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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十二話 夢の妖精と魔物

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正夢

 ダルウィンが恐らく通ったであろう道を、リンネ達は進んだ。ノーゼルの街から海へ向かうには、この道が一番よく使われる。

「探索の魔法が使えれば、もっと早く見付けられたでしょうけれどね」

「追跡の魔法で見付かりそう?」

「彼の気配はわかりますし、捜したこともありますからね。範囲は広くなりますが、この道だけに限れば何とか」

 人を捜すために、ニルケが使える魔法は二種類。

 追跡の魔法は、ある程度の範囲が限られる。探索の魔法は捜す相手の一部、つまり髪や爪などがなければ使えない。

 今の場合、ダルウィンの髪などはないから、追跡の魔法を使うしかない。これも範囲が広すぎてかなり苦しいが、無闇に捜すよりは手掛かりを掴みやすいのだ。

「ダルが真っ直ぐ進んでくれてりゃいいんだけどな」

「目的地のある旅ではないですからね。その時の気分で足の向きも変わりかねませんし、賭みたいなものですよ」

 だが、ニルケはうまい具合にダルウィンの気配を見付け、足取りを追った。

「ニルケがすごいんだか、リンの運の強さがすごいんだか」

「ニルケに決まってるわよ。あたしは単なるいきあたりばったりだもん」

 無理を言って捜してもらっている手前、リンネは魔法使いを持ち上げておく。

「ほめても、帰ってからの勉強の量は変わりませんよ」

「う……わかってるわよ」

 ニルケがダルウィンの気配を見付けた場所の近くまで、移動魔法で向かう。ノーゼルの街からは、普通に二、三日も歩けば通るであろう付近だ。もう少し進んだ所には村があるようだが、ニルケはその前で止まる。

「どうしたの、ニルケ?」

 そこは草原で、所々に細い木が立ってある。人が住んでいそうな場所ではない。いわゆる荒れ野だ。その間を道が延々と続くだけ。

「ここで……気配が途切れているんです」

「でも、ここって草原よ。いるならすぐにわかりそうなものなのに」

 見回しても、誰もいない。緑色が広がっているだけ。街から村へつながる道は草原を突っ切るようにして伸びているが、そこに人影はない。草はリンネの腰辺りまでしかないし、人が立っていれば見えるはず。

「途切れてるったって、ダルは魔物じゃないんだし、気配を消せるはずないよなぁ」

 だが、完全に消えてしまい、ニルケはダルウィンの足取りがこれ以上掴めない。

「……ねぇ、剣が落ちてるわ」

 道から少しばかり外れた地面に落ちている剣にリンネが気付き、拾い上げた。だが、その剣は根元近くで刃が折れている。

 捨てられた物だろうか。しかし、近くの村人がわざわざこんな所へ捨てに来るとも思えない。そもそも、村人がこんな剣を持つだろうか。

 旅人が持っていた剣だとしたら、何が起きたのだろうとよくない方向へ考えてしまう。

「これ、見覚えがあるわ……」

 ほとんど柄の部分しかない剣。その柄には、シンプルだがよく見ると細かい彫刻がほどこされている。今までじっくりと見たことはないが、ダルウィンの持っていた剣によく似ていた。

「もしかして、ヤバい状況かな」

 消えたダルウィンの気配。折れた剣。

 この二つだけでも、充分に異常だ。この状況と夢とが重なり、リンネの不安はふくれる。

「やだ……何なの、これ」

「リンネの夢が正夢だった、という可能性が濃くなってきましたね」

 倒れて動かないダルウィン。

 リンネはそんな彼を見たくはない。だが、彼の足取りは消えてしまい、彼の物らしい折れた剣を見れば、いい状況だとは考えにくかった。

「ニルケ、もしかしたらダルウィンが遭遇した魔物が、彼をどこかへ連れて行ったかも知れないわ。そういう気配はない?」

「やってみます」

 今までダルウィンの気配のみに集中していたニルケは、他に誰かの気配が残っていないか調べようとした。

「あ、あそこ」

 カードが声を上げ、ニルケは一時魔法を中断する。声を上げたカードは、何か見付けたらしく、そちらの方へ走って行く。

「どうしたの、カード」

 リンネ達の方に戻って来たカードの手には、小さく細い少女がいた。意識はない。

「小人……?」

 リンネがそれを見て、そうつぶやいた。少女は地面に立っても、ニルケのひざにも届かないであろう背丈しかない。カードが手に持っているのを見ると、まるで人形だ。

 肩の辺りで切りそろえられた、金色の真っ直ぐな髪。目を閉じているので瞳の色はわからないが、美少女と言っていい。人間の見た目に当てはめるなら、リンネと同世代だ。

「ううん、羽がある。この子、妖精だ」

 言われてよく見ると、確かに背中に薄く透明に近い白の羽がある。そっと扱わないと、すぐに破れてしまいそうな薄さだ。いや、すでに少し破れている部分もある。

「傷だらけよ。何があったのかしら」

 妖精の少女は、あちこちに傷を負っていた。獣にでも襲われ、逃げて来たような姿だ。まとっている銀色の薄い衣は、裾や袖などが破れている。金色の髪も乱れ、白い肌には汚れや擦り傷があった。

