襲来と誘拐
盗賊達は、今夜でトーカの街での仕事は終わりにしようと考えていた。
いつもなら、もっと早いローテーションで別の街へ移る。だが、ここは同じクラスの街に比べて割に長く仕事が続いた。
だが、さすがに入って来る品物の品質が落ちてきたし、数も減って来ている。そろそろ限界がきたようだ。
ここの役人達はありがたいことに、みんな役立たずばかり。手強い部隊が現れたりすれば、すぐに手を引くつもりでいたのだが、そんなことをせずに済んだ。何人か殺しかけたのが効いたらしい。
場所によってはそれで逆に強く歯向かって来る者もいたりするのだが、ここはおとなしくなってくれたので仕事がしやすかった。
「今夜は派手に行くぜ!」
盗賊の頭が怒鳴ると、手下達も声を上げた。暗い中、男達はトーカの街へ向かって馬を走らせる。
だが、街へ入ってすぐ、馬のスピードが落ちてきた。止めるつもりもないのに、勝手にゆっくりとなってくる。
「えーい、どうしたんだ。突っ走るぞっ」
ムチをふるっても、馬はスピードを上げようとしない。先へ進むのをいやがっている。
「ん? 山犬か?」
どこかから、獣の遠吠えが聞こえてきた。それも近くからだ。どうやら馬はそれに怯え、前に進みたがらないらしい。太く力強い声だ。かなり大きい獣と思われる。
「けっ、犬っころなんざ、俺達の剣ですぐにおしまいよ」
男達はいつ襲われてもいいよう、次々に剣を抜く。彼らに恐ろしいものなどない。
急に馬が後ろ足立ち、とうとう止まってしまった。もう街の中へ入っている。馬が恐れるようなものが、街のどこにあるのだろう。これまでも数回この街へ押し入っているが、こんなことはなかったのに。
「何かそこにいやがるのか」
ようやくわかった。暗くて見えにくかったが、前方に黒い狼がいるのだ。闇に紛れていたので気付かなかった。だが、馬はにおいで感じていたのだろう。
暗闇の中で、目が不気味に白く光っている。その口からは低い唸り声。
「けっ、なんでぇ、一匹だけじゃねぇか。ビビッてんじゃねぇよ」
先頭集団で走っていた男が馬から降り、剣を狼に向ける。
「おい、犬っころ。死にたくなきゃ、さっさと山へ帰るんだな。今夜最初の血祭りに上げられてぇか?」
男が挑発しても、狼は低く唸るだけ。微動だにしない。
「へへっ、剣が怖くて動けねぇのか。そんに死にたきゃ、殺してやんぜ」
男が剣を振り上げた。その途端、足下でパンッという破裂音が響く。
暗闇の中の音に男達も驚いたが、馬はもっと驚いた。いななきながら暴れる。盗賊達は必死に静めようとするが、そう簡単には収まらない。
おまけに、破裂音は一度ならず二度ならず、次から次へと足下で響くのだ。
「だ、誰だ、こんな下らない仕掛けをしやがったのは」
「うわぁっ」
誰かが馬から落ちた。急に身体が動かなくなり、暴れる馬から落ちてしまったのだ。
それも一人だけじゃない。彼らの半分近くが落馬してしまった。
「ど、どういうことだ」
そう言う盗賊の頭も、身体の自由がいつも程にきかない。
「これ、面白いわね。もっとちょうだい」
「もうないよ。あーあ、何か悪い遊びを教えた気分だな」
近くの建物の陰から、若い男と少女が出て来た。
「だ、誰だ、お前らは」
「盗賊に名乗るような名前はない。自分達の運もここまでとあきらめるんだな」
現れた二人組は、手に棒を持っていた。男の方はさらにロープも。あれで縛り上げるつもりだというのはすぐにわかる。抵抗すれば、あの棒で叩かれるであろうことも。
剣なんてなくても自分達の身体が自由に動かない今、細い棒でも十分凶器になりうる。
「あんた達ね、トーカの街をずっと襲ってたっていう盗賊は。どうして盗賊なんかしてるか知らないけど、悪いことを続けていつまでも逃げられると思ったら大間違いよ。覚悟しなさい」
「こ……のガキがぁ」
動きの鈍い身体を必死に動かし、男達は剣を握った。
「ニルケ、まだ動いてるわよ」
「だから言ったでしょう。あまり拘束力がない、と。二人や三人なら確実にできますけど、人数が多いんですよ」
陰からまた一人、男が出て来た。その言葉からして、魔法使いらしい。
それでやっとわかった。身体が動かないのは、戒めの魔法をかけられているからだ。
「何だったら魔法を解いてくれてもいいぜ。オレが片付けてやる」
狼がしゃべったかと思うと、その姿が揺らぎ、細身の少年の姿になった。
