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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十話 魔法使いの薬

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城の主

 扉は破れたりすることもなく静かに開き、カードがまず入った。次にダルウィンが入り、リンネが続き、最後にニルケが入った。

「わぁ、本がいっぱい」

 リンネが感嘆の声を上げる。

 扉の向こうには、腐りかけたような扉とは掛け離れた、立派な書斎が存在していた。高い天井まで届く本棚と、そこに収められた本。ほとんどの壁が本で埋められている。同じワイン色の背表紙には何か書かれているが、それらは見たことのない文字だった。

 扉を入った正面には大きな机があり、そこに一人の老人が座っていた。白いひげは長く伸び、同じく白い眉毛は目を覆うようにして生えている。髪もやはり長く白く、着ている物も白いローブ。

 彼が一つ目の巨人が言っていた「じいさん」なのだろうか。周りの状況からして、そうであってほしい。

「こんにちは」

 またリンネが元気に挨拶し、老人はその声で本から顔を上げた。

「おお、やっと辿り着いたかね」

 老人の言葉に、ニルケ達は顔を見合わせた。まるで彼らが来るのを知っていたかのような口振りだ。

「ぼく達がここへ来ることを、ご存じだったんですか?」

「その子をそのような姿にした、魔法使いの居場所を聞きに来たのじゃろう?」

 ダルウィンが短く口笛を吹いた。

「噂は本当だったって訳だ。何でも知ってるってのは」

「何でも知っている、というのは少し語弊があるやも知れん。わしはこの本達に浮かぶ文字を、ただ読んでいるだけにすぎんからな」

 リンネが老人のそばへ寄り、開かれている本を背伸びして覗き込む。

「こんな字、わかんない」

「わしにだけしかわからん文字さ」

 老人は笑いながら、リンネの頭をなでた。

「あの……ぼく達がここへ来た理由をご存じなら、教えて頂けるでしょうか。リンネを子どもの姿にした、魔法使いの居場所を」

「ああ、いいとも。真実を知るためにここまで来た者に、わしは知識の出し惜しみはせん」

 老人は快く承諾してくれた。

「この子を昔の姿にした魔法使いは、ユーガンという」

 魔法使いのユーガンは、ポスベームの国にあるジェンの街に住んでいる。ジェンはトーブの隣り街だ。

 ユーガンは若い時から魔法の勉強と同時に、薬の勉強もしていた。それなりに才能があったらしく、魔法の腕もそこそこに上達していたのだが、それ以上に薬の調合にのめり込むようになる。最近では、生き甲斐のようになってきているらしい。

 調合する薬は様々で、リンネに使ったような若返りの薬、逆に年を二十以上もとってしまう薬。性転換する薬、動物になる薬、等々。動物になる薬は、小さなものはネズミから、大きなものは熊まで、たくさんの種類がある。

 多くの薬を作り出したユーガンだが、近年になるとそれらの薬を調合するだけでは次第に飽き足らなくなってきた。

 理論上は成功しているはず。だが、薬ができれば、それがちゃんと効くかどうかを試してみたくなる。

 最初は、自分の調合した薬がうまく効くかどうかを確かめられればそれでいい、と思っていた。その実験台に最初は小動物を使っていたのだが、やがてその対象が人間へと移ってきたのだ。

