拉致
リンネは到着までにどれだけかかるかを聞いていなかったが、ポスベームの国には本当に夕方に着いた。まだ陽は高いので、リンネはトータの背中で居眠りをしている間に一日が経ってしまったのかと思った程である。
猛スピードで飛んでいる割りに、トータの背中は穏やかな風が吹き過ぎるだけ。羽も温かくて気持ちよく、ついつい眠ってしまったのだ。人間など、けし粒にしか見えないような高度を飛んでいるのに、リンネは堂々と魔鳥の背中で居眠りをしたのである。
トータは最初、リンネが静かなので高さや速さが怖くて縮こまっているのかと思った。黙っているのは、言葉が出ないような状態でいるのだろうと。
ところが、リンネはそんな彼女の予想を見事に裏切ってくれていた。眠りこけているのがわかると、トータは思わず笑いだしそうになった程である。
人間を乗せたのは初めてだが、その人間ははしゃいだ後に眠ってしまった。笑うしかないではないか。
こんな人間、百年に一度、現れるかどうかだね。
せっかく気持ちよさそうに眠っているので、トータはリンネを起こさずにポスベームの国まで飛んだ。
「もう着いたの? はやーい」
トータが着地したのは、ポスベームの国にある大きな湖のほとりだった。
「ここはポスベームのどの辺り?」
「デューフォ湖は知ってるかい? パズート大陸で一番大きい湖の、ここは一番東側さ。もう少し東へ向かって歩けば、ノーゼルの街はすぐだよ」
人間の姿に変わったトータが、指を差して教えてくれた。リンネは頭の中に地図を描いてみる。おおよその見当はついた。
「ありがとう。ちょうどいいわ」
「ちょうどいいって何に?」
「え……あ、つまり、街に近くていいってことよ。ここまで連れて来てくれて本当にありがとう、トータ」
「こんな離れた国で何をするつもりか知らないけど、気を付けてお行き」
トータに見送られ、リンネは街へ向かって歩き出す。トータが教えてくれた通り、ノーゼルの街へはすぐに入れた。
「さぁて。うまく見付かるといいんだけどな」
カディアーナ達には言わなかったが、リンネがポスベームの国へ行きたいと言ったのにはもちろん理由がある。
ダルウィンに会うためだ。
何かしらの事件にリンネが遭遇し、動く時にいつもいる青年。彼が一緒にいなければならない理由はいつもどこにもないのだが、必ずそばにいた。リンネと同じように、厄介ごとが好きな性格なのだ。そして、リンネも彼が近くにいて当然のように思っている。
そのダルウィンを捜しに、リンネはこの国までやって来た。
前に彼と別れる時、しばらくポスベームの国にいる、というようなことを話していた。それがどのくらいの期間であるかは聞いていないし、きっと彼も決めていなかっただろう。まだこの国にいるかどうかもわからない。
でも、彼はいる、という予想の元に、リンネはこの国へ来たのだ。
はっきり言って、リンネはひどく楽観的な性格をしている。……あえて言わなくても、神経質な性格であるなら家出をするのに国を出たりはしないだろうし、ロック鳥の背中で居眠りなんかしない。
ついでに、いきあたりばったりである。だから、捜せばすぐに見付かる、と信じて疑ってない。今までも、色々な国で当たり前のように会えていたのだ。広い土地で、すごい偶然が幾つも重なって会えていた。
だから、今度も会えないはずがないわよね、と深く考えていないのである。
リンネは街のあちこちを歩き回り、ダルウィンを捜し始めた。
宿や土産を売る店、剣を扱う店に食堂。手掛かりを教えてくれるかも知れない人達はあちこちにいる。
街の端では収穫はなかったものの、中央へ行くとある出店のおじさんから有力な情報を得た。この辺り、リンネの運がいい、とよく言われる所以かも知れない。
「お嬢さんの言う男だと思うよ、その姿格好からして」
小さな噴水があり、多くの人が集まれる広場がある。その近くで、彼は軽食の露店を出していた。
二日程前、ならず者の男達が剣を振り回し、周りの人達を困らせていた。数人いる中に剣の腕が自慢の男がおり、特にその男が周りにある街路樹や露店の屋根などを傷付けて楽しんでいたらしい。現にリンネが話を聞いているおじさんの店も、確かに防水布で張られた屋根の一部が切られていた。