「そんなことしていいんですか、カード」
「いいって、いいって」
こんな人数を相手に魔法をかけていたら、それも瞬間ではなく持続させなければならないとなると、ニルケがどんなにうまい魔法使いでも力を消耗してしまう。
ニルケはわずかに力を抜いた。すぐに力の強い者から動きを取り戻す。
「よくもっ」
一人がリンネに襲いかかった。弱い少女から片付けようとする根性が汚い。
「おっさんの相手はこっちだぜ」
その声に振り向いた男は、その途端に顔を蹴られた。軽々と地を蹴ったカードが飛び上がりざま、男の顔にキックをお見舞いしたのである。小柄な少年の姿からは想像もつかない程に強力な蹴りで、最初の被害者となった男の身体はかなりの距離を飛行した。
「さぁー、かかって来なさい。お相手してあげよう」
蹴飛ばされた仲間を見て呆然としていた盗賊だったが、カードの挑発にのって次々と襲いかかる。順番も何もあったものじゃない。
相手が自分よりも小さい身体であろうと、いたいけ(?)に見える少年であろうと、ましてや剣も何も持たない丸腰であろうと、そんなことは知ったことではない。
「うおおーっ」
まるで獣の咆哮のような声を上げて、数人の大男がカードに剣を振り上げる。
だが、カードはそんな男達の剣の間を擦り抜け、拳をみぞおちにめりこませ、手刀を首に下ろし、飛び上がってひざ蹴りをあごに命中させる。まるで舞のように動き、向かって来る男達を倒してゆくのだった。
「暴れるのが好きだって言ってたけど……本当みたいね」
さすがのリンネも、こうまで鮮やかに相手を叩きのめすなんてことは無理だ。おてんばではあるが、ケンカ慣れしている訳ではないのだ。
カードは次々に盗賊を倒してゆき、その様子は見ていて気持ちがいい。
「狼って、あんなにケンカが上手なのかしら」
「そういう話は聞いたことがないぞ。たまたまカードがそうだってことじゃないか? あいつが盗賊の一味でなくてよかったな」
「言えてるわ」
「リンネッ」
ニルケが叫び、リンネがはっと後ろを向くと、盗賊の一人がリンネに襲いかかろうとしている。
「あたしを誰だと思ってんのっ」
リンネは素早くしゃがみ、持っていた棒を横に払った。棒は走って来た男のすねに当たる。男は悲鳴を上げて飛び上がり、それから足を抱えてうずくまった。
「お見事」
ダルウィンが手をたたく。本当にほめているのかあきれてるのか、ちょっとわかりにくいが。
「どうやら俺の出番はなさそうだし、のびてる奴を縛っておこうか」
「そうね。一人どころか、これじゃ全員捕まりそうだわ」
カードは楽しそうに暴れていた。見ているうちに、どんどん負傷者の山ができてゆく。殺さない程度に叩きのめされた男達は、報復してやろうという気力も体力も消耗しているようだ。その状況は、とてもリンネやダルウィンが助っ人に必要だとは思えない。
意表を突いたり魔法使いの力を借りたとは言うものの、これまでこの盗賊達を相手にしていた役人達は何をしていたのだろう。
それとも、カードがすごすぎるのか。しかも、魔力なしでやっているところがすごい。
何だかいつもと違う物音に、街の人達が一人二人と窓からそっと顔を覗かせる。そして、盗賊が地面にのびているのを発見するのだった。
最初は何が何だかわからずに戸惑い、それが今まで彼らを悩ましていた盗賊が捕まっているらしいとわかると、どんどん外へ出て来る。あちこちで明かりが点り、周りが明るくなってきた。
「カードが活躍してくれたおかげで、いい結果が出たわね」
「そうだな。ああ、役人も来たらしいぞ」
のびていた盗賊を縛ろうとしていた二人だが、現地の役人に任せることにした。盗賊達はどう見ても逃げられそうにない。カードにやられた痛みでのたうちまわっているし、逃げたとしてもすぐに追い付く。
自分で活躍はできなかったが、それでも盗賊が捕まってくれたことがリンネは嬉しい。彼女がしたのはおもちゃを破裂させただけだが、結果がよければそれでよし。これで帰りも安心して通過できるというものだ。
「きっとすぐに街の活気も戻るわね」
リンネが気分良く周りを眺めていると、ふいに間近で蹄の音がした。
振り向いた時には身体が宙に浮いている。目の下を地面が流れているのだ。
「ええっ、ちょっとお」
馬に乗った盗賊の一人に、リンネは抱え上げられていた。そのままリンネは連れ去られてしまう。その後を同じように、三人程の人影が逃げて行った。
