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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第九話 助っ人

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魔物の世界

 カディアンの話していた森は、オーシェの森と呼ばれている。ジェスタとメーシス、それにポスベームの三つの国が隣り合う場所に位置し、三国の国境が森の中にあるために地図で描かれる国境は国によって違う。三つの国が隣り合う地点はたくさんあるが、ここの国境は一番あいまいだ。

 一行はそんな森のそばまで来ていた。

 カディアンは飛べるが、まだ完全に回復していないので一日かかってしまう。リンネ達は飛ぶことすらできない。

 と、いう訳で、例のごとくニルケの移動魔法によってここまで来た。

「何だか……この魔法を使う度に、人数が増えているような気がしますね」

 魔法に細かな人数制限はないが、そのうち民族大移動のような人数にならないことをニルケは本気で祈った。

 ちなみに、リンネ達はジェスタの国にいる友達が困っているらしいから、とあいまいに言って家を出て来ている。誰のことだと問われる前に、さっさと出掛けた。リンネやニルケはともかく、どうしてラグアードまで……と不審に思われているだろう。

 リンネはカディアンの話を聞いてすぐにでも出掛けようと言ったのだが、夜は魔物の力も強くなるからと言って、カードとニルケがさすがに許さなかった。で、こうして早朝の出発となったのである。

 彼らはオーシェの森のそば、正確にはポスベーム側へ出ていた。カディアンが前にここまで来た時、ポスベームの方から森へ入ったと言うのでこちらへ来たのだ。

 まだ朝もやで森周辺の景色はかすんでいたが、そばには川が流れ、所々に木が立ち、川の向こうには田園風景が広がっているのがわかる。この辺りは街からも少し離れているので、のんびりした光景だ。

 (くだん)の森はと言えば、一見しただけならどこにでもありそうな森だった。以前に行ったことのあるシーナの森の方が、ずっと暗くていかにも魔物がいます、という雰囲気があったように思える。

「あの森ね。あまり魔物がいそうには見えないけど」

「シーナの森に比べれば、大きさは半分もない。グボルグを除けば、魔物はまずいないだろうな。奴は異空間にいるからどこだろうと関係ないが、魔物にしろ魔獣にしろ、普通は人間から離れて棲む。人間にとっての悪い意味で関わる魔物も、大抵が奥の方にいるんだ」

「へぇ、そんなものなの」

「……姉様、森から誰か出て来たよ」

 ラグアードが森の方を指差す。確かに人影があった。もうグボルグの手下が迎え撃ちに出て来たのだろうか。

「魔物の気配はしない。この付近の人間だろう」

 カディアンの言葉でとりあえず安心する。

「あ……あれって……」

 カードが意味ありげな言い方をした。リンネが聞き返そうとしたが、カードは笑っているだけ。

 あちらの人影もこちらに気付いたらしく、ちょっと立ち止まった。が、すぐにまたこちらへ向かって歩き出す。リンネ達もそちらへ歩き始めた。

「あれは……確かダルウィンという男じゃなかったか? あの時、リンネと一緒にいた」

「そう、ダルウィンよ」

 お互いの姿がはっきり見える距離まで近付くと、リンネは嬉しそうに手を振った。

「何だか追い掛けられてるみたいだな、こうも行く先々で会うと」

 人影は、間違いなくダルウィンだった。リンネ達が何かしらの事件に遭遇する度、なぜかその場にいて、一緒に事件に巻き込まれる青年である。リンネ達にすれば、もちろん追い掛けているつもりなどなく、移動する先にたまたま彼がそこにいるのだ。

「事件がダルを待ってて、オレ達がなぜかそこへ行くだけだよ」

「よく言うぜ。俺はいつも付け足しだろ。そういう冗談が言えるってことは、もう十分に元気ってことだな、カード」

「まぁね」

 前に彼と一緒に行動した時、カードがケガを負ってしまった。別れる時は元気になっていたが、まだ傷は残っていたのだ。でも、今はその傷も消えた様子で、ダルウィンは安心する。

