魔法使い
外は潮風が少し冷たいが、もう首をすくめてしまう程ではない。昼間は日によって暑いくらいの時もある。
思った通り、おいしい魚料理を出してくれる店だった。海の近くにある街は新鮮な魚介類が手に入りやすいし、いい材料を使えば当然料理も美味くなるというもの。
「……ん?」
料理に満足して食後のお茶を飲んでいると、表がどうも騒がしくなってきたようだ。何かもめごとでも起こったのだろうか。
食事の代金を払い、外へ出てみる。
胸板の厚い男がまず目に入った。顔も身体に見合ってむさくるしい。頬に傷があるのを見ると、この街のごろつきといったところか。人を見た目で判断しては……ということもあるが、男の雰囲気からはどうしても「いい人」という印象が持てない。
その隣りにも、陰険そうな目付きをした男がいる。身体はさほど大きい訳ではないが、それでも周りにいる普通の人達よりはがっしりしている。
その二人の男の前に、四、五才くらいの小さな女の子を抱いてかばう、若い女性がいた。顔立ちが似ているから、親子だろう。
これだけ見れば、何があったかは想像しやすい。子どもがあのごろつきに当たったか何かして、それに因縁を付けて母親を脅しているのだ。慰謝料を払え、などと言っているのだろう。どこにでもいそうな、ならず者の脅しだ。
男達が大きいので、周りの人は助けに出るのをためらっているようだ。このままにさせておけば、本当に金を取られてしまうか、下手すると母親がどこかへ連れて行かれかねない。
俺もお人好しと言うか……。自分から首を突っ込むことないのになぁ。
そう思いながらも、こんな状況を見てしまっては放っておけない。
親子とごろつきの間に割って入る。
「おい、あんた達。そのいかめしい顔を子どもに見せるなよ。情操教育によくない」
仲裁に入ろうとしているのか、挑発しているのかわからないセリフを口にする。
「何だ、お前は」
男二人は胡散臭そうな目でこちらを向いた。
「何と言われても、別に何でもないんだが……」
「なら、引っ込んでな」
「引っ込めと言われて引っ込める程、仲良しの雰囲気でもなさそうだしな」
「お前、俺達とやろうってのか?」
わざとらしく、傷のある男の方がすごんでみせる。普通の人なら、その顔だけで気後れしそうだ。相手にすれば、それも目的なのだろう。
「あんまりやりたくはないが」
「そうはいかねぇ。俺達の邪魔した奴は、無事では済まねぇんだぜ」
男がスッと剣を抜いた。その切っ先を向けて来る。
いきなり剣を向けてくるか……。ったく、好戦的な奴だな。俺の剣、荷物の中だし、こんなのを素手で相手するのか。面倒だな。
「へへっ、どうした。びびったのか? すみませんでした、と土下座しな。詫びを入れて、財布を置いて行けば、命を取るのだけはやめてやる」
「土下座させて、さらに金も取るのか。無慈悲な奴だな。いや、単なる欲張りか」
「お前、莫迦にしてんのかっ」
当然ながら、男は怒る。挑発する気はないのだが、こういう相手にはついこんな言い方になってしまうのだ。
しかし、これ以上挑発すると、後ろにいる親子も危なくなってしまう。同じ怒らせるなら、二人を逃がしてからでないとゆっくり暴れられない。
どういう手でやってやろうかと考えていた時、ふいに男の後ろに見覚えのある少女の姿が見えた。もちろん、男は気付いていない。連れの男もだ。
少女は目でこちらに合図を送ってくる。
まず、男のひざの後ろを指差した。そこに自分の拳を当てるフリをし、それから次にこちらを指差す。拳を繰り出すような仕種。つまり、殴れと言いたいのだろう。
おいおい、大丈夫なのか。
そう思ったが、少女にこちらの意図を確認する気はないらしい。合図が終わると少女は拳を握り、男のひざの後ろを力一杯叩いた。
「おわっ」
思いがけない後ろからの攻撃で男のひざが折れ、ガクンと身体がバランスを崩して前のめりに倒れそうになる。慌てて体勢を立て直そうとするが、このチャンスを見逃してはもったいない。
遠慮なく、あごに一発お見舞いする。相手の倒れかけた勢いも加わり、いつもより力のこもった一発になった。
「こ、この……」
いきなり仲間がやられてしまい、目付きの悪い男の方が慌てて剣を抜く。だが、なぜか剣が手を離れて宙に浮かび、男が飛び上がっても届かなくなってしまう。さらには、突然小柄な黒髪の少年が現れ、気が付けば手をねじ上げられてしまった。
