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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第七話 魔界の扉

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バグ

 カードはニルケやダルウィンと合流すると、城で手に入れた情報を二人に話した。

 ゴイルの屋敷の近くで、何か変わったことがないかの見張りをしながらだ。もしもリンネが連れ出されるようなことがあれば、すぐに駆け付けられるように。

「普通の人間なのは間違いないよ。でも、リンをさらったのが魔物だったのも間違いないから、あいつの仲間か手下かにさせたんだ」

「万一の場合に、アリバイを持っていようって腹だな」

「聞いて回った限りでは、ゴイルという魔法使いに悪い噂はないようですね。何かやっていたとしても、ほとんど全てをその魔物にやらせていたという可能性もあります」

 ニルケとダルウィンはあちこちでゴイルの情報がないかと歩き回ったが、これという情報は手に入らなかった。その分、カードの仕入れてきた内容が濃くなる。

「オレが見た感じだと、冷たい顔してんだよな。でも、奴を見た人は、優しそうだって言うんだ。外面がいいんだよ、あいつ。だから、王にも気に入ってもらって、城に入り込めたんだ」

「カード、まだその魔法使いが黒幕と決まった訳じゃありませんから、悪口は言わない方がいいですよ」

 ニルケは別に教師を目指していたのではないが、リンネの家庭教師をするうちにそんな性格になってしまったらしい。時々、説教くさくなる。

「あ、そうだ。本がなくなったって聞いたぜ。それも魔法書が」

 カードは、城で聞いた魔法書紛失の話を二人に聞かせた。

「前の管理者が余程職務怠慢だったのか、ゴイルのでっちあげか。ゴイルがやったとしても、そうやって堂々と報告をすれば、逆に怪しまれないとも言えます」

「それは悪口じゃないの?」

 カードがわざと聞き返す。

「これは憶測です。少なくとも、リンネをさらった魔物は彼の屋敷にいますからね。ぼく達は彼に疑いを抱いてますし、その疑いが正しいという可能性もある、ということですよ」

 カードは肩をすくめ、反撃をあきらめた。

「で、その魔法書をゴイルが盗んだと仮定して、奴は何をする気でいるんだ?」

「カードの聞いてきた内容からして、黒魔術を使うつもりでしょう。白魔術なら、自分の使う魔法で十分通用しますからね」

「で、その黒魔術っていうのは?」

「一言で言えば、呪いの類ですね。憎い相手を傷付けたり、死に至らしめたりする術が多いんです」

「けどさ、自分の魔法を利用すれば、そういうこともできるんじゃないのか?」

 傷付けたければ、カマイタチで皮膚を割くことだってできる。火で火傷させることもできる。殺したいのなら、それ相応の魔法を使えばいい。その気になれば、魔法で人を殺すのは簡単だ。

「そう言われてしまえば、そうなんですけれどね。人を傷付ける術、それも遠くから念によって行うようなものをいうんですよ。それと、黒魔術には邪悪な魔物の類を召喚する方法があるんです。普通の魔法では、そういった特殊なものは無理です。それらを利用して、自分とは別の力で相手を殺すように仕向けるんですよ。ただ……」

「ただ?」

「黒魔術はレベルによって、生け贄が必要なものがあるんです」

 少し沈黙が漂う。

「まさか……」

 ダルウィンがニルケを見た。魔法使いは小さく頷く。

「リンネがそうだという可能性はあります。黒魔術を行うつもりで、その生け贄のためにリンネをさらった……。それと、術の強さによっては生け贄が一人では済まないこともあるんです。リンネだけではないかも知れません。ラースの街を選んだのが無作為だったとして、それは自分の国であまり大勢の人間をさらうと、ことを始める前に騒ぎが大きくなるのを恐れ、よその国へ手を伸ばしたのだということも考えられます」

 ニルケの話を聞いて、ダルウィンは背筋が寒くなった。以前に呪いをかけたがる魔性と遭遇したことはあるが、こちらの方は妙に冷静さを感じる。その冷静さが、周囲を余計に寒くした。