「それにしても……今日は団体だな」

 いつもよりメンバーが多いのは、一目見ればわかる。

「ダルウィン、カディアンは覚えてるでしょ」

「ああ、しばらくぶりだな」

 ダルウィンもカディアンのことは知っている。リンネと一緒にいた時、ダルウィンも彼に会っていて、リンネと同じように魔除けの羽をもらった。あの羽のおかげで、彼も幾度となく助けられたのだ。

「この子はラグアード。あたしの弟なの」

「初めまして」

 リンネが紹介し、ラグアードは礼儀正しく挨拶した。

「姉様がよく話してくれる人だね」

「そ……そうよ」

 国の外へ出た時の話をすれば、どうしてもダルウィンが出て来る。どの事件にしろ、彼はいつもそこにいるのだから。

「初めまして。ああ、以前、ねこにされかかったとかって話してた子だな」

 諸々(もろもろ)の事情で、ラグアードは魔物に呪いをかけられ、ねこにされかけたことがある。その呪いを解く実を探しに出た時も、ダルウィンは関わっていた。

「考えてみると、ダルウィンって本当に色々と首を突っ込んでいるんですねぇ」

「そうしみじみ言うなよ、ニルケ。……で、今日はどうしたんだ? カディアンがいるのは珍しいけど、とにかくまた何かあったんだな。聞かせろよ」

 いつものように、ダルウィンはまた首を突っ込むつもりでいるらしい。リンネ達と会ってしまったからには、このまま素通りする気はないのだ。

「彼の妹がある魔性にさらわれて、助けにあの森へ行くところだったんですよ。ダルウィンはあの森から出て来たようですが、何もありませんでしたか?」

「あそこを抜けようとしたのが夜だったんで、木の上で一晩すごしたけど……何も出なかったぞ」

「ダルウィン、木の上で寝たの?」

 自分もたまに木の上で本を読みながら寝てしまうことがあるくせに、人がすると聞くと驚くリンネである。

「下で寝てると、獣や盗賊に遭った時に厄介だから。魔物のことまでは考えなかったな」

 獣は火を焚いておけば近付かないだろうが、盗賊は逆に誰かがいると知ってこちらにやって来ることもある。昨日は疲れていてそういうことを考えるのも面倒だったので、木の上で寝たのだ。

 ニルケは、カディアンがリンネの元へ来た理由を手短に話した。

「なるほどね。それで、どうしてリンネの弟までついて来るんだ? いつもの顔ぶれだけならわかるけど」

「だって……連れて行かないと、父様にこのこと話すって脅すんだもの」

 普段は娘に弱い父にも、厳しい面はある。いつもは何やかんやでごまかしたりするリンネも、やはり本気で叱られればおとなしくなるのだ。

「へぇ、リンネにも弱い所があるんだな」

 おかしな部分で妙に感心しているダルウィンである。

「ぼくも何かしてあげたいもん。一緒に話を聞いたのに、ぼくだけ置いてかれるの、いやだったから」

 周りは穏やかな性格だと言うが、話を聞いて放っておけない、という部分はやはりリンネの弟である。

「こんな子どもまで巻き込んでしまって、悪いと思っているんだが……」

 助けを求めようとしていた時は必死だった。だが、こんなことを人間に頼んでよかったのかという思いがカディアンの中でわき出している横で、話は勝手にどんどん進んでしまっていたのである。カディアンよりリンネ達の方が、余程盛り上がった形になっていた。

