捨剣
捨剣
弁千代は木刀を構えて無二斎と向き合った。無二斎は無腰。
剣の切っ先は正確に無二斎の正中を捉えている。
「剣を持って儂に撃ち掛かって参れ」
無二斎に言われた時、弁千代は躊躇した。
無二斎の強さは分かっている、然し自分も剣には些か自信がある。間違って師匠に怪我でもさせたら大変だ。
然し、それは杞憂であった。無二斎に打ち込む隙は微塵もない、正中を抑えるだけで精一杯なのである。
気が膨らみ、無二斎の躰が倍ほども大きく見えた。
剣の切っ先が僅かに震えだす。それを押さえ込もうとして弁千代は腕に力を込めた。
その瞬間、無二斎が気配も無く間を詰めた、まるで氷の上を滑るみたいだった。
弁千代は遮二無二突いたが、切っ先は無二斎の残像を貫いただけだった。
無二斎の掌で胸を突かれた弁千代は、二間も吹っ飛ばされていた。
胸を押さえて立ち上がる、まだ剣は離していない。
胸の痛みを堪え、上段に構えた。左の拳の下から、無二斎を睨み据える。
無二斎が右に動いた。
それを弁千代の剣が追う。
剣が虚しく空を切った時、柄を取られて急に躰が軽くなった。
庭の隅まで転がった。
後はよく覚えていない。無我夢中で撃ち込んでいった剣が、全て躱され投げられた。
目眩がして立っているのがやっとだった。
無二斎の気が萎んだ。
弁千代は、ガクリと膝を着く。
弁千代は剣を手放し、地面に跪いた。
「参りました・・・」
無二斎は笑っていた。
「今日からお主の修業が始まったのじゃ」