「そのうち、そいつらは子どもを相手にもてあそび始めたんだ。人を斬れば、さすがに役人が黙っていないから、子どもの服や髪を切ってね。下手に助けようとすれば、自分がひどい目に遭わされるから、誰も助けられなかった。その時に、その男が現れたんだ」
濃い茶色の髪を束ね、髪と同じ色の瞳をした若者。この辺りでは見掛けない顔だった。旅の途中に通り掛かったのであろうというのは、彼の格好からしても推測できる。
楽しみを中断されたならず者達は、邪魔者を追い払ってしまおうと数人で斬り掛かった。もちろん、殺す気はなかったが、それなりに脅してやるつもりでいたのは明らかだ。
しかし、相手は一人であるにも関わらず、次の瞬間には全員が倒されていた。よく見ると、その男も剣は持っていたのだが、鞘から抜くことなくやってのけたらしい。
「それよ。きっとダルウィンだわ。ねぇ、おじさん。彼の名前は聞かなかったの?」
「いやぁ、名前まではなぁ。しかし、その後でテンス家の方が彼を用心棒として屋敷に連れて行ったらしいってのは聞いたよ」
「テンス家?」
「ノーゼルの街で一番の金持ちの家さ。ここは湖が近いだろう。湖で採れるものを元に、商売をしている者が多い。言ってみれば、その元締めみたいなことをしているのがテンス家という訳さ」
ラースの街のエクサール家、のようなものだろう。リンネの父も多くの漁船を所有し、貿易の仕事も携わっている。ここでは海が湖に変わったというだけ、と考えればいい。
「その屋敷はどこにあるの?」
リンネはおじさんからその屋敷がある方角を聞き、お礼のつもりで彼の店の食べ物を買った。お腹もすいていたのでちょうどいい。
知っている人が見れば、エクサール家のお嬢様たる人が買い食いなど、と思いそうだが、ラースの街ではよくやっていることだ。ここで始まったことではない。
リンネがそのテンス家の屋敷へ向かう途中、酒場の前を通り掛かった。そこから中年の男が一人、出て来た。
「おい、そこのお嬢さんよぉ」
知らない人間に「おい」と呼ばれる覚えはないので、リンネは立ち止まらずに歩き続ける。男は無視されたのがわかって、声を荒げた。
「待てよ、そこの嬢ちゃん」
「さっきから呼んでるのは、あたしのこと?」
ようやくリンネは振り返った。
「ああ、そうだ。お前だよ」
「初対面の相手から、お前呼ばわりされる覚えはないわ」
男はあまりいい人相ではなかった。はっきり言えば、悪い。顔の下半分を埋めるヒゲは濃く、目付きもよくない。どう見ても悪人面、という顔である。
リンネは相手がこんな容姿であろうとそんなに気にしないのだが、いきなり偉そうに声をかけてくるような人間は嫌いだ。おいだの、お前だのと言うような相手に、笑顔を振りまくような性格ではない。
「お前、テンス家の用心棒の知り合いか?」
男はリンネの言葉を気にするでもなく、偉そうな口のきき方は変わらない。
「教えてほしければ、もっとていねいに尋ねるのね。人に物事を尋ねる時は、それなりの話し方ってものがあるわよ。あなた、あたしよりずっと年上に見えるけど、そういうことを教えてくれるような人が周りにいなかったの?」
お前、と偉そうに言うような相手に、リンネも律儀に答えるつもりなどなかった。
一方、男は少女が自分を恐れもせずに言い返してくるので驚き、それから腹を立てた。
「生意気な口をききやがって。そういう言い方をするってことは、やっぱり知り合いだな」
リンネとしては、それを確かめに行こうと思っているのだが、男は勝手に結論を出している。
「そうらしいぜ」
男は酒場の方へ声をかけた。すると、中から似たような格好の男が数人、現れる。ヒゲ面で多少の差はあるがやっぱりそれぞれに目付きが悪く、人を脅すために作られたと思ってしまうような大きな身体の男達。
もしかして、あのおじさんが話してくれたならず者かしら。
とっさにリンネはそう思った。リンネが彼らをのした男を捜しているのを知り、よからぬことを考えて、彼女をどうかしようとしているのではないか。
あんな話を聞いた後では、そうリンネが想像してしまうのも無理はない。
「奴の弱味になるかな」
酒場から出て来た一人が、酒臭い息を吐きながら言った。
「そりゃなるさ。何たって女だからな。放ってはおかんさ」
