救出
「ちょっと、これ、ほどきなさいよっ。あたしを何だと思ってるの。人質にしようなんて無駄なこと、やめなさいよね」
盗賊にさらわれたリンネは、山奥の一軒家へ連れて来られていた。
時々使っていた様子で、こんな山奥だというのにあまりほこりっぽくない。きっと隠れ家としてここにいたのだろう。新月期にトーカの街を襲うのだから、他の時は別の街のもっと立派な隠れ家にいて、盗んだ金で豪遊していたに違いない。
ここへ来ると、男達はまずリンネをイスに座らせて縛り上げた。それからいまいましそうに文句を言いながら、棚に置いてある酒の瓶をそれぞれあおる。
「くそぉ、こんな莫迦な終わり方があってたまるか。たった一人のガキに、ほとんどがやられちまうなんて。残ったのは俺を含めてたった四人だと? 冗談なら覚めてくれ」
そう怒鳴ると、男はまた酒をあおる。
「頭、あいつらはどうするんです?」
「捕まっちまったもんは仕方がねぇ。あいつらの運が悪かったんだ」
つまり、もう見捨てる、ということ。
「なんて冷たい男なのよ。頭ってことは、一番上なんでしょ。それでもリーダー? 自分の手下が捕まってるのに、奪還しようとか思わないの」
リンネが奪還をそそのかす立場にはないはずなのだが、頭と呼ばれた男の冷たい言葉についそんなことを言ってしまった。
「じゃかぁしいっ。かんしゃく玉なんかを使って馬をおどかしやがって。それに魔法を使ってた男、あいつはお前の仲間なんだろう」
「そーよ。彼は魔法使いよ。ふんだ、あんた達だって逃げられたと思っても、そのうちに捕まるわ。偉そうにしてられるのも、今のうちよ」
頭がふいに刀を抜いた。それをリンネの喉元にあてる。
「おい、お前も偉そうにしてられねぇんじゃないのか? 自分がどういう立場か、わかってんだろうな」
さすがにリンネも刀をあてられ、静かになる。この盗賊達は、過去に人を殺そうとしたのだ。ここでリンネ一人を殺すことなど、何とも思わない。
「いいか、ここは魔物の棲む山だ。何だったら、ここから追い出してやってもいいんだぜ。魔物がお前の始末をしてくれるからな」
「頭、こんなガキなんか連れて来て、どうするつもりなんです」
「今夜はこいつらのせいで、全く収穫がなかったからな。こんなガキでも、物好きが買ってくれるさ。それから別の街で稼ぎ直しだ」
頭は刀を鞘に収めた。リンネは黙ったまま、キッと男を睨み付ける。
「明日になったら、オクトゥームの奴隷市場へ連れてってやる。せいぜい、いい旦那を見付けるんだな」
酒がなくなると、頭はいまいましそうに酒瓶を壁に叩き付けた。
「あんた達、どうして魔物のいる山へこんな堂々と入って来られるのよ」
しゃべるな、とは言われなかったので、リンネは疑問を口にした。
「どこだったか忘れたが、魔除けの石を盗ったんだ。それのおかげさ。この山にどんな魔物が棲んでるのか知らんが、こいつが寄せ付けねぇんで俺達は無事って訳さ」
頭は懐から小さな巾着を取り出す。そこから、小さな白い玉を出した。ぼんやりと光っている。リンネの小さめな手でも、握ればしっかり隠せそうな程に小さい。ちょっと大きめのペンダントトップくらいだろうか。
「これに直接触れれば、その効果を現す。まさか街でこれを使うとは思ってなかったからな。袋に入れていたんだ。あの魔法使いに術をかけられた時は焦ったが、あのガキが暴れる時、少し術が弱まったからな。その時に出した」
動けるようになるとすぐに逃げて、ついでにあたしをさらってきたって訳ね。そんなのを持ってるなんて、思ってもみなかったもん、あたしとしたことが油断したわ。
盗賊に逃げられたことより、リンネは自分がさらわれてしまうというドジに腹を立てる。こういう時はもっと色々な想定をしなくてはならない、ということを学んだ。
