巡邏隊Vs遊撃隊 高野vs.木場
遊撃隊Vs巡邏隊 高野vs.木場
「薫に会ったそうだな?」
寮の食堂で朝飯を食っていると藤田五郎がやって来た。
「ああ、四年ぶりだ」
「いい息子だな」
「お主に会いたいと言っていた」
「今度は連れ立って家へ来い、時生も喜ぶ」
「時生さんはお元気か?」
「元気すぎて困っている」
「贅沢を言うな、毎日会えるだけでありがたいと思え・・・俺がよろしく言っていたと伝えてくれ」
「分かった」
「今日は勝たせてもらう」
「そうか、せいぜい楽しみにしているぜ」
「伊藤は大将に据える」
「今井が喜ぶだろうよ」
「今日は俺たちの出番はないな」
「いいさ、お前とはこの前やった」
「そうだな、では後で会おう」
「終わったら呑もうぜ」
「部下たちはどうする?」
「俺たちが居ねぇ方が盛り上がるさ」
「違い無い」
五郎は軽く手を上げると、踵を返して食堂を出ていった。
*******
道場には警視監の赤池と、髭の小栗警部が上座の長椅子に腰を下ろしている。
単なる職場対抗の剣道試合に、高い役職の者が顔を見せるのは珍しい。
選手達は緊張の面持ちで、道場の東西に分かれて座っている。
西に巡察隊の赤襷、東が遊撃隊の白襷だ。
審判は公正を期す為に、警視庁剣術世話係、直心影流の吉永時次を頼んである。
「俺たちゃ、高みの見物と洒落込もうぜ」
「いいのか、部下のそばにいなくても?」
「ふん、なるようになるさ。今更俺が居なくてもどうなるもんでもあるめぇ」
「それもそうだな」
二人は赤池達とは離れた場所に、羽目板に背を持たせて座った。
「初っ端から面白ぇ試合になりそうだな。あの高野という奴、木場に負けず劣らずの面構えをしてるじゃねぇか」
「さて、どこまで変わったか・・・」
「ん?」
「なんでもない、そろそろ始まるぞ」
高野vs.木場
「これより、巡察隊と遊撃隊の署内剣道試合を始める」
審判の吉永が高らかに告げた。
「礼!」
吉永の号令で東西の剣士達は、座ったまま静かに礼を交わした。
先鋒の高野と木場は睨み合ったままだ。
「先鋒は面を着けよ」吉永が言った。
面を着ける間も二人は視線を逸らさず、かち合い弾のように空中で火花が散った。
面紐を固く絞めて立ち上がると、二人は礼をして右足から三歩進んで蹲踞の姿勢を取った。
吉永が姿勢を正す。「勝負三本、始め!」
声と同時に、双方いきなり突っ掛けた。まるで相撲の立ち会いのようだ。
互いに面を打ち合って、相打ちと知るや直ちに鍔迫り合いに持ち込んだ。
上体で押し合ったまま、高野が足払いを繰り出すと、木場も負けじと蹴り返す。
暫く足での応酬が続いた。
剛を煮やした木場が、竹刀の柄を高野の柄に掛けて強引に引き倒そうとすると、高野は倒されまいと足を踏ん張る。力が拮抗して互いに動けない。
と、高野が不意に腰を落とした。
もたれかかった壁が急に消えたように木場がツンのめる。
機を逸さず高野の足払いが飛ぶ。
木場は一回転して床に転がった。
「お胴じゃ!」
転がった木場の胴を高野の竹刀が強かに打った。
「胴あり!」吉永が右手を上げた。
「ほう、やるじゃねぇか」五郎が目を見張った。
「三ヶ月特訓した」
「そうかい、お前ぇの仕込みかい」
「なかなか手こずったがな」
「ふ〜ん、だが木場もこのまま引っこんでる奴じゃねぇ」
「だろうな」
「さあ、続きを見ようじゃねぇか」
木場はノロノロと立ち上がると高野を見据えた。
「面白くなって来たぜ」右頬を引き攣らせる。
開始線に戻って正眼に構えた。
「二本目、始め!」
挨拶は済んだ、とばかりに今度は構えたままの睨み合いが続く。
互いに剣尖に気を篭めて相手の出方を窺っている。
木場が指先ひとつ分剣尖をずらした。
高野が刃表から木場の竹刀に乗るように間合いに入って来た。
木場がニヤリと笑う。
予想通り高野は面を打って来た。木場は竹刀でそれを受け止めながら前膝を上げた。
ドン!と大きな足裏で高野の胴を蹴り飛ばす。
不意を食らって尻餅をついた高野に木場が突進した。
「お面じゃ!」
木場の面打ちに高野の首が一瞬肩に埋もれたように見えた。
「面あり、一本!」吉永の声が飛ぶ。
「お返しじゃ」木場が高野を見下ろして言った。
「今のは効いたぜ」高野がゆっくりと立ち上がる。
「強情な奴らだ」弁千代が呟いた。
「だが真っ正直な剣だ、斬り合いに小手先の技は要らねぇ」
「戦場では威力を発揮するな」
「そうならなきゃいいがな・・・」
「三本目、これを取った方が勝ちとなる」吉永が念を押した。
「承知!」同時に応えた。
「勝負・・・始め!」
竹刀を掬い上げて胴を狙ったのは木場だった。
高野は跳ね上がった竹刀を強引に打ち下ろす。
面と胴が同時に音を立てた。
「相打ち!」吉永の声が飛ぶ。
今度は高野が木場の竹刀を打ち落とし、面へと技を繋げる。
木場は胴を掬うように斬りあげた。
「相打ちだ!」またしても吉永は判定を見送った。
「チッ!」
木場は高野に剣尖を向けると床を蹴った。
猛烈な突きが高野の胴を襲う。
勝ったと思った瞬間喉に衝撃があった。
「相突き!」
三度目の相打ちだった。
「次はねぇぞ!」
「ほざけ!」
互いに真っ向から面に打って出た。
空中で竹刀が噛み合って手元を下げる。
再びの鍔迫り合いと誰もが思った時、木場が高野に組み付いた。
「柔術なら俺が上手だ!」
根っこごと引き抜かれた大木のように、高野の躰は宙に浮き肩越しに床に叩きつけられた。
息が詰まって呻いている高野に、木場が馬乗りになった。
木場は高野の突垂れを掴むと、一気に面をむしり取り、竹刀を高野の首に押し付ける。
「どうだ!」
木場が嘯いた。
「ま、参った・・・」
「それまで!」吉永が右手を高々と上げた。
「この勝負、白の勝ち!」
東の武者溜まりから、わっ!と歓声が上がった。
「残念だったな」五郎が北叟笑んだ。
「まだ終わったわけでは無い」弁千代が冷静に応えた。
「さて、次は関か・・・」
「今度はもらう」
「どうだかな」
初戦は遊撃隊に凱歌が上がった。