「何だか気持ちの悪い話だな。問題は本当に黒魔術が行われるのかってことと、それがいつなのかってことだ。とにかく、あの屋敷にどうにかして潜入しないと」

「入ったとしても、簡単に出られないぜ。結界が張ってあるんだ。ますます怪しいぜ」

 普通の人間にはまずわからないだろうが、魔法使いやカードのような魔獣が少し注意をすればすぐにわかる。内側から膜が張ってあるような、妙な感覚がするのだ。

「何か方法を考えないと。ぐずぐずしていられないぞ」

 ダルウィンがいらいらしたように髪を掴んだ。

「ニルケ」

 ふいにカードが張り詰めた声を出した。

「どうしました?」

「魔物の臭いだ。こっちへ来る。リンをさらった奴だ、自信ある」

 それを聞いた二人は身体を硬くした。だが、やって来たのは、込めた力が抜けてしまいそうな、のほほんとした顔の太った中年の男だ。

「カード、あれか?」

「外へ出るから、人間の姿になったんだ。あいつだ、リンをさらった魔物は」

「どうする? 取っ捕まえるか?」

「屋敷の前では動きがとりにくいですよ。騒ぎを起こせば、すぐに人が集まります」

「それじゃ、多少のごたごたがあってもみんなが見て見ぬふりをするような、路地裏に誘い込もうぜ」

 カードは簡単に言うと、さっさとその魔物の方へと向かった。

☆☆☆

 バグは買い物袋を抱えて戻って来た。ゴイルの使い魔に買い物を押し付けられたのだ。

 さっき、お皿を数枚割ってしまった。それをさんざんなじられ(それも無表情のくせに言葉はきつく)自分の役割以外のことをさせられていたのだ。それを断る度胸は、相手が魔法使いの単なる使い魔でも、バグにはない。

 だから、おとなしく大量の荷物を持って、やっと戻って来たところだった。これで、この荷物を落とそうものなら、戻った時に何を言われるかわかったものではない。

「おじさん、ちょいと手を貸してもらえない?」

 後ろから声をかけられ、バグは振り向いた。その時に危うく紙袋に入った果物が落ちそうになり、慌てる。

 そこには、少しくせのある黒髪の少年が立っていた。この辺りでは見掛けない顔だ。

「手、と言われてもなぁ。わしはご覧の通り、手がふさがってるんだ」

「おじさんの家はそこの屋敷なんだろ。荷物はその辺に置いておけばいいじゃない」

「あ……そりゃまぁ……」

 強く言われると、反論しきれないのがバグの欠点だ。

「頼むよ。困ってる人がいるんだ」

「わ、わかったよ」

 頼み込まれてバグは断れず、少年と一緒について行くことにした。とりあえず、荷物は抱えたまま。

 少年が向かったのは屋敷を少し離れた所で、路地裏とまではいかないが、人通りは少ない。

「誰が困ってるんだい。どこに……」

 言い掛けてバグは口をつぐむ。陰から二人の男が現れたのを見たのだ。あまり困っているようには見えない。むしろ、よくない雰囲気だ……バグにとって。

「あの……?」

 戸惑ったように、バグは現れた男達を見た。どうしてこんな風に、見知らぬ男達に囲まれなくてはならないのだろう。

「自分の状況はわかるな? お前、自分がやったことを忘れた訳じゃないだろ」

 濃い茶色の髪をした男が口を開いた。

 自分のやったこと。女性を二人もさらってきた。もしかして、この男達は彼女達の身内なのだろうか。どうやってここがわかったのだろう。

 いや、それよりも。

 バグは今、自分がとんでもない状況に陥りかけているのを実感していた。

 相手がどういう素性であれ、バグに友好的な雰囲気は持っていない。それだけはわかった。

「ラースのある屋敷から、少女をさらいましたね。彼女はどこにいるんですか。理由如何では、こちらも考えがあります」

 短い金髪の男が言った。こちらは魔法の気配がする。魔法使いだ。ゴイルだけでなく、別の魔法使いにまでいいようにあしらわれる自分が見える気がするバグだった。

「あの……あの……」

 詰め寄られて、バグはいつも以上に口がきけなくなってしまう。恐怖で持っていた荷物を抱きしめるが、何も状況は変わらない。

「おっさん、リンを連れて空を飛んでたろ。その臭い、覚えてるぜ。違うとは言わせない。オレの鼻に間違いはないからな」

「あ……あの時、追い掛けて来た狼」

 リンネをさらって逃げた時、追い掛けて来る黒い狼の姿はバグも見ていた。それが目の前にいる少年なのだ。

 自分と同じように人間に姿を変えて、あの少女をここまで追って来た。自分と同じ魔物が相手では、とてもしらを切るのは無理だ。

 気の弱いバグは、もうすでに心臓が破裂しそうだった。

「このウロコに見覚えがあるでしょう。元の姿に戻れば、一枚はがれた部分が身体のどこかにあるはずですよ」

 魔法使いは、一枚の透明な緑のウロコを見せた。それは間違いなくラースの屋敷で木につまづき、はがしてしまったバグのウロコだ。

「俺達から逃げ切れると思うなよ。あの子をどうかしようとするんなら、それなりの覚悟があってのことだろうな。リンネに何かしでかそうとするってことは、俺達も相手にするってことなんだぜ」