ニルケが聞いたら、そういう気付きはともかく、おかしなところで役立てないでくれ、と言うに違いない。
「期待したって、助けはまず来ないぜ。山へ入って来ても、魔物に喰われちまうさ。あきらめるこった」
ふーんだ。一人は魔法使いだってこと、さっき自分でも言っていて知ってるくせに。それに、ひとりは魔獣よ。もう一人は……まだよく知らないけど。とにかく、みんな簡単に魔物に喰われるような根性なしじゃないんだからね。
ダルウィンは今日知り合ったばかりなので、どんな人間かはよくわからない。でも、スリムに見えて結構鍛えていそうな身体に思えたし、あっさりやられるようには見えなかった。
ニルケは動きこそ少々鈍い部分があるが魔法が使えるし、カードは魔獣だからうまくいけば魔物相手に仲介役ができるかも知れない。それが駄目でも、あの見事な身のこなしを思えば、余程のことがない限りはうまくやるだろう。
正直なところ、リンネは全くあきらめる気はなかった。
「今晩はここで夜明かしだ。朝になったらすぐに出掛けるからな」
「ちょっと、あたしはこのままで寝ろって言うの?」
放っておかれそうな様子に、リンネが声を上げた。
イスに縛られたままで眠れと言うのか。うたた寝はできても、こんな状態では身体が休まらないではないか。
「人質がわがまま言うんじゃねぇ。金持ちに買われたら、いいベッドでねんねできらぁ。それまで待ちな」
男の言うこと全てがカチンとくる。頭は新しい酒瓶をまた空にし、他の男達もそれぞれ酔っ払って長イスに寝そべっていた。
「自分達ばっか、ズルいわねぇ」
やがて、山小屋の中は男達のいびきで満ちた。ヤケ酒がきいて、ぐっすり眠っている。
途端にリンネの目が輝いた。
ふふん。縛ったくらいで安心して寝てちゃいけませんよ、おじさん達。あたしを誰だと思ってんの。
男達が眠っているのを見計らって、リンネは縄を抜け出した。
普段、だてに街へ繰り出している訳じゃない。必要以上に社交的なリンネは、色々な職業の人達と友達になり、その中には大道芸人だっているのだ。リンネは彼らに縄抜けを教わっていたのである。
名士。富豪。財産家。表現は色々あるが、つまるところ、エクサール家はお金持ち。その家の娘なら、悪漢にさらわれてしまうことだって十分にありえる。何かあった時に逃げ出せるように、と教えてもらったのだ。
剣術もその一つだ。ニルケや家の者では教えてくれないようなことを、リンネは街の色々な人達に教えてもらっている。みんなかじった程度でしかないが、全然できないよりはずっといい。
幸い、と言うべきか、リンネはこういうことに関しては妙に筋がいいのだ。現に、縄抜けはこうして役に立った。
さーて、どうしてやろうかしら。いくら酔っ払ってると言っても、大人の男が四人でしょ。まさか担いで山を降りるってことは無理よね。でもあたしが一人で山を降りたら、目が覚めた時にみんな逃げるか、あたしを追って来るかだろうし……。どっちもいやだわ。特に、こんなむさ苦しいおじさんに必死な顔で追い掛けられるなんて。
とりあえず、リンネは全員から剣を取り上げた。急に目を覚まして襲って来ても、危険が及ばないようにするためだ。
素手でも、リンネみたいな女の子一人なら何とでもしようとするだろうが、その時は武器がこっちにあるのだから多少は強い。
ついでに、頭から魔除けの玉も取っておく。流れで自分だけが逃げることになった時、これを持っていれば少なくとも途中で魔物に襲われることはない。逆に盗賊達が追って来ようと思っても、この魔除けがなければリンネを追うことをちゅうちょするはず。
みんな、心配してるだろうなぁ。帰ったらニルケに怒られるぞぉ。だから言ったんです、とか何とか。まぁ、無事だからどうとでも言い返せるわ。
