↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十一話 リンネ、家出する

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/149

襲撃

 夜になった。

 この町へ来てから、二度目の夜だ。リンネは何もすることがなく、逃げようにもやっぱり扉や窓は開かない。部屋でうろうろしているだけだ。時々、扉の小窓から誰かを呼んでみるが、誰も来てくれない。食事すら持って来てもらえないのには少々、閉口した。

「まる一日も放っておいて、どうするつもりなのかしら」

 窓の外を覗いてみても、これといったものは何も見えない。暗いせいもある。空も曇っていて、半月が見えたかと思ったらすぐに隠れてしまう。

 だが、そんな中を、数人の人影が家から出て行ったのが見えた。影は五つか六つ。リンネをここへ連れて来た男達の人数とだいたい合う。

 出掛けたんだわ。間違いなく、今が逃げるチャンスよ。何とかここから抜け出さなくちゃ。お腹が空いてる、なんて言ってる場合じゃないわ。

 リンネは部屋にあったイスを手にすると、遠慮なくそれで窓を叩き始めた。誰かがいるかも知れない、という状況で窓を壊せばすぐに逃げたとわかるからできなかったのだ。

 窓はイスを力一杯叩き付けても、かすり傷一つ付かない。それでも、リンネがあきらめずにやっていると、扉の小窓が開いた。

「おい、静かにしろ。逃げられやしないんだ。もうすぐ始末してやるから、待ってな」

 まだ一人残っていたのだ。影を正確に数えていなかったので、わからなかった。それ以前に、連れて来られた時に何人いたかを把握していなかったのだ。だいたいこれくらい、という感じだけ。残念ながら、見張りとして男がまだ一人残っていた。

 えー、なっかなか逃げられないっていうのに、まだ見張りがいるのぉ。おまけに始末って? それって殺すって意味じゃないの。どうしてあたしが何かしたのでもないのに捕まえられて、おまけに殺されなきゃいけないのぉ。

 静かにしろ、と言われても、殺されるとわかっておとなしくなんてしていられない。

 何かイスよりもっと堅い物を見付けて早く窓を壊さないと、出掛けた盗賊が戻って来ればきっと殺される。

 リンネは部屋のあちこちを探し回り始めた。

 こうやって、部屋でリンネが逃げようと懸命になっている頃。

 盗賊が出掛けたのを見計らって、ローゼットがニルケを連れて家の中へ入っていた。

「気を付けろ。見張りが一人残っていたはずだ」

 杖をついているにも関わらず、ローゼットは音をたてずに歩いて行く。足を負傷しても、現役の盗賊だった時の動きが身に付いているのだ。

 リンネがいるという部屋の前に、男が一人立っていた。あちらを向いている。

 ローゼットがそっと近寄り、杖を振り上げると見張りの首の後ろに振り下ろした。

 普通なら気絶するはずだが、男は倒れることなく、何か当たったかなというような顔で振り向いた。全く影響のなさそうな表情だったが、ローゼットの姿を見るとニタリと嗤って剣を抜いた。

