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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十三話 魔女と見習い魔法使い

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子どもの檻

 どこにも窓がないので、光が入って来ない。だから、今がまだ昼間なのか、もうすでに夜になってしまっているのか、判断できない。

 リンネとバーディはもう長い時間、城の中を歩き回っていた。

 最初は大丈夫だったリンネも、何度も階段を上っているうちに次第に息が切れる。

「悔しい。あんなおばさんなんかに負けるもんですか」

「おばさんって……結構、若かったぜ」

「子どもの肝で若さを保ってるんだもの、本当はいくつなのかわからないわよ」

 階段は疲れた。ちょうどそこに長い廊下が伸びていたので、二人はそこを歩くことにする。

「さっき魔女に遭って、少なからず神経が高ぶっていたから気にしてなかったんだけどさ」

「なぁに?」

「カードって……魔物だったんだな」

「ええ、そうよ。狼の魔獣。あれ、話してなかった?」

「そんな話、全然してなかったじゃないか。あんな状況じゃなかったら、俺きっと騒いでるよ」

 今ならわかる。ニルケを呼びに行く時、カードがリンネから「あっちの姿ではどうの」と言われていた理由が。確かに狼の姿で街へ行けば、大騒ぎになる。

「本当に俺、まだまだ未熟だよ。あんなに近くにいたのに、魔物の気配をわかっていなかったんだから」

 これまで自分の周囲に魔物がいなかったとは言え、ちゃんと意識すれば人間とは違う気配を感じ取れたはずなのに。

 そんな場合ではないが、ちょっと落ち込む。

「気にしなくてもいいわよ。あたしはこの一年、ずっとカードと一緒だから当たり前みたいになっちゃってるけど、魔獣が年中人間のそばにいることなんて少ないそうだから」

 そういう状況が少ないとは言っても、そこでちゃんと気付かなければならないのだ。普通の人間ではなく、魔法使いなのだから。

「確かに、魔物とこんなに近付いたのは初めてだよ。だけど、魔物ってのは人間と相反する位置にいると思ってたんだけどなぁ」

 そのため、バーディが通っている学校でも、魔物退治を仕事にするつもりで勉強している人も多い。

「そういう魔物もちろんいるけど。カードみたいに、人間に対して友好的な魔獣や魔物だって()()()()いるんだから」

 リンネの言葉に、バーディは絶句する。

「たくさん……その口調だと、カードの他にも魔物の知り合いがたくさんいそうだね」

「うん」

 あっさりと返事をされてしまった。

「なるほど。こういうことがよくある、というのは本当みたいだね。テラスに座って黙ってお茶を飲んでいれば、とても人間じゃない友達がいるとは見えないけど」

「でしょうね。母様や父様には、こういうのって全部は話してないの。知ったらきっと目を回すわ」

 カードをはじめとする魔獣や魔鳥、魔物に妖精、精霊と人間とのハーフに巨人……。気が付くと、色々な友達ができている。

「……そんなにいるのかい? リンネ、確認させてくれ。きみは普通の女の子だろ?」

「魔法使いとかの意味でなら、あたしは普通よ。別の意味で普通って表現をしたら、本当に普通の女の子から文句が出るでしょうけど」

 魔物に遭えば、娘をさらわれたサーヤみたいにショックを受けて震えたり、恐怖で気が変になってしまいかねない。まして、あれだけ間近に見たのだ。衝撃が強すぎで、寝込むことだってある。

 でも、リンネは違う。彼女は自分から魔物を追い掛けた。さらには、その魔物より強い魔女の所にまで来る。男だってここまでやるかどうか。さらわれた子どもの親でさえもあきらめたというのに。

