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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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再会

再会


博多商人の大店が立ち並ぶ一角に店はあった。

長崎の店と同じく、白い提灯に鰻がのたくったような文字で”らいじん”と書いてある。

「大将意外と頑固なのね、長崎の時と同じ看板だわ」

「ははは、そうでなければあんな美味い料理は作れませんよ」

弁千代が懐かしそうに言った。

「そんなに美味いのか?」左近が訊いた。

「きっとご期待に添えると思います」

「うむ、その言葉信じよう」

弁千代が先に立って店の暖簾を潜った。

まだ時間が早いせいか、店に客は居なかった。

「いらっしゃい!」

懐かしい胴間声が聞こえた。

「大将、ご無沙汰しています」弁千代が笑って挨拶をした。

「大将、元気そうね!」鈴が満面の笑みで言った。

大将は一瞬動きを止めて二人に見入った。次の瞬間弾かれたように飛んできた。

「せ、先生!」

弁千代に抱きつき熊のような力で締め付ける。

「た、大将・・・く、苦しい」

「おお、済まねぇ済まねぇ、だって何年ぶりだろう、本当に先生かい?まるで夢のようだ・・・」

大将の目が、もう潤んでいる。

「相変わらず涙脆いわねぇ」

「おぉ!鈴さん元気だったか。相変わらず別嬪べっぴんだ!」

「嫌だ大将ったら、もう一児の母ですよ」

「ん、そのちっこいのが二人の子供か・・・どうれ、抱っこさせてくれ!」

大将はいきなり薫を抱き上げ天井に差し上げた。

薫は驚いて今にも泣きそうな顔をしている。

そんな薫に構わず、大将が頬擦りした。

「お、おじちゃんおひげ痛い・・・」

ついに薫が泣き出した。

「ごめんよ、つい嬉しくってなぁ。お詫びにとびきり美味いものを作ってやるから許してくれよ」

そういって薫を下に下ろした。

「おっと、そちらのお侍さんは?」

左近に気付いて大将が訊いた。

「私の知り合いで宮原左近さん、今日この店の場所を調べて案内して下さったのです」

「宮原左近と申す、この店の評判を聞いて楽しみにして来た」

「それはそれは、有難うございます。先生のお知り合いとあっちゃ、下手なものはお出しできません、腕によりをかけますので楽しんでって下さい」

「おい、悦、皆さんを奥の座敷に案内してくれ」

いつの間にか後ろに控えていた女性に大将が言った。

「女将さん、長崎ではお世話になりました。お元気そうで何よりです」弁千代が改めて挨拶をした。

「本当に、その節は有難うございました」鈴も頭を下げる。

「何を仰います、今日お会いできるなんて夢のようですわ。ささ、こんな所で立ち話も野暮でございます、どうぞこちらへ」

四人は女将にいざなわれて、奥の座敷へと上がった。


*******


「えっ、愛一郎殿がこの博多へ!」

弁千代と鈴が顔を見合わせた。

「本当だ、親父の知り合いの所に居るそうだ。先生が来てると知ったら驚くぜ」

「なぜ博多に?」

「何でもお城で開催される剣術試合に出るって言ってたぜ」

今度は左近と目が合った。

「それは、鎌池検校様主催の試合のことか?」

左近が訊いた。

「聞いてねぇなぁ、あ、そうだ、悦に愛一郎さんを呼びにやらせるから直接本人に聞いて見ちゃどうだい?」

「近くにいるのですか?」

「廻船問屋の玄海屋だ」

「なんと、それは私が以前お世話になった店じゃないですか!」

「そりゃ奇遇だ!・・・悦、悦!」大将が女将を大声で呼んだ。

「は〜い」店の方から声がした。

「ひとっ走り玄海屋まで言って、愛一郎さんを呼んで来てくれねぇか!」

「分かりました、じゃあ、店の方お願いしますよ」

「おぅ、任せとけ!」

女将が外へ出て行き、気配が遠ざかると大将が立ち上がった。

「すぐ料理を作って来るから、食べて待っているといい」

「お世話をかけます」弁千代が頭を下げる。

「なぁに、今夜は久し振りに長崎の話で盛り上がろうぜ」

そう言って大将は店に出て行った。


*******


店の方から慌ただしい足音が聞こえて来た。

「先生!」

懐かしい愛一郎の声だ。

「おお、愛一郎殿!」

すっかり成人して、逞しくなった愛一郎の姿がそこにあった。

二人は暫く見つめ合った。

「お久し振りです」

「元気でしたか・・・」

喉が詰まって言葉が出てこない。

「まあ、恋人との再会みたいね」鈴が可笑しそうに言った。

「若、立派になって。見違えたわ」

「鈴さん、ご無沙汰しておりました。お元気でしたか?」

「見ての通りよ」

「先生と夫婦になられたのですね、おめでとう御座います」

「有難う・・・これは息子の薫よ」鈴が薫を前に押しやった。

「これ、薫ご挨拶なさい」

薫がおずおずと愛一郎を見あげた。

「薫です・・・」小さな声だった。

「おい薫、俺に言ったように言ってみろ」左近が笑いながら言った。

「はい・・・無門薫です、よろしくお願いします!」

愛一郎が怪訝な顔をした。

「先生、今は無門と名乗っておられるのですか?」

「うむ、故あって柳河藩家老の家を継ぐことになった」

「それは重ねておめでとうございます。無門弁千代・・・先生にぴったりのお名前です」

「有難う・・・」

「坊や・・・いや薫殿、良いご両親を持って貴方はお幸せですね」

「はい!」今度は元気な返事だった。


皆で一通り挨拶を済ませた後、試合の話になった。

「貴方が検校様の一番弟子、宮原左近様でしたか」愛一郎が言った。「お噂は松山まで届いております」

「如何にも。貴殿は松山から参られたのか?」

「はい、父は河野水軍の末裔で河野伊兵衛と申します。今は湯築ゆづき旅館という小さな旅館をやっております」

「河野水軍と言えば壇ノ浦の合戦で有名な河野通信かわのみちのぶの子孫か。これは驚いた」

「鎌池検校様よりお誘いを頂き、今回の試合に出させていただく事になりました」

「先生が、武士に限らず剣術を志す者を募ったと言われておったが、本当だったのだな」

「鎌池先生の度量の広さには感服致します」

「先生は本当に剣術の将来を案じておられるのだ、近頃の侍は剣術をないがしろにしておるからな」

「先生のご期待にお応え出来るよう、恥ずかしくない試合をしたいと思います」

「我々もうかうか出来んなぁ、弁千代殿」

「はい、武術に武士も町人もありません。誰と当たろうと全力を尽くすのみです」

「お二人と戦えるよう頑張ります」愛一郎が言った。

「楽しみにしておるよ」

その時、足音が聞こえて座敷の襖が開いた。

「店が暇になったんで、暖簾を下ろしてきた」大将が酒の角樽を抱えて入って来た。

「今夜は帰さねぇよ」


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