「へへ……あんたにもう用はないんだとよ。ここへ戻って来たら、殺せと言われてんだ」

「お前、本気でわしを斬るのか」

「ああ、そうだよ。その足でどこまで逃げられるかやってみな」

 剣を振りかぶった男は、本気で自分の首領を斬るつもりでいる。ローゼットが持っているのは杖だけだ。懐には短剣を持っていたが、出すには遅すぎた。

 とっさに杖で受け止めようとする。だが、杖は木だ。とても剣には対抗できない。

 斬られることを覚悟したが、男の剣はローゼットには届かなかった。振りかぶった格好のままで止まっている。ローゼットが不思議に思い、ふと後ろを向いてニルケを見た。

「相手はあなたの手下だった人間じゃありませんよ。注意しないと」

「あんたは……魔法使いなのか?」

 手下の男は身体が動かず、表情を歪めるしかできないでいる。ローゼットでないなら、一緒にいたニルケしかこんなことをする人間はここにいない。

 ローゼットは今まで、ニルケが魔法使いだとは知らなかったのだ。

「ええ。それより」

 ニルケは自分が戒めの魔法を使った相手に近付き、男が持っていた剣を取り上げた。

「うう……」

 男は武器を取り上げたニルケを睨む。やがて、身体が小刻みに震え始めた。

「誰がお前達の首領か答えなさい。言葉は出るはずです」

「……ガスキーだ……ガスキーをや(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)奴だ」

「やっている奴? どういう意味です」

 ガスキーを操っている奴、ではなかった。ニルケは男からの気配が怪しいことに気付き、話した内容もおかしく感じて不安がよぎる。

 男はローゼットの方を見た。その目は人間にしては異様な色をしている。

「へへ……あんたの手下はもう誰もいやしないんだよ。全員、死んだ」

「何だと?」

「あんたが現場を出られなくなってからすぐ、ガスキー達は魔物に喰われたんだ。そして、その魔物はあんたの手下の姿をとって、盗みや殺しをしていた」

 ローゼットの目が大きく見開かれた。

「では……最近、お前達の行動がおかしかったのは……」

「みんな、あんたの手下じゃないからさ。俺も魔物だ。俺はこの男を喰った。美味かったぜぇ。少し固かったがよ。あんたの手下は六人。たまたまつるんでた俺達とちょうど数が合ったのさ」

 もちろん、魔物が盗賊稼業で暮らしていこうと思った訳ではない。人間ごっこをして楽しむためだ。せっかくだからしばらくこれで遊ぼうぜ、となったのである。

「テンス家に向かった盗賊は、全員が魔物なんですね」

「この前はちぃーっと油断したがよ。今夜はそううまくはいかねぇぜ。いくらあの用心棒の腕がよくても、人間が魔物に勝てるかよ。本物のガスキー達も、俺達が襲った時は必死になって抵抗したが、無駄だったんだからな」

 ニルケが男の気配がおかしい、と感じたのは間違いではなかった。魔物に操られているなら、魔物の術のせいで人間の気配に交じって魔物の気配がする時もある。だが、この男からはそれとも違う気配がしていた。魔物そのものだから、魔物の気配だけを感じていたのだ。

 ふいにローゼットが動いた。素早くてニルケはよく見えなかったが、男から取り上げた剣がいつの間にかローゼットの手にあり、彼はその剣で手下の姿をした魔物を袈裟懸けしたのだ。

「がっ……」

 男は一瞬、人間から異形な魔物の本性を現したが、すぐに砂になってその場から消えた。

「わしの大切な男達を……。それに気付かなかったわしも大莫迦だ。様子がおかしいと思った時に、なぜわからなかったのか……」

「ローゼット、普通の人にはそう簡単に魔物を見破ることは無理です。魔法使いにだってわからない時はあるんですから」

 魔物が消えた辺りを睨むローゼットに、ニルケはそんなことくらいしか言えなかった。

 どういうなりゆきで、彼らが盗賊仲間になったのかは知らない。でも、彼にとって大切な仲間だったのだ。それをある日突然、全てを失ってしまった。自分の知らないうちに。

 しばらくローゼットは歯を噛み締めていたが、キッと顔を上げた。

「そこの扉だ。あの子が閉じ込められているのは」

 男が前で立っていた扉へ近付くと、魔法がかけられていて人の手では開かないようになっている。万が一にもローゼットが逃がしてしまわないように、リンネが逃げ出さないようにだ。

 ニルケは解除の呪文を唱えた。人の目には見えないが、呪文が終わる頃には扉を包んでいた術が、空気に溶けてなくなる。ニルケは扉を開けた。

「……ニルケ」

 部屋の外の雰囲気がおかしいことを悟っていたのか、リンネはイスを持って待ち構えていた。誰かが入って来た時に少しでも抵抗しようと思ったのだ。この部屋にはイス以外に武器として役に立ちそうなものがなかったので、格好はあまりよくないがこれを持つことにしたのである。

「追い掛ける方の身にもなってくださいね」

 一応、リンネは無事だ。やれやれである。

「だって」

「言い訳は後でゆっくり聞きます。今はダルウィン達と合流した方がよさそうですから」

「ダルウィンがどうしたの?」

 盗賊が報復するつもりであることは、リンネも知っている。でも、部屋に閉じ込められたままで、詳しいことは何もわからない状態だった。

「リンネを捕まえた盗賊は、魔物が化けたものだったんです。ダルウィン達はまだそのことを知りません。早く教えに行かないと、人間だと思って侮っていると大変なことになりかねませんからね」