 リンネはそばで目撃しただけ。彼女には、何の責任も義務もない。それでも、リンネはここまでやって来ている。

「はぁ……きみみたいな女の子、初めてだよ」

「よく言われるわ。ダルウィンに出会った時にも、そう言われたし」

「彼は……もしかして彼が恋人なのかい?」

「あ、わかっちゃった? そうよ」

 笑顔になりながら、ちょっぴり頬を染める。これだけを見ていれば、十分に普通の女の子なのだが。

「だけど、バーディだってすごいじゃない。知り合いの子とは言え、魔女の棲みかまで来るんだもの。他の人ならいやがるわよ」

 リンネがほめられるなら、バーディだってそうだ。彼は魔物退治を生業(なりわい)としている魔法使いではない。そもそも、まだ見習いの立場。いくら自分がよく知っている子でも、そして彼が魔法使いでも、ここまでしなければならないことはないはずだ。運が悪ければ、自分が死ぬことだってありえるのだから。

「……昔、憧れていた人なんだ」

「サーヤに? とても優しそうな人だもんね」

「ああ。彼女の悲しむ顔なんて見たくない。きみ達がいてくれて、本当によかったよ。俺だけじゃ、どうしようもなかった。きっと今頃、自分の無力を痛感してるよ」

 懸命に追っても、すぐに見失ってしまった。ニルケが手伝ってくれなければ、一人で見失った周辺を捜し歩いていただろう。何の手掛かりも得られないままに。抜け道を見付けられなければ、国を隔てたこんな所まで魔物が逃げてるとは思わない。

 ここからサリアを連れて無事に帰れたら、これまで以上に勉強しよう。こんなことがまた起こっても、せめて後を追える程度には。いくら見習いでも、捜す段階でつまづいてしまわないように。

「……バーディ、何か聞こえる」

「え? あ、本当だ」

 自分達が歩く音以外に、かすかな音。それが何かはわからない。魔女の罠かとも思ったが、どうせ魔女の手中にいるようなものだ。今更恐れていても仕方がない。

 リンネとバーディは、音のする方へ進んだ。

「泣き声……これ、泣き声よ。子どもがこの近くにいるんだわ」

 二人して走り出す。廊下の突き当たりまで走り、左右に伸びる廊下を右に曲がる。下への階段があり、駆け下りると、そこは小さな部屋になっていた。部屋と言っても、窓や扉などはない。広い空間の真ん中に円錐型をした鳥籠のようなものが置かれ、子どもがその中ですすり泣いているのだ。

 子どもは三人いた。そのうちの一人に見覚えがある。黒髪のおさげをたらした女の子。

「サリア!」

 バーディが呼ぶと、泣いていた女の子が顔を上げる。知った顔を見て、女の子は巨大な鳥籠の鉄格子を握りながら叫ぶ。

「バーディ、バーディ、助けて。こわいの。ママの所に帰りたいのー」

 他の二人も、サリアと変わらない年頃の男の子と女の子だった。ダルウィンが話していた村の子どもだろう。同じように、ここから出してと泣き叫ぶ。

「待ってろ。出してやるからな」

 二人は牢の鍵がどこかに置かれてないか探してみたが、この鳥籠型の檻以外、部屋には何もない。

「鍵は魔女が持っているのかしら。魔女を捜してるうちに、ここの場所がわからなくなっても困るわね。それに、見付けたって、すぐに渡してくれるはずないし」

「壊すしかないか」

 さっさと結論を出し、二人は檻の扉を探した。だが、中に子どもがいるのに、子どもを入れた場所がない。扉がないのだ。

「どうしてぇ? 中へ入れたのなら、その時使った扉があって当然でしょ」

 鳥籠の形をしているから、傾斜のきつい天井部分から入れたのだろうか。だが、見た限りでは上部にも扉のようなものはない。

「きっとマージが魔法で消してるのね。万一にも子どもが逃げたりしないように」

「くそぉ、陰険な女だ。こうなったらこの檻ごと壊すしかないな」

「バーディ、早く出してぇ」

 サリアがべそをかきながら頼む。出してやりたいのは山々だ。

「ああ、もうちょって待ってくれよ。みんな、向こうへ寄ってるんだ」

 子ども達は言われた通り、バーデイのいる所から離れる。だが突然、悲鳴を上げて泣き始めた。

 自分達の背後を見て叫んだことに気付き、二人はそちらを向いた。

「魔女の手下か」

 鳥や獣の姿を持った魔物達が、何匹も現れていた。魔女の城にいるということは、サリアをさらった魔物と同じように、魔女に死の術をかけられているのだろう。ここで子ども達に逃げられたりすれば、すぐに死刑は執行されるに違いない。

