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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第八話 大好きだから

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消えたカード

 大好きだよ、リン。オレが人間だったら、惚れてるかも知れない。命の恩人だからとか、そんなじゃなくて……それもあるけど、その天真爛漫さが好きなんだ。怖いもの知らずの性格も。

 オレを助けてくれた時。

 ニルケは最初、疑ってた。それが当たり前だよな。閉じ込められてる魔物の言うことなんか、そのまま信じる奴なんてそういないよ。閉じ込められてなくても、魔物の言葉は信じないのが普通なんだ、

 それなのに、リンはオレのことを何も知らないのに、オレの言うことを信じてくれて、檻から出してくれた。

 その後、自分の食料まで分けてくれてさ。あの時、すっごく嬉しかった。普通の人間じゃ、あそこまでやってくれないもんな。

 けどさ、リンの優しさって、危険と紙一重だよ。本当に騙そうとしている魔物だったりしたら、喰われてるぜ。

 そんなことをふっと思ったら……放っておけなかったんだ。

 これからもきっと、この子は同じことをするだろう。でも、相手が性悪な奴だったりしたらヤバいって。だから、オレが守ってやんなきゃって思ったんだ。

 オレ、リンが大好きだから……。


 少し時間が戻り、カードが眠らされてからしばらく立った頃。

 リンネを心配させている当のカードは、ある洞窟の奥深くにいた。そこは洞窟の中でも開けた空間で、天井が高い。その中央にカードは倒れていた。彼に意識はない。

 そのカードのそばには、魔物が立っていた。一匹ではなく、二匹いる。

 片方は、昨日カードに腕を食い千切られた魔物だ。失った腕は再生していない。

 その横にいる魔物は、顔色の悪い人間のような姿をしていた。

 灰色の長い髪はばさばさで、瞳は濁っていて色がよくわからない。頬がこけ、若いのか年寄りなのかわからない風貌である。

 カードをここへ連れて来たのは、こちらの魔物だ。この魔物はギドムといた。

「魔獣のくせに、人間にご執心とはな。狼はもっと誇り高いものと思っていたが」

「昨日も一緒に女がいて、そいつを傷付けるなら許さないようなことを言っていた」

 枯れ枝のような魔物が、ギドムに伝える。この魔物はザゾといった。

 ザゾはカドゥータの街の東にある山奥に棲んでいるのだが、昨日までは何か面白いことでもないかとラースの街にいる弟の所へ行っていた。人間をからかって遊んでいたのだが、次第にからかいの度合いが増して、そのうち小さいとは言え人間にケガを負わすようになってきたのである。

 回数が増え、ラースの街で噂になる程に。

 それを知ったリンネが、文句を言いにやって来た。魔物にとって、人間に偉そうにされるのが一番腹の立つことだ。英雄きどりで魔物退治に、と勘違いしたような(やから)が嫌いである。

 そして、彼らにとっては、リンネがそうだった。

 しかし、偉そうに言う割に、リンネには何も魔力がないのはすぐにわかった。見たところ、武器らしき物も持っていない。だから、ちょっと脅かしてやろうとしたのだ。

 やりすぎて相手が死んでしまっても、ザゾ達にはどうでもよかった。人間の生死なんて気にならないし、リンネのような人間はむしろ消えてくれればいい。

 そこへカードが出て来た。しかも、自分達と同じ仲間であるはずの魔物だ。

 魔物同士で戦うことはよくある。縄張り争いなり、力の誇示をしあうなり、獲物の取り合いなり……。

 だが、カードは人間の仲間として、ザゾ達に対抗してきたのだ。

 そして、結果的に弟は殺され、自分は腕を失った。明らかにカードの方が力も上で、おまけに腕を傷付けられたので対抗しきれずに逃げたが、ザゾの気持ちは収まらなかった。収まるはずがない。相手が魔獣だろうが何だろうが関係なく、恨みがつのる。