「全部言いなさい。リンネはあの屋敷にいるんですか。あの子をどうするつもりです」

 男達に詰め寄られ、バグは思わず後ずさる。

「あの……あんた達はリンネやシェリルーの……?」

「リンネだけじゃなく、シェリルーまであそこにいるんですかっ」

 魔法使いの顔色が変わった。

「う、うん……」

「どうしてシェリルーまでが一緒なんだ。彼女は確か、コルドナの街に住んでるんじゃなかったのか?」

「そうだよ。ってことは、こいつ、ラースだけじゃなくてコルドナにも行ってたんだな。おっさん、ルエックの国に何か恨みでもあるんのかよ」

 こうもしっかり囲まれては、とても逃げられない。それに空を飛んで逃げようとしても、今度はこの狼が逃がしてはくれないだろう。

 この前は、少し距離があったから逃げられた。今はこんなに近いし、飛ぼうとしてもすぐに足を掴まれて終わりだ。

 観念し、バグは白状した。拷問にかけられる前にしゃべってしまった方がいい、と思ったのだ。ゴイルも怖いが、今はここにいない。こうして目の前にいる男達の方が、今は危険だ。

 それに、もしかしたら全てを話すことで彼らがゴイルの邪魔をし、ゴイルの思惑をつぶしてくれるかも知れない。さらにはゴイル自身を。

 そうなれば、自由の身になれる。目の前にいる魔法使いは、自分達の身内がさらわれたから今はピリピリしているが、ゴイルにいいようにあしらわれるよりもずっと待遇はましに思われる。

 あくまでもバグの勘だが、ゴイルよりは彼らのそばの方がいい。

 バグはリンネ達に話したことを、彼らにも話す。さっきより少し詳しめに。

 バグはゴイルの部屋に置かれていた本を見て、何気なく手に取ってみた。魔法使いはかなり熱心にそのページを読んでいたらしく、バグが本をぱらぱらとめくるとすぐにそのページが開く。

 そこには、魔界の扉の呼び出し方法が書かれていたのだ。

 その数日前、バグはゴイルに女性をさらってくるように命令された。あの本の内容と関連しているのは明らかだ。

「王室の魔法書を盗んだのは、やっぱりゴイルだったんだな。魔界の扉とは、穏やかじゃないぞ」

「王の心配された通り、黒魔術を使おうということですか」

「おい、その扉を開ける役目にリンを使うのはともかく、それだけじゃ済まないんだろ。魔王を呼び出そうってんなら、魔王への捧げ物がいるはずじゃないか。リン達を差し出すつもりでいるんだろ、そのゴイルって奴は」

 バグは頷いた。本には確かにそう書かれていた。扉を開ける者が、魔王への貢ぎ物となる、と。

 バグは、リンネ達にそこまでは話さなかった。知られるのが怖くて隠したのではない。彼女達を怖がらせたくなかったのだ。真実を知ったところで逃げられる訳ではないし、その日が来るまでずっと怯え続けなければならない。それはあまりにかわいそうだとバグは思ったのだ。

「それって単なる自己満足じゃないのか? 知ろうと知るまいと、行われることは同じだ。お前がリンネ達をさらったことで、彼女達は生け贄になる。それをかわいそうだとか言う権利なんか、お前にはないぜ」

 茶色の髪の男が手厳しいことを言った。

「わしだって、逃げられるもんならとっくに逃げてる。人さらいなんてやってない。だが、ゴイルに利用されるようになってからは、たとえ空を飛べてもずっと足かせをさせてるようなもんなんだ」

「おっさん、魔族としてのプライドはねぇのかよ。人間に軽くあしらわれて。どうにかしてやろうとか、思わない訳?」

「そ、そりゃ、いい気分じゃないさ。でも、腕はあっちの方が上なんだし、抵抗したら殺されるのは簡単に想像がつくよ。……きみも人間と一緒にいるじゃないか」

 どうにか反論しようとする。だが、少年は胸を張って答えた。

「オレは好きで一緒にいるんだ。無理にいさせられてんじゃないや」

 強引に同行させられているのなら、こんな真剣な顔であの少女の話を聞きはしないだろう。バグは相手の言葉に納得した。

「さて、これからどうしましょうか。仮にぼくがあの屋敷の結界を解いたとして、リンネ達を逃がすとしても、恐らく日を改めてゴイルは同じことをしようとするでしょうね。彼女達が助かっても、他の女性が狙われるだけです。根源は元から断たないと」