これはかなりヤバい情況かも知れない。腕力のありそうな男ばかりに囲まれ、さすがのリンネも焦った。いつもならカードがそばにいて、こういう連中は蹴散らしてくれるのだが、今はあの自他ともに認める鉄壁のボディガードはここにいない。いくらリンネがおてんばでも、数人の男の相手は無理だ。
最後にのそっと大きな男が現れた。顔がヒゲで埋もれてしまっているように見える。目が異様にぎらぎらして、不気味な印象だ。この中で一番身体が大きい。雰囲気からして、リーダー格らしかった。
「捕まえろ」
この一言で、リンネは男達に捕まえられてしまった。抵抗したものの、多勢に無勢だ。
「ちょっと離してよっ」
言っても無駄だとわかっていても、つい叫んでしまう。周りには誰もいない。隠れて見ているのだろうか。いたとしても、こんな男達が相手では見て見ぬふりをして通りすぎるだけに違いない。
「よし、いいものが手に入った。これで奴に報復してやるぜ」
リーダーの男が言い、リンネは男達に担ぎ上げられたまま、どこかへ連れて行かれた。
☆☆☆
「リン、まだ帰って来ないのか?」
ルエックはラースの街、エクサール家にて。
もうすっかり陽は落ちてしまい、空は青紫から藍色になっている。にも関わらず、当家のお嬢様はまだ御帰館にならない。
いつもなら一緒にいるはずのカードも今日は置いて行かれたので、不承不承ながらお留守番という形になった。
「そのようですね。いつまで遊んでいるのやら」
魔法使いの口調はどこかあきれている。
「ズルいよなぁ。どこで遊んでるんだろ」
「こんなことで羨ましがらないでください。カードと一緒にいて、よくリンネが夕方になるとちゃんと戻って来るものだと、不思議なくらいですよ」
「何だよ、それ。オレと一緒なら、夜遊びしかねないってこと?」
カードが口をとがらせる。
「一人でいるよりずっと危険が少なくなりますからね。ありえると思いませんか?」
「うーん、思うって答えたら、リンに怒られそうだな」
「まさか。笑ってゴマかしますよ。もっとも、カードが来るまでも、祭りがある時などはよく夜中に抜け出したりしてましたが」
「なーんだ。やっぱりやる時はやってんだ」
部屋に戻ったフリをして、こっそり夜店が並ぶ街へ出て行く。こんなことが何度か過去にあった。
これでニルケが不思議に思うのは、なぜか両親にはバレない、ということだ。ニルケもリンネが抜け出したり、戻って来た現場を見付けたことはない。寝不足のような顔をしているためにわかったというだけだ。
もちろん、その場でしっかり叱っておくのだが、後々のことを考えてちゃんとエクサール夫妻に報告すべきだったかも知れない、と今になって思うのだった。
「それにしても、今日は本当に遅いですね」
夕食が始まり、食後のデザートが終わっても、リンネはまだ戻って来ない。
「姉様、どうしたんだろ。いつも食事にはちゃんと戻って来るのに」
弟のラグアードも気にしているようだった。普段もこんなものだから、と母のリリアも言っていたが、やはり心配してるのか、あまり食が進んでいない。
全ての食器が片付けられた頃、仕事を終えたラグスが食堂へ入って来た。
「……リンネは?」
部屋を見回して娘の姿がないことに気付いたラグスが、誰に言うでもなく尋ねた。
「どこかへ遊びに行ったまま、まだ戻って来ないんです。いつもならカードが一緒ですが、一人ではあまり遅くならないよう、おじさんから少し強く注意なさった方がいいのでは?」
「あ……まぁ、それはわかっているんだが……。少し焦りすぎたか」
「あなた、どうかなさったの?」
夫の様子が少しおかしいと気付いたリリアが、声を掛ける。
「いや、実は……」
ラグスは今日の昼間、リンネに見合い話を持ち出したことを話した。その後、リンネが部屋を飛び出したことも。
「あちゃー、リンにいきなりそんな話をしたのか」
ニルケもあーあ、という顔でラグスから視線をそらした。
「ほのめかすだけにしておいた方がよかったんじゃないの? それから本題に入った方が、リンだって気持ちに余裕があったろうしさ。それって、すっごいフェイント」
「やはり急だったかな」
ラグスも反省している様子。
「あなたも仕事をなさっている時はとても腕がいいと言われますのに、娘に対してはからきしですわね」