 そして、幻影の術を得意とするギドムの所へ来たのだ。事情を話し、敵を討ちたいと。

 ギドムは報酬として、人間数人をエサとして持って来ることを条件に、ザゾに協力してやることにした。

 まずはカードの所へと思ったのだが、うまい具合にあちらからメーシスの国へやって来たということがわかる。まさに、飛んで火に入る……だ。

 すぐにギドムは行動に出た。カドゥータの街でカードを眠りの香で眠らせ、ここへ連れて来たのである。

 思っていたよりもずっと簡単な作業だった。あっけない程にことがスムーズに運ばれてゆく。二匹の魔物はとても上機嫌だった。

 この洞窟はギドムが棲んでいる所で、奥深くまで道が続いている。その突き当たりへ行く少し手前に広くなった場所があって、そこへカードを放り出した。しかし、眠りの香で眠っているカードは、何も知らずに眠ったままだ。

 そして、ギドムはカードに術をかけた。心の中の言葉を覗く魔法である。

 ザゾはすぐにもカードを殺してやりたい。だが、弟を殺されたのだからこちらもカードの大切な誰かを同じように目の前で殺してやってから、とギドムに頼んだのだ。

 眠っているカードの心から見付けたのは、普段一緒にいる人間の少女をとても大切にしている、ということ。

 大切にしているのが人間ということに、魔物達は驚きを隠せなかったが、これでターゲットは見付けられた訳である。

「人間なら、殺すのも簡単だな。俺の爪で首を引っ掻けば、すぐにも死ぬ」

 ザゾは自分の細い指を、目の前で動かして嗤う。

 あの時はカードがいたので手を出す暇もなかったが、そのカードがこっちにいるのだ。魔物にとって人間を殺すくらい、楽なこと。

「まぁ、焦るな。どうせやるなら、もっと面白いようにことを運ぶ方が、見ていて楽しいではないか」

「何をするつもりだ」

「せっかくだ。この少女と、少女を大切に思っているこいつの心を利用する」

 ザゾはギドムが何を言いたいのか、掴めなかった。

 しかし、ギドムの計画を聞いて、満足そうに頷く。

「なるほど。最高の復讐だな」

 何も知らずに眠り続けるカードを見下ろし、二匹の魔物はにたりと嗤った。

☆☆☆

「やっぱりおかしいわよ。カードがいなくなるはずないもん」

 朝になっても戻らないカードに、リンネの不安は苛立ちに姿を変える。

「リンネ、落ち着きなさい」

「だって、こんなことって今まで一度もなかったわ。ニルケと別れてふたりで街を見て歩いていた時だって、いつもと変わらなかったのに。急にいなくなる理由がないじゃない。何かあったのよ。カードがいくら強いって言っても、最強って訳じゃないんだから」

 カードは強い。でも、世界で一番強い訳じゃない。それにカードは魔獣だ。強い魔除けの札や道具が相手では、力を発揮できない場合だってある。

 事実、カードが檻に閉じ込められたのは、魔除けの呪符を張られて力を出せなかったからだ。

 今、そういった状況になっていない、とは断言できない。

「いないって気付いた時に、もっとちゃんと捜していればよかった。もしかしたら、その時に何かあったかも知れないのに」

「リンネ」

 ニルケがリンネの肩を叩いた。

「悪い方に考えるのはやめなさい。リンネらしくありませんよ」

「うん……わかってるけど、どうも心の中がすっきりしなくて」

 自分でも悪い方に考えたくない。でも、よくないことがあった、と何かがリンネに告げているのだ。それがリンネをいらいらさせる。

 ノックの音がして、ダルウィンが部屋へ入って来た。

「まだ戻らないのか、カードは」

「うん……」

 前にも、ニルケが突然いなくなる、ということがあった。黙って消えるはずのないニルケが戻らず、その時もリンネは妙に気になってしまい、捜し始めたら魔性にさらわれていたという事件に発展していったのである。

