都
都
弁千代が対岸に到着してから三日、今までとはまるで違う雰囲気の土地に着く。
真っ直ぐでだだっ広い道がいく筋もあった。まるで碁盤の上に築かれた街だ。
『ここが、本邦の王が御坐す都か』弁千代は、埃っぽい通りを見ながらある感慨に浸っていた。
『武家の棟梁より偉い人とは、いったいどのような人であろうか・・・』
弁千代は雲上人の姿を想像しながら、寺の多い通りを歩いて行った。
『征夷大将軍、坂上田村麻呂が建立した寺はこのあたりのはずだが?』
その寺の麓に母方の先祖の分骨を収めた廟がある。『もし、都にゆく事があれば線香の一本もあげてきておくれ』と、母が言っていた。
だらだらとした坂道を登ってゆく途中にそれはあった。
長い石橋を渡ると、正面に急な石段があり、登りきったところに総門があった。
その石段の下に、小柄な花売りの娘がしゃがんで花を売っている。
歳は十七・八だろう、粗末な絣の着物に手拭いで日除けのほっかむりをしている。
紅も引いていないのに、ぽってりとした唇が朱かった。
理知的な瞳が弁千代を見上げた。「お侍さんお参りでしょ、花いらんかね?」
弁千代は、ハッと我に返った。しばらく見惚れていたらしい。
「はい、頂きます!何しろ初めてなもので・・・」
「この方が花立てに立てやすいから・・・」娘はそう言って鋏で茎を短めに切った。そしてにっこり笑って、白と黄色の小菊を弁千代に手渡した。
「あの、幾らですか?」
「二朱になります」
弁千代は財布から銭を取り出し娘に渡した。
「ありがとうございます。総門を潜ると正面に仏殿があります、そこでお参りを済ませてから祖壇の側の納骨堂へ行くと良いですよ。後は案内のお坊さんがいますから・・・」
「ありがとう、行って来ます」
「行ってらっしゃいませ」娘はペコンと頭を下げ微笑んだ。その顔にどこか陰がある事に弁千代は気が付いた。
石段を上り仏殿にお参りをすると若い僧がでてきた。戒名を告げると場所はすぐに知れた。
弁千代は、先祖の霊に花を添え、蝋燭に火を灯し香炉に線香を立てた。
リンを叩き手をあわせ目を瞑った、暫く口の中で念仏を唱える。
『これでよし、母上との約束は果たした』弁千代は、肩の荷を一つ下ろしたような気がした。
総門を出て石段を降りた時、もう花売りの娘は居なかった。
日が暮れかけている、『俺が最後の客だったのか』弁千代は少しガッカリしながら、だらだらとした坂道を戻り始めた。
『さて、今夜の宿を探すか・・・』