 人間で試せば、その人間の周りの者、つまり家族や友人が黙っていないだろう。言葉を持たない動物のように、気軽にはできない。

 そんな問題も、ユーガンは逆手に取った。薬の調合は、彼から良心や人間らしさを溶かしてしまったらしい。ゆすりをするようになったのだ。

 元に戻して欲しければ見付けてみろ、と相手の神経を逆撫でするような態度を取って逃げる。そして、本当に捜し当てられれば、元に戻してやるから金を出せ、と脅すのだ。

 役人に訴えれば、たとえ捕まっても魔法を使って毒を飲ませてやる、などと釘を刺す。相手はユーガンが魔法使いということもあり、言いなりになるしかない。

 魔法使いが調合したのだから、解毒剤は他の魔法使いに頼めば、と考える者もいた。だが、頼まれた魔法使いも飲まされた薬の成分がわからないので、すぐには調合できない。

 最悪の場合、おかしな作用を起こして余計に醜い姿になるかも知れない、と言われれば、やはり薬を調合した本人に解毒剤をもらうしかなかった。

 捜し当てられなかった者がその後でどうなろうと、ユーガンの知ったことではない。自分を追って来た人間には、ゆすりを働く。

 ユーガンは過去数人をその手で脅し、大金をせしめた。

 人間を実験台にするようになった最初の頃は、押し掛けられるのも面倒だと思っていた。それが、最近ではもっと大金を手に入れるため、わざと場所を知らせて被害者を来させ、金を脅し取ってやろうと考え始めている。

 おかしな薬を調合するため、材料は高価なものが多い。脅し取った大金は、その材料費と酒に注ぎ込まれた。

 ユーガンは薬を調合すること、その効き目を試すこと、そして少しばかり高価な酒をチビチビ飲むのが好きなのだ。

 家は普通の大きさだが、はなれの調合室が家より立派だ。ユーガンにとって、家など食事と寝るためだけの場所にすぎない。彼にとって、調合室が一番安らげる所なのだ。

 それに、これみよがしに家を立派にするのは莫迦な金持ちのすること、という考えがあった。

 今回、リンネに使われた薬は、若返りと言うよりは、子どもにする薬、という方が正確だ。リンネより年上の人間が飲んでいたとしても、やはり五、六歳くらいの子どもになっていたはずだった。そして、薬は見事に効いたのだ。

 ユーガンがラースの街へ来たのは、偶然だった。場所など、どこでもよかったのである。だが、同じ場所では何度もできない。被害者ではなく、目撃者によって役人に捕まるかも知れないからだ。

 あちこち離れた街を選んで行い、今回来たのがラースの街だった、というだけ。

 ルエックの国はポスベームの国からは遠いし、今回の薬は子どもになっただけ。今回は捜し当てられる可能性は低いだろうと思いながら、それでも結果には満足しているユーガンだった。

