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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第九話 助っ人

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魔力

 軽く頬を叩かれ、リンネは目を覚ました。

「リンネ、起きられるか?」

 ダルウィンが心配そうに、リンネの顔を覗き込んでいた。その横にはラグアードの顔も。

「あ……そうか。いきなり地面が消えたんだっけ」

 リンネは起き上がり、気を失ってしまうまでの記憶をたどる。急に大きな音がして、次の瞬間には足下が崩れて全員がそこへ落ちたのだ。

「あれ、ニルケ達は?」

 リンネは周りを見回し、自分のそばにはダルウィンとラグアードしかいないと気付く。

「俺が目を覚ました時にはもういなかった。ここには、リンネとラグアードと俺の三人だけだ」

「じゃ、あの穴の中でバラバラになっちゃったのね」

 闇の中に落ちたようなものだから、それぞれがどういう形で落ちたのか見えなかった。

 普段なら、彼らの心配なんてしない。むしろ、こちらが心配される側だ。

 しかし、カードもカディアンも今は魔力がない。ニルケは……魔法使いの力はどうなっているのだろう。何にしても、離れ離れというこの状況は好ましくない。

「カディアーナを助けに来たのに、逆に助けられる身分にならなきゃいいわね」

「姉様、ニルケ達を捜しに行こうよ。ぼく達みたいに、どこかで倒れてるかも知れないもん」

「早く合流した方がよさそうだしな。……と、すぐには出掛けられないようだ」

 ダルウィンが姉弟を後ろにかばった。複数の魔物が現れたのだ。この世界にいるからには、グボルグの手下に違いない。大雑把に言えばゴブリン系だろうが、どれもが醜い姿をしている。

「魔法があっても効かないらしいが、剣はどうかな。リンネ、とりあえず渡しておく」

 ダルウィンはリンネに短剣を渡した。あまり女性にこんな物を持たせたくはないが、場所と相手が普通でないだけに、ダルウィン一人でどこまで彼女達を守れるかわからない。一方に気を取られている間に、リンネ達が襲われた時の用心だ。

 リンネも自分からこんな場所へ来て、最後まで守ってもらおうなんて思ってはいない。前にさらわれたことがあるが、それをきっかけに少し本気で剣術を習っていた。ダルウィン程の腕前には遠いが、それでも何もできないよりはずっといい。

 さらに今は、そばにラグアードがいる。弟は自分で守らなければ、という責任もあった。

 奇声を上げ、魔物が三人に襲いかかる。数は十以上。ダルウィンは一気に五匹の魔物を斬った。リンネもラグアードをかばいながら、三匹を斬る。

「っつ……」

 声に振り返ると、ダルウィンの左腕から血が流れていた。仲間が斬られている間に背後から襲う、他より少し知恵の回る魔物がいたのだ。

「ダルウィン!」

「かすっただけだ」

 そう言う割に、出血が多い。

「よっくもやってくれわね。あたし達はエサになるために来たんじゃないのよっ」

 リンネはダルウィンを傷付けた魔物に向かって、持っていた短剣を投げる。短剣は見事に魔物の頭部を貫き、消滅した。

「姉様、まだ魔物はいるんだよ」

「あ……」

 敵は全て退治していないのに、リンネは自ら武器を投げてしまった。それで一匹殺したのはいいが、残りは素手で相手をしなくてはならなくなる。

 リンネの手に剣がなくなったのを見た魔物が、一斉に飛び掛かる。ダルウィンは剣をかまえたが、全ての相手をするのは無理だ。

「みんな消えちゃえーっ」

 頭の中が真っ白になったリンネは、そう叫びながら両手を突き出した。すると、その手から風が吹き出し、風に当たった魔物達が次々に消えてゆく。

「……あれ?」

 その状況に、ダルウィンと彼が対峙していた魔物達の動きが止まった。消した本人が一番不思議そうな顔をして、魔物達がいた所を見詰める。

「リンネ……何をやったんだ?」

「わかんない。叫んだら……あ、もしかして」

 リンネはダルウィンが相手をしていた魔物の方を向く。それから、今の要領で手を突き出した。

「手下なんかに用はないのよ。消えなさいっ」

 そう叫ぶとまた風が起こり、ついには一匹残らず魔物が消えてゆく。

「リンネ、いつから魔法なんて使えるようになったんだ?」

 今のは明らかに魔法だ。リンネが起こした風で魔物が消えたこともそうだが、そもそも手を突き出しただけで風が起こるなんて、普通ではありえない。

「きっとここに来てからだと思うわ。だって、魔法なんてできないもん」

 ニルケが使うような魔法は、もちろん呪文を唱えなければならない。だが、その呪文を書いてある魔法書というのが、普通の人間には読めない。最初は辞書をひきながら読むのだが、その辞書もやたらと難しい。

