたはどうするんだ!」槍を持って駆け寄って来た男が訊いた。

「俺はここで警察隊を足止めする!その間に同志を救出しろ!」

「分かった、死ぬなよ!」

「うまくやれ!」

槍の男は散切りの男を残して駆け去った。

「さあ、死にたかったらかかって来い!」

男は刀を構えて警察隊を威嚇した。


*******


「ここだ!」

弁千代は境内に飛び込んだ途端我が目を疑った。一人の男が十数名の巡査を相手にして幽鬼の如く暴れ回っている。

「誰だ、あの男は!」高野が叫んだ。

「かなりの手練れですよ」舞介が答える。

「お前達は刑務所に向かった奴等を追え、ここは俺一人で良い」

「けど隊長!」

「グズグズするな、刑務所を破られれば沢山の囚人が世に放たれる!」

「は、はい!」

部下達は浴衣の裾を翻して駆けて行った。


弁千代は、男を取り囲んだ巡査の輪の中を進んで行った。巡査達は誰も彼も恐怖に頬を引きつらせている。それ程男は強かった。

弁千代は男の顔に見覚えがあった。

「宮原さん・・・」

黒田藩剣術指南役、鎌池検校の師範代、宮原左近。弁千代は検校の道場で一度太刀合って引き分けている。

「ここは私に任せて貰いたい」

先程の巡査に声を掛けた。

「はっ、警部補殿!」

巡査の声で、皆此方を向いた。

「君達は男が逃げぬよう、一歩下がって囲っておれ」

「はっ!」

巡査達は言われるまま、棒やサーベルを突き出して男と弁千代を囲った。

弁千代は男の前に立った。男は前屈みになり、肩で大きく息をしている。

「宮原さん」

弁千代が呼びかけると、男は虚ろな目で見返して来た。

「誰だ貴様・・・」

「お忘れですか・・・無門弁千代です」

「無門・・・あの、無門弁千代か!」驚愕で男の目が大きく見開かれた。

「お懐かしい、と言いたいところですが、この様な形で再会しようとは・・・」

「ほんにのぅ。この体たらく、お主にだけは見せとうなかった」

宮原は暫し目を伏せた。

「鎌池先生はお元気ですか?」

「先生は、そこの牢獄で獄死なされた」

弁千代は耳を疑った。

「何故です!」

「先生は、戊辰の混乱で藩が割れて対立した時、『武士たる者、我が棟梁に弓引くとは言語道断!』と攘夷派の家老を難詰されたのだ。それが元で先生は・・・」

「なんと・・・さぞ無念でありましたろう」

「お主は、政府に義を立てるのか?」

「はい・・・あなたは?」

「俺は先生に義を立てる」

「それも良いでしょう。正義とは誰に義を立てるかで変わるものです」

「ふふふ、神仏は俺に良い花道を用意してくれたようだな。あの時の決着をつけようぞ」

「望むところです」

「抜け」

「このままで結構」

「そうか・・・」

宮原はスッと躰を起こした。息の乱れも治まっている。

弁千代は左手の拇指を鍔にかけると、柄頭を宮原の正中に向けてほんの少し突き出した。

「参る・・・」

言い終わらぬうちに、宮原は地を蹴って弁千代の懐深く踏み込んでいた。

弁千代の躰が斜めに走って宮原とすれ違った時、一瞬の光芒が月明かりにきらめいいた。

真っ赤な霧が噴き出し薄闇を染める。 

「宮原さん!」

弁千代は崩れ落ちる宮原の躰を抱き止めた。

宮原の唇が動いたが、裂けた喉からヒュュウという音が漏れただけだった。


*******


部下達の働きで刑務所は破られる事なく、反乱も未然に防ぐ事が出来た。

弁千代は宮原の遺体を丁寧に扱うように巡査に命じて百道屋に戻った。

宮原はすでに死ぬ覚悟を決めていたのだ。

最後に何を言いたかったのだろう?

今となっては知る術も無い。


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