「ニルケ、治してあげられない?」

「ぼくが治癒できるのは、人間の小さな傷程度です。やってみても、うまくできるかどうか……」

 それでも、ニルケは治癒魔法の呪文を唱えた。言った通り、目に見えてはよくならなかったが、それでも放っておくよりはいい。

 リンネは近くを流れている川でハンカチを水にぬらし、それで妖精の顔や身体をそっと拭いた。

 そうしているうちに、少女は目を覚ます。

「あ……あなた達は?」

 身体を起こしたはいいが、恐怖にも近い不安そうな表情を浮かべる少女。介抱されていたことがわかったとしても、自分よりずっと大きな身体を持つ存在が複数いるのを見れば怖くもなるだろう。囲まれているとなれば、なおさらだ。

「あたしはリンネ。ここへ来て、カードがあなたのことを見付けたの。こっちは魔法使いのニルケよ。安心して、あたし達はあなたに危害を加えたりしないから。あなたの名前、教えてくれる?」

「私は……スィーサ。夢の妖精よ」

 少女はそう答えてくれた。

「夢の? ということは、夢を司る妖精ですか」

「ええ」

「その妖精がなぜ人間の世界にいるんです? あなた方は、妖精の世界に棲んでいるはずでは?」

「そうなんだけど……あなた達は夢を見て、ここへ来てくれたんじゃないの?」

 スィーサに言われて、リンネ達は顔を見合わせた。

「確かに……リンネが夢を見ました。知人の男性が倒れているという夢で、それがどうしても心配だからとここまで来たんです」

 ニルケが代表して説明すると、スィーサはほっとして力が抜けたようになる。

「大丈夫? スィーサ、夢を見てって……もしかしてあの夢はあなたが見せたの?」

 夢の妖精なら人間に夢を見せることなど、お手のものだ。それが仕事なのだから。

 そして、スィーサは肯定するように頷く。

「どういうこと? どうしてダルウィンの夢を見せたの? やっぱり彼に何かあったのね」

「彼は……ザイドに捕まえられてしまったの」

「それは、魔物ですか?」

 ニルケの問いに、スィーサは小さく頷いた。

☆☆☆

 昨日の昼を過ぎた頃。

 リンネ達が来た道を、ダルウィンは歩いていた。

 ふと何かの気配を感じたのは、この旅を始めてから何度も魔物に遭い、感覚が以前より鋭くなってきているせいだろうか。

 何気なく見回すと、人の小さな足が見えた。馬車二台が行き交える幅の道を挟むようにして、左右に草原が広がっている。その草原から道へ向かって、足が伸びているのだ。

 誰か倒れているのか。行き倒れになる程、ここから村までは遠くないはずだけど。

 実際、村らしい集落の影が、ぼんやりながら遠くに見えている。一日や二日で行き倒れになるとは思えないし、これは何か起きたとみるべきだろう。病気かも知れないし、盗賊などに襲われたのかも知れない。

 初め、足の主が遠い所に倒れているから、足も小さく見えるのかと思った。しかし、実はすぐそばで、近付いてみると足が小さいのは身体も頭も全て小さいからだとわかる。女の子の人形にも見えたが、肌の質感は人形のように無機質ではない。

 うつ伏せで倒れているが、見間違いでなければ、背中には羽がある。ダルウィンはこれまでに小人や妖精を見たことはないが、小人に羽はなかったはずだ。それなら、彼女は妖精だろう。

「また一揉めありそうだな」

 ダルウィンがそうつぶやいたのは、その少女の羽が傷付いていたからだ。

 普通に飛んでいれば、こんな風にはならない。白いはずの羽は汚れ、一部が破れていた。普段はきれいであろう肩まである金色の髪も、ひどく乱れている。人間が小人や妖精をこんな風に傷付けるとは思えないし、獣だってしないだろう。意識がなくなるまでいたぶるくらいなら、最終的に喰っているはず。魔物関係と考える方がスムーズだ。

「おい、しっかりしろ」

 そっと仰向けにすると、ダルウィンは近くの草を抜き、それで少女の顔をはたく。指や、まして手でそんなことをしたら、それだけで彼女の顔にあざでもつくってしまいそうだ。いや、力の加減によっては、簡単に首の骨を折ってしまいかねない。