 魔法使いが腕を組んで考え始めた。

「あの……わしも何か手伝えることがあれば」

「おっさん、自分の主人を裏切るつもり?」

 少年は冷たい目でバグを見た。

「あれは主人じゃない。支配者だ。わしにすれば暴君でしかない」

 バグにしてはいい表現だった。それに、彼らにゴイルのことを話す決心をした時点で、彼ら側につこうと決めていたのだ。

 彼らの実力はどの程度のものなのかはわからないし、危険な賭ではある。だが、これ以上ゴイルにあしらわれるくらいなら、たとえ負けることになっても何かしでかした方が気分もいい。ゴイルのそばはもうたくさんだ。

「あの子達はいい子だ。わしはどんなことを言われてもされても文句は言えない立場なのに、火傷したわしを気遣ってくれた。逃がしてやれるものなら逃がしてやりたい。ずっとそう思ってたんだ」

 バグは火傷をした後、シェリルーが包帯を巻いてくれた足を見せた。包帯をとれば、傷はもう治っている。でも、優しくされたのが嬉しくて、そのままにしてあるのだ。

「わかりました。信じましょう。では、あなたにも手伝ってもらいます。まずは屋敷内の見取り図を描いてもらいましょうか」

 魔法使いの口調が少し優しくなる。バグは喜んで屋敷の中のことを話し始めた。

☆☆☆

 仕事から戻ったゴイルは、自室で例の魔法書を手にしていた。

 いよいよ明日の夜が満月だ。その時に呪文を完璧に唱えなければならない。失敗すれば、どんな力が自分に返ってくるかわからないのだから。

 しかし、ゴイルは自信があった。元々、彼は自分の才能について揺るぎない自信がある。表に出さないだけだ。これみよがしに周りに見せ付けるのは、無能な者がやっていればいい。はしゃぎすぎれば、すぐに足をすくわれる。

 ゴイルはそんなことをされても、逆に相手を掴んで倒し、その反動で自分が立ち上がるくらいはするだろう。だが、すくってやろうと狙う(やから)が多いと、相手をするのが面倒だ。

 そういった足をすくおうとする輩が、こちらが手も足も出ないような存在になってしまえば。魔王から膨大な魔力を得られれば、(ちまた)の魔法使いなどが何人いても、ものの数ではない。アリが象を蹴っ飛ばそうとしてもまるで動かないように、微々たる力でしかなくなる。ゴイルの魔力は一気にふくれあがるのだ。

 王家の図書室でこの本を見付けたのは、偶然だった。

 白魔術と黒魔術の書かれた本。

 そういうものがある、というのは聞いていた。これからゆっくり探せばいい、と思っていたのだが、まるで見付けてくれと言わんばかりに出て来たのだ。

 ゴイルはむさぼるように読んだ。黒魔術の項を特に。

 そこには、彼にとって興味深い術がたくさん書かれていた。

 そして、今回の事件の発端になったページをめくることになる。

 魔王の呼び出し方。正確には、魔界への扉の呼び出し方だ。

 ゴイルも魔王を自分達の住む世界へと呼び出せば、この世界が破滅に導かれるであろうというのは承知していた。だが、ここに載っている方法では、魔王は呼び出せないがその力を受け取ることはできるというのである。

 つまり、自分は安全であり、なおかつ望みがかなえられるという、これ以上はない、というありがたい術なのだ。それも、()()()三人の女を生け贄に差し出すだけでいい。

 ゴイルが見逃すはずがなかった。ゴイルにとって三人の命など、大した数ではない。力を得ても民間人を殺すつもりはないので、この女達は最初で最後の犠牲だ。もちろん、反抗する人間がいなければ、の数字ではあるが。

 明日の満月の夜には、城でパーティが催される。それにはどんな身分の人間も来ていいことになっていた。ゴイルは王からそのパーティを魔法で盛り上げてほしい、などと言われている。みんなに夢を見せるような魔法を、と。