「ふ、ふざけやがってぇ……」
殴られた男が立ち上がった。殴られた衝撃で少しふらふらしていたが、すぐに復活する。だが、こちらもやはりさっきまで持っていたはずの剣が消えていた。
「このぉ……」
こんな相手には素手で充分とばかりに、闘牛のような勢いで突進して来る。そこへ誰かがひょいと棒を投げた。棒は走っていた男の足に絡み、今度こそ男は前のめりに転んでしまう。周りで失笑が起きた。
どうやら、棒は少女が投げたらしい。男には彼女の姿が映っていないようで、周りを見回すが誰がやっているのかわからないでいる。
「これ以上、恥をかきたくなかったらさっさと帰れ」
「なにおっ」
懲りない奴だなぁ。さっきのパンチ、俺の手も結構痛かったんだけど。
しつこく殴りかかって来る男を避け、やられる前に殴っておく。やはりさっきの一発が効いているらしく、かなり参ってきているようだ。
一方、目付きの悪い男の方は、少年にいいようにあしらわれていた。殴ろうとするものの、少年の素早い動きについてゆけずに空振りばかり。最初に手をねじ上げられた以外、何もされていないのにすっかりへばってしまっている。
「役人だ。役人が来たぞ」
誰かの声が響く。ごろつき二人はぎょっとなった。
「お、覚えてろよ」
味気ない捨てゼリフを残し、男達は逃げ出した。
「早く。あたし達も逃げるのよ。捕まったら余計な取り調べされて、時間がもったいないでしょ」
少女に促され、慌ててそばに放り出していた荷物を取り上げる。
「おにいちゃん、ありがと」
小さな女の子が手を振っていた。横で母親が頭を下げている。
それに手を振り返し、役人の姿が現れるより前に、その場を逃げ出した。
☆☆☆
人気のない場所まで来て、ようやく一息つく。
「やけに騒がしい再会になったな、リンネ」
女の子に礼を言われた青年ダルウィンが笑った。
彼は、オクトゥームの国トーカの街にいた時に知り合った若者だ。放浪の旅をしているらしいが、ちょっとした事件で行動を共にした仲である。
現在、リンネ達はパースの国オーゼルという街へ来ていた。
カードが言う魔法使いが、この街にいるらしい。ここはルエックの国から西へ国を二つ隔てた所にある。ラースの街と同じく、海沿いにある街だ。
ニルケの移動魔法でこのオーゼルへ来たのだが、着いて最初に見たのがさっきの騒ぎ。ちょうど、男が剣を抜いてその切っ先をダルウィンに向けた時である。
ニルケが止めるのも聞かず、リンネはさっきの行動を起こした。その後、カードが面白がって加勢に加わる。
リンネはさすがにケンカの真っ直中には入れないが、代わりに棒を投げて男を転ばすなど、しっかり邪魔をしていた。だが、相手の人数がもっと多ければ、逆に棒を振り回して暴れていたはず。
ニルケはこういうのは苦手だし、ダルウィンやカードが危ないとは思わない。だが、どういう流れで野次馬の一般人に危険が及ぶかわからないので、とりあえずごろつき達から剣を取り上げておいたのだ。
「騒がしいのは、誰かさんがケンカしようとしてるからだわ。でも、さっきの子のためだったのね」
「あんな小さな子にすごんでるだから、情けない奴らだよ。で、リンネ達はどうしてここへ来たんだ? また親戚の家にでも行く途中か?」
「ううん。人を捜しているの。ダルウィン、この街へ来て長い?」
「いいや。俺も今日来たばっかりだ」
たとえ昨日から来ていても、尋ね人をすぐ教えられる程には、この街のことは知らない。あくまでも、彼は旅人だ。
「誰を捜してるんだ?」
「魔法使いなんだけど」
「そこにニルケがいるじゃないか。彼じゃ駄目なのか」
「色々と複雑な事情があるんですよ」
「よければ教えてくれよ。さっき助けてもらったようなものだしさ。俺にできることなら協力するぞ」
手掛かりは、その魔法使いがここにいるらしい、という不確かな情報だけ。この際、捜してくれる人数は多い方がいいだろう。
リンネではすぐに脱線するので、これまでの事情をニルケが説明した。
「せめて名前だけでもわかっていればよかったんですが」
「とにかく、魔法使いを捜せばいいんだな。街の人間に聞けば、魔法使いの一人や二人、すぐに見付かるさ。よし、手分けして聞き込みしよう」
こうして一行はまた街の中へと戻り、それらしい魔法使いの住む所を尋ねて回った。
☆☆☆
リンネは、少し年配の人をターゲットにして聞き回った。