 やる気と覚悟がなければ、魔法使いになることはかなわないのだ。

 それなのに、リンネは今、確かに魔法を使った。

「やっぱりグボルグは本当のことを言ってたのよ。ここでは人間が魔力を持てるんだわ。魔物は力を抜かれるけど、その分が人間に備わってしまうのよ。今は適当にやったけど、その気になればもっとうまくできるんじゃないかしら。ダルウィンやラグにもできるわよ、きっと」

 考えられそうなことだ。こんな事態を偶然として片付けることは無理だろう。この世界の空気が作用しているとしか思えない。

「なるほどな。俺達は間違いなく、カディアンの助っ人になれるって訳だ」

「ここでは、あたし達も魔法使い。ニルケみたいに勉強するのはイヤだけど、一度でいいから魔法使いのフリをやってみたかったのよ」

 魔法が使える、ということに、リンネは今の状況を忘れてちょっとはしゃいでいる。

 でも、リンネにはダルウィンの傷をうまく治せなかった。元が魔物の魔力だからこういう(たぐい)の魔法は使えないのか、まだうまく使いこなせないためかはわからない。

「いいよ。大した傷でもないんだし。魔物が怖い存在でなくなっただけありがたい」

 リンネはダルウィンの傷口をしっかり縛った。出血は多かったが、本人が言う通り深い傷ではなかった。

「あたし達の方はとりあえずうまくいきそうだけど……問題はカード達よ。魔力は確実になくなってるはずだし、ニルケは……そのままになるのかしら。人間だけど、魔法を使えるんだから魔力は元々持ってるってことになるし」

「姉様、それより早く捜しに行こうよ。悩んでるより、直接聞いた方が早いよ」

「ラグアードの言う通りだ。行こうぜ、リンネ」

☆☆☆

「リンっ! リン、どこだぁ」

「リンネ、ラグアード、ダルウィン。どこにいるんですか」

「くそっ、翼があれば空から捜せるのに」

 リンネ達が気付いた頃、同じようにニルケ達も意識を取り戻していた。ニルケにカード、そしてカディアンがそれぞれ近くに倒れていたのだが、リンネ達の姿はどこにもない。

「三人がバラバラになっていなければいいんですが」

 近くは捜した。いや、捜すまでもない。周りはさっきまでいた所と同じように薄暗く、岩や小石がごろころした大地があるだけ。見晴らしだけはいい。

 だが、リンネ達は見付けられなかった。あの穴のせいでどちらか、あるいは両方が別の場所へ放り出されたらしい。

「腹が立つな。ちっとも鼻が利かねぇや。リン達どころか、そばにいるニルケのにおいもよくわからないし」

 においに敏感なカード。だが、狼に変身する力と一緒に、嗅覚までもが奪われている。本当に人間並になっているようだ。これではリンネ達のにおいや気配を頼りに捜すこともできない。

「カディアン、あんな穴があるなんて言わなかったじゃないか」

「前に来た時にはあんなものはなかったんだ」

「もっとグボルグやこの世界の情報はないのかよ。ここにはこういう仕掛けがあるとか」

「俺だって知りたいくらいだ。何かを掴む前に、奴の手下にやられたんだ」

「もし……もしリンに何かあったりしたら、絶対に許さないからな」

 こと、リンネが絡むと、カードは少し冷静さを欠く。

「いきなりこうなるとは思ってなかったんだ。俺も彼女をこんな所へ連れて来たのは悪いと感じてる。巻き込んでしまった責任は取るっ」

「グボルグが見逃しても、オレは見逃さないからな!」

「やめなさい、ふたり共」

 ケンカ口調になってきたカードとカディアンを、ニルケがいさめた。

「仲間内で言い争っている場合ではないでしょう。三人を見付けることが先です」

 その意見には彼らも賛成だった。

 だが、動こうとして、すぐに行く手を阻まれる。魔物が現れたのだ。

「その前に片付ける問題があるようですね」

 魔物達は獲物を見て喜んでいるようだ。エサが迷い込んで来た、というような視線。舌なめずりしている者もいる。

「前の相手はカディアンだけだったけど、今度は簡単にはいかないからな」

 カードが構える。どこまで力を失った状態で戦えるか、なんてもう考えない。やるしかないし、ここでやられたりしたらリンネを捜しに行けなくなる。カードにすればそっちの方が余程怖いというものだ。

 最初にかかって来た魔物を、カードは蹴り倒す。とりあえず魔物は倒れたが、致命傷にまでは至らなかった。間違いなく敵である魔物に対して、カードは手加減をするつもりはない。現に今も力を込めて蹴ったつもりだったが、いつもの力が出なかったようだ。

