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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十四話 命のくちづけ

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手助け

 ダルウィンがニルケを背負い、一行はラーバの山を出た。

「来る時はあれだけ歩いたのに、戻る時はずいぶんスムーズよねぇ」

「たぶんこの傷も、奴が仕掛けたんだよ。オレが通った時には、こんな傷ができるようなものはなかったんだから。この足で森やあの城の中を歩かせることで、ニルケから集中力を奪おうとしたんだ。熱だって……」

 ニルケは最後尾を歩いていた。同じ道を歩いているのだから、何かあればカードが気付く。ニルケの前にはリンネが歩いていたから、何かあればリンネが先にケガをするなりしていたはず。ふたりも先に歩いているのに何もないのは妙だ。ニルケが歩いている時に何かしらの術が作動したのだろう。全てはニルケを陥れるための計画だったのだ。

 シェリルーの祖父母の家へ行くと、キーシャンとリトリーが転がるように出て来た。

 彼らは孫娘が荷物を置いたまま消えてしまい、ひどく心配していたのだ。

「ごめんなさい、おばあちゃん、おじいちゃん」

 シェリルーはこれまでのことを、手短に二人に話した。リンネ達はその間に、ニルケの傷を手当てしておく。

「彼を助けに行かなきゃいけないの。彼のこと、お願いね」

 二人は、ニルケはここにいるのに彼を助けに行く、というシェリルーの言葉がいまいちわからない様子だった。魔法使いではない人に魔物だの魂だのといった話は理解が難しいだろうが、今はゆっくりと一から話している時間はない。シェリルーはとにかく頼む、と言いおいて家を出た。

「シェリルー、どうするつもりなの?」

「水晶球を手に入れるわ。それで捜してみる」

 シェリルーは、魔法道具を扱う店へ行き、手頃な水晶球を買い求めた。ついでに、すぐ使いたいので奥の部屋を貸して欲しいと頼む。水晶球だけではおかしな魔法も使えないからか、店の主人はすぐに貸してくれた。

