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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第九話 助っ人

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崩壊

「何か……手助けはできないの?」

 リンネが悔しそうに、二人の戦いを見ている。見ているだけしかできない自分が、とにかく歯がゆい。

「何もしない方がいいよ。手を出したら、逆にダルが不利になりかねないから」

 そう言うカードも、自分が一緒に戦えないことに苛立ちを覚えている。相手はリンネの幻を出すような、許しがたい魔物だ。できるものなら、この手で一発でも殴ってやりたい。

 カディアンもやはり似たようなことを思っていた。大切な妹をひどい目に遭わされたのだ。本当ならダルウィンではなく、彼があそこで戦うべきなのに。カディアンがみんなを巻き込んだのだから。

「うわっ」

 ダルウィンが斬りかかり、グボルグはそれをよけた。勢い余ってダルウィンはそのまま柱に突っ込みかける。

「ダルウィン!」

 リンネがそれを見て、無意識のうちに魔法を使った。ダルウィンが激突しようとした柱を消したのだ。

 その後でラグアードも魔法を使う。柱が消えてもダルウィンの勢いがなくなった訳ではない。今度は壁にぶつかりかねないので、空気のクッションを出して守る。

 だが、今のことでダルウィンの体勢は崩れた。グボルグはそれを見逃さない。どんどん追い詰めて行く。ダルウィンは体勢を立て直す間もないまま、勢いに押されて後ずさってしまう。

 やがて、壁に当たって行き止まりになった。もう後ろには逃げられない。

「私を相手によくやったな。だが、これで終わりだ」

 グボルグがダルウィンを一突きにしようと、振りかぶる。

「だめぇーっ」

 リンネが叫ぶ。途端に疾風がグボルグを襲った。わずかにグボルグの体勢が崩れ、その隙にダルウィンは自分の体勢を立て直す。

 真剣勝負に横やりを入れられればいい気はしない。しかし、今はそんなことを言っている場合じゃなかった。負ければ全員の命が消されるのだ。リンネの今の攻撃は、ダルウィンにとってありがたかった。

「ふん、余計なことをしおって。こいつを殺る前に、お前達から始末してもいいのだぞ」

 銀の目が光る。たった今リンネが出した風の倍以上の疾風が、広間を駆け抜ける。崩れた柱や壁のかけらが飛び、小さな刃となって襲いかかった。

 ニルケが防御の魔法でそれらを防ぐ。だが、わずかな傷が走ってしまうのは仕方なかった。力量が違いすぎる。

 かけらの一つは小さくても、その勢いは銃弾並。それに使い勝手が違う魔法のために、ニルケもうまく自分の力が使いこなせないのだ。まして、その力の源は攻撃する相手であるグボルグ。持てる魔力の量が桁違いだ。

「そうやって、いつまでも無駄なあがきをしているがいい」

 怒って睨むリンネ達を、震えている女性達を、グボルグは見渡した。彼にとっては、軽く手を振るだけで消えてしまうような存在でしかない。

 頬に小さな傷を作ったリンネは、悔しくて涙が出そうだった。ほんのわずかな刺激で、ヒステリーを起こして泣いてしまいそうな気分だ。

 悔しい。こんな相手に負けるの? いやよ、そんなの。ちょっとリンネ、あなたはこの世界では魔法が使えるんでしょ。今使わないで、いつ使うの。あいつの弱点を魔法で出すくらいのこともできないでどうするのよっ。

 リンネは自分で自分にハッパをかける。身体中に力を込めた。ダルウィンを助ける力が出るように。

 途端に、周りが暑くなる。

 リンネは最初、自分が力を込めたために身体が熱くなったのだと思った。

 でも、違う。本当に暑い。それに、急に辺りが今までより明るくなった気がする。いや、気ではなく、間違いなく明るくなっている。

「何だよ、この暑さ……」

 カードが原因を探して左右を見回す。どこかで火事が起きたかと思った。でも、火の気は感じられない。

「あれは……」

 ニルケが天井の方を仰いだ。全員が同じように上を見て、次の瞬間、グボルグはわずかによろけた。

「おひさまだぁ」

 ラグアードが暑くなった原因を口にした。

 彼らがいる広間は、天井が高かった。はっきり言って見えない。あるのかどうかも怪しい。ここは塔の中だから、一応はあるのだろう。今は残骸になってしまっているが、柱もあったから天井はあった……はず。