 彼は今、赤ん坊に戻る薬の調合に没頭しているらしい……。

☆☆☆

「やっぱりあいつ、金を脅し取るつもりだったんだ」

 話を聞き終えて、カードが腹を立てる。

「相手が金持ちだってわかってたら、もっと詳しく自分の居場所をしゃべってるぜ。あの時はリンが金持ちだとはわからなかったから、国の名前しか出さなかったけど」

「薬を調合するのはともかく、それを悪用するのは許せませんね。そのために魔法を使ったり、大金を脅し取るなんて……」

「他の所でも、同じような目に遭って泣き寝入りしてる人がいるのか。ユーガンって奴は人間としても最低な奴だな」

 周りが怒っている中、リンネ一人がきょとんとしている。今の年齢では、話の内容が理解しきれないでいるらしい。

「とにかく、ジェンの街にいるんだ。毒を飲ますだの、金を出せだのとごたく並べやがったら蹴っ飛ばして、そんな口たたけなくしてやる」

 カードがやれば本当に口がきけなくなるくらいのことはできるが、さすがにそれはニルケ達が止めるだろう。だが、彼らの気持ちはカードと同じだ。

 とにかく、これで魔法使いのいる場所はわかった。これからその魔法使いの所へ行って、どんな方法を使ってでもリンネを元に戻させなければ。

「ありがとうございました。これでこの子を元に戻す糸口が掴めました」

「なに、わしひとりが知っていてもつまらんからな」

 老人は笑って頷く。

 ジェンの街へ向かうべく、礼を言ってニルケ達は老人の書斎から出ようとした。

 しかし、リンネは何を思ったのか、また老人のそばへ戻る。

「おじいちゃん、これ、あげる」

 リンネは提げていたポシェットから、アメを三つ取り出すと老人に差し出した。トーブの街でニルケと一緒に魔法使いの居場所を捜し歩いていた時、買ってもらったアメだ。

「ほう、わしにくれるのかい?」

「うん。お話、よくわかんなかったけど、ニルケ達にいろんなこと、教えてくれたから」

 リンネは悪い魔法使いの居場所を教えてもらった、という部分しか理解してなかったのだが、老人にリンネなりのお礼をしたのだ。

「そうか、そうか。ありがとう」

 老人は嬉しそうにアメを受け取った。リンネもにこっと笑う。

「では、アメのお礼にもう一つ、教えてあげよう」

 リンネの行動に気をよくしたらしい老人が、そんなことを言い出した。

「このティオンの山の隣りに、ソドの山がある。その山のどこかにいる青い木の青い実を持って帰れば、きっと物事がよい方向へ向かうじゃろう」

「青い実、ですか? それは何の実です?」

「言えるのはここまで。わしは本来、この本に書かれたことだけしか話せん。もちろん、その実のことは本に書かれているが、わしが言い出さなければお前さん達はその存在を知ることはなかった。聞かれなかったことをわし自らが教えることで、未来に別の影響を与える。人の運命に干渉することは、許されておらんのだ。だから、これ以上は言えん」

 聞かれたことには答える。だが、その青い実のことは聞かれていないのに教えた。本当なら、老人はルール違反を犯したということになるのだ。

「どうして……教えてくださったんです」

「こんなかわいいことをされれば、ちょっと気紛れを起こしてみたくもなるものじゃよ」

 リンネがアメを差し出したことが、老人には余程嬉しかったらしい。

「実は毒ではないから安心していい。だが、どういうものかは自分達で見付けなさい」

「わかりました」

 ニルケ達は老人に深く礼をし、その書斎を後にしたのだった。

☆☆☆

 来る時はあれだけ歩き回ったにも関わらず、出る時はすぐに城の外へ出ていた。

「よくあるパターンだよな。行く時はなかなかで、帰る時は追い出されるようにして出て来るって形」

 ダルウィンが拍子抜けして、城を振り返る。

「足止めをくうよりもいいですよ、宝が見付かってすぐに帰れる方が」

「そりゃそうだ」

 でも、まだ帰れない。老人が教えてくれたソドの山へ向かわなくてはならないのだ。

 絶対に行く必要はない。だが、ルールを破ってまで教えてもらった情報だ。物事がよい方向へ向かうと言われれば、なおさら無視はできない。

 ティオンの山の隣りにあるソドの山。そこは岩だらけのティオンの山とは逆に、密林のような山だ。ティオンの山の植物をソドの山が吸い取ったのではないか、とすら思えた。それまで岩ばかりの場所にいたせいか、植物のにおいがひどく鼻につく。

 老人は青い実を、と教えてくれた。しかし、森の中で木を探すというのは、やってみると大変である。なんせ、周りが全て木だ。

「青い木ねぇ。緑が青々と茂ってるって意味の青じゃないよな」

「まさか。意欲を喪失するようなことを言わないでください、ダルウィン。それだと、この山の木はほとんどがそうじゃないですか」

「はは、違いない」

 ポスベームの国はパズート大陸の南に位置するので、ルエックの国よりも春が早い。落葉樹は新しい芽を吹き、常緑樹はその葉を濃い色にする。木々の間から漏れる光を受けて、地面には小さな花があちこちで蕾を膨らませていた。