「リンネッ! ニルケ、魔法を」
少し離れていて手が出せなかったダルウィンが、ニルケに怒鳴った。
「やってます。でも効かないんですよ。あの盗賊は魔法を弾く何かを持ってるんです」
「くそっ」
ダルウィンは近くにいた盗賊の馬にまたがった。ムチを思い切りあてて走り出す。カードはニルケの魔法が効かないと聞いた途端、狼になって走り出していた。
「後をお願いします」
やって来た役人にそう言うと、ニルケも遅れて馬に乗る。
星明かりすらない夜道で、それぞれの蹄の音だけが闇に響いた。
☆☆☆
ダルウィンが馬を走らせていると、前方にカードが走っているのがわずかに見えた。黒いからとてもわかりづらいのだが、何かが動いているという気配と微かな足音がする。
「カード、奴らの逃げた方向、わかるか」
後ろからダルウィンが怒鳴るように尋ねた。
「ああ、リンがつけてる香辛料のにおいが、こっちからしてるんだ」
「香辛料?」
よくわからないが、とにかくカードはその鼻でもってリンネの後を確実に追っている。
カードとダルウィンは、すぐにトーカの街を出てしまった。それでも走り続け、やがてトーカの街を見下ろす山へと入って行く。
「おい、カード。ここは魔物が出るって噂のある山だぞ」
「怖いなら帰れよ」
「誰が逃げるか、ここまで来て。俺が言いたいのは、どうして奴らがこんな所へ逃げ込んだのかってことだよ。噂じゃなく、本当に魔物を見たって奴が何人もいるらしいんだ。こんな所へ来たら、いくら盗賊でもヤバいんじゃないか?」
この山へ入って魔物に遭遇した人は、乗っていた馬を放り出して逃げる。魔物が馬を喰っている間に、山から逃げるのだと言う。それが何度も続いて、今では山へ入る人間はいない、とダルウィンは昼間に聞いたのだ。
だが、カードが間違っていないのなら、盗賊はこの山へ逃げた。魔物がいると言われている山へ。しかも真夜中に。一般的に、魔物の力が強くなる時間帯である。
「それでわかりました。ぼくの魔法が効かなくなった理由が」
ふたりの後ろから、ニルケが現れた。
「うわっ。おどかすなよ。よく追い付けたな」
「捜し物と追跡の魔法は、これまでにリンネのいたずらで、しっかりと鍛えられましたからね」
これをリンネに感謝するべきかどうか……。
「それでわかったって何が?」
「彼らは魔除けになる品か、呪符を持っていたんです。ぼくが魔法を使ったので、それを取り出して逃げたんでしょう。カードが暴れる直前、力を抜きましたからね。きっとその隙に。元々はこの山へ出入りするためのものだったんでしょう」
魔除けとして使われる物品の中には、魔法使いの力をほぼ、もしくは完全に無効化する物も存在する。ニルケの魔法が効果を現さなかったのは、盗賊がそういう類のアイテムを持っていて、魔法を弾く力を発動させたのだ。
「たまたま、街の中でも役に立ったってことか。運のいい奴らだ」
盗賊もまさか、トーカの街で魔除けを使うはめになるとは思ってもいなかっただろう。
「ニルケ、追跡が得意ってんなら、頼むよ。においが混じって、おまけに分散してきやがった。これ以上は自信がないや」
リンネが直接地面を踏みしめて歩いていたならともかく、馬に乗った男に抱えられた状態だった。宙を漂うにおいは、すぐ風にまぎれてしまうので追うのも難しくなる。
「わかりました」
ニルケが精神を集中させ、魔法を使おうとした時だった。
急に馬が暴れ出す。同時に、何かが忍び寄ってくる気配を感じた。
「おい、もしかしてお山の魔物が出て来た……か?」
「そうみたいだな。いやな臭いがする」
「カード、どんな魔物かわかりますか? ぼくは今まで魔物に出遭ったことがないので、戦えるかどうか」
「うーん、たぶんオレみたいに獣の姿をした奴だろうな。それも、かなりでかい」
嬉しくない報告だ。
「熊よりでかそうか?」
「だろうね」
言ってる間に、近くの木がばきばきと折られている音がする。どうやら人間や馬のにおいにつられ、こちらへ向かいつつあるらしい。
ダルウィンは、懐から短剣を取り出した。
「くっそー、こんなことなら剣を置いて来るんじゃなかった。本気で盗賊とやり合うつもりなんかなかったからな。素手よりマシとは言え、こんな短剣で魔物の相手なんて、かなりきついぞ」
「この際、やるしかありません」