 そんな広間の上部に、小さいながらも明るく輝く太陽があったのだ。

「リンネが出したんですか?」

「あたし……かなぁ」

 太陽を思い浮かべた訳ではなかったが、魔法は意識していたし、身体に力を込めた途端に現れたのだから、きっとリンネが出してしまったのだろう。

「何だってこんなものを」

 カディアンが不思議そうに言うが、リンネも太陽を出すつもりではなかったのだから答えに困る。囚われていた女性達の中には、太陽の光に弱い種族もいたらしく、倒れかける者があった。周りの女性達がそれを支える。

 だが、彼女達よりももっと弱い者がいた。

「ううっ……」

 グボルグが目に見えて弱っている。陰を探そうとしているらしいが、柱は魔物達を相手にしている時にダルウィンが氷の剣でほとんど斬ってしまっているし、天井にはもちろん雲もなく、太陽を遮るものは何もないので陰ができるはずもなかった。

「太陽が……あいつの弱点だったの?」

「そう言えば、この世界に太陽は見当たりませんでしたね」

 太陽がなかったから、薄暗かった。真っ暗ではないが、うっとうしい明るさ。雨が降り出しそうな空模様。

 だが、まさかそれがグボルグの弱点故に、とは考えなかった。

 あいつの弱点を魔法で出せないのって思ったけど……魔法がうまくいったんだ。自分だけの世界を造ろうとしたのも、太陽がない世界が欲しかったのかも。完全な闇の世界じゃないのは、そこまで暗闇に目が利かないから、かしら。

「太陽みたいに、あんな真っ赤な髪なのにね」

「それは関係……まぁ、色のイメージも無視はできませんが」

「ダル、今だっ。奴を斬っちまえっ」

 カードが叫び、ダルウィンは床を蹴った。彼が追って来るのは見えていたが、グボルグにそれをよける力はなかった。

 氷の剣がグボルグの胸に飲み込まれてゆく。グボルグは苦悶の表情を浮かべながら、剣の刃を掴んだ。胸と手の平から血が流れ、床へとしたたる。

「こ……の……」

 グボルグが自分の剣を持ち上げる。ダルウィンが持つ剣を握ることで彼の動きを止め、その間に自分の剣で彼を刺すつもりだ。

 それを悟ったダルウィンはグボルグの腰に足をかけ、剣をグボルグの身体から引き抜いた。

「ぐはっ……」

 グボルグの口から血があふれ、傷口から氷の粒が散る。

 粒が床に落ちる硬質的な音が、広間にやけに大きく響いた。氷の粒はすぐに太陽の熱で溶かされ、跡形もなくなる。

 氷が溶けたと同時に、グボルグの銀の目に光がなくなった。ゆっくりとその身体が倒れてゆく。そして、氷の粒と同じように太陽に溶かされた。

「やったわ、ダルウィン」

 リンネが歓喜の声を上げた。呼ばれた方のダルウィンは床に座り込み、息を切らしている。多くの魔物を相手にし、その後で最強の魔性と戦ったとあってはさすがに堪えた。

 杖のように床に突き立てている氷の剣は、完全に透明な部分がなくなり、柄に美しい細工が施された普通の剣になってしまっている。

 グボルグを斬ったのが、剣の最後の力。透明な部分は全て消え、グボルグが話していたようにその力を失ったのだ。

 リンネがダルウィンの方へと駆け寄ろうとした時。足下が揺れた。この世界へ入ってすぐの時のように、また穴があいて別の場所に移ってしまうのかと思ったが、この揺れはどうも地震のようだ。

