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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第九話 助っ人

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対峙

 最初に赤い髪が目に入った。少し波打った、肩にかかる赤い髪。

 リンネは血が流れているのかと思ったが、錯覚だった。髪が血の色に近いため、そう見えてしまったのだ。

 そして、銀に光る目。動かなければ、剥製のようにも思える。だが、あの目で見据えられると、こちらが動けなくなってしまいそうだ。

 ダルウィンが開けた扉の向こうは、広間になっていた。扉から真っ直ぐ進んだ所に玉座のような場所があり、そこに若い男が座っている。両脇に三名ずつの女性。そして、ひとりを自分のひざに乗せて。

 見た目はみんな、人間のようだ。本性が別の姿でも、ここへ連れて来られた時にカードやカディアンのように強制的に人間の姿にされてしまったのだろう。

 その玉座の周りに、いや、広間のほぼ全体に魔物がいた。座っている男のために集まって来たかのようだ。

 玉座の男は人間の姿をしているが、彼が持つ色や周りの魔物を見れば、誰かはわかろうというもの。

「あんたが……グモルグ?」

「姉様、違うよ。グボルグ」

 リンネの言い間違いで、妙に緊張が殺がれた。

「ラグ、いきなり親玉の前へ連れて来るなよ。心構えってものがあるだろ」

 言いながら、ダルウィンはいつでも剣が抜けるように構えた。

「でも、ニルケ達も近くにいるはずだよ」

 ラグアードが言うそばから、近くにあった別の扉が開いた。玉座から見て左、リンネ達から見て右にも扉があったのだ。そこから中へ飛び込んで来たのは、間違いなくニルケ達だ。

「ニルケ、カード、カディアン」

 その姿を見て、リンネは彼らの名前を呼んだ。

「リン! 無事だったんだな」

 カードがリンネの姿を見付けて、声を上げた。

「どうやらうまく再会できたようだな。おめでとう」

 その声で、一同は声の主の方を向く。お互い、捜していた相手が見付かり、今の状況を忘れかけていた。

「兄様!」

「カディアーナ!」

 悲鳴に近い声で、ひとりの女性が呼び掛けた。声を出したのは、グボルグのひざに乗せられている女性だ。長い黒髪に金色の目をした美しい女性。年齢で言えば、ニルケとそう変わらないだろう。

「彼女がカディアーナなの?」

「そうだ。俺の妹だ」

 今のカディアーナは正気だ。やはりあの霧の中で見たカディアーナは幻だったんだ。

 妹の気持ちがグボルグに傾いたのではないと知り、カディアンはその点についてひとまず安心した。

「ってことは、やっぱりあいつがグボルグなのね」

 もっと気持ちの悪い魔性を想像していたが、人間の姿をとっているだけまだ見られる。それでも、こんな魔性に人間の姿をされると、それはそれでいやな気がした。

「ようこそ、私の塔へ。ここまで来られるとは、いや、なかなか頼もしい」

「来られるはずがなかったって言い方だな」

 ダルウィンが不愉快そうな表情を隠そうともせず、グボルグを見る。

「そう、本当なら私の手下にやられていてもおかしくはなかった。うまく魔法は使えたのかな?」

「お前が思っていた以上に使えてるさ」

「ほう、そうか。では、塔へ入ってから道に迷うことはなかっただろう」

 尋ね方が嫌みだ。色々あったことを知っていて、わざとらしい。

「おかげ様で。こういう入り組んだ所は慣れてるさ」

「それはよかった。そちらは牢からうまく抜け出せたようだな」

 グボルグはダルウィンからニルケ達の方へ、視線を向ける。

「あの周辺はよく(たち)の悪い霧が出るのだが、巻き込まれなかったか?」

「うまく抜け出せたので、我々はここにいるんですよ」

 ニルケが冷たく返答した。

「そのようだな。式に間に合ってくれてよかった」

 わざとらしいまでににこやかな表情をするグボルグ。その顔がカディアンの癪に障る。

「グボルグ、妹を返せ。貴様に妹は渡さない」

「それは聞けない話だ。私は彼女を一番気に入っているのでね」

 ひざに乗せているカディアーナを抱き寄せる。彼女は顔を背けるが、グボルグは気にも止めない。

「その手を離しなさいよ、この女の敵!」

 リンネはそれを見て、怒鳴った。

「敵? 誰のことだ」

「あんたに対して言ってるのよ。彼女がいやがってるのがわからないの? そばにいる女性だって、みんなあんたから離れたいって思ってるわよ。ハーレム作りたいんならもっと別の方法でやりなさい。こんなやり方していたら、そのうち寝首をかかれるから」