 柔らかな草に顔をなでられ、少女は目を覚ました。

 ダルウィンの存在に気付くと、はっとして慌てて起き上がる。

「あ、怖がらなくていい。俺は何もしないから」

 そう言いながら何かする(やから)も世の中にはいるだろうが、安心させるためにダルウィンはそう言った。

「俺はダルウィン。きみは小人……ではなさそうだな。羽があるみたいだし」

「妖精です。夢の妖精なの。スィーサと言います。あの、近くに魔物はいませんか?」

 魔物、と言われてダルウィンは慌てて周りを見回した。しかし、草がさわさわと風になびいているだけ。それらしい気配は近くに感じられない。

「何もいないみたいだけど。魔物に襲われたのか?」

「ええ……。妖精の世界にザイドという魔物が現れて、私達の世界を荒らしたの。他の妖精達も襲われて。私はどうにかこちらの世界へ逃げて来たんだけど」

 スィーサの話によると、黒いトカゲを大きくしたような姿の魔物が現れ、夢の妖精の世界を荒らし始めた。他の妖精達はそのザイドという魔物に傷付けられ、何とか人間の世界へ逃げた者もいたが、多くが世界の隅で動けなくなってしまっているらしい。

「ザイドを何とかしないと、妖精の世界が滅茶苦茶にされてしまうわ」

「スィーサ達だけではどうにもならないのか?」

 苦しそうな表情で、スィーサは首を振った。

「ザイドは人間程の大きさで、力も私達とは比べものにならないの。私達ではどうしようもないわ」

 急に後ろの方から、がさがさと大きな音がした。生き物が、それも大きな生き物が草原を歩くような音だ。ダルウィンは道を隔てた草原の方を向いた。

「もしかして……あいつか?」

 そこには、黒い大トカゲのような姿があった。表面は本物のトカゲのようになめらかなウロコではなく、身体中に醜いコブみたいなものがある。子どもの怖い夢の中に出て来そうな化け物だ。トカゲなので這っているが、立ち上がればダルウィンと背丈は変わらないだろう。長いしっぽまで入れればもっと大きいだろうし、幅は倍近い体型をしていた。

 スィーサの方を見ると、震えている。どうやら今の話の主らしい。

「追い掛けて来たようだな」

「逃げて。あなたまで巻き添えになってしまうわ」

「んー、今から逃げて、簡単に逃がしてくれるかな」

 逃げても追ってきそうだ。トカゲの白く光る目は、しっかりダルウィンを捕らえている。

「やれるところまではやってみるさ。スィーサこそ、飛べるなら早くここから逃げろ」

 ダルウィンは剣を抜いた。構えると、ザイドと呼ばれたトカゲの魔物と向き合う。

「何だか妙な違和感があるな。他の魔物の時とは微妙に違うような……」

「私もまだはっきり正体がわからないの。きっと、本当なら夢の世界にいる魔物なんだわ。……あなた、今まで魔物に遭ったことがあるの?」

「まぁね」

 言っている間にザイドが近付き、ダルウィンに体当たりするように襲いかかった。すれすれのところでよけると、ダルウィンは魔物の足を狙って剣を払う。だが、大きい割に魔物は身のこなしが素早く、彼の剣をやすやすとかわしてしまった。

「見掛けによらず、やりそうな奴ってか」

 何度か攻撃を試みるが、うまく逃げられてしまう。次第に、遊ばれているような気分になってきた。

 わずかな隙を見付けたダルウィンは地を蹴り、剣をふりかぶって魔物に斬りつける。

 そのままうまく行けば、ザイドの右肩を斬れる位置だ。しかし、ザイドは身体を少し傾けるとダルウィンの剣を手で受け、そのまま音をたてて刃を折ってしまった。

「何っ?」

 勢いづいたダルウィンは、そのまま地面に転がる。うまく勢いを殺して転がったつもりだったが、次の瞬間、右の側頭部に強い衝撃を受けて倒れた。

「ダルウィン!」

 スィーサの叫び声が響く。

 トカゲの魔物には、太く長い尾がある。魔物はそれを振り回し、尾でダルウィンを攻撃したのだった。

「……逃げろ、スィーサ」

 起き上がろうとしたが、頭を打たれてはまともに立てない。打たれた部分に手をやると、ヌルッとした感触があった。その手を見ると、血がついている。

「っつう……」

 目の前がぼんやりしてくる。力が抜けそうになった時に、またザイドの尾が首の後ろを打った。重い衝撃に、ダルウィンは今度こそ地面に倒れる。そのまま意識を失った。

 ザイドはダルウィンに近付くと、器用に彼の身体を自分の背に載せる。

 そして、ザイドはダルウィンと共に消えてしまった。

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