何人か聞いていくうちに、色んな話をしてくれる人がいたりするものだ。どこに誰が住んでいて、どういう仕事をしているかなど、詳しい話が聞ける可能性が大きい。
どこの街や村にも、話好きな物知りじいさん、ばあさんと呼ばれる人はいるもの。
リンネはそう言う人を狙っていた。
だが、この街は一つの所で腰をすえている、という人が少ないらしく、それらしい話をしてくれそうな年配の人になかなか会えない。出入りの激しい街のようだ。
当然、目指す魔法使いの居場所もわからない。かなりの人数に尋ね回ったが、魔法使いの魔の字も出て来ないのだ。
魔法使いが一人もいない街なのだろうか。魔法使いが全然いない、という街ももちろんあるが、ここがそういう場所であるはずはないのに。
せめて、昔はいた、という話だけでも聞きたいのに、それすらもない。そんな魔法使いがいたなど、聞いたことがない、という返事ばかりだ。
もしかして、カードの覚え間違いだろうか。今はともかく、昔もいなかったのなら、実は別の街なのかも知れない。
リンネはあちこち歩き回っているうちに、ニルケと合流した。彼の方も収穫は全くなかったと言う。
疲れた二人は、通りから少し離れた公園のベンチで休むことにした。
「もう老年で亡くなった、というのならわかりますが、そういう話すらないようですね」
「何たって三十年くらい前の話だしねぇ。だけど、たとえば今五十歳の人はその時二十歳だった訳だから、一人くらい覚えていてもおかしくないと思うんだけどな」
当時十代から二十代だった人なら、多少なりとも覚えていそうなものだが。
「それにしても、その魔法使いってどんな人なんだろう」
「立派な方だと思いますよ。本当に伝説の実のある場所を知っている程の方なら、教えを請いたいですね」
「生きてるとしたら、きっとすっごいおじいちゃんで、ヤギみたいに白いヒゲなんかを伸ばしてるのかしら」
「絵本の魔法使いみたいですね」
そんな話をしていると、ふいに鳥の鳴く声が聞こえてきた。それも、ずいぶん間近から弱々しげに。
二人が振り返ると、植え込みの地面でくてっとなっている鳥がいた。
「おなかすいたの? 何か他の動物にでも襲われたのかな。大丈夫よ、何もしないわ」
リンネはそっと手を出し、包み込むようにして鳥を捕まえた。何という種類か知らないが、小さな茶色い鳥だ。リンネの言葉がわかったのか、おとなしくしている。羽をケガしているようだ。
「こういう時って、どういう手当てをしてあげればいいのかしら」
近くに水はたっぷりあるが海水だし、薬もない。包帯にしてあげられるものも、今は手持ちになかった。
「ぼくがやりましょう」
ニルケが鳥の上にそっと手をかざす。リンネは手が温かくなるのを感じた。
しばらくすると、鳥は元気にさえずり出した。羽にあったケガがなくなっている。
「わ……すごい。今のって、治癒の魔法?」
「ええ。まだそんなに大きなケガを治すのは無理ですけれど、これくらいならね」
鳥はぱたぱたとリンネの手から羽ばたいた。何もなかったかのように、元気に飛び回っている。
「よかったわね、気を付けて行くのよ」
鳥はしばらくリンネ達の上を旋回していたが、やがてどこかへ飛んで行った。
「すごいなぁ。ニルケって本当に色んな魔法が使えるのね」
「勉強していますから」
リンネには耳の痛い言葉だ。
「ねぇ、魔法でその魔法使いの居場所はわからないの?」
「手掛かりが全くないですからね。ダルウィンにも言いましたが、名前でもわかっていればよかったんですけれど。魔法使い、というだけでは範囲が広すぎて捜しようもないですよ」
名前も年齢もわからない。カードが、この街にいたというのを聞いた、ということだけが唯一の手掛かりだ。これがなくなれば、糸は切れてしまう。
「あ、いたいた」
カードとダルウィンが、リンネ達を見付けてこちらへ来た。
「どうだった?」
リンネの言葉に、二人は首を横に振った。
「何もなし。大人から子どもまで幅広く聞いたつもりだけど、誰もそんな魔法使いは知らないってんだ。おっかしいなぁ。確かにこの街にいるって聞いたんだけど」
これだけ捜しても収穫がないとなると、カードもいささか自分の記憶に不安が出る。
「オーゼルって名前に近い、別の街かも知れないぞ。山に囲まれたオーガルって街がある。湖のそばにはノーゼルって街があるし、他にもオーゼスやローゼルなんて街がある。疑いだしたらキリがないけど」
