叱責とその訳
ゴイルの部屋から例の魔法書を持って来ると、そのまま城へ向かう。
ゴイルがいなくなったことで使い魔達は解放され、城へ行く前に彼らを閉じ込めていた部屋の扉を開けるとみんなどこかへ行ってしまった。ゴイルの広い屋敷は無人になる。
この屋敷に危険はもうないのだから休んでいればいい、と言うニルケの言葉に従う人間は誰もいない。
シェリルーやダルウィンは関わったからには最後まで見届けたいというのがあるし、リンネやカードはとりあえず一件落着したことだからパーティに顔を出したいというのがある。
その後ろには、バグも一緒について来ていた。もう彼を支配するゴイルはいないのだからどこへなりとも行けばいいのだが、すぐにどこかへ消える気分ではなかったのだ。
ニルケ達はそんなつもりではなくても、バグにしたら彼らは恩人みたいなもの。あの恐ろしい魔法使いから解放してくれたのだから。できることがあれば、何でもやりたい。……できることなど、そうないだろうが。
表の門からは、多くの人が出入りしている。さすがは国をあげてのお祭りだ。
リンネやシェリルーはともかく、ダルウィンやニルケはまだ傷だらけのまま。その格好で入って行ったら、変に注目を集めてしまう。ということで、裏門へ回った。
「ところで、シェリルーはまだここにいていいんですか?」
「え、どうして?」
「ダーズの街に用があって、そこをバグに捕まえられたんでしょう?」
シェリルーがダーズの街にいた理由を、ニルケは知らない。これは、地下室で話を聞いたリンネだけが知っていることだ。バグもどこでシェリルーをさらったかは話したが、彼女が移動魔法を使ったらしいということは言ってなかった。
「いえ、用があったんじゃなくて……移動魔法に失敗したんです」
それを聞いて、ニルケの顔色が変わる。
「移動魔法? ちょっと待ってください、シェリルー。あなたにはあの魔法はまだ無理じゃありませんか?」
ニルケはシェリルーの実力をだいたいわかっている。前に会った時から多少の時間が経っていると言っても、実力が突然上がるとは思えなかった。彼女の力で移動魔法を使うのはあまり……いや、絶対に勧められない。
「……ええ、だから、全然違う方向へ来てしまって」
「無茶です。あれはぼく達の使う魔法の中でも、かなり危険な術なんですよ。わかっていて使ったんですか」
「ニルケ、シェリルーはね」
急に怒り出したニルケに、リンネは事情を説明しようとした。だが、ニルケがそれを遮る。
「リンネは口を挟まないでください。これは魔法使い同士の話です」
そう言われては、リンネもそれ以上のフォローができない。
「あの魔法は、自然の法則を無理に曲げたものです。空間に歪みを作るんですから。出る場所が狂えば、火山の中だったり、海の底だったりするんですよ。今回は普通の街の中だったからよかったものの、一つ間違えば命を落としかねません」
へぇ、よくニルケの移動魔法で色んな所へ行くけど、そんな危険な術だったんだ。難しい魔法だっていうのはニルケもよく言ってるから知ってたけど……。でも、そんな危険な魔法を使ってまで、シェリルーはニルケに会いたいって思ったのに。
リンネはそのことをニルケに告げたいのだが、どうも雰囲気がそれを許してくれない。普段ならいくらでも割り込むのだが、場の空気が真剣すぎる。
「すみません。軽はずみなことをしました」
シェリルーはしゅんとなって、小さな声で謝った。
裏門は閉まっていた。だが、押すと開く。
「ここからはぼくだけで行きます。リンネ達は庭園の辺りで待っていてください。こんな所でかたまって、妙な疑いをかけられてもつまらないですから。ダルウィンは目立たないようにしていれば、大丈夫だと思いますよ」
「わかった。じゃ、庭園の方へに行ってるね」
リンネが返事し、ニルケは城の方へと消えた。
シェリルーの顔を見ると、落ち込んでいる。やはりニルケに叱られたことが堪えたのだ。目の端に涙がわずかに光っている。
まったく、女心を知らないんだから。
「ねぇ、シェリルー。落ち込むことないわよ」