「ダルウィンはあたしが人質にされていること、知ってるの?」

「もちろん」

「ニルケ、早くダルウィン達の所へ連れて行って。あたしのせいで彼に迷惑かけたくない」

 それでは他の人はいいのか、と思ったが、ニルケは口にするのはやめておいた。

☆☆☆

 テンス家から少し離れた場所の広い道で、ダルウィンは盗賊が現れるのを待っていた。

 ローゼットからこの道を通るはずだと教えられ、周りに民家がないことからここで待つことにしたのだ。近くの草むらにはカードが隠れている。最初から複数いるとわかれば、相手が警戒しかねないからだ。カードはいつでも飛び出す用意はできている。

「来たぞ」

 蹄の音が近付いてくる。ダルウィンは草むらに声をかけた。

「六人って言ってたよな。ダル、人数は合ってるか?」

「何とも言えない。最低でも四人はいそうだけど」

 人間のダルウィンには、夜目はきかない。

「隠れ家に残っている奴がいても、ニルケが何とかしてくれんだろ」

「魔法を使う前に掛かって来られたら、ちょっとヤバくないか。ニルケはあんまり運動神経がよくないだろ」

「ローゼットのおっさんがいるから、どうにかなるだろ。相手は自分の手下なんだしさ」

 そんな会話をしているうちに、盗賊達がダルウィンの前までやって来た。

「なぜこんな所にいる。わしらがテンス家まで行くと書いたおいただろうが」

「金さえあれば、テンス家でなくてもいいはずだ。ほらよ、これをやるからさっさと退散しな」

 ダルウィンが足下に置いていたいくつかの袋を、盗賊の方へ放り投げた。

 ガスキーが剣を抜き、切っ先で袋を拾い上げる。紐を解き、中身を確認した。中は光る金貨がぎっしりと入っている。それが五袋。

「これがテンス家の財産だと?」

「お前らの人数分を持って来てやれなかったのは悪かったが、仲よくみんなで分けな」

「ふざけるなっ」

 ガスキーは袋を地面に叩き付けた。開いた袋の口から金貨がこぼれる。

「もったいないな。いらないのか?」

「俺達を騙そうなんざ、いい度胸してやがる。ニセ金に用はねぇんだよ」

 袋の中身は、ニルケが用意したまがい物の金貨だ。それをガスキーは暗い中、一目で見破ってしまった。これにはダルウィンも少し驚く。

「へぇ、よくわかったな。だてに盗賊はやってないか」

 もしかして、こいつが魔物の親玉かな。

「てめぇの女は殺してやる」

 ガスキーの目が怒りにギラついている。周りにいる他の男達も剣を抜いた。

「一緒にお前も血祭りにしてやるからそう思え」

「冗談じゃない。そんなこと、思えるか」

「この前は油断した。だが、今夜はそうはいかん。前の分もまとめて返してやる」

 ダルウィンも静かに剣を抜いた。

「そんなお返しは遠慮するよ」

 一斉に盗賊が襲い掛かろうとする。その時、何かが暗闇から飛び出し、半分が馬から落とされた。

 ガスキーが何事かと振り返ると、そこには夜に溶け込むような黒い狼がいる。

「何だ、こいつは」

「俺の助っ人さ。まぁ、人じゃないけどな。一人で片付けられる、なんていきがる程には莫迦じゃないんだ」

「けっ、面白い」

 そう言っている間にも、ガスキー以外の男はみんな馬から落とされてしまう。

「ダル、何だかこいつら、変だ」

 倒れた盗賊を襲いながら、カードが言った。

「変って何が?」

 ガスキーと対峙しながら、ダルウィンは返事する。

「ニルケが言っていたような感じじゃないんだ。ちょっと違う」

「ちょっと違うって何がだよ」

 馬上から振り下ろされるガスキーの剣を受け止める。ひどく重い剣だ。

「オレと一緒なんだ」

「ってことは……」

 交差した剣から火花が飛び散る。手がしびれ、ダルウィンは一歩飛びずさった。

「このっ、死ねっ」