 今度も似たような経過で、リンネは気になって仕方がない。

「なぁ、ニルケの魔法で捜したらどうだ?」

「そうですね。やってみますが……魔獣を追跡したことはないのでうまくいくか」

「追い掛けるだけなのに、人間と魔獣の区別があるのか?」

「その魔物によります。魔法を弾いて、追跡の力を拡散させてしまうことがあるんですよ」

 ニルケはリンネが勉強を抜け出した時、よく追跡の魔法を使う。逃げた相手を文字通り追跡する魔法だ。

 だが、これはほとんどリンネを相手に使っていたし、依頼されて使った場合も人間相手だ。

 以前、リンネがさらわれた時に探索の魔法を使い、リンネをさらった魔物を捜したことはある。追跡の魔法より捜索範囲が広がるのだが、相手の身体の一部がなければ無理な魔法だ。ここにはカードの毛の一本すらもない。

「いいからやってみて、ニルケ」

 リンネが真剣な顔で頼む。

 ニルケが頷き、魔法を使おうとした時、窓ガラスをこつこつと叩く音が聞こえた。

 三人ははっとしてそちらの方を向く。この部屋は二階だ。それに、音がした方には人が立っていられるような場所はないはず。

 それなのに、音がするのはおかしい。木の枝などが当たった音でもない。

 窓の外には、カラスが一羽いた。しかし、普通のカラスではない。普通なら黒いはずの目が、白く光っているからだ。これは誰かに操られている。

(ここを開けよ)

 低い声がした。カラスがしゃべったのだろうか。信じられないが、何者かの力が及んでいるのなら、しゃべったとしてもおかしくない。

「おい、どうする?」

 ダルウィンがリンネを自分の後ろにやり、ニルケに視線を移す。

「ぼく達に用事があるなら、追い返すこともできないでしょう」

 念の為、ニルケは自分達の周りに結界を張った。もし何かしらの魔法で襲ってきても、守られるように。たとえ全てを跳ね返せなくても、次の攻撃を受けるまでにこちらも準備ができる。

 防御の準備をしてから、ニルケは窓を開けた。カラスが部屋の中へ入って来る。だが、奥まで入らず、窓の桟で止まった。その白い目はリンネの方を見ている。

(狼はあずかっている)

 その声に、三人の中で緊張が走った。カラスが話しているのは、間違いなくカードのことだ。

(会いたければ、ジャフルの山にある洞窟へ来い。そこで待っている。女は必ず来い)

「あずかっているって言うそっちは誰なのよ」

(身に覚えがないとは言わせない)

 カラスはそれだけ言うと、羽ばたいて出て行ってしまった。

「あ、ちょっと待ちなさいよ。カードは無事なんでしょうねっ」

 リンネが窓辺へ寄ってカラスに怒鳴るが、すでにカラスは空高く飛んでしまっている。

「リンネ、無駄です。あのカラスは伝言役をしているだけですよ。伝えられたことをこちらに告げてしまえば、もう何も話さないでしょう。危ないから、戻りなさい」

 ニルケに言われ、リンネはカラスを目で追うのはやめた。

「ジャフルの山へ来いって言ったな。確かカドゥータの街の北にある山だろ」

「ええ。海とは逆方向にある山です。それにしても……女は必ず来いと言っていましたね。常識的に考えればリンネのことでしょうが、どうしてリンネを……」

 カードに関係している女性となれば、リンネしかいない。他にもリンネの母リリアや、知り合いの魔法使いシェリルーなどもいるが、彼女達はここにいない。カラスが言っていたのはリンネだ。