こんな状況でも気楽なリンネ。彼らがこちらへ向かっている途中、魔物に襲われて大変だったことなど、もちろん知らない。
鼻歌を歌いながら、自分が縛られていた縄で男達の両手とイスの肘掛けを結び付けるなど、動きを封じる作業を進めた。
☆☆☆
リンネが縄抜けをしている頃、ニルケ達はようやくリンネが連れて行かれた山小屋を見付けていた。
「あそこにいるのか?」
「ええ、間違いありません」
「本当だ、リンと香辛料のにおいがする」
「まさかとは思うが、リンネは香辛料を香水代わりに使っているのか?」
ダルウィンが不思議そうに尋ねる。
「今だけだよ。香辛料の葉っぱを触ったんだってさ。そのにおいが付いちゃってるんだ」
「また何かいたずらしようとしていたんでしょう。まぁ、そのおかげでリンネがあの家にいる、というのがはっきりしましたけれど」
ニルケの言葉は、普段のリンネの行動をさりげなく物語っている。
「逃げたのは、四人程だったな。暗かったから断定はできないけど。問題は、中でリンネがどういう状態に置かれているか、だ。下手に突っ込むとヤバいし、もし魔除けを持ってるならニルケの魔法も効果なしだよな」
木で作られた窓は閉められていて、中の様子はわからない。声も聞こえてこない。時々、いびきらしい音がかすかにしてくるが、全員が眠っているかがはっきりしないから無理に突入もできない。
「この窓、鍵はかかってないぞ」
小屋に近付き、カードが両開きタイプの窓に触れるとわずかに動く。中の光が少しだけ漏れた。でも、あまりたくさん開けると気付かれる。
「入口の戸も、たぶん鍵はかかってないだろ。ここまで追って来るなんて、考えてないだろうからな。ニルケとダルは、入口からわざと音をたてて入ってくれよ。盗賊の奴らがそっちへ目をやってる間に、オレが窓から入ってリンを助ける」
人質にされたリンネの無事さえ確保できれば、あとはどうにでもなる。ニルケの魔法が魔除けの類で効果が消されるのは痛いが、中へ入ってからリンネを連れ出す役をニルケと代わればカードがうまくやれるはずだ。
「わかった。頼むぞ」
「カード、合図はどうします?」
「オレが遠吠えする。これなら、中にいるリンにもわかるだろうしさ」
お互いに頷き合い、二人は入口の方へ向かった。
カードは窓の下で待機し、二人が入口に回ったであろう頃になると大きく息を吸った。
☆☆☆
リンネがちょうど頭を縄で縛り上げようとした時、外で狼の遠吠えが聞こえた。それもかなり近くから。
今の、もしかしてカードの声?
リンネは急いで窓の方へ駆け寄った。
カードの遠吠えは、街の中で一度聞いたきりだ。絶対にカードだと言い切れるまでに、リンネも聞き慣れている訳じゃない。
この山の魔物、もしくは獣ということも十分にありえるが、偶然それが狼だった、なんてうまくかぶるだろうか。
いいわ。さっき魔除けも取り上げたことだし、何とかなるわよ。
楽観的に考えたリンネが窓を開けようとした時、入口の扉がバンッと大きな音をたてて開いた。リンネは魔物が入って来たのかと思い、ちょうど力を込めていたこともあって勢いで窓を開けた。
途端にドカッという音と共に、何か手応えがあった。同時にキャンッという悲鳴。
「え、何、今の?」
入口の方も気になるが、窓の外も気になる。窓からも何か侵入しようとしていたらしい。
「ひどいよ、リン。いきなり開けるなんて」
窓の下を覗くと、鼻面を押さえている狼姿のカードがいた。まさにカードが窓を開けようとした時、いきなりその窓が開いてカードの鼻を直撃してしまったのだ。リンネが急に窓を開けるなんて思ってもみなかったので、カードは完全に不意打ちを食らった。
大の男を十五人近く倒したケンカの天才も、少女の一撃であっさりノックダウンだ。
「カ、カード? ごめん、大丈夫?」