リンネがシェリルーの手を取り、歩くように促す。ダルウィン達は気を利かしたように、先を歩いた。
「でも、やっぱり私、軽はずみなことをしたのよ。ニルケが怒るのももっともだわ。実力もないのに、あんな魔法を使ったんだもの」
「ニルケはね、あれで心配してるのよ」
「心配?」
「だって、心配しなきゃ、あんな本気で怒ったような顔しないわ。だてにニルケとの付き合いは長くないんだから。あたしにはわかる」
シェリルーは信じられないような表情でリンネを見る。
「だけど……私はやっぱり魔法使い失格だわ。自分の力すらもわかってないもの」
「失格? ニルケはそんなこと、思ってないわよ」
「なぜわかるの?」
「さっきニルケがあたしに言ったもの」
そんなことをいつニルケが話しただろう。ニルケの言葉はしっかり聞いていたつもりのシェリルーだが、覚えがない。
「何て?」
「これは魔法使い同士の話だから口を挟むなって。ニルケがシェリルーに魔法使いの資格がない、なんて思っていたら、そんな言葉は出ないじゃない」
確かにニルケはそんなことを言った。シェリルーをかばおうとしたリンネに向けて。
「ねぇ、シェリルー。ニルケってああ見えても不器用なところがあったりするのよ。勉強の話なら、そんなことはないんだけど。ニルケはね、一つ間違えば命を落としかねないって言ったけど、落としかねないから気を付けてほしい、無茶しないでほしいって本当は言いたいのよ」
「あ……」
ニルケはシェリルーの実力のなさを罵倒した訳ではない。高い技術を要する高度な魔法を使うことの怖さを教えてくれていた。危険だと教えてくれていたのだ。
そして、本気で心配してくれていた。だから、あんなに怒ったのだ。
リンネの言葉を聞いて、シェリルーは心が軽くなった気がした。
「ありがとう、リンネ。今度こそ彼にほめられるように、がんばるわ」
シェリルーがまだ涙を浮かべながらも微笑み、リンネも笑顔を返した。
☆☆☆
「王にお話があります。ゴイルについて、至急に」
昼間、ゴイルに連れられて城を訪れていたので、ニルケの顔を覚えてくれている者がいた。ニルケが傷を負っているのを見ていぶかしげな顔をしていたが、ゴイルのことで話があると言われると、急いで王に取り次ぐ手配をしてくれた。
城でのパーティと言っても、王が前に出てホスト役をする訳ではない。王家に仕える魔法使いの件ということもあり、すぐに目通りが許された。
「確かニルケだったな。ゴイルはどうした? 姿が見えないようだが」
「その前に、まずこれをお返しいたします」
ニルケは魔法書を王へ差し出した。それが何なのかに気付いた王は、顔色を変える。
「これは……どこにあったのだ」
「ゴイルの屋敷に」
「何? では……まさかゴイルが?」
ニルケは手短にこれまでの経過を話した。
ゴイルがこの本を使って何をしようとしていたのか、今まで何があったのか、彼はどうなったか。
「し、信じられん。ゴイルがそのようなことを企んでいたとは」
「本当のことを申し上げますと、私はルエックの国の魔法使いです。ダーズの街へ来たのは、身内がゴイルの手下にさらわれたためでした。すぐには信じて頂けないでしょうが、真実を直視なさってください」
「では、ゴイルはダーズの街を……いや、ワドスの国を支配するつもりでいたのか?」
「わかりません。結局、彼の真意を聞くことはありませんでしたので。しかし、魔力を手に入れれば、この世界でできないことはなくなったはずです。ワドスの国を支配するだけでなく、パズート大陸の国全て、ひいては世界を支配することも。魔法使いを統括して、新しい国を創ることも……ゴイルがその気になれば」
「なんということだ。あの者が……」
さすがに王はショックを隠せなかった。信頼していた魔法使いが、自分を支配しようとしていたかも知れないのだ。
「王にお願いがあります。あくまでも、一個人としての希望なのですが」
「何だ」
「その魔法書に書かれている、黒魔術の章を消してください。どういう方法でも構いません。とにかく、もう誰もそのページを読めないように。あるから読みたい、と思う者が現れるのです。第二のゴイルが現れないために、どうか」
