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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第十話 魔法使いの薬

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歩く

「わー、つんってしたら、くずれちゃいそう」

 リンネが素直な表現をする。

 ここがティオンの山の頂上だろうという所に、城が建っていた。

 形としては、どこにでもありそうな城だ。ただ、風雨にさらされ続けたためか、今では岩の一部のような色をしている。外見は本当にボロボロで、リンネが言うように軽くつついただけで崩れてしまいそうに見えた。はっきり言えば、ほぼ廃屋。

 その城は崖の端に建てられ、地面が城の重さに耐えられなくなれば、城もろとも崖下に消えるだろう。城自体が崩れるのが先か、地面が崩れるのが先か。

「あの中にだれがいるの?」

「リンネに悪いことをした魔法使いのことを、教えてくださる方がいる……かも知れません」

 ニルケの言い方は微妙だ。実際、いるかどうかもわからないので、断定できない。

「まぁ、入ってみるしかないだろ」

「案外、中はまともだったりするよな、こういう城ってさ」

 カードが門に手をかけた。岩でできた大きな扉だ。表面についた砂埃が手につく。構わずに押すと、門扉はゆっくり開いた。

「敷地もまともじゃなさそうだぞ、カード」

 門から城の扉まで、わずかながら距離がある。いわゆる前庭だが、そこには岩がごろごろと転がり、荒れたままで誰かが住んでいるようには思えない。

「まだ城の外だろ、ここ。中はもう少し……期待するのはやめよ」

 ぴっしり閉められた城の扉を、カードが押し開く。門の扉より薄いが、やはり岩の扉だ。

 開いた隙間から、カードが身体をすべり込ませた。消えかけのローソクが点っているようなぼんやりした明かりが、壁に等間隔にあるようだ。しっかりした炎ではないが、おかげで闇の中で目をこらさなくていい。

 ただ、本当のローソクの火にしろ魔法の火にしろ、こういう明かりがあるということは何かしらの存在がどこかにいる、ということでもある。本当に誰もいないなら、外から入る光以外に光源はないはずだ。

 エントランスは広いが、まるで雪が積もっているようにホコリが積もっている。歩けば点々と足跡がつくのは間違いない。中も外観に見合った状態だった。

「期待しないでよかったな、カード」

 ダルウィンの言葉に、カードは小さく「そうだな」と答えた。

「ごめんくださーい!」

 いきなりロビーにリンネの声が大きく響き、ニルケ達は驚かされた。

「リンネ、いきなり大声を出したら驚くだろ」

「だって、よそのおうちへ来た時は、ちゃんとあいさつしなきゃ」

 言われたリンネは平気なもの。

「……せんせー、しつけが行き届いてますねぇ」

「こういう部分はぼくじゃなく、エクサール夫妻のしつけですよ。しつけの良さも、時として首を絞めかねませんね」

 幸い、リンネの声に触発された魔物が現れる、ということはなかった。

「あっちに階段があるけど、行ってみる?」

 カードが指差す左前方に、幅の広い階段があった。上へ続く階段だ。

「城は見付かったのだから、今度は居住者に会わなくてはいけませんね。リンネの挨拶で出て来られないなら、先方には失礼ですが家捜しをさせて頂くしかないでしょう」

 その階段の方へとみんなが歩き出す。が、先頭を歩いていたカードが止まり、手で制して後ろの三人を止める。

「何か来る。あの階段から」

「何かってなぁに?」

「さぁ。人間でないのは確かだよ」

 ニルケやダルウィンにも、重い足音が響いているのが耳に入った。

 やがて、薄暗い中、ホコリを舞い上げながら階段を降りて来たのは、一つ目の巨人だった。普通の大人の倍はありそうな背丈に、額から下へ向かって伸びる角が二本。口の中には牙が並び、一つしかない目は赤く光って侵入者達を見据えていた。

「おおっ、人間が来たか。子どもまでいるぞ。なんて旨そうな子どもだ」

 リンネを見付けた巨人は、ニタリと嗤った。

「カード、これが何でも知ってる奴か?」

「とてもそうは見えないけど」

 この状況や相手の姿からして、食人鬼のようだ。スムーズにいかないであろうというのは、一応予測していたこと。

「我々はこの城にいると言われている、千里眼を持っている方に尋ねたいことがあって来たのですが……」

 とりあえず、ていねいにしゃべってみるニルケ。だが、巨人はゲラゲラ笑うだけ。もうこれで違うというのがわかる。

「あのじいさんに会いに来たのか。ご苦労なこった。だがな、どこにいるかはわしも知らん。知っていても教えん。お前らはわしのエサになるんだ」

「やっぱりそういう展開か」

 カードが小さく溜め息をついた。それから、すぐにリンネを自分の後ろへ回す。巨人の目はリンネに向けられていた。堂々と宣言していた通り、相手が一番に狙ってくるのはこの少女だ。