 暗い部屋で、明かりはローソクの火だけ。リンネ達が見守る中、シェリルーはジルドーの行方を捜すべく呪文を唱える。

「暗いわ……コケがわずかに光ってるのが見える。水がしみ出しているみたい。濡れた場所。壁は岩……かしら」

 シェリルーは水晶に手をかざし、その中に映るものを口にしてゆく。だが、そのかざしていた手をテーブルの上に置いた。

「駄目、私にはこれ以上見えない。洞窟みたいな場所というだけで、その洞窟がどこにあるのかまでは見えない」

 洞窟など、探せば世界中で大小無数に存在する。そんな所を一つずつ捜している時間などはない。ニルケをあの状態のままで放っておけば、本当に危険なのだ。

「あの……ねぇ、シェリルー。女の子の顔が見えるんだけど」

「ええっ?」

 シェリルーはリンネの言葉に驚き、水晶球とリンネの顔を交互に見る。

「リンネ、まさかしばらく会わないうちに、魔法ができるようになったの?」

 普通の人に水晶の中の映像は見えないはず。だから、リンネ達にわかるよう、シェリルーは水晶に映ったものを口に出していた。

 それなのに、リンネはシェリルーにも見えなかった女の子の顔が見える、などと言う。シェリルーが驚くのも無理はなかった。

「えっと、シェリルー。俺にも見える」

 ダルウィンが少し申し訳なさそうに言った。シェリルーはただ目を丸くするしかできない。

「あ、ごめんなさい。水晶に映ってる訳じゃないの」

 リンネの言う女の子が、ひょこっと顔を出した。ただ、その女の子は手の平に乗りそうな程に小さい。背中には透明な羽がある。

「驚かすつもりはなかったんだけど。あなた達の角度からは、水晶に映っているみたいに見えたのね」

 言いながら、水晶の上にふわりと立つ。

「あなたは妖精よね? どうして私に見えないのかしらってことで驚いたわ」

 シェリルーは街の中で妖精が現れたことより、別の部分でほっと胸をなでおろす。

「あなた、もしかしてメイナ?」

 リンネが問うと、少女は頷いた。

「あ、ニルケが助けたって話してた妖精か。あの莫迦コーモリに絡まれてたとかって」

 カードも言われて思い出した。

「そうよ。そのニルケが危ない目に遭ってるらしいって感じたから、追い掛けて来たの」

 メイナの言葉に、誰もが驚く。

「どうして? どうしてニルケが危ないってわかったの? 危ないって言うより、瀬戸際に来てるって言う方が正しいかも知れないけど」

「私が捕まったりしたから……」

「シェリルーが悪いんじゃないわよ。ね、メイナ、どうしてあなたはここへ来られたの?」

「わたしのおまじないの一つよ」

 ニルケはジルドーに絡まれていたメイナを助け、メイナは別れる時にニルケの頬にキスをした。それは、ジルドーを遠ざけてくれたお礼のつもりでもあったが、実はもう少し深いお礼も込められていたのだ。

 今後彼が危険な目に遭遇した時、一度だけ助けに行けるようにセンサーを付けたようなものだったのである。

 そのセンサーが作動し、メイナは感じた。ニルケが今、危ない状態にある、と。

 危ないということだけしか感じられないが、彼がいる場所はわかる。

 それで、メイナはタイズの街まで来た。ニルケがいる場所へと向かった。シェリルーの祖父母の家で眠っているニルケを見付け、そこでメイナはこれまで起きたことの全てを知る。彼の周りにいる人のことも。

 そして、メイナはここへ来たのだ。ニルケを助けようとしているリンネ達の元へ。

「じゃ、ニルケを助けてくれる? 彼は魂を抜かれて」

「ええ、知ってるわ」

 シェリルーの言葉を最後まで聞かず、メイナは答えた。

「でもね、いくら私が何とかしようと思っても、魂を作ることはできないの。ニルケの魂はニルケだけのものよ。それは神様の領分なの」

「じゃあ、どうすればいいの?」

 メイナの出現でニルケが助かると思ったシェリルーだったが、ことはそう簡単にいかないらしい。

「捜すの。ニルケの魂を捜すのよ」

「それは今、やったわ。あなたが現れる前まで、ずっと捜してたのよ。でも、私の力では場所がわからない。私なんかの魔力じゃ……」

 強く握ったシェリルーの拳が震える。

 悔しい。どうしてこうもうまく魔法が使えないのか。せめてこんな時だけでも使うことができれば。自分の命を助けるために、魔物の所まで来てくれた彼を救えたかも知れないのに。

