博多入り
博多入り
博多まで、どんなにゆっくり歩いても八つ時には着く。
三人は長崎街道を離れ、だんだん賑やかになって行く街並みを眺めながら歩を進めた。
見覚えのある街並みに着くと、以前来た時に泊まった、西新屋に宿を取った。
その時の印象が弁千代には好ましいものだったからだ。
部屋に入って荷を解いた頃にようやく陽が西に傾いた。
仲居に、らいじんの場所を聞いてみたが知らないと言う。おそらく東の商人町の方ではないかと教えてくれた。
弁千代は先に、黒田藩の道場に行って鎌池検校と宮原左近に会って来る事にした。
「鈴さん、私は鎌池検校様にご挨拶に行って参ります。その間、薫とこの辺を散策でもしていて下さい」
「分かったわ、ついでにらいじんの場所も誰かに訊ねてみるわね」
「私も藩道場の方達に訊ねてみます。きっと誰か知っている筈ですから」
弁千代は密偵の笠原庄吉に出会った堀端の道を、懐かしく思い出しながら道場まで歩いた。
門番に訪を告げると、弁千代を覚えていたらしく直ぐに検校に取り次いでくれた。
玄関で待っていると、宮原左近が出てきた。
「中武弁千代、いや、今は無門弁千代か。何れにしても久しぶりだなぁ、怪我をしたと聞いたがもう良いのか?」
「宮原さんお久し振りです。はい、もうすっかり良くなりました」
「検校様主催の試合には出るのか?」
「はい、今日はそのことをお伝えに来ました」
「それは楽しみだ。俺も出る、この前の決着を付けようではないか」
「まだ、当たると決まった訳ではありませんよ」
「いや、きっとそうなるさ」
宮原は自信たっぷりに答えた。
「ところで検校様はお元気ですか?」
剣の話になると長くなりそうだったので、弁千代はさりげなく話題を変えた。
「おお、そうだった、済まなかったなこんな所で長話をして。さあ上がれ、検校様がお待ちかねだ」
左近が先に立って、弁千代を奥の座敷に誘った。
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「ご健勝で何よりです」
弁千代は検校の前に手をついて頭を下げた。
「その節は大変お世話になりました、お陰様で我が柳河藩も財政の立て直しが軌道に乗り、ようやく一息ついたところで御座います」
「それは良かった、私も玄海屋を紹介した甲斐があったと言うものだ」
「本当にありがとう御座いました」
「いや、礼には及ばぬ。それよりも儂の催す試合に出てくれるとか、礼を申す」
「いえ、恥ずかしくない試合が出来るよう、力を尽くします」
「うむ、この度は武士に限らず剣を志す者を近隣諸国から募った。思わぬ強者が参加すると予想される。宮原にも申したことだが決して油断めさるな」
「心得てございます」
「試合までまだ間がある、体が鈍らぬようこの道場で稽古をするが良い」
「はい、有難うございます」
弁千代は再び頭を下げた。
「所で無門殿」同席していた宮原が口を開いた。「今夜良ければ一献傾けたいのだが?」
「宮原さん、実は妻子を伴って来ております。この博多で知り合いの者が店を開いていると聞いたので訪ねようと思っているのです」
「ほう、なんと言う店だ?」
「らいじん、と申します」
「なに、らいじん。近頃評判の店だな」
「ところが場所が分からず困っていたところです」
「よし、俺が案内しよう。俺も初めてだが場所は門弟たちに聞いておく」
「それは有難い。何しろ博多の町は不案内で、少々不安になっておった所です。ですが、妻子も旅の疲れが出ておりましょう、明日では如何ですか?」
「うむ、そうであろうな。では、明日夕刻、家族を連れてここに来てくれ」
「よろしくお願い致します」
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翌日の夕刻、弁千代は鈴と薫を連れて藩道場の宮原を訪ねた。
宮原はすぐに出て来た。
「今日はよろしくお願い致します」弁千代が頭を下げる。
「おお、場所は分かったぞ。うまい卓袱を食わせる店だそうだな」
「はい、本場長崎仕込みの腕です」
「そうか、楽しみだな」左近は弁千代の後ろに畏っている二人に目を向けた。
「そちらはお内儀とご子息か?」
「はい、鈴と申します。どうぞお見知り置きを」
「いや、こちらこそ今日は無理を言った、宮原左近と申す。して坊の名は?」
左近は腰を屈めて薫を見た。薫は厳つい左近の顔に驚いたようだが、意を決したように名乗った。
「無門薫と申します、よろしくお願い致します」
「ほう、よく出来た、上出来だ」左近は目を細めて呵々と笑った。
「坊、少し歩くが大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「うん、良い子だ」
薫は意外と優しい左近にホッとしたように小さな溜息をついた。