「俺達の会いたい相手がお前じゃないってのがわかったら、用はない。そこを通してもらいたいんだが」

「いやだね」

 一言のもとにダルウィンの要求を拒否した巨人は、リンネをかばうカードに目を向ける。

「おい、そこの小僧。邪魔だ、のけ」

「誰が。お前みたいな奴に喰われてたまるかっての」

 カードも負けず、きっぱりと拒否する。

「生意気な奴だ。どけと言ったらどけ」

「お前、耳はないのかよ。いやだってんだ」

「代わりに俺が相手をしてやるよ」

 ダルウィンが剣を抜いた。

「へっ、そう慌てなくても、全員喰ってやるから待ってろ」

「こんな所で待ってられるかっ」

 ダルウィンは巨人に斬りかかった。だが、巨人はダルウィンの剣をかわし、カードに向かって突進する。カードは身構えたが、突然手足を何かに絡め取られた。

「なっ……」

 いつの間にか蔓がどこからか伸びてきて、縄のようにカードの手足を絡めているのだ。ニルケやダルウィンも同じく、身動きできなくなっている。

「山には雑草もほとんど生えてなかったのに、何だってこんな蔓が」

「へっへ、誰もわしには抵抗できんさ。おら、どけ」

 巨人は抵抗できないようになったカードを突き飛ばし、リンネを捕まえた。

「リンッ! くそっ、こンの……」

 引き千切ろうとするのだが、蔓はしなやかなくせに強い。どんなに身体に力を込めても切れないのだ。

 ダルウィンは剣を取られ、短剣を出して蔓を切るが、すぐに伸びてきていたちごっこだ。ニルケも魔法で切ろうとするのだが、やはり切れても次が伸びてくる。

「やーっ、はなしてっ」

 巨人はまるでねこの仔を掴むように、リンネの首を掴んで高々と持ち上げる。

「元気な子どもだ。さぞ旨いだろうな」

 鋭い牙をむき出して巨人が嗤う。

「リンネ! おい、その子を放せっ」

 蔓と悪戦苦闘しているダルウィンが怒鳴るが、巨人は知らん顔だ。

「やだってば、はなしてよぉー」

 リンネは足をバタバタさせて暴れるが、首を持たれているのでどうにも逃げられない。

 巨人が大きな口を開けた。ゆっくりとリンネを掴んでいる手を口に近付ける。

「やーっ!」

 さらにリンネが足をバタバタさせる。あとわずかで口の中という時、その足が下向きに生えていた巨人の角に思い切り当たった。

「いたっ」

 角は堅く、蹴ったリンネの足の方が痛い。

 だが、次の瞬間、思いがけない声が上がった。

「うっぎゃあーっ」

 巨人の鼓膜を破るような悲鳴が、その場に響き渡った。あまりの音量に誰もが首を引っ込める。響きやすいエントランスなので、なおさら大きく聞こえた。

「いってぇよぉー!」

 どうやら角が巨人の弱点であるらしかった。リンネのばたつかせた足が当たり、偶然にもその弱点に攻撃できたのだ。

 悲鳴とほぼ同時に、巨人の魔力で現れた蔓の束縛する力が弱くなった。

 痛みでパニックになった巨人は、捕まえていたリンネを宙へ放り出す。角を蹴られた痛さに、エサどころではなくなったのだ。

 宙高く放り出されたリンネはたまったもんじゃない。ホコリだらけで堅い床があるだけの所で投げられたのだ。ねこのように回転して着地するなんてことはできない。そのまま落下すれば、大ケガは必至。