王は魔法書を手に考えていたが、ふと顔を上げると頷いた。
「わかった。そうしよう。黒魔術の章は焚書処分にする。どれだけのことが書かれているか知るところではないが、邪念を抱く者が現れないために」
「ありがとうございます」
これで、あの黒魔術が行われることはない。同じような書物がこの世界になければ、の話だが。
「ところで、ニルケ。私もきみに頼みたいことがある」
「私にできることでしたら」
「ゴイルがやるはずだった魔法をやってもらえないか。この城で行われているパーティを盛り上げる魔法を」
人々の間では、城の魔法使いが何かやるらしいぞ、という話が知れ渡っている。これで何も起こらないまま終わってしまったら、不満も残るだろう。
「私にできる限りで」
ニルケは承諾した。
☆☆☆
カードとリンネがあちこちのテーブルから、料理を皿に取って来た。今日の夕食はまだだし、あれだけ動いたのでみんな空腹だった。庭園の辺りで、と言っていたが、食欲には勝てない。
パーティは立食形式で、あちこちで音楽に合わせて踊っている人達がいる。酒だけは出ないようだが、それでも人々の顔は明るい。
「しっかし、リンネも無茶するよ。いくらカディアンの羽があったからって、あんな所にまで来るんだから」
「うん、こういう可能性が十分にあるってこと、計画に入れておかなかったのはオレ達のミスだよな」
料理の減りが一番早いカードが、ダルウィンの言葉に頷く。
「わしも、リンネが現れた時は、ゴイルが幻でも出したのかと思ったよ」
「現在の女はただ待ってるだけじゃダメなのよ」
「言い方にも色々あるもんだ」
「あ、何よ、その言い方。ダルウィン、やっぱりニルケに何かもらってるんじゃないの? おとなしくするように言ってくれって頼まれてるとか」
「一応、おとなしくないって自覚はあるみたいだな、リンネにも」
「引っ掛かる言い方ねぇ」
ダルウィンは笑ってごまかしている。横で聞いていたシェリルーもくすくす笑って。
リンネが何か言おうとした時、ふいに周りの明かりが落ちて暗くなった。人々の不審そうな声があちこちで上がる。
「どうしたのかしら?」
不安そうにシェリルーが見回す。
「明かりの燃料が切れたのかなぁ。……まさか、ゴイルが実は生きていて、復讐に来たとか言わないわよね」
「不吉なことを言ってくれるなぁ、リンネ。もうあいつの相手をするのはごめんだぜ」
ダルウィンは本当にいやそうだ。剣と魔法のダブル攻撃は相当大変だったらしい。
「どうして急に暗くなったのかしら。カード、魔法の気配、してる?」
「……してる」
空を見上げたカードが答えた。その言葉に、リンネ達の血の気が引く。
「ちょっとぉ、こんな所でさっきみたいなことになったら、大勢ケガ人が出るわよ」
「違うよ、リン。あんないやな空気じゃない」
「え、どうして……」
リンネが聞き返そうとした時、辺りに小さな光が幾つも点った。木に、壁に、テーブルに、城全体に。空の星のように小さな、色とりどりの光が無数に点ってゆく。
「ふわぁ……きれい」
光はどんどん増えてゆき、今までとはまた違った明るさになった。
「もしかして、ニルケの魔法なのかしら」
シェリルーの言葉に、カードは頷いた。
「うん、この魔法の気配はニルケのだ。そっか、このパーティでゴイルが魔法を使うとかって言ってたな。きっと、代役でニルケがやることになったんだ」
ニルケがどこでこの魔法をやっているかはわからない。でも、カードの鼻に間違いはないはず。
「光の魔法か。ニルケには合ってるな」
ダルウィンが感心する。
子どもや老人はきれいだと喜び、恋人達はそのロマンティックな色彩に自然とムードが盛り上がる。誰もがこの魔法に魅せられていた。
「こんな中でダンスに誘われないようじゃ、やっぱりあたしも女の子らしくしなきゃいけないかしらね」
リンネは小声でつぶやいたつもりだったが、ダルウィンが耳ざとく聞き付けた。
「お嬢さん、ダンスのお相手を願えますか」
「え? あたし? ……あ、うん……じゃないや、喜んで」