「ハーレムが目的じゃないだろうって話だったけど……見た目はハーレムっぽいな」

 ダルウィンがつぶやき、ニルケ達も小さく頷く。世界の(いしずえ)にするつもりでは、と来る前に話していたが、女性をはべらせている様子は確かにそれっぽい。

 リンネのセリフに一番驚いたのは、グボルグのそばにいる女性達だろう。この世界の主にこれだけ言えるなんて、命知らずだ。

 事実、彼女達は怯えた顔になっている。すぐにもリンネがグボルグに殺されてしまうと思っているのだ。見知らぬ人間の生死はともかく、その怒りが自分達にまで向けられたりしたら。むしろ、彼女達はそちらに恐怖を覚えていた。

 ニルケやダルウィンは、リンネの敵に向かっての言いたい放題に慣れているし、また始まった程度にしか思っていない。ただその分、敵が怒って攻撃をしてきた時のことを考えて警戒しなくてはいけないが。

「あんたがどんな力を持ってるか知らないけど、だからって好き勝手にしていいってことはないのよ。それも女をさらうことに使うなんて、自分で情けないと思わないの? 好きな女性がいるなら、実力で勝負しなさいよ。女はね、あんたが使ったそういう卑怯な手がいっちばん嫌いなんだから」

「……姉様って、いつもこうなの?」

 ラグアードがこっそりダルウィンに聞いた。

「今日はまだおとなしい方だ」

 リンネに聞こえないよう、ダルウィンは教えた。

「卑怯と思われても構わない。そう思うのはお前達のような、私よりずっと劣るような(やから)だけだからな」

「いつまでも自分が一番だと思ってろ。お前みたいな奴に限って、莫迦にしていた誰かに殺されるんだ」

 カードが好戦的な目でグボルグを見た。

「どうやら、静かな式になりそうもないな」

「誰が静かにするもんですか。式なんてさせないわ。だいたい、どうしてそんなにたくさんの花嫁が必要なのよ」

「お前達は、カディアーナ以外は知らないのではなかったのか? なぜ無駄な戦いを挑もうとするのだ?」

「決めつけないで。無駄かどうか、やってみなきゃわからないでしょ。あたしはね、女性として彼女達の意思を無視するあんたが許せないのよ。確かにここへ来たのは、カディアーナを助けるためだったわ。でも、あたしは最初っから、カディアーナだけを連れて帰るつもりじゃなかった。あんたがさらってきた全員を連れて帰るつもりで来たのよ」

 リンネの言葉に、カディアーナや他の女性達も「え?」という顔をする。リンネ達が現れた目的が、まさか自分達だとは予想もしなかったのだ。

 グボルグが嗤った。まるで喉の奥で嗤うような、くぐもった声。

「愚かと呼ぶべきか。いや、それ以上だな。かわいそうに。本気でそう考えたのか? 私の元から全員を連れて帰れると?」

「思わなきゃ、来ないわ」

 こういう答えを言う時のリンネは、いたって強気だ。

「それでは、試してもらおうか。自分が考えたことがどれだけ愚かだったか、思い知るといい」

 グボルグが軽く手を振った。すると、周りにいた魔物達がリンネ達に近付いて来る。

「ここへ入って来た時から、こうなるのは予想してたぜ」

 ダルウィンが氷の剣を抜いた。グボルグがそれを見て、わずかに眉を上げたが何も言わなかった。

「ニルケ、力の方はどうだ?」

 じりじりとにじり寄って来る魔物から目を話さずに、ダルウィンが尋ねた。

「一応、使えます。いつもの力と違いますが、やる分には支障ありませんから」

「じゃ、半分はまかせてもいいな」

「努力します」

 カードとカディアンが、リンネ達のそばへ来た。もちろん、彼女を守るためだ。

「わかってるな。カディアーナも大切だろうけど、リンを連れて来た責任をとって、しっかり守れよ。何かあったら承知しないからな」

「何度も同じことを言わなくてもわかってる」

「……ねぇ、ふたりは仲が悪いの?」

 やけにケンカ口調なカードとカディアンに、リンネが尋ねた。

「そんなことはないけど」

 なぜか声が重なり、ふたりして顔を見合わせる。

 最前列にいた魔物達が床を蹴って、襲いかかって来た。

 ダルウィンが剣で斬り、ニルケが攻撃魔法で散らし、リンネを狙って来た魔物はカードとカディアンがその腕と足で叩きのめす。

 ここの空間が広い分、魔物も今までになくたくさんいた。蹴散らしても、次から次へと順番を持っているかのように現れるのだ。

 でも、もう後には引けない。形勢が不利になって逃げようとしても、きっとグボルグは見逃しはしないだろう。もし見逃したとしても、グボルグの力で今までよりもおかしな所へ飛ばされかねない。どんなに手下の数がいようと、今ここでやるしかないのだ。

