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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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町野vs.綿貫

町野vs.綿貫


「タイ捨流は新陰流から派生し、丸目蔵人によって九州一円に広まった剣術だったな」

弁千代が試合場に目を遣ったまま五郎に声を掛けた。

「ああ、世間では袈裟懸けに特化した剣術みたいに言われているが、俺の見る所はそうじゃねぇ。タイ捨流の原理原則が袈裟懸けに現れていると言うだけで、その原則があらゆる太刀筋に生かされている」

「うむ、躰が一枚板では無く、右半身と左半身に別れながら、互いに同調して動いている」

「その分変化が早い」

「町野はどう対処するかな?」

「おめぇが教えたんだろ?」

「そこまでは考えが及ばなかったよ」

試合が始まってすぐ弁千代が感じたことは、綿貫の正眼の構えが、町野のそれとは大きく違っている事だった。

町野の構えが背中に物差しを突っ込んだように真っ直ぐなのに対し、綿貫の背中は丸く、腰を引いて重心が後ろに掛かっている。打つ為では無く斬るための構えだ。

もう一つ気づいた事がある。

町野は送り足で移動しているのだが、綿貫は歩み足だ。

どちらの足が前でも斬る事が出来る。

「日頃無口な奴だから、奴の剣をじっくり見たのは今日が初めてだ」五郎がさも珍しいもを見たように言った。

「だが試合には不向きだ」

「いいさ、戦場で命を守れれば、それが武術の目的だからな」


町野はやり辛そうに綿貫の周りをぐるぐると回っている。

綿貫が間合いを崩さない程度について行く。

時折、町野が技を繰り出すのだが、警戒し過ぎて踏み込みが浅い。

町野の打ちが軽いと見てとるや、綿貫がズイと間合いを詰めた。

咄嗟の町野の刺し面が、辛うじて綿貫の面金に届いた。

「不十分!」吉永の声が飛んだ。

綿貫が体当たりで町野を突き飛ばすと袈裟懸けに竹刀を振り下ろす。

町野の左の面垂が鈍い音を立てた。


「今のが真剣なら町野の首は無ぇな」五郎が嬉しそうな声で言った。

「これは撃剣の試合だ」弁千代が冷たく答えた。


左の首を押さえながら町野が開始戦に戻る。

「続けられるか?」吉永が訊いた。

「勿論です!」

町野の目が綿貫の目を捉えた。

「今ので俺は死んだ、だが試合は俺が貰う!」

綿貫は無言で町野を見返した。


「続けて、始め!」

号令と同時に町野が床を蹴って突きを繰り出すと、綿貫が下から跳ね上げた。

返す太刀筋で袈裟斬りに来たのを受け止める。

その瞬間町野は後ろへ飛んだ。真っ向から竹刀を打ち下ろす。

綿貫の面からパン!と小気味良い音が響いた。

「引き面、一本!」

今度は十分、と吉永の声が場内にこだました。


「今度は文句無しの一本だな」弁千代が北叟笑む。

「町野は一度死んでるんだぜ」

「これは殺し合いじゃない、決まりのある試合だ」

「ふん、勝手に言ってろ」五郎が口惜しそうな顔をした。


町野は竹刀の軽さを逆手に取って、次々と技を繰り出した。

無駄打ちは覚悟の上だ。

敵が防戦一方になっている間に、機を見て決め技を出せば良い。

雨霰と振り下ろす竹刀の下から綿貫が睨み上げて来た。

「なに!」

突然下腹に衝撃があった。

気がついたら床に倒れて呻いていた。

「せからしか!」

綿貫が上げた足を下ろす。

「五月の蝿んごと、ブンブンブンブン煩かったい。こいは斬り合いじゃ、刀んつもりでこんね!」


「驚いた、綿貫があんな長い台詞せりふを口にするとは・・・」五郎が口を半開きにしている。

「今の蹴りは、タイ捨流だな」

「木場の蹴りとは一味違う」

「胴が無ければ立ち上がれなかっただろう」

「これで町野は二度死んだ」

「だから、これは試合だ」


町野はゆっくりと立ち上がった。

「失礼した、やっと無門巡査部長の言った事が分かったよ」

「なんね?」

「剣は打つものでは無く斬るものだと言われた」

「そげんたい、分かったらさっさと開始戦に戻らんね」

「うむ、だが勝負は譲らんぞ」

「望むところたい」


町野は左足を前に出し、構えを上段に変えた。

綿貫の剣尖が微妙に上がる。

更に町野は腰を落として上体を前に倒した。

応じた綿貫は、右足を引いて竹刀を右頬の横に立てた。

上段対八相、どちらも一撃必殺の構えである。


「相打ちが狙いか?」

「さあな・・・」

五郎と弁千代は、固唾を呑んで試合の行方を見守った。


二人の間合いがジリジリと詰まる。

あと一寸、どちらかの足が出たら勝負は決まる。

不意に綿貫が動いた。

刹那、町野が床を蹴る。

真っ向斬りと袈裟斬りが中空で絡み合ったまま落ちて来た。

バン!と鈍い音がした。

町野の竹刀は綿貫の頭頂を、綿貫の竹刀は町野の頸動脈を捉えていた。

「面あり一本、赤の勝ち!」吉永が宣した。


「見事、おはんの勝ちじゃ」

「いえ、これで私は三度死にました」

「試合じゃ、気にせんでよか」

町野は竹刀を納めて綿貫に向いた。

綿貫も町野に向かって姿勢を正す。

「有難うございました」

「ありがとごあんした」


「綿貫のお陰で町野は開眼したよ」弁千代が言った。

「これが狙いだったのか?」

「まさか、偶然だ」

「相変わらず食えん奴だな」

「お主に言われたくは無い」


巡邏隊の二勝一敗で、勝負は副将戦に突入する。



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