 格好のお披露目場所だ。月が空に浮かんだ時、扉を呼び出す。そして、魔王から与えられた力を城で見せてやるのだ。

 夢ならいくらでも見せてやる。ただし、それは終わらない悪夢だ。

 全ての人間が、ゴイルに平伏す。ワドスの王も。ゴイルの力に誰も立ち向かえないのだから、平伏すしかない。

 他の魔法使い達は、きっと最初は抵抗しようとするだろう。だが、圧倒的な力の差を見せられ、地面に手を付けるのはそんなに時間のかかることではない。

 ゴイルが明日の自分を想像して、わずかに酔いかけていた時。

 扉がノックされた。

「誰だ」

「バグです」

 チッと舌打ちして、ゴイルは本を閉じた。

 あの役立たずは、実行日までもう時間がないというのに、生け贄をまだ二人しか捕らえていない。もし明日の夜までに集まらねば、どこか通りを歩いている女をさらうしかあるまい。一人くらいならこの街で「調達」しても、騒ぎになる前に術を終えられるだろう。

 何をやらせても駄目な奴だ。言うことを聞かせるのは簡単だが、仕事はまともにできたためしがないな。この仕事を最後に、消すとするか。

「入れ」

 ゴイルは入室の許可を与えた。扉が開き、バグが入口で頭を下げている。

「何だ。最後の一人を用意したのか?」

「いえ……ワドスの偉大な魔法使いに会いたい、と申す者がいまして」

「私に会いたい?」

 偉大な魔法使い、としか言ってないのに、自分を差すところはさすがだ。

「何者だ?」

「はぁ、魔法使いの見習い、と申しております。女と子どもを貢ぐので、弟子にしてほしいと」

「ほぅ……」

 弟子になりたい、というだけでただ押し掛けるのではなく、ちゃんと手土産も持参だというのである。悪い気はしない。

 王家に仕えている魔法使いなら立派な魔法を使うだろうし、その教えを請いたい、とやって来る魔法使いの駆け出しもいるだろう……とは前から思っていた。ようやく来たと思ったら、手ぶらではないらしい。それなら、すぐに追い返すこともないだろう。

「会ってやる」

 ゴイルが言い、バグは弟子志願の魔法使いを連れて来るために辞した。

 魔法書を引き出しに隠してからゴイルが広い応接間へ行くと、そこには短い金髪の若い男が立っていた。これが弟子志願らしい。

 男のそばには十五歳前後であろう黒髪の少年と、ベールで頭と顔の下半分を隠した背の高い女がいる。わずかに垂れた濃い茶色の髪と、同じく茶色の瞳しか見えないが、その目元からしてベールの下はなかなかの容姿であろうと思われた。

「お前が私の弟子になりたいと言う見習い魔法使いか。名は?」

「ニルケと申します。ゴイル様の御高名は、国を隔てたルエックの国まで届いております」

 ニルケと名乗った魔法使いが、うやうやしく頭を下げた。

「私は貧しい者ゆえ、ゴイル様に献上する程の金子はございません。代わりと申しましては何ですが、この女と子どもをお受け取りください。子どもは身が軽く、身体の割に力があるので屋敷内の仕事は何でもこなします。女は……きっとお気に召していただけるものと思っております」

「……二人共、わずかに魔法の気配がするが、魔法使いではないのか?」

 さすがにゴイルは鋭かった。王家に仕えるだけのことはある。

「女はダァリィといい、防御の魔法のみが使えます。女の身では危うい場所で育ちましたので、魔術師に習いました。子どもの名はカード。実は狼の魔獣です。が、私が飼い慣らし、命令に従順であるように育てました」

「ほぅ……なるほど」

 ゴイルのそばに、そっとバグが寄ってきた。

「あの女を最後の一人にしてはいかがでしょう。聞いた話では、あの女はまだ男を知らないとか。少しですが魔法も使えますし、条件には合います」

 バグはあちら側には聞こえないよう、ゴイルにささやいた。

「時間があまりありません。わしも探せる自信はありませんし……」

「……いいだろう。向こうから飛び込んで来たのだ。文句もあるまい」

 バグでは、明日の夜までに条件に見合った女を探すのは難しいだろう。ゴイルも、術をかける寸前まで人数が揃わなければ苛立ってしまう。どうせ自分が手を出すのではないのだ。女であればいい。

「バグ、その女は例の部屋へ連れて行け。子どもの方は召使い達の所へ……まさかいきなり狼に戻って襲いかかる、なんてことはないだろうな」

 ゴイルがチラリと疑わしい目付きでニルケを見た。

「幼い頃より手なづけております。絶対服従するようにしてありますので、御安心ください」

「そうか。だが、万一のことがあれば、もちろん責任は取ってもらうぞ」

「はい、わかっております。ですが、そのようなことはないと断言できますので」

 ニルケが請け負い、バグはふたりを連れて部屋を出て行った。

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