 そして、今に至る。

「カディアンは助けを求める相手を間違っていないと思うぞ。何たって、リンネの運の強さはハンパじゃないし」

「うん、それは言えてる」

 カードが頷いた。

「いつまでもここにいたって仕方がないな。行こうか」

「え……ダルウィンも行くのか?」

 当然のようにダルウィンが促すので、カディアンの方が意外そうな顔をする。話を聞くだけで一緒に行く、という人間がまだ存在しているのを知って、驚きを隠せない。

「前に会った時、言わなかったっけ。放っておけない性分だってこと」

「……そう、だったな」

 確かにそんなことを言っていたような気がする。だが、まさかそれが魔物相手でも放っておけない、とは思わなかった。

「いいのよ、カディアン。彼はいつもこうなんだから」

 リンネがカディアンの手を引き、一行は森の中へと入って行った。

☆☆☆

 カディアンを先頭に、一行は森を歩く。

 別に異様な気配はしない。森の空気。土の匂い。緑の香り。これといって、特別なものはなかった。

「ねぇ、どうしてその魔性は、カディアーナ以外にも女性をさらうの? 花嫁って言うけど、実はハーレムを作りたい、とか?」

「俺もそこまでは……」

 理由なんてどうでもいい。カディアンにとって、妹がさらわれたことのみが重要だった。

「ぼくの推測ですが、自分が造った世界を確実なものにするためかも知れません」

「花嫁を連れて来るだけで、確実なものになるの?」

「自分の魔力だけで世界を確立させるのは、かなり大変なはずですからね。何かを世界の(いしずえ)にすれば、世界を造る力が固定されます」

「じゃあ、カディアーナや他の女性達は生け贄みたいなもの……なの?」

「実際に命を奪うかまではわかりませんが、近いものかも知れませんね。花嫁というのは名目だけということも考えられます」

 兄の前でこんな話をするのは酷だが、カディアンも薄々は考えていただろう。

「ひっどい。自分で世界を造るなら、最後まで自分の力でやりなさいよ。全然関係ない女性を巻き込むなんて」

 以前、リンネも自分の魔力を上げようと考えた魔法使いにさらわれたことがある。そのまま利用されていれば、同じく生け贄にされるところだった。人間も魔性も、似たようなことを考えるらしい。さらわれた方は迷惑だ。

「カディアンがグボルグの手下にやられた時、別の女性が五番目って言われてたんでしょ。どれだけの数が必要なのかしら。あたしがさらわれた時は、三人だったけど」

「五で終わるか、七もしくは多くて十一か十三辺りでしょうか。そこまではいかないと思いますが」

「ずいぶん具体的なんだな。そういうのって、魔法の世界では決まってるものなのか?」

 ダルウィンが不思議そうに口をはさむ。

「三が使われることは多いですね。おまじないなどで、三回唱えるというものがよくあるでしょう? 魔数と呼ばれたりもしますからね」

 だが、すでに五番目の女性が連れて来られている。三では済まないということだ。

「七というのも、よく使われますね。こういうものは、素数が使われやすいんです」

「素数って何?」

 ラグアードではなく、リンネが尋ねた。ニルケが小さくため息をつく。

「勉強したはずですよ」

「え……そうだっけ?」

「一とその数字自身でしか割り切れない数だよ。ニルケが言った三とか七とか」

 ダルウィンが教えてくれたが、リンネの頭にその言葉はぼんやりとしか浮かんでこない。

「あー……聞いたことがあるような」

「あるような、ではなく、ちゃんと聞いています。教えましたから」

 こんな所で記憶力を試されるとは思わなかった。

「とにかく、カディアーナ以外にもたくさん助けなきゃいけないってことね」

 リンネは話をすり替えたが、すり替え切れているかどうか……。

「あれだ」

 特に何もない、と思っていた矢先に、カディアンの緊張した声が飛んだ。

 彼が指差す方には、まるで空間が切り取られたように、大人一人が少し頭を下げればくぐれる程度の黒い穴があった。

 その穴の後ろには普通の木があり、ちょっと見ただけなら黒く丸い紙を木に引っ掛けただけのように見える。だが、確かに穴だ。

 ダルウィンはその木の後ろに回ってみるが、穴は見えない。横からも。

「なるほど、魔物の造った穴か。一つの方向からしかわからないようになっているんだな」

「魔物にはわかる。だが、人間には恐らく見えないはずだ。リンネ達に見えるのは、俺が教えてそこにあるとわかっているからだろう」

 こんな深くもない森に気味の悪い穴があれば、人間は避けるか好奇心を発揮して覗いてみようとするかだ。でも、グボルグは人間に見付けられるのはあまり好まないだろうから、穴は存在こそしているが、わからないようにしてある。