 こんな状況で、あの老人が青々と茂っている草花を差していたのなら、どの実を採ればいいのか区別がつかない。

「きっと本当に青色してんだよ、木自体がさ。こういう普通の木に混じって、見落としそうな所にぽつんとあるんだ」

 ソドの山は、隣のティオンの山から見渡した限り、そんなに大きくない山だった。

 しかし、こうして歩いてると、やはり山は山、と改めて思わされる。小さく見えても、人間が歩くには十分に広く大きいのだ。

 加えて、平地を行くようにスムーズに先へ進めない。急な坂があり、大きな木があり、木があればその根っこがあり……。

 時々、低級な魔物が現れたりもしたが、ニルケが火の魔法で脅かすと、すぐに逃げる程度のものだった。しかし、奥へ入ればもっと手強くなるかも知れない。

 そんな場所でも、リンネはやっぱり元気であった。リスを見付けて追い掛けてみたり、かわいい花があればそこで止まって眺めたり。

「わぁ、この木、のぼりやすそう」

 言ったと思ったら、もう登っていたりする。

「リンネ、遊んでいる暇はないんですから、降りてきなさい」

「ニルケものぼって来たらぁ? 気持ちいいよぉ」

「誰のためにここまで来てると思ってるんですか。置いて行きますよ」

 当のリンネはのんきなものである。街が小さく見えるよー、などと言って木の上ではしゃいでいる。

「何度も会って、リンネの性格は知ってるつもりだったけど……まだまだってことがよくわかった」

「子どもは遠慮だの気を遣うだのがありませんからね。……リンネの場合、子どもでなくてもそうですが」

 ニルケの手厳しい言葉に、ダルウィンは苦笑する。

「リーン、そろそろ降りて来いよ」

 カードも器用に木に登る。狼の姿ではさすがに木登りはちょっと無理だが、人間の姿でなら人間のする大抵のことはこなせるのだ。

「リン、遊んでると日が暮れるぜ。その前に、早く青い木の実を見付けなきゃなんないんだからさ」

「ん、わかった」

 ひとしきり木の上の展望を楽しんだので、リンネもおとなしく頷く。

「あれ……」

 カードの視界に何か引っ掛かった。今登っているのと同じような木が目の前を埋める中、少し色の違うものがある。緑の葉とは微妙に違うような。

 リンネが降り、カードも地面に降りて、木の上で見たものを報告する。

「もしかしたら、探してる木かも知れない。緑の中に埋もれるようにあったから、はっきりしなかったけど」

 光の加減でそう見えてしまったということもある。でも……青い感じだった。

 ティオンの山の時より、さらに見付ける手掛かりというものがない。山の中で木を探すのだから、赤や白や金など、目立つ色ならよかったのだが、緑の中で青を見付けるというのはやりにくい。同じ闇雲に探すのなら、それらしい方向へ行く方がいいだろう。

「そうか。上から見れば、地面を這って探すよりもよくわかるよな」

「カード、どの方向でした?」

「ここから北東へ向かって行けば、あるはずだ。お目当ての木ならいいんだけどね」

「漠然と探すよりはいいさ。行こうぜ」

 また寄り道しそうになるリンネを引っ張りながら、ニルケ達はカードがそれらしい木を見たという方向へ、再び歩き出した。

☆☆☆

「うーん、確かに青だな」

 ダルウィンが納得する。

「青ですねぇ」

 同じくニルケ。

「これ、病気じゃないの?」

 と言ったのは、カードである。

 老人が教えてくれた青い木は、カードが見た方向に確かにあった。見間違いではなかったのだ。

 周りの木よりも少し細い幹で、枝も少ない。その少ない枝に、小指の爪程の小さな実がなっている。

 その木は青かった。老人が言った通りに青い。

 しかし、その色はまるで絵の具を塗ったような青さだ。自然の中に生えているには、あまりに不自然な色。人工的な色なのだ。カードが言ったように、病気じゃないかと疑いたくなるような青である。

 老人がわざわざ禁を犯してまで教えてくれる木なのだから、もっときれいなものだと勝手に思い込んでいたせいもある。偏見と言えばそれまでだが、とにかく、妙な感じは否めない。

「こんな木が何本もあるはずないよな。あの老人が言ったのはこの木だろう」

 ダルウィンが木を見上げる。高さはそれなりにあるが、細いから力自慢の人間が押せば簡単に倒されそうに思える。

「これだけ青だと主張しているような木ですから、間違いないでしょうね」

 ニルケが手を伸ばし、実を採ろうとした。何に使えるかはまだ不明だが、一枝分くらいを持ち帰れば数は足りるだろう。

 そう思いながら、ニルケが一番下にある枝に触れようとした瞬間。枝がひょいっと動いた。まるでニルケの手から逃げるように。

「……。今、動きませんでしたか?」

 ニルケの視力は悪くないが、これだけ木ばかり見ていると感覚が麻痺してきたように思える。でも、今は確かに動いた……気がした。それとも、木にいた小動物を見間違えたのか。