「身に覚えがどうとかって言ってたけど、また魔物といざこざでも起こしたのか?」

「いえ、ここに来てからは何もなかったはずです。ダルウィンとリンネが会うまでに、魔物と何かあったのなら別ですが」

「昨日リンネが遭ったのは、スリだけだろ?」

 言いながらダルウィンはリンネの方を向いた。そのリンネはまさか、という顔をしている。

「……どうもそうじゃないみたいだぜ」

「そのようですね。リンネ、今度は何をやらかしたんですか」

「あ……えっと……」

 こういう事態になっては、リンネも黙っていられない。

 仕方なく、リンネはラースで魔物退治をしたことを話した。それを聞いて、ニルケは頭を抱える。

「どうしてわざわざ危険の中に首を突っ込むんですか。もしものことがあった時、どうするつもりです」

 ほらー、こうやってお小言が始まるから黙ってたのに。

 そんな場合ではないのだか、リンネは心の中で閉口する。

「とにかく、その生き残った魔物が復讐のつもりで、カードを捕まえたんだな」

「しかし、今のリンネの話では、その魔物にカードを捕まえる程の力はないように思います。もう少し魔力を持った魔物が後ろにいる、と考えた方が妥当ですよ。人間と同じように、何かしらの報酬を受け取れるなら協力するという魔物もいますから」

「カードがジャフルとかいう山にいるのはわかったわ。あたし、行って来る」

 嘘か本当か、カードの居場所はとりあえずわかった。たとえその場にカードがいなくても、その魔物はいるはずだ。その魔物にカードの居場所を言わせればいい。

「待ちなさい、リンネ。相手は復讐しようとしている魔物ですよ。のこのこ出て行っても、すぐに殺されます。一昨日はカードがいたから何事もなかったでしょうが、今は別の魔物も一緒にいる可能性が高いんですから」

 即決断し、即実行しようとするのはいいが、ニルケに言わせれば、あまりにも無鉄砲である。

「それに、さっきの言葉を聞いてたろ。会いたければ、だった。ああいう場合は、返してほしければって言うもんだ。来ればカードに会えるが、返してやるとは言っていないってことになる。相手はとにかく、リンネが山へ来ればそれでいいんだ。リンネが来れば……ニルケが言ったように殺すつもりでいる」

 カードをさらったのがリンネをおびき出すためであり、復讐するつもりなら、殺す以外にない。

「上等じゃない。自業自得のくせに、逆恨みだわ。そういうイカれた魔物に素直にやられてあげるもんですかっての」

「リンネ! あなたは魔法使いでも何でもないんですよ。魔物にどうやって張り合うつもりでいるんです」

「昨日行った店で、もっと大きい魔除けの石でも買って来るわよ」

「魔除けでどこまで対抗するつもりですか」

 魔除けがあれば魔物を消滅させられる、という訳ではない。あくまでも、近付いて来なくなる、という程度。

「だって! だって、あたしが行かなきゃ、カードがどうなるかわかんないじゃないの。あたしが言い出さなきゃ、カードはこんな目に遭わなかったのよ。それに……その魔物の腕を落としたのはカードよ。カードにだって絶対恨みを抱いてる。カードに何もしてないはずないじゃない」

 そそのかしたのがリンネなら、実際に行動したのはカードだ。魔物が恨むとすれば、カードとリンネのふたり。

 あの時、魔物退治なんて言い出さなければ。いや、どんな魔物でも、リンネは退治しようと考えるだろう。

 だが、まさかその生き残りがこんな遠く離れた土地にいて、復讐に出て来るとは思ってもみなかった。

「カードを助けに行かなきゃならない。絶対にリンネ一人で行かせる訳にはいかない。これからの行動は決まったようなもんだぜ、ニルケ」

 ダルウィンに言われ、ニルケは軽く溜め息をついた。

「カードを助けるためにも、ここでじっとしてはいられませんからね。……いいですか、リンネ。絶対に無茶な行動はしないでください」

 行く先はリンネも聞いているのだ。留守番を言い付けて、それを素直に守るような女の子ではない。

 ニルケはこの先の行動にしっかり釘を刺したが、言っても無駄なことはわかっていた。リンネがおとなしくするはずはないのだ。

「わかってるわ。カードをさらうような奴だもん、あたしだって警戒はするわよ」

 警戒はしても、自分の行動まで警戒してくれないから困るのだが……ニルケはもう口にするのはやめておいた。

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