「ここに女を莫迦にしている魔物がいるのね」

「姉様、怒ってるの?」

「当然じゃない。グボルグって魔性は、本当の目的はどうであれ、女の気持ちを無視して花嫁にしようとしてる訳でしょ。許せないわよ、そんな奴。女を何だと思ってるの」

 相手の気持ちを無視するような輩が、リンネは大っ嫌いなのだ。まぁ、本人も時々強引になるが、この魔性程じゃない。

「行くわよ。カディアーナと他の花嫁にされそうな女性も助けてあげなきゃ」

 リンネは警戒する、ということも知らず、一番に穴の中へ入った。

「うわっ、リンネ、ちょっと待て」

 最初に入るつもりでいたカディアンが、慌ててリンネの後を追った。もちろん、他の面々も慌てて同じように穴へ入る。

 穴の中は何もなく、薄暗闇の世界だった。森の中も枝や葉に太陽の光が遮られて薄暗かったが、穴の中はさらに暗かった。歩くのに困る暗さではないが、はっきりしない明るさがかえって気持ち悪い。まるで雨が今にも降り出しそうな色。

 もっとも、ろくでもない魔性が造る世界だから、真っ昼間のような所だとは最初から考えていなかった。

 どこを向いても、地平線がぼんやりと見えるだけ。水分のない暗い砂色の大地と、大小の石が転がっているだけで他には何もない。枯れ木の一本、雑草の一本すらも。

「何だかいやーな空気を感じるわね。さすがに魔性が造った世界だわ」

「確かにいやな所だな。力を抜かれたって感じ」

 カードが渋い顔をしている。この世界では、グボルグ以外の魔物の力は消えてしまう。それを感じているのだ。

「俺も最初に来た時、そんな感じがした。そして、実際に力がなくなっていたんだ」

 一度ここへ来たカディアンは、カードが今感じている感覚をすでに経験している。抜かれたような、ではなく、本当に抜かれているのだ。

 カードは魔力を失ってしまえば、狼になることすらできなくなる。カディアンもしかり。鳥の姿になることができなくなる。

「ちぇっ。狼のままでいられればいいんだけど」

「恐らく、どの魔獣でもここへ入ればこうなる。牙や爪を取り上げようという魂胆だろう」

 魔獣の彼らは人間の姿になっても、本当の人間より爪は鋭い。だが、今はいつもほどにその鋭さがなかった。この状態で人間より上なのは、体力くらいだろう。

 振り返っても、入って来た穴は消えていた。一度戻って、という訳にはいかない。人間の姿でどこまで対応できるだろうか。

「ラグ、怖くない?」

「平気。見た感じは、普通の地面が広がってるだけだもん」

 あの穴をくぐって来た、という自覚がなければ、陽の沈んだ見知らぬ土地を歩いているだけにしか思わない。ラグアードが怖くないと言うのも、魔物が出ない状態でこの景色を見るだけであればわかる。

 もっとも、そうでなくても彼は怖がらないだろう。なんせリンネの弟である。

「カディアンはおおよその場所がわかってるのよね。早くそこへ向かいましょ」

「ああ、こっちだ」

 カディアンが先に立って歩こうとした時、いきなり足下で大きな音がした。そこにいた全員が身を固くする。

「今の……」

 今のは何の音? とリンネが聞こうとする前に、足下が崩れた。落とし穴の上に来てしまったように、足の下にあった地面が消えてしまったのだ。

 大きな穴が開き、その中にリンネ達は飲み込まれてゆく。

 そこには、ひたすら闇があるだけ。

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