 それはカディアンも同じだった。魔力がなくなってしまえば、力業に頼るしかないのだが、その力さえも半減している。

 そして、ニルケは……魔法を使っていた。カード達のように魔力を抜かれてしまった、というような感覚は受けなかったものの、それでも魔法が使えなくなっているのではないかと思っていた。

 しかし、やってみると魔法は使えている。襲って来る魔物は、ニルケの術で消滅しているのだ。

「ニルケは変わってないみたいだな」

 その様子を見て、カードはいくぶんか安心した。一人でも魔法が使えれば、勝算も増えてくるというものだ。

「違います。これはぼくの魔法じゃありません」

「違うって……何だよ」

 珍しくカードが息を切らしている。いつもの倍以上の力を使い、魔物を相手にしているためだ。そばで戦っているカディアンもしかり。

「いつもの魔法が使えないんですよ」

 言いながら、ニルケは目の前に迫った魔物を吹き飛ばした。

「この場所のせいか、魔力の質が変わっているんです」

「よくわからないが、魔法使いも少なからず影響を受けている、ということか」

 カディアンが相手にしていた魔物をようやく殴り倒した。

「そういうことです。……キリがありませんね」

 いくら倒しても、魔物は途切れることがないのだ。

 バシッという音がして、カードが魔物の魔力で弾き飛ばされた。きゃしゃな体型をしたカードの身体が、軽々と宙を飛ぶ。

「カード!」

 カディアンがカードを飛ばした魔物を殴った。だが、すぐ周りにいた他の魔物達に殴り倒される。

 ニルケが魔法で助けようとしたが、相手が多すぎた。魔法を使う前に後ろから襲われ、押さえ込まれる。

「ふん、懲りもせずにまた来たのか」

 聞き慣れない声がして、ニルケはそちらを向く。

 そこには、ニルケより少し年上に見える男が立っていた。

 わずかにウェーブがかって肩まである髪は、まるで血の色のように赤い。銀色に光る目が、この薄暗闇の中でひときわ目立つ。

 シルエットだけなら人間とほとんど変わらないが、間違えようもない。グボルグだ。

 この世界の創造主は、後ろに大勢の魔物を従えていた。虫や獣を醜くしたような姿や、アンデッドのような姿の魔物ばかり。今まで彼らに襲いかかっていた魔物と大差ない姿だ。ニルケ達を捕まえている魔物を払っても、あの魔物が一気に襲ってくればとても勝ち目はない。

「莫迦が。魔物を連れて来ても、ここでは無駄だとわからなかったのか?」

 カードを見て言ったらしい。魔獣仲間を頼っても、同じように力を抜かれるであろうことがわかっていて連れて来たことを嘲笑っているのだ。

 だが、ニルケの方を見て、少し目付きが変わった。

「ほう、人間も連れて来たのか。私の力には遠く及ばないがな。どうやって騙した?」

 グボルグはカディアンがニルケに術をかけたかして、丸め込んで連れて来たと思っているのだろう。

「こいつに騙される程、オレ達は莫迦じゃないや」

 魔物に弾かれて痛手を負った腹部を押さえながら、カードが言い返す。

「なら、なぜここへ来た? ここへ来れば、魔力を抜かれることを聞いていなかったのか? それを聞いていながら来たのなら、やはりお前は莫迦だ」

 グボルグはそう言うと、遠慮なく嗤う。

 そのグボルグに、魔物が何か耳打ちした。

「他にも仲間がいるようだな。そいつらは人間らしいが、一緒に来たのか?」

 リンネ達のことだ。別の魔物に捕まってしまったのだろうか。

「せっかく二度もこの世界を訪れてくれたのだ。私の塔へ招待しよう。残りの人間も来てもらえばいい。私の花嫁達を見てもらおう」

 グボルグの言葉で気付いた。手下の魔物が女性をひとり、肩に担いでいる。カディアーナと同じく、どこかからさらわれたのだ。

「あとひとり。見付かるまでに来てもらえるといいがな」

 グボルグがわずかに後ろを向くと、ひとかたまりの魔物がフッと消えた。リンネ達の所へ向かったのだろう。

「では、我々は先に塔へ行って、きみ達の仲間が到着するのを待つとしようか」

 グボルグが「きみ」などと言うと、ひどく白々しく聞こえる。もちろん、わざと言っているのだろうが。

 魔物達がニルケ達を引き立てる。逃げようとしても、魔物の手から逃げるのは困難だ。それに捕まえられている手を振りほどいても、ここからどこへ逃げればいいのか。わからないまま走っても、すぐに追い付かれるのは目に見える。