「んなわけないだろ。鼻がつぶれちまった」
「リンネ、無事かっ」
声に振り返ると、入口に立っていたのはダルウィンとニルケだった。やっぱり来てくれたのだ。
「あたし、カードを攻撃しちゃった」
「はぁ?」
こういう場面では飛び込んで来た相手の名前を呼ぶとか、来てくれたのね、なんてセリフが出そうなのに。リンネの言葉は二人の想像の範囲を超えていた。何が悲しくて、味方を攻撃した、なんて報告をここで聞かなくてはならないのだ。
「リンネ、逃げなさいっ」
何か影が動いたような気がした。カードではない。もっと大きな影。
「え……?」
ニルケが怒鳴った時はもう遅かった。
リンネがまだ縛っていなかった頭が起き上がり、素早くリンネを捕まえたのだ。
ダルウィン達が入って来た音で目を覚ました頭は、すぐに剣が奪われているのに気付いた。そして、窓と入口を交互に見ているリンネを見付けると、後ろからはがいじめするように捕まえたのだ。
太い腕がリンネの首にかかった。そのまま締め上げれば、リンネは窒息してしまう。剣などなくてもそれで十分だ。
「よくここまで来られたもんだな。ほめてやるぜ」
まさかこの山にまで追っ手が来るとは、考えていなかった。今夜はかなりおかしな夜だ。そして、最悪の夜。
「あんたみたいな男にほめられても、あんまり嬉しくないんだがな」
「その子をどうするつもりですか。離しなさい」
最初にリンネを助けるはずのカードがその張本人にのされてしまい、計画は完全に水の泡だ。
「うるせぇっ。お前達のせいで、とんでもない夜になっちまった。こいつには身体で払ってもらうぜ」
「あなたが文句を言いたい相手はぼくでしょう。その子は関係ありません」
「近付くんじゃねぇ!」
頭はニルケが一歩前に出ようとすると、大声で制した。
ニルケは魔法を使いたいが、この相手にはきっとかからない。魔除けの何かを持っているだろうから、恐らく弾かれる……と思っている。
「いいか、それ以上近付いたら、この娘の首をへし折っちまうからな。こんな細いガキの首なんざ、軽いもんだ」
「頭、俺達の縄、ほどいてくださいよぉ」
リンネに縛られて動けなくなった男達が、床に転がって情け無い声を上げる。
「待ってろ。おい、お前。俺達の剣をどこへやった」
「……」
リンネはムスッとして答えない。一度ならず二度までも、この男に捕まってしまった自分に対し、言葉がなくなる程怒っているのだ。
「おいっ、死にたいのか」
頭がぐっとリンネの首を絞める。のどに食い込み、息ができない。
「リンネ、意地を張らないで言いなさい。本当に殺されますよ」
苦しいこともあって、リンネは仕方なく取り上げた剣のある方を指差した。壁際に置いてあるイスの下だ。それを見付けた頭の腕がわずかに緩み、息ができるようになる。
リンネは噛み付いてやろうかと思ったが、あごのすぐ下に腕があって口が届かない。
「全く、なめたマネをしやがって」
頭がリンネをしっかり捕まえたまま、イスの下の剣を取ろうと身体を曲げる。
それを狙うかのように、今度こそ窓の外からカードが飛び込んで来た。男の肩に食い付き、背中を引っ掻く。
「うわっ、や、やめろっ」
リンネを突き飛ばし、頭は食い付いてくる狼を必死に振り払おうとする。リンネは突き飛ばされたのを幸いに、床の剣を拾うとダルウィンに放った。ニルケが駆け寄り、急いでリンネを少しでも頭のそばから離す。
頭はどうにか拾った剣でカードを刺し殺そうとするがうまくいかず、ようやくカードの首根っこを捕まえると、無理に自分から引きはがして壁に放り投げた。
「カード!」
それを見たリンネは思わず叫んだが、カードは身体を回転させると壁を蹴ってうまく床に着地した。
「てめぇら、ぶっ殺してやるっ」