「まさかと思うが……俺も動いたように見えたぞ」

 横にいたダルウィンも、ニルケの手から枝が逃げたのをしっかり見た。が、ちょっと自分の目に自信が持てない。木が逃げるなど、ありえないから。

 風が強く吹けば動くこともあるが、今は枝があからさまに動くような風はなかった。

 そんなありえないことが、確かに起こったのだ。

 誰もが驚いていると、木は根を足のように動かし、地面の上を歩いている。いや、呆然としているうちに走り出している。木が動いているのだ。

「こんな木ってありなのかよー」

 魔獣であるカードも、こんな木があるのは知らなかった。魔物に属し、動物を食べる植物などがあって、それらが動くのは知っている。しかし、それは蔓であったり、枝の先端などだ。この木のように生えている所から離れ、まして走る植物などがあるのは聞いたことがない。

「あの老人の言葉が少し引っ掛かっていたんですが、これを見てわかりました」

「じいさん、何かおかしなこと言ってたっけ?」

「どこかに()()、という言い方だったんですよ。木は普通、あると言いますから」

 生えている、ならわかるが、あの言い方は動物扱いだった。しかし、これを見ればそういう言い方になったのもわかる。

「おい、言葉がどうこう言ってる場合じゃない。あいつの実が必要なんだぞ」

 走る木を見たショックから完全に立ち直ったのではないが、あの木の実がいることには変わりない。ダルウィンが追い掛け、その声にニルケとカードも気を取り直して走り出す。

 木の走るスピードはそれほど速くはないのだが、追い掛ける方は慣れない山道のせいでなかなか追い付かない。カードが狼になって追うが、何かしらの力が働いているのか、うまく逃げられてしまう。

「おい、ちょっと待てよ」

 言葉がわかるかどうかともかく、追い掛けていればついこんな言葉が出てしまう。

 だが、木はそんな声を無視して逃げ続けた。怖がっているのか、からかっているのか。

 そんな青い木の前に、突然影が現れた。目がなくても見えているのか、驚いたような動きをして木が立ち止まる。

「さーわった」

 影はリンネだった。どこをどう先回りしていたのか、ひょいと木の前に現れたのだ。

 何を思ったのか、捕まえるということはせず、リンネはただ木に触れただけ。

 そこへ、ようやくカード達が追い付いた。

「あたしの勝ちーっ」

 リンネ一人が喜んでいる。木には顔がないので表情こそわからないが、雰囲気からしてちょっと悔しそうにしている。

「ね、あたしが勝ったんだから、実、ちょうだい」

 リンネに言われると、木は枝を軽く振り、その実をいくつかリンネに手に落とした。

「ありがと」

 リンネが礼を言うと、木はまた走り出し、山の奥へと姿を消した。

「すげぇ……」

 見ていたカードがつぶやく。他の二人も同じことを言いたい気分だった。

 リンネは何の気負いもなく、オニごっこの気分で木を追い掛けていたのだ。

 自分がオニになって木を捕まえ、戦利品として実をもらう。

 子どもでなければ思い付かないようなこと。いや、普通の子どもでも思い付くかどうか……。

「あの木、遊びたかったのかな」

 ダルウィンが木の走り去った方を眺める。青い木はもう山の奥深くまで入ってしまい、その姿はどこにも見えない。別の場所で他の木に交じり、しれっと立っているのだろう。

「何だかひどく莫迦莫迦しい結末のような気がしますね」

 ニルケが軽くため息をついた。根っこにつまづきながら、必死に追い掛けていた自分がこっけいに思えてくる。

 あの木はダルウィンが言ったように、遊びのつもりで逃げていたのだろうか。だから、ちょっと触れただけのリンネに木の実を落として。

 もし、木の実を採られたくなかったのなら、あんなことを言われても逃げてしまっているはずだ。

「まぁ、いいんじゃないの? リンがちゃんと木の実を手に入れてくれたんだしさ」

 終わりよければ全てよし、ということにしておく。深く考えると頭が変になりそうだ。

 探し物は何とか見付けられた。青い実はリンネのポシェットに入れられ、一行はソドの山を後にして、ジェンの街へと入った。

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