 盗賊のひとりがカードに剣を下ろす。その攻撃をすり抜け、カードは相手の喉に噛み付いた。襲われた男は呻き声を上げ、カードが離れるとゆっくり倒れる。

 そして、その身体が砂になってしまった。

「こいつら……みんなが魔物なのか」

「みたいだな」

「そうだ。その通り。俺達は人間じゃねぇ。そこの狼と同じく魔物さ。人間ごときに負けはしねぇからな。俺達に遭ったのが運の尽きとあきらめるんだな」

「操られるなんてものじゃなく、そのものだったってことか」

 ダルウィンは剣を握り直した。

「魔物の盗賊、ね。珍しいのが現れて泣けてくるぜ、全く」

 後ろからダルウィンを襲って来る影があったが、斬り捨てる。すぐに砂となって崩れ落ちた。

 またダルウィンとガスキーとの討ち合いが始まる。隙をみて、ダルウィンは馬の脇腹を殴った。途端に馬は後ろ脚で立ち、ガスキーが落馬する。だが、負傷した気配はない。

「くそっ」

「お前みたいな奴に見下ろされるのは、面白くないからな」

「ダル、こっちは引き受けた」

「ああ、頼む」

 ふたりがすでにやられた。ガスキーはダルウィンが相手をしているし、たとえ魔物であっても、カードにとって残りの数は問題ではない。

 ガスキー達にとっては、予想外の苦戦であった。たとえ自分達が魔物であると知られなくても、いや、知られればなおさら相手はひるみ、すぐに決着が付くはずだった。

 それなのに、まるで恐れることもなく、着実に仲間は減らされてゆく。油断していない今でも、たかが人間であるはずの敵は強い。狼の方も戦い慣れしているようで、全てが終わるのにそう時間はとらないだろう。

 剣を交えているうちに、次第にガスキーの方が不利な体勢になってきた。馬に乗っていた時は自分の体重も剣にかけられていたのだが、地面の上ではそうもいかない。そうなると、ダルウィンの方が剣の腕は上だ。

 わずかな焦りがガスキーの中に生まれ始めた時、視界の端に影を捕らえた。交差していた剣を跳ね返し、影の方へ走る。

「きゃああっ」

 影はフェリーナだった。話は聞いていたが、心配になって様子を見に来たのだ。それをガスキーに見付けられてしまった。

「フェリーナッ」

「動くな。動くとこの娘の喉をかっ切ってやる」

 今まで何人も殺し、リンネやダルウィンを殺そうとしている魔物なのだ。おとなしくしないと、本当にフェリーナが殺されてしまう。ガスキーにとっては何でもないことだ。

 今はダルウィンの動きを抑えようとしているのですぐには殺さないだろうが、身体の一部を傷付けるくらいのことはやりかねない。

 すでにカードは割り当ての魔物を始末していた。残りはガスキーのみ。だが、最後が一番難関であるのはよくあること。

「剣を捨てろ。おい、狼。お前もおかしな動きはするな」

「狼って言われるのは仕方ないけど、そういう呼び方は腹が立つな」

「うるさい。くそっ。みんな殺っちまいやがって。おい、お前はさっさと剣を捨てろ」

 ダルウィンは仕方なく剣を捨てた。

「その子は離してやれ。すでに人質は一人とってるんだ。これ以上増やしても、めし代がかかるだけだぜ」

「けっ、めしなんか誰がやるか」

「……人質は閉じ込め放っしか」

「リンにひどいことしてねぇだろなっ」

「うるせぇ。黙ってろ」

 ガスキーが怒鳴る度に、フェリーナがビクッとする。間近で怒鳴られている上に、相手は盗賊なのだ。身体が小さくなるものなら、小さくしてここから逃げてしまいたい。

「そのままそうやっておとなしく立ってろ。今からゆっくりいたぶってやるからよ」

「下衆と悪どい魔物が考えることは同じなんだな」

「いくらでも言うがいい。お前が抵抗しようとすれば、この娘も傷付けるからな」

 フェリーナがガスキーに捕まえられている以上、ダルウィンにもカードにも、対抗する術はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。