盗賊の頭が肩から血を流しながらも剣を握り締め、同じく剣を構えるダルウィンに突進する。身体が大きく、それに伴って力も強い。ケガをしているのに、攻撃力は衰えていないのだ。
振り下ろされる剣がひどく重い。同じ大きさの剣なのに、まるで斧か大剣で攻められているみたいだ。刃が当たる度に火花が散る。
「やれやれー、かしらぁ、そんな奴、ぶっ殺せぇー」
手下がわめいた。手をリンネに縛られたままなので、足をばたばたさせて騒ぐ。
「うるさいわね。あんた達からぶっ殺してあげてもいいのよ」
リンネが拾った剣を手下達の方へ向けた。途端に男達はおとなしくなる。
「なんてことを言うんですか、リンネ」
「だって、腹が立つじゃない」
「腹が立ったら何でも言うんですか」
口論しながらも、ニルケはリンネを小屋の隅へ連れて行く。横で切り合いをしている所でケンカをしていたら危ないが、外へ出ても魔物が現れかねない。要は逃げ場がないので、隅へ寄るしかなかった。
激しく打ち付けられ、最初は押され気味だったダルウィンだが、やがて猛攻を開始する。素早く叩き付けるようにして攻め、徐々に相手を壁際へと追い詰めた。
「くっ……てめぇ」
悪あがきのように突き出してきた頭の剣を弾き返すと、剣を持つ手を切り付ける。わずかな間も置かず、相手がひるんだところで剣を弾き落とした。抵抗できないよう、容赦なく切っ先を盗賊の顔に向ける。
「はい、ここまで。あんたの悪運も、これで終わりだ」
頭はギロッとダルウィンを睨んだが、力尽きたように床に座り込んだ。それを見ていた手下達もがっくりとなって、抵抗する気力を失ったようにおとなしくなる。
「カード、さっきの大丈夫?」
頭が降伏し、自由に動けるようになると、リンネはカードの元へ駆け寄った。あの手応えからして、かなり強く打ち付けたのではなかろうか。
「痛かったよ、すっごく」
「ごめんね、ごめんね」
リンネはカードの身体をなでながら、ぎゅっと抱き締めた。
「……」
痛いと言いながら、それで気分のよくなってしまったカードである。魔獣だとわかっている自分を抱きしめてもらい、嬉しかったのだ。
「ごめんね、と言うのは、カードにだけですか?」
ぎくっとした、リンネはそっとニルケの方を向く。
「どれだけ人を心配させれば気が済むんですか。もしぼく達がここまで来られなかったら、本当に奴隷として売られていたかも知れないんですよ。今後はもう少し控え目な行動をしてください」
「……はーい」
無事だからいいじゃない、とはさすがに言いにくい。ついさっきニルケの目の前で殺されかけたのだから、そんなことを言ったら今度はニルケに殺されそうな気がする。
「まぁまぁ。無事だったからいいじゃないか」
リンネの代わりに、頭を縛り上げたダルウィンがそう言った。彼もリンネと性格が似ているのかも知れない。終わりよければすべてよしタイプだ。
「こんな人相の悪い奴に殺されかけても、悲鳴一つ上げないんだから。女の子にしては、大した子だよ」
「ダルウィン、あまりリンネをほめなさいでください。すぐ調子にのるんですから」
今のダルウィンの言葉って、ほめてたのかしら……。
リンネとしては、ちょっと疑問が残るのだが。
「一件落着になったところで、とっとと山を降りようか。魔物もいなくなったことだしな」
「え、魔物がいなくなったってどういうこと?」
「道すがら教えてあげますよ。さぁ、こんな酒臭い所は早く出ましょう。リンネにこれ以上、夜更かしのくせがついても困りますから」
☆☆☆
結局、盗賊はリンネ達の手で全員が捕まった。
街へ戻って来ると、トーカの人々の多くがリンネ達が盗賊相手に暴れていたのを見ていたので(厳密に言えば暴れたのはほとんどカードだけだが)何かしらの物をお礼にと持って来てくれた。
食べ物をもらって一番喜んだのは、もちろんカードだ。宿屋の主人は宿代をただにすると言ってくれた。