ニルケとダルウィンは暴れる馬から降りて、近くの木にくくりつける。いつ落とされるかわからないし、いざとなれば馬には身代わりになってもらうしかない。
すぐ近くの木が、めりめりと音をたてて倒れた。そこから黒い影が現れる。形からして熊のようだが、大きさはその倍はありそうだ。光る三つの目が、その影が魔物であることを知らせている。
「うわ、厄介そうなのが出て来たな」
「気を付けろよ、大きさの割に動きは速いぜ」
カードの忠告通り、獲物を見付けた魔物の手がブンッと音をたてて襲いかかる。
その手の攻撃をすり抜け、魔物の首をめがけてカードが食い付いた。うるさそうに魔物の手がカードを払おうとする。間一髪で、カードははたき落とされる前に飛びのいた。
「うわぁっ」
どこまで見えているのか、魔物が手を振り回す。その手の届く範囲にはニルケがいた。そのままいけば、人間の頭など簡単に飛ばされる。
ギリギリのところでダルウィンが後ろからニルケの襟首を掴み、その危機を回避させた。
「どっちでもいいから逃げろよ」
「ぼくはあなたやカードみたいに素早くないんです」
「ケンカしてる場合かよ、二人共」
カードの声に、二人は慌ててまた襲ってきた魔物の手を逃れる。
「えーい、こんな奴に手こずってたら、その間にリンが危ないかも知れないじゃないか」
いらいらした口調でカードがつぶやく。それは二人も同じ気持ちだ。こんなことをしている場合じゃない。
「カード、魔物には心臓が二つあるって本当か」
「ない奴も多いよ。こいつはしゃべらないし、力ばっかの低級な奴だ。きっと一つしかない」
「じゃ、よくしゃべるお前さんは二つあるのか」
「さぁね、教えない」
魔物が襲い、それから逃げているうちに、辺りはかなり破壊されつつある。だが、魔物の力は衰えない。
振り回される腕が危険すぎて、ダルウィンはなかなか魔物の間合いに入って攻撃するということができずにいた。ニルケが火を放つが、防御力が高いのか、あまり効果がない。カードは何度か噛みついているが、魔物を倒すまでにはならなかった。
「くそ、何をしたら、俺達のことをあきらめてくれるんだよ」
狼はともかく、人間二人は魔物にとってごちそうに見えるのだろう。攻撃を続ける様子を見ていると、見逃してくれるつもりはなさそうだ。
「ダルウィン、恐らくあの三つ目の目が弱点です。あれを攻撃すれば力が弱まるか、運がよければ死ぬかも知れません」
「恐らくってことはつまり、推測でしかないんだな」
「この魔物についての情報がないので。腕を切り落とすくらいでは、引き下がってくれないでしょう。何にしろ、目をつぶせば多少は何とかなります」
「それを俺にやれって?」
「ぼくがやるより確実です」
動きの鈍いニルケがやれば、魔物のエサになりそうだ。ここはダルウィンがやった方がいい。カードの爪よりダルウィンの短剣の方が、殺傷能力もあるだろう。
「んじゃ、オレ達が囮になるからうまくやってくれよ」
「オレ達って、ぼくも入っているんですか」
「当たり前だろ」
カードが魔物の注意を向けるよう、わざと挑発するように吠えた。単純な魔物はそちらを向き、カードの方へとやって来る。その横にはニルケもいるから、獲物が二匹並んでいるようなものだ。
その間に、ダルウィンは魔物の後ろへ回る。
カードはギリギリまで魔物が近付いて来るのを待った。ニルケはとにかく攻撃魔法ができるよう、身構える。
そして、魔物が腕を振り上げた時、ダルウィンが魔物の背中に飛び付いた。身体を覆う毛が固く、針のようにダルウィンの手足を刺してくる。ニルケの魔法が効かないのも、わかる気がした。
「頼むから、これでおとなしくなってくれよ」
背中をよじ登ったダルウィンは、額部分にある目に短剣を突き刺す。途端に山を揺るがすような大音響がした。あまりの叫びにダルウィンは剣を突き刺したまま、耳を押さえて飛びずさる。
「何て声を出すんだ、こいつ」
ようやく魔物の声が途絶え、ゆっくりとその大きな身体が地面に伏した。
「やったぜ、ダル」
カードの声で、二人は魔物が死んだことを知らされた。やはりニルケの考えは当たっていたのだ。
「思わぬ所で魔物退治する羽目になったな。さぁ、追跡再開といこうか」
「ニルケ、ほら早く!」
冷や汗を拭いてる間もない。
ふたりからせかされ、ニルケは急いで追跡の魔法を使った。