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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十二話 夢の妖精と魔物

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悪夢

 どうしたの? どうしてそんなつらそうな顔をしているの?

 何があったの? ねぇ、答えて。教えてくれなきゃ、わからないわ。

 どうしたの、その傷。目を開けて。お願い、あたしを見て。目を開けて、あたしの姿を見てよ。

 何か言って。しゃべってみてよ。声を聞かせて。

 待って、どこへ行くの。いや、消えないで。どこへ行くの。行かないで。行っちゃいけない。あたしの言うこと、聞いて。

「だめぇーっ」

☆☆☆

「リン……リン、起きて」

 どこかで自分の名を呼ぶ声がする。あの人の声じゃない。でも、聞き慣れた声。

 目を開けると、声の主が揺り起こしてくれていた。

「……カード」

 彼の顔を見て、リンネは自分が夢を見ていたのだと知る。

 リンネはゆっくりと起き上がった。ひどく寝汗をかいている。今の夢のせいだ。

「どこか具合悪い? 誰か呼んで来ようか?」

 今は人間の姿をした狼の魔獣カードが、心配そうにリンネの顔を覗き込む。

「ううん、あたしは大丈夫よ。ありがとう」

 リンネが答えても、少年の顔から心配の表情は消えない。

「いやな夢でも見た? ひどくうなされてたよ」

「うん……ひどくやな夢、見ちゃった。何だか……とても現実っぽくて」

 今まで何度も害をなそうとする魔物に遭ったが、あまり怖いとは思わなかった。

 なのに、たかが夢を見ただけで、リンネは怖いと感じていた。口にすると、カードに心配をかけるので黙っていたが、こんなことは初めてだ。

「まだ夜明けまでには時間があるから、着替えてもう少し眠れば?」

「うん、そうする」

 頭から今のいやな夢を追い払うように、少し首を振る。着替えを済ませ、リンネはもう一度ベッドへ入った。

 でも、あまりに強い印象を受けてしまったせいか、リンネはなかなか寝付けなかった。

☆☆☆

「……で、この問題を……リンネ?」

 魔法使いの授業中も、リンネはぼんやりしていた。朝日が上り、顔を洗って朝食を済ませても、まだ夢を引きずっている。

 ニルケの方は、珍しく逃げ出すこともなくリンネが勉強部屋へ来たと思ったら、話し掛けても上の空で生返事をするばかりで首を傾げる。

 これなら逃げたリンネを追い掛けた方がずっと活気があっていい。あまりにリンネらしくない様子に、こちらの調子が狂ってしまう。

「リンネ……リンネ!」

「へ? あ、はい、何?」

 驚いた顔で、リンネは顔を上げてニルケを見た。

「何、じゃありませんよ。具合でも悪いんですか? 今日はずっとぼんやりしているじゃないですか」

「あ……ごめんなさい」

「気分がすぐれないのなら、休みますか?」

「……」

 いつもなら、勉強がなくなるならどんな理由でも構わないリンネなのだが、今日は魔法使いの言葉に喜ぶ様子もない。これもまた調子が狂う。

「さっきカードが言っていましたが、何か悪い夢を見たそうですね。それが原因ですか?」

 いつもは一度眠ると朝まで起きないリンが、あまりにうなされているので無理に起こした、という話をカードがしていた。

 夢を気にするなど、それこそリンネらしくない。だが、見た限りでは特に体調は悪くないようだし、様子がおかしいことの説明がつかない。

「どんな夢を見たのか知りませんが、あまり気にすることはありませんよ」

「でも……」

 どうやら余程気になるような夢を見たようだ。

「いやだと思っていることは、人に話すと気が楽になることもありますよ」

 リンネはしばらくニルケの優しい緑の瞳を見ていたが、口を開いた。

「あのね、ダルウィンの夢を見たの」

「よかったじゃないですか。好きな男性の夢を見られて」

 半月程前、リンネはダルウィンに会うために家出をした。色々と面倒なことがあったのだが、最終的にダルウィンがリンネにプロポーズをしてリンネの中の問題が解決。

 その辺りのことは、ニルケやカードもリンネから聞かされている。

「だけど、ダルウィンが普通じゃなかったの」

「普通じゃないって、どういう意味です?」

「ケガをして倒れていたの。額の辺りから血が流れて、意識が全然ないみたいで。あたし、夢の中で彼を呼んだんだけど、動かなかったの。そのうち、彼の姿が遠くへ離れて……小さくなって消えそうになるから、必死に叫んだの。それでもどんどん小さくなって、その時にカードが起こしてくれたのよ」

