壊れたマリオネット
サラッとお読みください。
私はカティア。貧民街で生活は苦しいけど、優しいお母さんと二人一緒なら平気だった。今は全然上手くいかないけど、いつか大きくなったら、お母さんを養って幸せにするんだと思っていた。
「カティアナ!!このお金はどうしたの!?」
「……お金持ちの人の財布をスった」
「カティアナ!!どうしてそんな事をするの!?人の物を盗むなんて……」
「だって……お母さんの病気の薬のお金が足りないんだもん!!」
「カティアナ……。気持ちは嬉しいけど、こんな事をしてはいけないわ」
「どうして!?お母さんだって薬が無いと苦しいでしょ!?痛いでしょ!?」
「カティアナ、お願い聞いて。貴女は優しい子なのは分かっているわ……でも、優しさを履き違えては駄目よ。お母さんはね、カティアナには人に優しく出来る子になって欲しいの」
「なんで?皆んな私達に優しく無いのに、どうして私達が優しくしなきゃならないの?」
「……いつか分かるわ。自分がした事はいつか自分に返ってくるの」
「そんなの分からないじゃない!!他人にそんな事していたら利用されるだけだもん!!」
「カティアナ……ごめんなさい、こんなお母さんで……」
「っ!!……ごめんなさい、お母さん。私はお母さんがいれば何でもいいの。だから私のそばに居て?」
「えぇ、ずっと一緒よ、私のカティアナ」
お母さんの言う事はよく分からないけど、お母さんを悲しませたい訳じゃ無い。ただ元気に一緒に生きていたいだけ。お母さんの苦しむ姿が見たくない。
そんなある日、街が悲鳴で溢れた。魔物のスタンピードが起こり、王都に魔物が大量に入り込んだのだ。
「カティアナ!!急いで逃げるわよ!!」
「うん!!」
お母さんに手を引かれ、転びそうになりながら貴族街へと助けを求めて逃げる。周りには魔物に襲われてぐちゃぐちゃになった死体が転がっている。私は吐きそうになりながら、がむしゃらに走った。
貴族街には人が溢れて助けを求める声が飛び交っている。お母さんも必死に叫んで助けを求めた。
「お願いです!!娘だけでも!!お願いです、公爵様!!」
だが、貴族達は頑丈な門を閉ざして入れてはくれない。その間にも魔物は襲ってくる。お母さんは小さな私を抱きしめて座り込み、悲鳴が聞こえない様に私の耳を塞いだ。少しするとお母さんは顔をあげて周りを見渡しだした。お母さんの視線を辿ると、逃げて来た人の中ごちゃごちゃになる中で男の子が蹲り、泣いている様だった。
綺麗な服が破れ、女の子みたいな中性的な美しい顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫んでいるみたいだった。お母さんは私から離れて男の子の所に行こうとした。
「お母さん!!行かないで!!お母さん!!独りにしないで!!」
「カティアナ、もうすぐ兵士さん達が来るわ。だから公爵様の門の側に行きなさい。体が小さいからカティアナなら直ぐに門まで通り抜けられる。カティアナ、行きなさい」
「嫌だ!!お母さん、お願い!!行かないで!!」
「カティアナ!!行きなさい!!」
お母さんは私を突き放して、泣きじゃくる男の子の元へ走って行った。私は泣きながらお母さんを呼び続けたが、お母さんは振り返らなかった。そして泣きじゃくる男の子に覆い被さり、迫り来る魔物から身を挺して守る様に抱きしめていた。
私は人に揉みくちゃにされながら、兵士達が来て魔物を倒すまでその光景を見つめ続けた。魔物に齧り付かれ、足を食われ、背中に傷を負わされ、それでも腕の男の子を守った。私はふらふらとお母さんに近づく。
「……お母さん?ねぇ、お母さん。返事してよ、大丈夫って笑ってよ。お母さん、お母さん、お母さん」
既に光の無い目をしているお母さんを揺さぶり続ける。お母さんの腕の中から男の子が這い出て来て、泣きながら私に謝っているがどうでもいい。
「お母さん、お母さん……ねぇ、お母さん、お母さんってば、起きて……お母さん」
「ごめん、ごめんなさい。僕が外に独りで出歩いたせいで、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「坊っちゃま!!アロンゾ坊ちゃま!!」
それからの記憶は曖昧だ。私はお母さんに縋り付き、火葬されるまでお母さんから離れなかった。呆然としている私を公爵様が引き取り、何度も感謝の言葉を口にして、男の子……アロンゾは謝り続けた。私は貧民街とは比べ物にならない程の食事や衣服を与えられたが、どうでもいい。お母さんが死んでしまった。私を遺して、私じゃ無い子供を守って死んだ。そして、私は公爵家子息のアロンゾの義理妹として生きる事になった。