リリアが苦笑する。
「そんな話があるなんて、私にもおっしゃってくださらなかったじゃないの。先に教えてほしかったわ」
「ああ、すまん」
「父様、姉様にお見合いなんて言っちゃだめだよ」
「……どうしてだ?」
ラグスは不思議そうな顔で息子を見た。
「だって、姉様は好きな人がいるんだよ」
「な、何だって」
今度はカードがあーあ、という表情になり、ニルケはさらに顔をそむけた。
「だから、お見合いなんてきっとしないよ」
言ってからニルケやカードの方を見たラグアードは、余計なことを口にしたかも知れないと遅ればせながら思った。
「ラグアード、誰なんだ。その、リンネが好きだという相手は」
「えっと……よく知らない」
ラグアードも一度会ったことがあるのだが、この状況では自分がいらないことをしゃべらない方がいいと判断し、知らないことにした。
「ニルケ、きみは知らないか」
「え? いえ、ぼくは……」
ニルケも口を濁す。ラグスはカードの方を見た。視線を向けられたカードは、軽く肩をすくめるだけ。
「あなた、どうして急にこんな話を持ち出されたの?」
「それは……あの子も年頃だからだ」
「それにしても、急ですわね」
「売れ先が決まって花嫁修業にいそしむようになった、という友人の娘がいるんだ。だから、リンネも相手が決まればもう少し落ち着くんじゃないかと……」
ラグスも父親として、娘の素行を気にしていた、ということだ。それに、年頃だというのも確か。貴族などは、リンネよりもっと幼い年齢で婚約する場合もある。
「私としては、何もリンネを縛り付けようとしたつもりじゃないんだ。そろそろどこへ嫁いでも恥ずかしくないようにしておいてほしいだけで……」
「そうね。私も教えておきたいことが色々とあるし」
「花嫁修業もいいけどさ。こんな時間までリンが戻って来ない方が問題じゃない?」
カードに言われ、今一番肝心なことにみんなが気付いた。
「その話をされるのがいやで、帰って来ないのかも知れませんね。何にしても、連れ戻さないと」
「リンがいつも行くような所はだいたいわかってるし、捜してみようか」
「ごめんなさいね、カード」
カードが笑って部屋を出ようとした時だった。ふいにそのカードの表情が険しくなる。同時にニルケもはっとしたような顔になった。
「どうしたの? カード」
ラグアードが聞いたがそれには答えず、カードは食堂を飛び出した。
「ニルケ、どうしたんだ」
「魔物の気配がします。ここから出ないでください」
そう言い残すと、ニルケもカードの後を追った。
以前、リンネが庭から魔物にさらわれたことがある。そういうことがまた起こらないよう、ニルケは魔物がエクサール家の敷地内に入るとわかるように魔法をかけていた。
そして今、その魔法に引っ掛かった魔物がいる。引っ掛かったと言っても、入って来たのがニルケにわかるだけ。
気配は庭の方からだ。まだ屋敷の中へは入っていない。だが、安心はできなかった。どんな魔物なのかはまだわからない。
気配のする方へ走って行くと、カードが庭に向かって立っていた。
「カード、魔物は……」
「あそこ」
指し示された方向には、リンネがよく登っている木がある。その枝に、人影が見えた。
スラリとした細い足をぶらぶらさせながら、枝に腰掛けている。顔は影になっていてはっきりしないが、体型から女性だとわかった。
「はぁい、お久し振り」
明るい声がした。聞いたことがあるような気がするが、すぐ思い出せない。
「びっくりさせやがって」
「カード、あれは誰です?」
「あら、忘れちゃったの、魔法使い」
声の主はわざと淋しそうな口調で言うと、ひょいと枝から飛び下りた。地面に降り立つと、屋敷からの明かりでようやくその顔がはっきりする。
「……ああ、カディアーナ」
「そう。思い出してくれた?」
彼女がさらわれた時、兄のカディアンに協力するためにニルケも関わった。無事に助け出し、次の日に礼を言ってカディアンと去った時は彼女もまだ疲れた様子でいたが、今はそんな風情は微塵もない。
今こうして会うと、実はかなりの美女だったのだと知る。堂々とその美しさを見せ付けているみたいで、まるで別魔のようだ。女は魔物だと言うが……。
「どうしたんだよ、いきなり」