 あの時、カードが起こしてくれなければどうなっていただろうか。消えてしまったダルウィンを捜して、夢の中をさまよっていたかも知れない。でも、どんなに捜しても、彼は見付からないような気がする。

「何だか……すごく怖かったの」

「リンネが怖いとは、すごい夢ですね」

 怖いなどという言葉がリンネの口から出るなど、そう滅多に聞けるものではない。

「茶化さないでよ、ニルケ」

「失礼。それで?」

「とても生々しかった。まるで現実みたいで、何だか夢で済ませられないような気がして仕方がないのよ」

 悪夢と呼ばれるような夢は、これまでにも何度か見たことはあった。いつもなら悪夢は悪夢として心の中で片付けて、その後は気にしないようにする。

 でも、今日の夢はどうしても夢で済ませられないのだ。頭に、胸に、夢のダルウィンの姿が焼き付いて離れない。

「正夢だということですか?」

「そうかも知れない。だって、こんなに気になるなんておかしいもん。本当にダルウィンがあんな目に遭っているってことも……」

「考え過ぎですよ」

 ニルケは軽く否定する。

「だけど! だけど、正夢じゃないって言い切れる? もし同じことが起こっていたら」

「リンネがそんなに心配性だとは知りませんでした」

 リンネは落ち着かなげに、持っているペンをいじる。それをぱたっと置いた。

「ニルケ、お願いがあるの」

「……何ですか」

「ダルウィンを捜しに行きたいの。連れてって」

 お願いがある、とリンネが言った時点で何を頼むかわかった気がしたニルケだった。会いたいとか、何とか。

 しかし、捜したいから連れて行け、とこうもはっきり単刀直入に言われると、やはり面食らう。リンネにはよくあることだが、希望のみを口にするという本当に一点集中だ。

「捜しにって……」

「移動魔法でポスベームの国へ連れて行ってほしいの。お願い」

「ダルウィンがポスベームにいなければ、どうするんです。彼はポスベームの国に住んでいるのではなく、旅の途中で通っているだけですよ」

「それは……わかってる」

 ダルウィンはパズート大陸の色々な国を旅している。最後に会ったのがポスベームの国だった、というだけで、リンネはポスベームへ行きたいと言っているのだ。

「それに、リンネが夢を見たというだけで、あんなに遠い国へ行くつもりですか?」

「そうよ」

 少しは口ごもるかと思いきや、リンネはしっかり頷いた。

「リンネ……」

 ニルケは思わず頭を抱えた。

「わかってるわ、無茶なことばっかり言ってるって。だけど、あたしは自分の勘を信じたいのよ。前にニルケがいなくなった時もいやな予感みたいなものが走って、カードと一緒に捜し回ったわ。そうしたら老いぼれ魔性に連れてかれてたじゃない」

 ニルケがなかなか戻って来ないので捜したら、実は魔性の手先にさらわれてしまった、ということがあった。あの時、リンネが動き出すのが遅ければ、ニルケは命を落としていただろう。

「あの時は面倒をかけましたが……今度もそうだと言うんですか?」

「だって、ダルウィンはいつもあたし達と同じように、色んなことに首を突っ込んでるじゃない。魔物に関わっていても関係なく。だけど、相手が彼より強かったりしたら、あんな夢の通りになってるかも知れない」

「彼はリンネ程に無鉄砲ではありませんよ。剣の腕もいいし、引き際もちゃんと知っています」

「相手が逃がしてくれなかったら? お願い、ニルケ」

 いつになく真剣な表情で、リンネは魔法使いに頼み込む。

「帰ってきたら、ちゃんと勉強するから」

 言っていることは子どものおねだりのようだが、内容はおねだりにしてはとんでもない。

「最近、よく遊んでいたので課題がたまっていますよ」

「……だから、ちゃんとやるわよ」

 あまり自信はないが。

「父上や母上には、どう説明する気ですか?」

「えーと、ポスベームで友達になった子が大変なことになって、助けてほしいって言ってるということにする」

 勉強以外のことだと、こうしてすぐに頭が回る。ただ、かなり適当な言い訳だし、以前にも似たような言い訳をしていたような……。

「嘘をつく訳ですか。ちゃんとダルウィンのことを話せばどうです?」

「いつか話すわ。今は話し始めると、長くなるもの」

 父が見合い話を持って来たが、リンネはそれを断った。それと前後して、ダルウィンと恋人同士になった。後になって、実はその相手がダルウィンであったということをリンネは知ったが、両親にその話はしていない。