違う、こんな生活が欲しいんじゃない。お母さんがいれば何でも良かったのに。壊れたマリオネットの様に私は緩やかに狂っていった。
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あれから何年経ったのだろう。今でも夢に見る。お母さんが私を突き放して、アロンゾを抱きしめて守る。何故、私じゃないの。どうして私を独りにしたの。
「カティアナ……カティアナ!!止めるんだ!!」
アロンゾに名前を呼ばれ、気づいたら私は食事に出されていたフォークを自分の左手に何度も何度も刺していた。血塗れになった左手にアロンゾが治癒魔法を掛けていく。傷は塞がり、血をアロンゾが丁寧に拭いてゆく。
お母さんに守られなかった私は要らない。大事にされる必要なんてない。私は……独りだ。
私は奇声を上げて頭を掻きむしり、綺麗に手入れされ、伸びた茶色の髪を引きちぎる。ブチブチと音を立てて髪を引きちぎる私をアロンゾは必死に押さえつけて、大丈夫だと何度も言い聞かせてくるが、何が大丈夫なのだろう。
「お母さん、お母さん……」
『役に立たないカティアナ。カティアナを守るよりアロンゾの方が大切。要らない、カティアナは邪魔』
「お母さん、どうして……お母さん。良い子になるから……お母さん、独りにしないで」
アロンゾに抱きしめられた肩越しに、お母さんがいる。お母さんは私を蔑む様な目で呪いの様な言葉を紡ぎ続ける。お母さんはこんな顔をしていただろうか。
「カティアナ……何も聞くな。カティアナは何も悪くない。すまない、カティアナ……すまない」
「違う、違う、違う。私の本当のお母さんじゃない。此奴はお母さんじゃない。お母さんはこんな事言わない。消えろ、消えろ、消えろ」
私は嘲笑うお母さんに指を指して同じ言葉を繰り返す。周りにはお母さんが見えないみたいだ。ただ私が落ち着くまで必死に宥める。特にアロンゾは私の側に寄り添い続ける。どうして、お母さんはアロンゾを守ったの?私より大事だから?貴族だから?命をかけてまで守らなきゃいけなかったの?
私は私に呪詛を掛けて、自分を痛め続ける。常に呪詛のアザに激痛がおそい、ゆっくりと年月を掛けてアザは広がり、顔を含めて体の左半分まで侵蝕している。足りない、足りない、もっと私は苦しまなきゃいけない。お母さんも苦しんで死んだのだから。もっと痛みを苦しみを私に頂戴。
夜になり、いつもの様にアロンゾと一緒の寝室で眠る。痛みと悪夢に魘される私はさぞや面倒だろうに、公爵家に来てからずっとアロンゾが私の隣で眠る。
私は夜中に痛みで目を覚まして、ゆっくりとベッドから降りて窓を見ると、お母さんが映っていた。茶色の長い髪、優しい緑色の瞳をした無表情のお母さん。
「あぁ、お母さん……ここに居たのね」
私が笑うと、窓に映ったお母さんも笑う。でも、何故お母さんに呪詛のアザがあるのだろうか?私は惹かれる様に窓に手を伸ばして、お母さんに飛びつく様に窓へと突っ込む。すると鍵の掛かった窓を私は突き破り、外へと身を投げたが、アロンゾが私の左手を掴んでいた。そのままアロンゾに引っ張られて、覆い被さるように抱きしめられる。
「カティアナ……!!頼む、自分を痛め続けるのはやめてくれ!!呪うなら俺を呪ってくれ……」
「……?駄目よ?お母さんが私よりアロンゾを選んで守ったのだから。私は要らない。だけど、アロンゾは必要」
「違う!!違う!!カティアナ、俺にはカティアナが必要なんだ!!頼む……愛してる、カティアナ」
「あいしてる……?違う、アロンゾが愛してるのは私のお母さんだ」
「カティアナ、違う!!俺が愛してるのはカティアナだ!!」
私は、乱暴に放棄して汚れたまま生きる方法しか知らない。過ぎ去ってく時に飲まれる毎日。楔に打たれる朝が来るならもう、おかしなマリオネットのままでいい。
「ねぇ、アロンゾ?人には色んな感情がある。人はそれで動く生き物……でもね、一番人の心を蝕むのは死なの。そして私を突き動かすものは死なのよ。私はどうすれば良いのかな?」
「カティアナ……生きてくれ。君のいない世界なんて考えられないんだ」
「……そっかあ。それじゃあ、私が死んだらアロンゾも私の様になるのかなぁ?」
クスクスと笑い私はアロンゾを抱きしめ返した。
ありがとうございました!!