 自分魔法の下手さ加減に、これ程腹が立つことはなかった。

「ジルドーの居場所は私が捜すわ。仲間にも助けてもらう。だけど……」

「だけど、何だよ」

「私達が人間を守れるのは、自然の災害や事故からだけよ。魔物の相手ができる程の力はないの」

「ジルドーの居場所がわかっても、そこまでってことか」

 ニルケに助けられるくらいなのだから、考えてみればメイナにジルドーの相手ができはしないだろう。

「構わないさ。場所さえわかれば、あとは俺達がやる。ニルケの魂は俺達が取り返すよ」

「うん、絶対にこのままじゃ、済まさない。いくらコーモリが逆さだからって、逆恨みなんてするもんじゃないわよ」

 普通に聞いていたら笑いそうだが、リンネは真剣に怒っている。

「じゃ、仲間に頼んで来るわね。待ってて」

 メイナは薄く透明な羽を羽ばたかせ、フッと消えた。

「思わぬ時に助っ人が現れてくれたよな。リンにしろニルケにしろ、どこかにちゃっかり手を広げてんだから」

「カードってば、何だか人聞きの悪いこと言わないでよ」

 何か事が起きると、人間以外の誰かが助けてくれる、ということは確かによくあることだが……。

「私がもっとうまく魔法を使えていたら……」

「シェリルー、そんな風に言わないで。プレッシャーがかかってたんだもん。仕方がないわよ」

「プレッシャーがなくても、うまくいかないわ」

 普段の修行中でも、一度でうまくいくなんてほとんどない。これはもう、魔法を使うことそのものにプレッシャーを感じているとしか思えなかった。

「もう、シェリルーってば。終わったことにいつまでクヨクヨしてるのよ。先のことを考えなきゃ。これからニルケを助けに行くのよ。その時にはシェリルーの魔法にも頼るんだから、できないなんて思わないで」

「だっ、駄目よ。私の魔法に頼るなんて言わないでちょうだい」

 リンネはちょっと渋い顔をして、軽く溜め息をついた。

「あのねー、シェリルー。ニルケがいない今、この中で魔法使いはあなただけなのよ? 相手は魔物なんだし、いくらダルウィンやカードが強くても防ぎ切れない何かが起こるかも知れない。その時はあたし達、あなたに頼るわよ。術をかけてこられたら、相手ができるのはシェリルーなんだからね」

「そ、そんな」

 リンネは脅しているつもりはない。事実を口にしただけだ。しかし、それはシェリルーにとっては重くのしかかる事実。

「シェリルー、誤解しないでくれ。俺達を守ってくれって意味じゃない」

 ダルウィンが口をはさんだ。

「ニルケを守ってほしいんだ。俺達が倒れたら、ニルケを助ける奴が誰もいなくなってしまう。そうならないためにも。シェリルー、ラーバの山で言っただろ? 命にかえてもニルケを助けるって」

 シェリルーは小さく頷いた。

 確かにそう言った。今でもそう思っている。どんなことをしても、ニルケを助けたい。自分はどうなってもいいから、彼の命だけは。

「お願い、シェリルー。ニルケを助けて」

 リンネがシェリルーの首に腕を回して抱きつく。シェリルーは急に抱き付いてきたリンネに驚きながらも、彼女の腕にそっと触れた。

「シェリルーがニルケを大好きなように、あたしもニルケが大好きなの」

 強く触れているからか、リンネの想いが伝わってくる。いつも何があっても、マイペースで元気のいい彼女が抱えている心細さや淋しさが。

 ニルケがケガをしたりして危険な状況の中にいることは、これまでにも何度かあった。だが、目の前で魔物の術にかかり、魂を奪われてこれ程まで確実に死へ近付くような状況はなかった。リンネだって不安でないはずがない。

「……ええ、わかったわ」

 リンネの手を握り、シェリルーははっきりと答えたのだった。

☆☆☆

 メイナがジルドーの居場所を見付けてくれるまで、シェリルーの祖父母の家で待つことにしようと決まる。

 だが、向かう途中でメイナが現れた。あまりに早い再会より、人間が行き交う場所に現れたことの方に驚く。

「おい、いいのか、こんな街の中で現れて。リン達はともかく、他の人間は妖精なんて見慣れてないんだぞ」

 何のためらいもなく、妖精の姿で現れたメイナ。これを他の人間が見れば、カードが言うように騒ぎになるのは間違いないだろう。羽のある小さな人間が宙を浮かんでいるのだから。

