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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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久し振りの一人旅である。季節はもうすっかり夏になっていた。

少し歩くと汗ばむような陽気の中、弁千代は菅笠を被り袴の股立ちをとって歩く。

目の前に平地が広がる、遠くに水平線が見えた。

「はて、こんなところに海があったかな?」弁千代は訝しんだ。「兎に角行ってみるしか無いな」

水の辺りに辿り着いた頃には、もう日が暮れかけていた。対岸の山が微かに見える。

「なんだ、湖だったのか。遠くからはあの山が霞んで見えなかった、だから海に見えたのだ」

弁千代は得心した。「然し大きな湖だなぁ!」

宿を探した。大きな城下町である。この湖を利用した交通・物流の拠点なのであろう、大小いくつもの宿があった。

弁千代は大きな風呂のある宿を選んだ、埃まみれの汗を流したかったのである。

二階の部屋に通され障子窓を開けると、涼しい風が入り込んできた。湖がよく見える。

目の前の港にはたくさんの船が停泊していた。


「いらっしゃい」仲居が茶を持って現れた。「お客さん、飯を先にすっかね、それともお風呂?」「できれば風呂を先にいただきたいのですが?」

「良かった、今なら空いてるよ」

「では、茶を頂いたらすぐに・・・」

「は〜い。すぐ浴衣を用意するで」仲居は立ち上って出て行こうとした。

「あっ、一つ聞きたい事があります」弁千代は仲居を呼び止めた。

「あんだね?」

「この辺に、武術の強い人はいませんか?」

「さあねぇ、この辺は商人の町だで・・・」仲居はしばらく首を捻っていたが、「あっ、そうそう、この湖の真ん中に島があるけんど、そこに棒術の達者がいるという噂は聞いた事があっど」

「棒術?」

「なんでも、大黒様が夢枕に立って極意を授けてくれたんだと。まぁ、眉唾だろうけどね」仲居は、声を上げて笑った。

「そうですか・・・」

「行くなら、うちの旦那さんに頼んでやろうか?」

「えっ!船があるのですか?」

「うちは商いも手広くやってっからね。明日の朝一番で対岸の町に荷を運ぶ船が出るだ。途中で島にも寄っから、乗っけてって貰えばいい」

眉唾なら行くだけ無駄だが・・・「暫く考えてみます」

「晩飯の時、返事してくれれば良いから」

「有難う・・・」まず湯に浸かろう、それからゆっくり考えれば良い。


仲居が持ってきてくれた浴衣と手拭いを持って湯場に行く。ここの風呂は湖に面しており、内湯の他に野風呂がある、弁千代は湖から吹く涼しい風に吹かれながら野風呂に浸かった。

汗を流し、湖を眺めていると遠くに島影が見える。

「あの島だな・・」なんだか急に行ってみたくなった。「変な気持ちだ、誰かが呼んでいるような・・・」

「まいいか、急ぐ旅でも無し」


弁千代は行くことに決めて、晩飯の時仲居に告げた。

「あれ、行くかい?お客さんも物好きだね」

「はい、よろしくお願いします」

「わかった、あとで旦那さんに言っといてやるよ」

そう言って仲居はまた笑いながら出て行った。


翌朝、弁千代は船に乗った。それほど大きな船ではない。船頭は魯で漕ぎ出した。

湖面には順風が吹いていた。

「お侍さん、あの島に何の用事だい?」

風を捉えて帆をあげると、一段落したのか船頭が尋ねてきた。

「棒術の達人がいると聞きました」

「ああ、大黒さんね」

「大黒・・・」

「自分でそう名乗っているよ、本名は知らないけどね」

「では、ふくよかでいつもニコニコしてる・・・」

「とんでもない!痩せギスで色の黒い鬼のような人だね・・・いや鬼か」

「でも大黒さんと云えば福の神でしょう?」

「日本に来てからはね。中国に居る時は角を持った破壊神だよ、似てると云えば真っ黒いとこだけだね」

「へえ、なぜそのように変わったのですか?」

「知らないよ、誰かの都合なんだろう。だけど俺たちはあの島を鬼ヶ島と呼んでるよ」

「鬼ヶ島・・・ですか?」

「悪い事は言わない、よした方が良いよ」船頭は眉を顰めて弁千代に忠告した。

「有難う、でもせっかく来たんだから会うだけでも・・・」

「そうかい、ならもう何も言わないよ。ただ、生きて戻れる保証は無いよ」

「そんなに強いのですか?」

「強い・・・というより残忍なんだね、今まで何人殺られたか分からないよ」

「・・・肝に命じます」

弁千代は、その男・・・大黒に興味を覚えた。









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