「うーん、そう立て続けに出されると、オレも自信がなくなっちまうよ」
カードはぺたんと座り込んで頭を抱える。
「いいわよ、カード。そんなに考え込まなくても。ここがダメなら、その似たような名前の街を全部当たればいいわ。ラグは別に危篤状態って訳じゃないんだもの」
リンネは優しくカードを慰めた。
「ねえねえ」
突然、幼い声に呼び掛けられ、一行はそちらを向いた。そこには、リンネやカードよりももっと幼い子どもが立っている。見掛けは十かもう少し上だろうか。
青みがかった銀色の短い髪に、大きな濃い青の目をした男の子だ。
「あんた達が俺の友達を助けてくれたのかい?」
「友達?」
聞き返してからよく見ると、少年の肩に茶色い鳥が止まっている。さっきの鳥だ。
「あ、さっきケガしていた鳥ね」
「そう。治してくれたんだって? それを教えに来たもんだからさ、こいつの代わりに礼を言おうと思って。ありがとな」
少年の笑顔は屈託がない。
「どういたしまして。実際に治してくれたのは、ニルケよ。治癒の魔法で治してくれたの」
鳥は少年の肩からニルケの肩へ飛び移り、きれいな声でさえずる。
「へぇ、あんたも魔法使いかい?」
「……も?」
少年の言葉に、ニルケが最初に反応した。
「他に誰かこの辺りで魔法使いがいるんですか?」
これまで手分けして捜しても、全く手掛かりがなかったのに。
「この辺りも何も、あんたらの目の前にいるよ」
リンネ達の目が、しばらく少年に釘付けになる。
「あなた……魔法使いなの?」
「まぁね」
そう言われても、すぐには信じられない。これくらいの子どもだと、ちょっと魔法をかじっただけで魔法使い気取り、ということの方が多い。少なくとも、見習いという言葉が必要だろう。
だが、リンネがそっと横を見ると、ニルケもカードも表情が真剣になっている。魔法の気配を感じ取っているのかも知れない。
「俺、精霊と魔法使いのハーフなんだ」
どうやら、ちょっとかじっただけ、ではなさそうだ。彼の言葉が本当であれば。
「ねぇ、あなた……」
「タファーロ。それが俺の名前」
「あたしはリンネよ。あのね、タファーロはずっとここに住んでるの?」
「オーゼルの街にってこと? うーん、正確にはずっといる、とは言えないかもな。母さんのいる精霊の世界にも行ったりしてるし」
「あたし達、銀の木の実のある場所を知っている魔法使いがここにいるって聞いたんだけど、知らない?」
「知ってるよ」
タファーロはいとも簡単に答えた。
「本当? どこにいるの?」
「ここ」
そう言いながら、タファーロは自分を指差した。
「え……だって……あなたはまだ子どもでしょ。あたし達が捜しているのは、たぶんかなり年をとった魔法使いよ。カードが三十年前にここにいるらしいって聞いたんだもの。あなたはどう見ても、十かそこらじゃない」
「まぁ、見た目はね。けど、本当だぜ。さっき精霊の世界に行ったりしてるって話したろ。あっちの世界とこっちでは、時間の流れ方が違うんだ。だから、俺はまだこんな姿だけど、こっちの世界の年数で言えば……んー、たぶん七十を超えてるかな」
「ええーっ!」
こんな七十歳がいるなんて、すぐには信じられない。
「それじゃ、周りの連中におかしく思われるんじゃないのか? 昔から子どものままで妙だ、とかって。それ以前に、この街の人間に聞いた回ったけど、魔法使いなんていないって聞いたぞ」
ダルウィンもやはり信じられないらしい。それはそうだろう。どう見ても、タファーロはまだ子どもだ。それも、リンネより幼い。
「だって、俺は魔法使いだって宣伝して歩いてないもんね。それに、ここにはいたりいなかったりだから。何年か姿を消してまた現れても、まさか同じ子どもだとは思わないじゃん。そう言えば昔、似たような子がいたな、くらいは思ってもさ。だから、みんな知らないんだ」
言われてみれば一理ある。十年前と今が同じ姿では、まさか同一人物だなんて誰も考えない。大人なら若いままだな、ということもあるが、子どもではまずありえないと思われる。
「タファーロって魔法使いというより、ほとんど精霊じゃない。年をとらない魔法使いだなんて、聞いたことないわよ」
「まぁね。どうも母さんの血の方が濃かったみたいだ。そのおかげで、あまり訓練なんかを積まなくても魔法が使えるんだから、悪くはないぜ」
こうして話しているのを見てると、どこかのいたずらっ子みたいだ。とてもすごい魔法使いとは思えない。