「あら、大丈夫よ。あなた達にしか見えないようにやってるわ。人間に見えていい時は、ちゃーんと人間の姿に変身してから出て来るの」

「あ、そ。ならいいけどさ」

 一対一だと、メイナの姿が見えない人からすれば、一人でしゃべる怪しい奴に見られてしまう。幸い、今は複数いるのでおかしな視線を向けられることはなかった。

「メイナ、魔物の場所はわかったの?」

 そんなことより、今はジルドーの居場所だ。

 リンネが尋ねると、メイナは大きく頷いた。

「ええ、わかったわよ。あの魔物はあちこちに巣があって、今はここカーキムの国にまだいるの。すぐ近くの山よ。ミコバの山」

「それじゃ、本当にすぐ近くだわ」

 リンネ達はよくわからなかったが、シェリルーはタイズの街の地理はだいたい把握している。

「それって険しい山なの?」

「いいえ。さっき行ったラーバ程じゃないけど、低い山よ。でも、それなりに山らしい山。だけど……あんな山に魔物が隠れるような場所があるの?」

 山なのだから、木が生えている。降り注ぐ雨水やしみ出した地下水が川を作ったりする。その気になれば、魔物が隠れるような場所はたくさんあるだろう。

 だが、ミコバの山はここタイズの街とその隣り街フーツとの境目にある。タイズとフーツを行き来するには、この山を越えるのが一番早い。故に、整備された道があり、人間がよく通る山だ。

 ジルドーが普段から人間を襲う性質の魔物なら都合のいい場所だろうが、棲むには少しばかり騒がしいだろう。

「山の中腹に滝があるのは知ってる?」

 メイナがシェリルーに聞いた。

「ええ。行ったことはないけれど、あるってことだけは」

「その滝の裏にいるのよ、ジルドー達は」

「滝の裏って……落ちてる滝の水の向こうに洞窟や何かがあったりするのか?」

「そういうこと」

 ダルウィンが聞き返し、メイナは当たり、と言いたげに頷いた。

「水が洞窟の扉の役目をしてくれてるの。他の動物でも、こういう所に巣を作ったりするのよ。敵に見付からないから安全でしょ。ジルドーにしたって、余計な敵が来たりすれば面倒だものね。とにかく、コーモリ達はその滝の裏にいるわ」

「わかった。メイナ、ありがとう。さ、みんな、行きましょ」

 礼を言い、歩き出そうとするリンネをメイナが止めた。

「あ、ちょっと待って。私も行くわ」

「行くって……メイナは魔物の相手はできないって言ってなかったか?」

「ええ、言ったわ」

 ダルウィンの言葉に、メイナはやけに堂々と返事した。

「だけどね、居場所だけ教えてさよならって言うのも、私はいやなのよ。厄介なことを押し付けて、自分は楽をしてるみたいだし。だいたい、今度のことって私が原因の一端でもある訳じゃない。じゃあ、がんばってね、なんて言えないわ」

「妖精も義理堅いんだな」

「あまり役に立つことはないけどね。大したこともできないし」

「いいの? ただでさえメイナを狙ってた魔物が相手なのに、そんな所へ行くのって危険よ」

 メイナは大きな瞳をしばたたせた。

「あらぁ、それはリンネだって同じじゃない。魔法もできないし、彼のように剣の腕があるのでもないんだから。私はいざとなれば飛んで逃げることもできるけど、リンネはそれすらもできないのよ。あなたの方がずっと危険だわ」

 メイナの言葉に、カードが深く何度も頷く。

「そうなんだよなー。リンって一番弱い立場のはずなのに、いつも一番最初に動き始めるんだ。リンに危険って言葉は本当に似合わないよ」

 これまでに、どれだけリンネの行動にひやっとしたかわからない。それはカードだけでなく、ダルウィンも同じこと。ニルケは彼らよりも心配性だから、その度合いはもっと高いに違いない。

「だって……後ろで見ているのがいやなんだもん」

「私もそうよ。見てるだけっていうのがいやなの。だから、動いちゃう。私の仲間ならここで帰るでしょうけれど、私はそういうのって絶対にやりたくないの」

「どうもリンネがふたりになったような気がするな。まさか一番にジルドーへ突撃したりはしない……よな?」

「その時に手があいてなきゃ、おとなしくしてるわ」

 つまりは、手があいていたら突撃するかも……ということらしい。

 こんなことを言いつのってしまう妖精と共に、リンネ達はミコバの山へ向かった。

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