鬼ヶ島
鬼ヶ島
船が島に近づいた。本当に小さな島だった。歩いて一周しても半刻もかかるまい。
船着場に船は少なかった。皆漁に出ているのだろう。
船頭は荷を降ろし、対岸に向けて漕ぎ出して行った。
「帰りは明日になるよ、乗るんだったら今頃の時刻にここに居ると良い!」魯を漕ぎながら船頭が叫んだ。
「有難う!」
「気を付けてな!あんたの骸を運びたくは無いからね!」
「・・・」弁千代は黙って手を振った。
「あんた、何しに来たんだい?」背後から声がした、振り向くと小さな老婆が立って居る。
「えっ!いつの間に?」
「船が着いた時からさ、そんな事はどうでも良いから質問に答えな」
「失礼しました、大黒さんに会いに・・・その、棒術の達人だと聞いたものですから」
「あんたも死にたいのかい?」
「いえ・・・それは」
「その荷物を担いで付いて来な」老婆はそう言うと、後ろも見ずにさっさと歩き出した。
弁千代は仕方なく、菰で包まれた賽銭箱ほどの大きさの荷を担いで老婆に従った。
「あんたが居て助かったよ、後で誰かに取りにこさせる手間が省けた」相変わらず前を向いたまま老婆が言った。
島全体が一つの山のようになっている。その中腹に老婆の小屋はあった。
周囲の山肌に、二十戸ほどの民家がへばりつくように建っている。棚田が見えた。
中に入ると味噌や乾物、そのほか生活に必要な雑貨が並べて置いてある。ここはこの島唯一の店なのだ。
「その辺に置いとくれ」老婆が土間の隅を指差す。
「はい」弁千代は言われるがまま、荷を置いた。
「大黒に会いたいんだって?」やっと老婆が弁千代の方を向いた。
「はい、是非お手合わせ願いたいと・・・」
「酔狂な侍だねぇ、死なないまでも不具になったら人生終いじゃないか」
「武者修行の身、それも予定に入っております」
「おや、言うねぇ。なら会わせてやってもいいけど、一つだけ約束しな」
「何でしょう?」
「無事に帰っても、大黒の事は口外しないと」
「は、何故?」
「お前さんのような手合いが増えると困るからさ」
「と、言うと?」
「大黒は、静かに暮らしたいのさ・・・分かるだろう?」
「然し、船頭さんの話では残忍な鬼だと・・・」
「そう思わせといた方が、人が寄り付かないからね」
「はあ・・・」なんだか話が違っている、残忍な鬼ではないのか?
弁千代は、訳が分からなくなって来た。