「早くこの世界を出るんだ。奴が死んだから、ここは消滅するぞ」

 カディアンが叫ぶ。

 世界の創造主が死んでしまえば。元々、安定した地盤の上に存在している世界ではないのだから、創造主と共に消えるのは至極当然だった。

 急いでダルウィンは立ち上がり、ニルケはラグアードを抱え、カードとカディアンは太陽の光で弱まってしまった女性を助けながら、リンネ達は広間から駆け出した。

☆☆☆

 広間の扉を開けると、最初にこの世界へ来た時のような乾いた大地があった。そんな景色の中で、宙に黒い穴が浮かんでいる。現実世界との出入口になる穴だ。

 リンネ達は次々とその穴をくぐる。来た時の六名にさらわれた七名の女性が加わり、ちょっとした団体だ。急いでいるので、くぐると言うよりは飛び込むようにして穴へ入る。

 先にリンネとラグアード、女性達を出し、人間のニルケとダルウィンが出てからカードが出た。

 最後に残ったカディアンが外の世界へ出た途端、グボルグの世界へと通じる穴は、泡がはじけるようにして消える。間一髪で、世界と一緒に消されるところから逃れられたのだ。

 それぞれが大きく息を吐く。しばらくは誰も口をきかなかった。

「力が戻ってる」

 最初に声を出したのは、カードだ。

 元の世界へ戻り、本来の力が身体に戻ってきたのを感じたのである。さらわれた女性達も、自分の魔力が戻ってきたことを感じていた。もちろん、カディアンも。

「ダーズの街で魔法使いを相手をした時よりも疲れた……」

 本当に疲れた顔で、ダルウィンは木によりかかっている。

「ダルウィンが一番動いてましたからね」

「ねぇ、あの世界は本当に消滅したの? あいつ、やられたフリをして隠れてるだけじゃないでしょうね」

「それはもう心配ない。気配は完全になくなっているし……奴は死んだ。あの氷の剣で胸を刺し貫かれたし、その後で世界は崩壊した。間違いなく、グボルグはいなくなったんだ」

 カディアンが保証した。

「よかったぁ」

 リンネはその場に座り込んだ。その座り方がほとんど倒れるようだったので、カードが心配して尋ねる。

「リン、大丈夫か」

「大丈夫なんだけどぉ……すごく眠いの」

 確かにその顔はとても眠そうだ。気付いて横を見ると、ラグアードも同じように座り、すでにうつらうつらしている。

「きっとあちらの世界で慣れない力を使ったから、その反動がきてるんですよ」

 ニルケがそう言っている間に、リンネは眠りかけている。

「にわか魔法使いも、こっちじゃ普通の女の子だよな」

 カードがその様子を見て微笑んだ。

「俺も何だかぼんやりしてる……。そんなに魔法を使った覚えは……ないんだけど」

 木にもたれたダルウィンも座り込み、今にも眠りそうな顔をしている。

「きっとあの剣を持つこと自体が、魔法を使っているようなものだったんだ。普通の剣とは違うから」

 グボルグの意思で造り出した物ではないが、普通の世界に存在しない物であることに変わりはない。それを魔性相手にふるっていたのだから、無意識のうちに普通ではない力も使っていたのだろう。

 カディアンはそう説明したが、もうダルウィンは最後まで聞いていなかった。

「こんな所で眠ってたら、風邪ひくぜ」

 カードがリンネをおぶった。

「ニルケは大丈夫だよな。これ以上増えんの、いやだぜ」

「ぼくは平気ですよ。力の質が違ったとは言え、魔力には変わりないですから」

 ニルケはラグアードを抱き上げた。カディアンがダルウィンを抱える。

「こんなになるまで、あの世界で魔法を使ったのか。俺達と離れてる間に何があったのか、聞いてみたいものだ」

「グボルグをこの手で直接殴ってやれなかったのが、ちょっと心残りだけどな」

 リンネの姿を使われたことに対して、その仕返しができなかったのがカードとしては悔しい。しかし、自らを滅ぼしてしまう剣で、グボルグは自分が(あざわら)った相手に消滅させられた。カードが言ったように、自分が莫迦にしていた相手に殺されたのである。