「ニルケ、お願い。連れてって」

 何を言っても、リンネは行くと言い張るだろう。下手すると、誰にも何も言わずに出て行ってしまうことだってやりかねない。半月前がそうだったのだ。リンネが思い込めば、何をしでかすかわからない。

 それなら、ニルケが一緒にいた方がずっといい。少なくとも、知らないうちにどこかへ消えてしまう、ということはない。ある程度の監視ができるだろう。

「それじゃあ、ちゃんと家を出ることを話して来なさい。出掛けるのはそれからです」

 リンネがそれを聞いて、パッと表情を明るくした。

「うん、待ってて。すぐに話してくる」

 イスから立ち上がり、リンネは部屋を飛び出した。

「それから、約束ですよ。帰ってきたら、ちゃんと勉強すること」

 リンネの後ろ姿に、ニルケはそう声をかけた。たぶん、聞いちゃいないだろうが。

☆☆☆

「親父さん、何だか納得しきれないような顔してたぜ」

 カードが父ラグスの様子を話してくれた。

「あんな真剣な顔をされると許さない訳にいかないが、そんなに大切な友達があんな遠い国にいるのかってなことを言ってた」

「大切なのは間違いないですね。しかし、夢を見たために来たとわかったら、それこそどんな顔をされるか」

「ダルウィンはもちろんだけど、トータも大切な友達よ」

「ロック鳥なんだろ、そいつ」

 ロック鳥がそうそう困ったことになるとは思わないが、ラグスに突っ込まれたらリンネはポスベームの国に棲む彼女の名前を出すつもりでいた。

「もちろん、ロック鳥って部分は話すつもりじゃなかったもん」

「賢明です。と言うより、細かく聞かれなくて助かりました」

 本当のことを全て話したらエクサール夫妻はしばらく寝込むだろう、と思うと、ニルケはため息すらも最近は出なくなってきた。隠し事が多いのはつらい。

 現在、リンネ達はポスベームの国にいた。もちろん、ニルケの移動魔法のおかげだ。カードもしっかりくっついて来ている。

 ポスベームの国ノーゼルの街。最後にダルウィンと会った街だ。

「それで、この街へ来て、どうやってダルを捜すつもりなんだよ」

「まずはフェリーナに会うの」

 ノーゼルで一番の金持ちであるテンス家の娘のことだ。

「彼女に会ってどうす……彼女にダルウィンの行き先を聞くつもりですか?」

「そうよ」

 ダルウィンはテンス家で、わずかな期間だけだが用心棒をやっていた。最後に彼と会っていたのが、テンス家のフェリーナ。リンネにわかるダルウィンの最後の居場所だ。

「どこへ行くかがわからなくても、おおよその方向はわかるかも知れないわ」

「いつものことながら、楽観的だな、リンは」

 広い大陸のどこにいるかわからない人間を捜すこと自体、無茶なのだ。でも、リンネは捜し出せると考えている。前にも同じようなことをやったから、今回もきっと見付けられる、と確信に近いものまで持っていたりするのだ。

 リンネ達はテンス家へ向かった。

「まぁ、リンネ? どうしたの」

 突然の来客に、フェリーナは目を丸くする。だが、すぐに屋敷内へ招き入れてくれた。

「ダルウィンの行き先? はっきりとは聞いてないけれど。だけど、なぜ? あなたはラースの街で彼を待っているんじゃなかったの?」

「ん……そうなんだけど、気になることがあって」

 まさか他の人にまで夢の話をする程、リンネも口は軽くない。

「はっきりでなくてもいいの。どの方角へ行くつもりだったか、聞いてない?」

「海へ向かって行こうかなってことを話していたわ。ここから海に近い街だと、ローゼル辺りかしら。東へ向かった所にある大きな街だもの。はっきりローゼルへ行くとは彼も言ってなかったけれど、あの近辺でしょうね」