 ズズッという、何か重い物がズレたような音がした。リンネ達が音のした方へ顔を向けると、広間の柱が斬られてズレかけている。ダルウィンが氷の剣で魔物を斬っていたのだが、勢いが余って刃が柱に当たった。普通なら剣が跳ね返るはずが、まるでスポンジでも切るように簡単に柱が斬れてしまったのだ。

「……すげぇ」

 さすがにダルウィンも、柱まで斬れてしまうとは思っていなかった。また氷の粒が散り、床に散らばる。気のせいか、剣の透明な部分が少なくなってきているようだ。

 しかし、そんなことに気を取られている暇はない。すぐに次の魔物が襲って来る。

 ほとんどがダルウィンとニルケへ向かい、残りがリンネを狙って。だが、リンネを狙った魔物は、その前にふたりのボディガードに消される。

「カード、危ないっ」

 カードのわずかな隙をついた魔物が、鋭い刃になった腕を振り下ろそうとする。リンネはそれを見て腕を突き出し、魔物はリンネの手から出た衝撃波で飛ばされた。飛ぶ途中、そばにいた仲間の魔物も巻き添えを食らう。

「リン……今の、何?」

 カードが目を丸くして尋ねる。リンネがこの世界へ来て魔法を使うようになったところを、カード達はまだ見ていなかったのだ。

「魔法よ。ここへ来てから使えるようになったの。ここだけで通用するみたい」

「そうか、グボルグが人間が強くなると言ったのは、そういう意味でだったんだ」

 リンネの様子を見て、カディアンも納得した。

「あたしもラグも大丈夫よ。だから、ふたりは彼女達を助けに行ってあげて」

 そうは言われても、やはりちゅうちょする。いくら魔法が使えるようになっているとは言うものの、このままリンネを放っておいていいものか。襲ってくる魔物の数は半端じゃないのだ。

「グズグズしている暇はないわよ。ふたりが行かないなら、あたしが行くわ」

 決断したら即実行、のリンネである。炎を出して魔物を蹴散らし、道を作るとその中を走り出す。慌ててカードとカディアン、そしてラグアードも後を追う。

「カード、リンネっていつもこんなに剛気なのか?」

「少なくとも他の人間と違うってのは、前に会った時にわかってたろ」

「それは……そうだが」

 魔物とわかっている相手に、堂々と近付くような少女である。他の人間と同じはずがないのはわかっているつもりだったが、ここまで大胆だとはカディアンも思っていなかった。いや、大胆という言葉で済むレベルだろうか。

「だから、周りがみんな放っておけないの。それもわかんだろ」

「ああ、よくわかる」

 短い時間で、カードとカディアンはそんな会話を交わす。

 広間は次第に崩れていった。ダルウィンがあちこちの柱を斬り、ニルケが魔法を使い、さらにはリンネが前へ進むために炎を出す。これで無事な方がおかしい。

 魔物の数も減り始め、残るのがグボルグだけになるのは時間の問題だ。

 グボルグのそばにいた花嫁達は、この騒ぎに乗じてグボルグのそばを離れていた。近くにいたグボルグの側近らしい魔物が彼女達の行く手を遮ろうとするが、駆け付けたリンネの魔法によって消されてしまう。

「早くっ、こっちよ」

 みんながリンネ達の方へとやって来た。が、ひとり足りない。カディアーナがいないのだ。グボルグが彼女をひざに乗せているため、逃げようにも逃げられないでいる。

「なかなかやるじゃないか。手下がこうもあっさりやられてしまうとは思わなかったよ」

 慌てるでもなく、怒るでもなく。ただ淡々とした表情で、広間の様子を見ている。

「グボルグ、もう終わりだ。カディアーナを返せ」

 だが、グボルグはカディアンの声が聞こえなかったかのように何も応えず、ダルウィンの方を見ている。

「そう、もう終わりだ。お前達は私に勝てない」

 グボルグの声と同時に、ダルウィンが最後の魔物を斬った。

「ふざけてんじゃないぞ。お前の手下はいなくなってる。この広間ももう使いものにならない。お前の負けだ」

 カードが怒鳴っても、グボルグは薄ら嗤いを浮かべるだけ。

「お前が持っている剣」

 グボルグがダルウィンの方を指差す。息を切らしながら、ダルウィンは声の主の方を向いた。

「それは崩壊の剣だ。全ての物が斬れる。普通の剣では無理でも、その剣ならば、私さえも斬れる。恐らく、無事ではすまないだろうな」

 誰も何も言わなかった。なぜグボルグは、わざわざ自分の弱点をこうも偉そうな口調で話すのだろう。それがわからない。

 単に嘘を言っている、もしくは何か策略があるのでは、と誰もがあれこれと考えを巡らせる。

「だが、もう無理だろう」

「何がだ」

「もうその剣の効力は一回か、よくて二回だ」

「剣の……効力?」

 ダルウィンは自分が持つ氷の剣を見た。

 見付けた時は、先端部分が氷のように透明で、残りの部分は普通の剣と同じだった。今こうして見れば、もうほとんど普通の鉄剣と変わらない。先だけにほんのわずか、透明な部分が残っているだけ。いつの間にこうなっていたのか。