「あら、いけなかった? 近くに来たから、ちょっと挨拶にって思ったの」
「魔族がずいぶんと律儀ですね。正体を知らなければ、人間みたいですよ」
「そぅお? リンネを見てから、ちょっと人間のことを知ってもいいなって思ってるから」
ふふ、とカディアーナは微笑んだ。魅力的な笑顔だ。彼女を魔族と知らない人がここにいれば、虜にされるかも知れない。
「リン、今はいないんだ」
「私、会ったわよ」
「リンネに会ったんですか? どこでです」
「ゴーゼの山でね」
「山? リンは山へ行ったのか」
てっきり街のどこかにいると思っていた。カディアーナに教えられなければ、街へ捜しに行っているところだ。
「こんな時間まで山にいるなんて、何を考えているんだか」
「もういないわよ」
「おい、どういうことなんだよ」
話が見えなくて、カードはいらいらしてきた。
「ねぇ、リンネが家を飛び出した理由、知ってる?」
カディアーナが逆に尋ねた。
「理由って、見合いのこと?」
「そう。とてもいやがってたわ。私も彼女よりもっと強引でひどい目に遭ったから、あの子の気持ちはよくわかるつもりよ」
彼女にふりかかった災難のことは、気の毒と言うしかない。魔鳥であっても、さらわれるという状況は強い恐怖を覚えるだろう。
「まさか、どこかにリンネをかくまってるんですか?」
「んー、似たようなものね」
ニルケの言葉にほんのわずかだけ考えて、カディアーナは頷いた。
「どこにいるんです。持ち出された話の内容が聞きたくないものであっても、逃げるだけでは解決になりません。ちゃんと話をさせないと」
「それは言えてるわね。リンネはポスベームの国にいるわ」
「何だってぇ?」
答えを聞いて、カードはすっとんきょうな声を上げた。
「どうやってだよ。リンが家を出たのは今日の昼間だぜ。移動魔法も使えないリンが、ポスベームになんて行けるはずがない」
「確か、カディアンが話していました。鳥族は翼があるから、移動魔法は使えないと。それなら、あなたが連れて行った訳じゃありませんね、カディアーナ」
「ええ、その通りよ、魔法使い」
カディアーナは微笑しながら頷く。
「私の友達のロック鳥が連れてったわ。私は言ってみれば、仲介役ね。ただ、家出にしても少し遠いでしょ。リンネがポスベームの国へ行きたいって言いだしたのは突然だったし、きっとあなた達は知らないと思って」
「思い付きもしませんよ。家出をするのに、街どころか国を出てしまうなんて」
隣りの国にいると聞かされても驚くだろうに、それよりさらに遠い所へ行くなんて思わない。大陸の端から端だ。
「それで、家出を止めなかった奴がわざわざ教えてくれるのか?」
カードの口調は、余計なことをしでかしてくれて、という気持ちが込められている。
「私も見送ったまではよかったんだけど、よく考えたらあの子、普通の人間なのよね。見てると普通だと思えなくて。だけど、よその国に人間の女の子が一人でいるなんてよくないでしょ。それに帰ろうと思っても、すぐには帰れないじゃない。誰かが迎えに行ってあげないと」
「全く、世話の焼ける……」
ニルケが話を聞いて、ため息をついた。
「でも、あの子はそれだけ見合いがいやだったってことでしょ。リンネの気持ちも考えてあげてほしいわ」
「だからと言って、家出がいい解決策とは思いません。……ポスベームの国ですか」
またずいぶん遠くを選んだものだ。
「とにかく、教えてくださってありがとうございます。家族が心配していたところだったので、居場所がはっきりしただけでも安心しました」
「私も気になったものだから。でも、これでリンネも危ない目に遭わなくて済むわね」
「あ、カディアーナ。ポスベームのどの辺りかわかるか?」
「確か、一番近い街はノーゼルだって言ってたわよ」
ポスベームに着く時間を考えても、きっとその街にいるだろう、とカディアーナは教えてくれた。
「またラースへ来た時に寄るわね」
話を終えるとカディアーナは鳥に姿を変え、夜の中へ消えた。夜行性でもないのに夜の空を飛べるのは、さすがに魔鳥だ。
「リンがポスベームまで家出をした、なんて聞いたら、親父さん、もっと落ち込むだろうなぁ」
カードは破天荒な娘を持つラグスに、心から同情するのだった。