 ローゼルは、ポスベームの東端にある海に面した街だ。ここノーゼルと似た名前なので、地理のテストでよく出題される。リンネも苦労させられた一人だ。

 ダルウィンは、その街へ行ってからゆっくり北へ進もうかな、というような話をしていたらしい。

「彼がここを出たのは、いつ頃です?」

「二日前よ」

「え、一昨日なの?」

 思っていたより最近だ。

「ダルウィンがここにいるのは、フェリーナの父様が戻って来るまでの間じゃなかった? そんなに戻られるのが遅かったの?」

 フェリーナは父と暮らしている。その父が留守中に盗賊がテンス家を襲おうとしているらしいという話を聞き、フェリーナは父が戻って来るまでの用心棒にダルウィンを雇ったのだ。

 リンネが何やかやで事件に巻き込まれた後、じきにフェリーナの父も帰って来るだろうし、そうしたらまた旅に出るとダルウィンは言っていた。

 それがおよそ半月前だ。だから、もうすでに出発したものだと思っていたのに。

「父が彼のことを気に入って、しばらく放さなかったのよ。例の盗賊の話をすれば、彼の剣の腕のことになってしまうでしょ。父も剣術をするから、その相手をさせたり。彼には迷惑かけちゃったと思うけど。そこから話が飛んで、この家を継がないかってことまで言い出したの」

「家を継ぐって……つまりそれって」

「娘を、つまり私を妻にしないかってこと」

 リンネは気付いてなかったが、フェリーナはちょっぴり意地悪な笑みを浮かべた。

 彼女もダルウィンを好きだったのだが、あっさり失恋。そのライバルだった相手が、目の前にいるリンネなのである。

 リンネの方が付き合いは長いようだが、出会いが早いか遅いかなんて関係ない。ダルウィンと出会い、フェリーナも彼に想いを寄せたが……ダルウィンはリンネを選んだ。

 やはり、とは思いながら、少しくらいやきもきさせてやりたい気分になる。

「リン、ダルって結構モテるみたいだぜ」

 カードにそう言われても、一緒に旅をしている訳ではないから、あれこれ口出しすることはできない。まさかくっついて見張りを、なんてことも、いくらリンネでも無理だ。

「で、でも、継ぐって言っても、彼にだって家はあるんだし」

「ダルウィンは次男だって聞いたわよ。家はお兄様が継げばいいことだわ」

「それは……そうだけど」

 ダルウィンに兄がいるのは、リンネも知っている。兄が何人いるのかまでは聞いていないが、二人以上いるならそう言うだろうからたぶん一人。何人にしろ、兄が家を継ぐのならダルウィンは別の家の、つまりテンス家の入り婿になり、この家を継いでも問題はない。

 言葉少なになったリンネを見て、フェリーナはくすっと笑った。

「心配しなくていいわよ、リンネ。そういう話が父から出たっていうだけのこと。本人はちゃんと断ってから出て行ったわ」

 そ、そうよね。だって、ダルウィンからプロポーズされたのは、他ならぬあたしなんだから。ダルウィンがいくらフェリーナの父様に言われたからって、承諾するはずないじゃないの。

 焦ったり安心したり、リンネも忙しい。こういう部分は普通の女の子だ。

「とにかく、ダルウィンがここを出たのは二日前よ。何もなければ、彼が寄り道をしていなければ、今頃はローゼルの街へ着いているんじゃないかしら。もしくは、その手前の村辺りでしょうね」

 フェリーナに教えられ、リンネ達はそちらへ向かうべく、テンス家を辞することにした。

 部屋を出る時、壁にフェリーナによく似た女性の肖像画が目に入る。明るい金髪の美人で、目元がとてもフェリーナに似ている。濃い青の瞳も同じ。でも、フェリーナの肖像画にしては少し年齢が上だ。

「これはフェリーナの母様?」

「ええ、三年前に亡くなった母よ。そう言えば、昨夜夢に出て来たわ。あまりよくない夢だったけど」

 よくない夢と聞いて、リンネは少し気になった。自分もよくない夢のために、こうして動き回ろうとしているのだから。

「よくないって?」

「母が亡くなる時の夢。もうあんな場面は見たくないのに。そう思っているから、忘れた頃に出てきちゃうのかしらね」

 フェリーナは淋しそうに微笑んだ。

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