 今はおとなしくしていた方がよさそうだ。グボルグの言う塔に行ってから行動を起こす方が、今よりもチャンスはあるだろう。

 ニルケは抵抗するのをやめた。カードはニルケが静かにしているのを見て、何かを考えているんだろうと察し、逃げようとするのをやめた。カディアンが魔物達の手から逃れようとしていたが、カードが

「無駄なことはやめろよ」

 と言って、こそっとウインクをした。カディアンはそれを見て、それからニルケを見た。ニルケは目はまだあきらめていない。グボルグには確かに及ばないかも知れないが、彼は魔法が使える。機会をうまく生かせば、逃げることもできるのだ。

 捕まっても、まだ負けた訳じゃない。

 カディアンは暴れるのをやめる。

 ニルケ達はおとなしく魔物達に連れて行かれた。

☆☆☆

 夜になって真っ暗になってしまわないだけマシ、と考えるべきなのだろうが、気持ちのいい場所でないのは確かだ。

 それにしても、何もない場所というのがこんなに気の滅入るものとは思わなかった。

 ただ乾いた広い大地があるだけ。この世界へ入った時もそうだったが、草や木はなく、大小の石が転がるほこりっぽい大地が延々と広がるだけ。地平線があって、他に影はない。この世界にはこんな場所しかないのだろうか。

「こんな時に何だけど、面白くも何ともない場所ね」

 歩いても歩いても、何もないのだ。面白いはずがない。これで地平線に太陽が上るか沈むかすれば、少しは景色に変化もあるのだろうが……この世界に太陽はないらしい。

「一体、どこからここへ来たんだろうな、俺達。穴に入ったんなら、出口があってもいいはずだってのに」

 落とし穴に落ちた。でも、ここは穴の中じゃない。それなら穴から出て来た、ということになるのだろうが、その出口がないのだ。

 魔物に襲われて多少は動いたが、それでも自分達を放り出したであろう穴の所在を見失うはずはない。リンネ達をここへ放り出して消えてしまったのだろうが、放り出された方はたまったもんじゃなかった。

「ずっと歩いていても目標になるものがないから、どれだけ歩いているのかわからないわね。北も南もあるのかどうかすら怪しいし」

 自分達が来た方向がわからないので、行くべき方向も決めかねる。早くニルケ達と合流したいのだが、初めからこれではどうしようもない。少なくとも、人間の視力で見える範囲に彼らはいないようだ。

「姉様」

「どうしたの、ラグ」

「変な気配がするよ」

「変な?」

 聞き返す間に、リンネやダルウィンも気付いた。周りにさっきと同じ気配を感じたのだ。つまり、魔物の気配を。

「またおいでなさったようだ」

 案の定、たくさんの魔物が姿を現し、リンネ達を囲んだ。

「ここを歩いてると、ずっと同じ目に遭いそうだな」

 ダルウィンが剣を抜いた。

「お前達の仲間は、グボルグ様の元にいる」

 腐って溶けかけた巨大な猿のような姿の魔物が、一歩進み出ていきなりそんなことを口にし、三人の動きが一瞬止まった。

「何……だと」

 ダルウィンの目付きが険しくなる。

 口をきいた魔物が腕を水平に動かした。何をしたのかよくわからなかったが、景色がほんの少し変わっている。

 さっきは乾いた大地だった。それが魔物が腕を動かすと、周りが砂漠になっていたのだ。乾燥したような空気は変わらないので、すぐには気付かなかったのだ。足下が固い土か砂かの違いくらいしかない。

 だが、確かに少し違う。さっきまではどこを見ても何もなかった景色だったのが、今は遙か遠くに何か細長い物が立っているのが見えていた。蜃気楼や幻影でなければ、何かしらの建物だ。

 触ればずるずると皮膚がすべり落ちそうな指で、魔物はその建物を指す。

「お前達の仲間はあそこの塔にいる。会いたければ、あそこまで行け」

 ニルケ達は人質にされてしまった、ということだ。カードやカディアンは魔力がなくなっている。ニルケ一人では相手をしきれなかったのだろう。

 あそこにグボルグがいると言うのなら、カディアーナもあそこにいるはずだ。いい状況とは言えないが、少なくとも目的地がはっきりした。

「行ければの話だがな」

 魔物の言葉に、ダルウィンは再び剣を構えた。

 十を簡単に超える魔物を引き連れているのだ。この伝言だけを告げに来たのではあるまい。簡単には行かせない、ということだ。

「行き先がわかれば、絶対に行ってやるわよ」

「その前に、我々の相手をしてもらう」

「ああ、そう言うと思ったぜ」

 魔物が一斉に飛び上がり、三人に襲い掛かった。

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