 それを思えば、ザマーミロと思う。

「しかし、今度のことでリンネが魔法を使えるようになりたい、と言い出さなければいいですが……」

「もしリンネが魔法使いになったら……今よりすごいことになりそうだな」

 魔法を使わない今でさえ、リンネの行動はカディアンの思考範囲を出ている。魔法を使うようになったら……とても想像できない。

「まぁ、とりあえず今は普通に戻っているんだからさ、ゆっくり休ませてやろうよ」

☆☆☆

 あれから数日が経った。

 リンネ達はもちろん、ラースの街へ戻っていて、生活も今は日常に戻っている。

 オーシェの森を出てからのことを、リンネやラグアードは覚えていない。ニルケの話によると、カードやカディアンに運んでもらい、森から一番近い宿で一晩休んだようだ。

 人間の宿に魔族が泊まる気もなく、早く仲間に会いたいということもあって、さらわれた女性達はリンネに感謝しながら去って行ったらしい。カディアンとカディアーナだけは朝になってもう一度姿を現し、リンネ達に礼を言って姿を消した。

 目を覚ましたその日はまだ疲れが残っていたのでゆっくりと過ごし、次の日に旅の続きを告げるダルウィンと別れた。

「オクトゥーム、イメールの街、か……」

 リンネは地図を見ながら、溜め息をついていた。

「姉様、何を見てるの?」

 ラグアードが覗き込む。それが地図のオクトゥームの国のページと知って、姉の顔を見た。

「ねぇ、ダルウィンは姉様のこと、好きだって言ってたよ」

 突然、そんなことを言われ、リンネは頬を赤くした。

「ラグってば、何を急に……」

「姉様とはぐれた時、聞いたらちゃんと答えてくれたんだ」

「どうしてそんなことを聞いたのよ」

 姉とはぐれた時だと言うのに、どういう状況で尋ねたのだろう。我が弟ながら、おかしなことを……とリンネは思ったが、ニルケが聞いたら「リンネがそれを言いますか?」と返されそうだ。

「姉様、ダルウィンのこと、好きなんでしょ?」

 子どもは怖いくらいに直球だ。

「……ん、まぁね」

 ラグアードはのんびりしているように見えて、結構鋭い。リンネは素直に認めた。

「今度いつどこで会えるか、わからないものね。住んでる場所がわかっただけでもよかった」

 オクトゥームの国イメールの街が出身地、とダルウィンは言った。とっさに嘘は出ないだろうし、そもそも嘘をつく必要がない。だから、それは本当のことだろう。

 今のダルウィンはあちこち旅をしているから、イメールの街へ行っても会えない。だが、一生旅を続けるとは聞いていない。

 それなら、いつかは戻って来るはず。オクトゥームの国は、ルエックの東にある隣国だ。母方の祖父母が住んでいるムルアの国よりも近い、ということになる。自力で会いに行こうと思えば行ける距離だ。

「姉様、ダルウィンのこと、あまり知らないの? いつもよく話してくれるのに」

 どこかへ行って何かの事件がある度にダルウィンと会い、帰ったらそのことをラグアードに話している。ラグアードは、姉は彼のことをよく知っている、と思っていたのだ。

「今度会えたら、ちゃんと聞いてみるわ。でも、彼はあちこち旅をしてるから、会いに行くってこともできないしね」

 シェリルーが前に言っていた。

 普段言える言葉も、好きな人にはなかなか言えないのだ、と。

 そんなものだろうか、と思った。思い返せば、いつもの自分なら聞いてみるようなことをちゃんと聞いてない。それは聞けなかったのではなく、これまでは特に聞こうと思わなかったから。

 でも、今は色々聞いてみたいと思う。自分でもなぜなんだろう、と思うくらい、彼のことについて色々と聞いてみたい。

「大丈夫だよ、またきっと会える」

「ラグったら、自信を持って言ってくれるじゃないの」

「だって、姉様はそのうちまたどこかへ行くでしょ? だったら、その先で会えるよ」

 にっこり笑って請け合う弟の顔を見て、リンネは微笑んだ。

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