「ニルケ、さっき魔法使いはきっと立派な人だって話をしてたけど、ちょっと違うみたいね」
少なくとも、見た目は立派に見えない。
「ぼくも知らず、枠にはまった考えをしていたようですね」
リンネに言われてニルケは苦笑する。
「いるってのは聞いたけど、まさか精霊とのハーフとは知らなかったな」
カードも魔法使いの詳しい正体までは聞いてなかった。
「俺、年はくってることになるけど、そんなに偉いもんでもないぜ。ま、こんな格好だと、だいたい偉いようには見てもらえないしな」
きっと誰もが子どもだと思い、軽くあしらうのだろう。目の前で余程すごい魔法でも使わない限りは。
「それより、銀の実とかって言ってたな。あれに何の用だ?」
駄目だと思っていた矢先に、再び糸の先が見えてきた。
「その銀の実って、呪いを解く力があるんでしょ。だから用があるの」
「誰か呪われたのか」
「あのね……どうぞ」
リンネが説明しかけ、でも筋道たったいきさつはニルケの方が適任と交替した。
「……という状態になっていて、呪いをかけられたまま放置すれば、別の支障が出ることも考えられます。もしその実が本当にあって、ご存じなら教えて頂けませんか」
「まぁ、友達を助けてくれたんだし、俺のもんじゃないから教えてもいいけど」
そう言う割りに、タファーロの言葉は歯切れが悪い。
「お願い、教えて」
彼に教えてもらわなければ、リンネ達は次の行動が起こせない。
「あんまりいい場所じゃないぜ。それでも行く?」
「行かなきゃ、ここまで来た意味がなくなるもの」
リンネの真剣な目を見て、タファーロは頷いた。
「こっちだ」
タファーロはリンネ達をオーゼル港へ連れて行った。今日は天気がよく、かなり遠くまで見渡せる。
「ちょっと遠いけど、あそこに島が浮かんでるのが見えるかい?」
ちょっとどころではない。タファーロが差すのは、はるか彼方だ。どうにか小さな黒いものが水面に浮かんでるかな、という気がする程度。
「ソイルって島だ。銀の実はあそこにある」
「なんだ、もっととんでもない所にあるのかと思ったわ」
港からかろうじて見える島にあるなんて、想像もしていなかった。人跡未踏の山の中や深い森の奥、などと考えていたのに。
「あそこは充分にとんでもないんだよ」
タファーロの、わかってないなぁ、と言いたげな口調。
「あの島には魔物がうじゃうじゃいるんだ」
「……」
「魔物の巣窟になってるよ。俺が生まれる前はそうでもなかったらしいんだけど。あの島の周りは海流がおかしいんだ。だから、元々人間はあまり近寄らなかったみたいだな」
やはり伝説になるだけあって、簡単に手に入るような場所にはないようだ。
「いいわ。島まではニルケの魔法で送ってもらうとして……タファーロ、銀の実は島のどの辺にあるの?」
「知らない」
あっさりした返事。
「ちょっとぉ。そこまで言ったんだから、最後まで教えてくれたっていいじゃない」
「本当に知らないんだよ。俺、あの島へは行ったことがないから」
「ええっ? それじゃあ、どうして銀の実があの島にあるってわかるのよ」
透視能力でもあるのだろうか。精霊ならそれもありそうだが。
「精霊仲間から聞いた。だから、あるっていうのは知ってるけど、実際に行って現物を見たって訳じゃないんだ。俺、半分は人間なんだぜ。わざわざそんな所へ行って、死にたくないもんね」
用事もないのに危険な場所へ行こうなんて、いくら精霊でもしないだろう。納得はするが、そうなるとちょっと信憑性に欠ける気もする。
「他にわかることはありませんか? 島の中心にあるとか、その周りにどういう魔物がいるかとか」
「うーん、教えてくれた奴も、上空を通って見ただけらしいからなぁ」
もしもそれが見間違いだったりしたら、どうしようもないではないか。
「わかった。とにかく、行ってみなきゃわからないってことよね」
ここでどうのこうの言ったところで、銀の実が向こうからやって来てくれる訳ではない。
「ありがとう、タファーロ。とにかく行ってみるわ」
「本当に行くのか?」
尋ねられて答えたものの、タファーロは少し心配そうだ。
「うん。今のところでは、弟の呪いを解くにはこれしか方法がないもん。教えてくれてありがとう」
リンネはタファーロの頬にキスをした。
「いや……それはいいんだけど。……まぁ、気を付けてな」
少し顔を赤らめながら、タファーロはどこかへ消えて行った。