「リンネ!」

 ダルウィンがリンネの方へ向かって駆け出す。それまで短剣で切っていたため、ニルケやカードより早く蔓の束縛から逃れられたのだ。

 なんとか間に合い、リンネの身体はダルウィンの腕の中に着地した。それを見て、ニルケとカードがほっと息をつく。

「あたし、お空をとんじゃった」

 もう立ち直っているのはさすがだ。たった今、喰われそうになったのに、平気な顔をしてそんなことを言うリンネに、ダルウィンは苦笑した。

「そうか。よかったな。どこもケガしてないか?」

「うん、あのキバ、こわかったけど」

 その牙の持ち主はリンネを放り出すと、ホコリを舞わせながら一目散に城の奥深くへと消えてしまっていた。余程堪えたらしい。

「偶然とは言え、助かりましたね」

 リンネが角を蹴っていなければ、リンネは喰われ、その後でニルケ達も順番に喰われていたかも知れない。その気はなくても、リンネが追い払ったようなものだ。

「小さくても、リンはやっぱ強いや」

「カード、あまり褒めるとリンネが調子に乗りますよ」

 もう遅い。

「うん、あたし強いの。ね、かいだん上がるんでしょ。行こ行こ」

 リンネは先頭を切って階段を上がり出す。ニルケ達は慌ててその後を追わなければならなかった。

☆☆☆

 エントランスと同じく、誰も使っていなかったらしい階段は厚くホコリが積もり、リンネ達の足跡をクッキリと残していた。

「階段を上がるだけで、ホコリだらけになりそうだな。せめて十年に一度くらいは掃除してほしいもんだ」

 ホコリのせいか、ダルウィンがくしゃみする。

「さっき、あの巨人は『じいさん』と言っていましたね。カードの話していた男というのが、そうなんでしょうか」

「たぶんそうだろうな。オレも年までは聞いてないけど、かなり昔から住んでるらしいし」

 巨人は「いる所は教えない」と言った。逆に言えば、ここに存在しているという証明になる。カードが聞いた話は間違いではなかったのだ。

 あとは、この城のどこにいるか。

「しかし、長い階段だな。いつになったら着くんだ?」

 この階段を上がり始めて、ずいぶんと時間が経った。でも、階段は終わらない。踊り場さえもないのだ。外から見た限り、こんな延々と続く階段が造れるような構造の建物ではなかったはずなのだが。

「ねぇ、お水がながれてきたよ」

 リンネの言い方があまりにのんびりしていたので、雨水がどこからか漏れているのだろうと思った。岩だらけの山であろうと、雨は降る。その水が壁の亀裂などから入ってゆっくりと時間をかけて流れているのだろう、程度にしか思わなかった。

 が、上を見ると、そんな生易しいものではない。

「……おい、嘘だろ」

 水には違いないが、量が違う。激流が上から襲ってきていたのだ。

「掃除しろとは言ったが、今ここで水洗いすることはないだろっ」

 ダルウィンがリンネを抱え、向きを変えたがとても逃げる暇などなかった。逃げてもすぐに追い付かれる。全員があっという間に水に飲み込まれた。

 このまま流されれば、この城に入って来た所へ流れ着くはずだった。エントランスからこの階段をずっと上っていただけだから、大した距離ではない。だが、水の速さの割に、いつまで経っても流され続けている。

 何度か水の流れで壁に叩き付けられたが、それでもケガをすることなく、ようやく流れが緩やかになった。床に足が着くようになり、少しずつ水位が下がる。

「……ここ、どこなんだよ」

 カードが首を振って水を飛ばし、それから周りを見回してつぶやいた。

 水は完全に引き、ばらばらにされることなくお互いがそばにいる。が、自分達のいる所がさっぱりわからなくなっていた。

「入って来た所……ではなさそうですね。あのまま流れていれば、あの場所に辿り着きそうなものですが」

 さっきのエントランスと似たような所だったが、入って来た時に使ったはずの扉はそこになく、景色も微妙に違う。さっきは消えそうな火が点っていたのが、今はあちこちに松明(たいまつ)が赤々と燃えていて明るい。さらには、上がる方の階段があったのに、近くにあるのは下がる方の階段。水に流されたためか、ホコリはない。

「あの水、上から流れて来たんだから、俺達は下へ流されてるはずだろ。これじゃ、まるで上に押し上げられたみたいじゃないか」

 文句を言っても、状況は変わらない。とりあえず全員が無事で、他に行けそうな道もないので、そこにある階段の方へ進むことにした。

 しかし、ここもスムーズには進めない。初めは階段を降りていたのが、気付くと上がっている。不思議に思っていると、また降りていた。

 ようやく階段が終わってほっとしたが、今度は迷路のような廊下が待ち受けている。少し歩けば左右に曲がり角が現れ、どちらへ向かうべきか困る。考えても仕方がないので足の向くままに歩いたが、どこにも辿り着かない。

「一体、何だよ、この城は。外から見た時は、こんな迷路がありそうな城じゃなかったぜ」

 カードが文句をたれた。カードでなくても文句の一つも出る。魔物こそ出ないが、ただひたすら歩いているだけ。代わり映えのしない景色の中を進んでいると、感覚が麻痺してきそうになる。

「ここ、面白くなーい」

 リンネも閉口した。同じ景色の中を歩いているだけなのだ、面白いはずがない。

「オレ、提案があるんだけど」

「何ですか、カード」

「リンに任そう。リンの勘ってなかなかいいしさ。オレ達が適当に進むより、うまくいくんじゃないかな」

 何だかやけくそのような気がしないでもなかったが、カードの提案に反対の声はなく、リンネが先頭を歩くことになった。もちろん、横にはカードがしっかりついて、前や横から何かが出て来たら守れるようにしている。

 リンネを先頭にしてしばらくすると、前方に迷路の壁以外の物が現れた。扉だ。木の扉だが、見掛けはほとんど腐った板のようである。ノブも一応取り付けられているのだが、握るだけで手の中でつぶれてしまいそうな気がした。

「ここを開けて、また廊下が続いていたら落ち込むよなぁ」

 ニルケとダルウィンの顔を見てから、カードがノブを回す。扉が破れないように、そっと押し開いた。

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