いつの間にか、流れる曲は緩やかな音楽になっていた。他の人達が踊っている所へ入って行くと、二人は手を取って踊り始める。
「今はニルケがいないけどさ、ドジな者同士で踊って来いよ」
カードに背中をドンと押され、バグが慌てる。
「いや、わしなんか」
シェリルーが笑い、それからバグの手を取る。
「いいじゃない。せっかくですもの、踊りましょう」
シェリルーに手を取られ、バグ達も踊りの輪の中へ入った。
「ダルウィン、ダンスは得意なの?」
「知ってるって程度だよ」
そう言う割に、ダルウィンのリードはスマートだ。どこで習ったのだろう。
あたし、ダルウィンのこと、何も知らないんだわ。偶然に出会って、一緒に行動して、終わったら別れて……。彼がどこの人か、どういう人か、聞いたこともなかった。
どうでもいいことのようで、でも急に気になる。
「さっきはあんなこと言ったけどさ」
「え? 何?」
「おとなしくなったら、リンネじゃなくなるよな」
「じゃ、何になるのかしら」
「リンネの抜け殻、かな。リンネはやっぱり元気に動いてる方がいい」
なぜか急に、森でダルウィンがくちづけた額が熱くなったような気がする。
「あたしの元気がなくなるのは、ニルケのテストの時だけよ」
リンネがそう言うと、ダルウィンは吹き出した。言ってからリンネは、しまった、と後悔する。
あたしには、おとなしいのも色っぽいのも似合わないみたい……。
☆☆☆
次の日、リンネ達はラースの街へ戻ることにした。なんせ、リンネは誘拐されたのだ。家ではきっといつも以上に家族が心配しているだろう。
ダルウィンとはダーズの街で別れた。またいつものように放浪するのだ。
リンネはどこへ行くのか聞きたい気がしたが、あえて聞かなかった。きっとまたすぐに会えるような気がしたから。今までだって偶然が重なって会えたのだから、今度もまた会えるだろう。
バグは以前に棲んでいた沼に戻る、と言って飛んで行った。彼もようやく自由の身になれたのだ。これからはのんびりと暮らすだろう。
ニルケはまず、シェリルーをコルドナの街まで移動魔法で送ることにした。まさかここで放って帰れない。彼女だけでまた移動魔法を使わせるのも危険だし、言ってみればラースの街へ帰る道すがらみたいなものだ。
魔法なので、本当にあっという間に着いてしまう。シェリルーにすれば、もう少し一緒にいたいのに、それを魔法が邪魔しているようにすら感じてしまうのだった。
「それじゃ、元気で」
また魔法円が浮かび、その中でニルケ達の姿が薄くなってゆく。
「ニルケ、私……」
じきに消えるという寸前、シェリルーはその魔法円に向かって叫んでいた。
「あなたに会いに行きたかった。あなたが好きですっ」
え? と聞き返したそうなニルケの顔が見えたが、それが最後だった。魔法円はシェリルーの前から完全に消えてしまう。
「聞こえていてもいなくても、いいんです。今度会えたら、もう一度言いますから」
もうそこにはただの地面しかなくても、シェリルーにはニルケの姿が見えていた。
「彼女、何て言ったか聞こえましたか?」
エクサール家に着いて、ニルケはリンネに尋ねた。
ニルケにはシェリルーが何か言っているのは見えていたが、言葉は聞こえなかった。移動が始まってからでは、外の音が途絶えてしまうのだ。彼女は何を言おうとしていたのだろう。
「大切なことだったんじゃないかしら。ニルケ、もう一度コルドナへ行けば?」
シェリルーが言いたいことは、リンネにはわかっている。
でも、自分の口から教える言葉じゃない。あれはシェリルーが直接ニルケに伝えなければ、意味がないのだから。
「あたしは父様達の所へ行かなきゃね。ニルケ、気になるなら本人に聞けばいいじゃない」
「うん、そのままにしておくのってよくないよな。ちゃんと解決しとかないと」
「何だかふたりの言い方に含みがありますね」
「そう?」
リンネとカードの声が重なった。そのままふたりは、さっさとその場を離れて行ってしまう。
どうしようか悩んでる様子のニルケを見て、リンネはたまにはニルケにも悩んでもらわなきゃね、と思いながら父達のいる部屋の方へと走って行った。