「その剣は、斬ると氷の粒が散る。すると、剣の透明な部分が減ってゆくのだ。透明な部分は、力があることを示す。だが、今はどうだ? 先がわずかに透明なだけだ」

 このわずかな透明の部分がなくなれば、この剣はただの剣にすぎなくなってしまうということ。

 もちろん、誰もそんなことは知らない。あの透明な部分こそが、この剣の力だったなんて考えもしなかった。

「私がこの世界を造った時、副産物として私を滅ぼす物がどうしても生まれてしまうのは仕方なかった。いわば、この術の代償。それがその剣だ。自力で消すこともできず、氷の洞窟に隠しておいた。うまく見付けたものだが、それも力を失ってしまえば恐れるに足りない。それさえなくなれば、この世界は確立するのだ。手下やこの塔など、すぐに再生させればいい。この世界を確実に揺るぎないものにするための女達も、また集めれば済むことだ」

「だから、黙って見てたのね。妙にへらへらしながら様子を窺ってると思ったら」

 自分を滅ぼす可能性のあるものがその力を失ってしまうまで、グボルグはダルウィンにやりたいだけやらせていたのだ。そして、もう大丈夫だという頃になってから、あえて真実を話す。

 あと一度か二度しかチャンスがないとなれば、その気はなくても焦ってしまいがちだ。それを狙っていたのだろう。

「自分を消滅させるものが相手にあれば、そりゃ黙ってるよな。俺だって逆の立場なら、そうしてるさ」

 ダルウィンは息を整えながら、グボルグを見やる。

「最後だって言うなら……俺と勝負しろよ」

「お前と?」

「今、自分で言ったろ、この剣でならお前も斬れるって。つまり、この剣以外に俺達が勝ち残るチャンスはないってことで、幸か不幸かそのチャンスは俺の手にある。まだ剣の効果がたとえわずかでも残ってるのに、そうして話すってことは、お前は勝てる自信があるからだろ?」

 もし腕に自信がなければ、ダルウィンが剣の魔力を使い切ってから話せばよかったのだ。もしくはずっと黙っておくか。言われるまで、誰もこの剣の秘密は知らなかったのだから、グボルグは安全でいられるのに。

 こうして暴露すれば、もしかすれば最後の望みをかけて打ち掛かって来る可能性だってある。

 それをあえて話した。ダルウィンが言うように、グボルグには掛かって来られても負けない自信があるのだ。

「ふん……よかろう。何にしても、私が出なければならないようだからな」

 もう手下の魔物は一匹も残っていない。あとはグボルグだけ。

 グボルグはようやくカディアーナを放した。グボルグのそばから逃れられたカディアーナは、真っ直ぐ兄のカディアンの元へと走った。

「兄様!」

「カディアーナ、遅くなってすまない」

 カディアンはしっかり妹を抱き締めた。

 一方、グボルグは長い剣を抜き、ゆっくりと玉座から降りてダルウィンの方へと歩み寄る。

「断っておくが、人間のお前が使う魔法など、私の力の足下にも及ばない。何か期待しているのなら、やめておくことだ」

「ああ、俺も魔法が使えるんだったな。使い慣れないものを持っても、手に余るだけだ。言われるまで忘れてたさ」

「それともう一つ。私は手下共のようにはいかんぞ」

「それくらいでないと、張り合いがないね」

 剣の刃が当たる音が広間に響く。ダルウィンとグボルグが互いに近寄り、剣を交えてはすぐに飛びのいた。

「ふん、少しはできるようだな」

 たった一太刀交えただけで、グボルグはダルウィンの力量を見切った。ダルウィンも同時に。

 こいつ……偉そうにしてるだけあって、冗談抜きで強い。

 ダルウィンはつばを飲み込んだ。今まで倒してきた手下の魔物達とは、全く比べものにならない。相手が違いすぎる。

 でも、負けられない。彼の肩には、グボルグを除いたここにいる全員の命がかかっている。

 ダルウィンは、剣の柄を握る手に力を込めた。

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