 でも、手を抜けばこちらがやられてしまう。

「護身用の短剣を持っていてよかったわ。一度はこうなるんだもん」

 いつもならカードがそばにいて、リンネを守ってくれる。そのカードは今ここにいない。自分で自分の身を守らなければ。

「バーディ、こうなったら魔法の実地訓練と思ってやってね」

「だ、だけど……こんなにたくさんの魔物をどうやって」

 これまで魔物に遭ったことのないバーディが、いきなり複数の魔物を見て顔が青ざめるのも無理はない。彼の足がわずかに震えてるいるのを、リンネは見た。

「考えてるヒマなんてないわよ。子ども達は大丈夫。あいつらはこの子達に手出しはしないはずよ。狙いはあたし達なんだから」

 言ってる間にも、魔物はじりじりと近付いて来る。

「ああ、だけど……」

「バーディ、しっかりしなさい。ニルケ達がここまで来るかどうか、わからないのよ。頼れるのはあなただけなんだから」

「俺……だけ?」

 呆けた声を出すバーディ。

「この子達は、バーディが檻から出してくれるのを待っているのよ。そのためにも、邪魔をする魔物達をあなたが退けないといけないんじゃない。見習いだろうと何だろうと、ここでやらなきゃ男じゃないわ」

 リンネが怒鳴っている間に、一匹の魔物がリンネに襲いかかる。リンネは持っていた剣を横に払った。顔を斬られた魔物が傷を押さえてひっくり返る。付け焼き刃ながら、剣の練習をしていた成果が出た。

 バーディにも、別の魔物が襲ってくる。急いでバーディは呪文を唱え、襲って来た魔物は魔法使いの出した力の塊に弾き飛ばされた。

「やったじゃない、バーディ。攻撃魔法が使えるなら、任せるわよ」

「ええっ、任せるって……」

「だって、あたしは魔法使いじゃないもん。魔物の相手をするのも限界があるわよ」

「それはそうだけど」

「ほら、来たわよ」

「うわっ」

☆☆☆

 一方、いきなり床が崩れ、落ちてしまったニルケ達。

 足下から床の感触がなくなった途端に、ニルケは浮揚魔法の呪文を唱えていた。おかげで、薄暗くてどこにあるかわからない床に叩き付けられることもなく、ゆっくりと落ちて行く。

「ごめん、ドジッた」

 カードが悔しそうに謝る。ほんのわずかでも早く気付いていたら、ダルウィンやニルケを巻き込んでしまうということはなかったはずだ。

「カードのせいじゃありませんよ。最初から何らかの方法で、ぼく達を離れ離れにさせるつもりだったんでしょう」

「ったく、こういう場所にいる奴って、落とし穴が好きだよな」

 以前も、魔性の造った世界で落とし穴に落とされ、ばらばらにされた。複数のメンバーを離れさせるには、落とし穴が効果的なのだろうか。

「俺、カードのしっぽを思いっ切り掴んだけど、大丈夫だったか?」

 ダルウィンの手がかろうじて届くのが、カードのしっぽだったのだ。もう少し手が伸びていれば、後ろ脚を掴めたのだが。

「くっついてりゃいいよ」

「とにかく、どこかへ着地しないと」

 やがて彼らの足が床に触れた。どこに来たのかと思いきや、さっきと景色がほとんど変わっていない。無数の階段と廊下が無秩序にあるだけ。

「とっても広いお城のどこか……って訳か。まぁ、地下牢に閉じ込められるよりは自由に動けるだけいい、としておこう」

「リンはともかく、少しでも魔法使いの力を分けておこうって腹だな。ちぇっ、バーディにリンが守れんのかなぁ」

 リンネのそばにいるのが自分ではなく、半人前の魔法使いだということに、カードは不安を覚える。せめてニルケとバーディが逆なら、もう少し安心できたのに。

 あいつ、まさかオレ達のいない間にリンを口説いたりしてないだろうな。

 おかしなことまで心配するカードである。

「ぼくは魔法学校の授業がどういう流れで行われているのか知りませんが、彼くらいの年齢ならだいたいの魔法は知ってるでしょう。あとはそれぞれの術の腕を上げる段階だと思います。サリアをさらった魔物程度の魔力なら、バーディでも対応できるでしょう」