さびれかけていたトーカの街は盗賊が捕まったということで、いきなり祭りが始まってしまったようなものだった。まだ夜も明けきらないうちから賑やかになる。
「よかったよねぇ。あたし達が何もしなかったら、こうはならなかったわよ」
「自分が殺されかけたことは、絶対に忘れないでくださいね」
嬉しそうに言うリンネに、ニルケがしっかり釘を刺す。放っておくと、自分の行動を全て正当化しかねない。
「もしかしたら、リンネの像ができるかもな」
ダルウィンが冗談めかして言う。
「そうなったらきれにい作ってもらわなきゃね。かわいくなかったら、許可しない」
「……」
「ねぇ、カード、それおいしい?」
ニルケの視線に気付き、リンネはそそくさとカードの方へ行く。
リンネとそれを見送るニルケを見ていると、ダルウィンは笑いが堪えられない。
「あの子と付き合っていると、毎日が楽しそうだな」
「楽しいだけならいいんですけれどね」
気苦労も一緒についてくるから困りものだ。
「いい子じゃないか」
「そうでない時の方が多いんですよ。次は何をしでかすかと。ペンスの街へ着くまで、ぼくははなはだ不安です」
明日、いや、もう今日になるが、一日オクトゥームの国を横断することになる。その間にまた何か起こるのではないか、という予感めいたものがニルケの胸を去来するのだった。
「そうか、ムルアの国へ向かうんだな」
「ええ。ダルウィンは?」
「特に決めてない。二年程自由時間をもらったんで、フル活用してパズート大陸のあちこちへ行こうと思ってるんだ」
「放浪の旅というやつですね」
「まぁな。これからもリンネのお守りじゃ大変だろうが、ニルケが白髪にならないことを祈っておくよ」
「……ありがとうございます」
ダルウィンに言葉に、ニルケは苦笑いするしかなかった。
☆☆☆
夜が明け、まだ半ば祭りが続いているような雰囲気の中で、リンネ達は出発した。
「俺はこっちへ行く。リンネ、会えて楽しかったよ」
ダルウィンは、リンネ達とは逆の方へ向かうと言う。
「うん、あたしも楽しかった。また会えるといいわね」
「その時、面白い遊びを考えてたら、また入れてくれよ」
「もちろん」
昨夜のことは、いやな部分だけがすっかり抜けて、楽しい思い出になってしまっている。リンネの記憶は実に都合がいい。
「じゃあな」
手を振りながら、ダルウィンは去って行った。
「ぼく達も行きましょうか」
リンネ達も目的地へ向かい始める。
「さんざんな夜でしたね」
「けど、オレは面白かったぜ。まさか外に出ていきなりこんなことがあるなんて、思ってもみなかった」
「そうでしょうね。誰も思いませんよ」
リンネとニルケは馬に乗り、カードは昨日と同じように軽い足取りで歩いている。
「ねぇ、ニルケ。父様達には昨夜のこと、内緒にしておいてよ」
これがバレたら、今度から一人で旅なんて出してもらえなくなる。
「言いませんよ。こんなことを報告したら、卒倒されます」
ニルケは別の意味で言うつもりはないらしい。どっちにしろ、助かった。
「何だか眠くなってきちゃった」
「当たり前です。昨夜はまともに眠ってないんですから。夜遊びもたいがいにしなさい」
馬に揺られていると、ついうつらうつらしてしまう。
「リンネ、まだ目的地は遠いんですから、そんな所で寝ないでくださいよ」
そう言うニルケも寝不足なのは同じ。ついあくびが出てしまう。
「眠ってもいいぜ。オレがちゃんと手綱引いてやるからさ」
「ありがと」
言うなり、リンネは本当に馬上で寝てしまった。
「ぼく達、本当にペンスの街へ着けるんでしょうね」
少しずつ目的地へ近付きつつも、ニルケの不安は消えなかった。
もっとも、リンネがそばにいれば、それも仕方のないことかも……。