「リンネも黙ってやられやしないよ」

 ダルウィンの言葉も、結構当たっていたりする。

「とにかく、まずあの二人を捜さなきゃな。リンがまた無茶しないかってのが、オレとしては一番心配だよ」

「言えてますね」

 リンネ達を捜すべく、ニルケ達は歩き出した。

「ニルケ、何だっけ……ほら、追跡の魔法とかってやつ。あれでリンネを捜せないのか?」

「やってやれないことはないでしょうが……すぐに魔女の邪魔が入ると思いますよ。何をやっているのかバレれば、逆に悪用されかねませんし」

「そうか。魔女の領域でそういう魔法はマズいんだな」

 そんなことを話しながら歩いていた彼らの足が止まる。いやな視線を感じたのだ。

 そう思った途端に、前後左右から魔物が現れる。獣系や爬虫類系、ゴブリン系など、色々だ。サイズは一番大きくてもダルウィンくらい。全体的に見て、そんなに大きな魔物はいなかった。でも、数は多い。軽く三十は超えている。

「さっきの奴程度だろうから、力は知れてるな。自分が魔力を使いたくないもんだから、手下を使いやがって。怠け者だな、あの魔女」

 きっとどこかで聞いているであろう魔女にわかるよう、カードは最後のセリフをわざと大きな声で言ってやった。

 ダルウィンも剣を抜く。それを見た魔物が、一気に飛び掛かって来た。

「くそ、複数ってのは本当に厄介だな」

 数の多さに閉口する。どれだけの魔物を支配しているのだろうか。魔力が弱いと言っても、数に物を言わせて襲われるとダルウィンも手に負えない。

「ダルウィン、カード、下がってください」

 ニルケの声に、魔物と格闘していたダルウィンとカードが引いた。次の瞬間、気合いの声が響き、彼らと魔物の間に光の壁が現れる。その壁が光の弾になり、魔物達へ向かって一気に飛んだ。光を受けた魔物は、そのまま灰になって消える。

 今の魔法で、彼らの周りの魔物は全て消滅した。

「ひゃー」

 カードが驚いて魔物達の消えた方を眺め、ダルウィンは軽く口笛を吹く。

「ニルケ、いつからあんな魔法を使うようになったんだ? リンネがいたら喜びそうだな」

「リンネの周りによくこういう事態が発生するので、ぼくもあれこれと勉強しているんですよ」

 行く手を阻む障害がなくなったので、ニルケ達は再び歩き出した。

「せんせーも相変わらず大変だね」

 そう言ったダルウィンに、ニルケは意味ありげな笑みを浮かべる。

「……何だよ」

「いえ、まるで他人事のように言っているので。リンネのお守りは、じきダルウィンの役目になるんですよ」

「あ、そうだよな。リンがダルの所へ行ったら、ニルケはお役御免になるんだし」

 ダルウィンはリンネと結婚の約束をした。リンネが嫁げば、ニルケの家庭教師としての役目は終わるのだ。

 そうなれば、リンネが何かしでかした時、面倒をみるのはダルウィンになる。

「ちょっと待てよ。全部俺に押し付ける気?」

「それを覚悟した上で、プロポーズしたんじゃなかったんですか?」

「……まさか、結婚してもこの調子でいるってことはないだろ」

「リンのことだし、わからないぜ」

 カードが笑いながら不安をあおる。

 さっきの団体でカタがつくと思っていたのか、招集不足か。

 その後は魔物が襲ってくることもなく、ニルケ達はひたすら階段と廊下を歩き続けた。

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