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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第七話 魔界の扉

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ガールズトーク

「でね、ニルケがその資料を捜している間に抜け出したの。帰ってからこってり絞られたけど」

「リンネって本当にすごいわね。色々な意味で。ニルケの魔法って、魔法使いの目から見てもすごいレベルなのよ。それを簡単に擦り抜けるなんて」

「だって、ニルケだって人間だもん。完璧じゃないわ。どこかに隙はあるものよ」

「それを見付ける天才って訳ね、あなたは」

 シェリルーは少し苦笑しながら、リンネの話を聞いていた。

 バグがこの部屋に現れたら縛り上げてやろう、とロープになるものを探していたのだが、その役目を果たしてくれそうな代物がない。ベッドにはロープになりえそうなシーツがあるが、引き裂こうとしてもこれがなかなか丈夫。ハサミの類はもちろんない。

 で、あきらめたかと言えば、そうではない。とにかく、バグが来たらイスを叩き付け、気絶した隙に逃げようと計画を変更したのだ。

 イスならここにあるし、小さいがテーブルもある。逃げる時に扉の取っ手に鎖を巻き、さらにそこへシェリルーが簡単に動かないよう魔法をかける。それで時間を稼ごうというのだ。さっきよりもうまくいく……はず。

 計画は整ったが、あとはバグがこの部屋に来るまでは何もできない。

 それで、二人はとりとめのない話をしているのだった。

「シェリルーって、本当にニルケが好きなのね」

「な、何よ、いきなり」

 シェリルーの顔がうっすらと赤く染まる。

「だって、会いたいために移動の魔法なんて使うんだもん。あれってあたし達が思ってるより難しい術なんでしょ」

「ええ。呪文はややこしいし、言うタイミングと動作が合ってないとうまく働かないの」

「そんなのを使うんだもん、シェリルーは本気なのね」

 シェリルーがニルケを好きなのは知っていた。初めて出会った状況が異常なものであったにしろ、彼女がニルケに恋をする要素はそこに十分あったから。

 そして、シェリルーの気持ちはリンネが思っていた以上に熱い。

「こんなドジな魔法使い相手じゃ、笑われるでしょうけど」

「あら、それだって魅力の一つになりえるわ。気にする程じゃないと思う。むしろ、できないから教えてってねだればいいのよ。ニルケはそんなセリフを聞いたら、喜んですぐに教えてくれるわ」

「リンネが私の立場ならすぐに言うでしょうね。でも、私は勇気がないわ」

「どうしてよ。その言葉一つで、好きな人と一緒にいられるんじゃない」

「……リンネは恋をしたことがある?」

「あたし?」

 どうだっただろう。そう問われても、すぐには答えられない。答えられないということは、したことがないのだろうか。

「周りに色んな男性がいたからなぁ、年齢を問わずに。でも……そう聞かれたら、ないかも」

 家には父、弟、ニルケ。エクサール家に仕えてくれる使用人達。街の中では、様々な職人にその子ども達。大道芸人や職を持たず、あちこち遊び回る若者。

 好きか、と尋ねられれば、みんな好きだ。でも、恋と呼べる感情は持っていない。

「彼は? ほら、あなたやカードと一緒にいた男性。ダルウィン、だったかしら」

「ダルウィン? 意識はしたことないけど。面白い人だし、常識的なようで実はあたしに似てたりするのよね。あたしが首を突っ込んでしまう事件って、大抵魔物とかが絡んでたりするのよ。それなのに、同じ様に首を突っ込むんだから」

 よく考えてみれば、リンネはダルウィンに命を助けてもらったことが一度ならずあった。

 トーカの山の中で。魔物がいるソイル島で。シーナの森で。カティの砂漠で。

 彼がいてくれたおかげで危機を脱したり、物事がいい方向へと進んだこともあった。

 そういえば、こんなことがあったんだっけ……。

 ニルケが魔性にさらわれ、シーナの街へ向かう途中の山でダルウィンに出会った。あの時、ダルウィンはリンネを女の子扱いした。いつもの元気な女の子ではなく、普通の女の子として。

 無理をして突っ走ろうとするリンネを、彼は止めたのだ。ヤワじゃない、と突っぱねたリンネに「十分ヤワだよ」と言って。

 あの時は必死だったから、何とも思わなかった。むしろ、こんな時にそんな悠長なことを言って、と腹立たしくすら思ったりした。

 でも、ダルウィンの目にはリンネはやっぱり女の子で、それがあの言葉だったのだろう。もしかしたら、まともに女の子扱いされたのは初めてかも知れない。

 いつも周りに「女の子なんだから」とは言われるが、それは生まれ落ちた性として見ているだけ。世間の常識にあてはめようとしていただけだ。

 でも、ダルウィンは自分よりも弱い「女の子」としてリンネを見てくれた。それはきっと……初めてのこと。

 考えてみれば、ああいう人ってあたしの周りにいなかったよね……。

「恋をするとね、人は臆病になったりするものよ。普段は強いことが言えても、目の前にいる相手が好きな人だと、言えるはずの言葉も宙に浮く時があるの」

「それは聞いたことある。どうしてかなっていつも思うんだけど」

「リンネも好きな人ができればわかるわ。……でも、リンネはいつもリンネらしいような気もするけど」

 ふいにリンネが指を口元に持っていった。それを見てシェリルーは話すのをやめる。

「来たの?」

「みたい。足音がしてる。計画通りにいきましょ」

 リンネは立ち上がると、イスを持ち上げて扉のそばに立った。これで扉が開いてバグが入って来たら、後ろからブン殴るつもりでいる。

 二人共姿が見えないとわずかでも警戒するだろうから、シェリルーは部屋の入口からすぐに見える位置にいた。しかし、シェリルーもイスの後ろに立ち、リンネが最初の攻撃をしたら、次にシェリルーも同じことをするつもりだ。

 足音が近付き、やがて部屋の外で鍵を開ける音がした。やはりバグが来たらしい。

 がちゃがちゃと、鍵を外しているらしい音。その後で取っ手部分に巻き付けた鎖を外す音がしているのだが、どうやら手こずっているらしい。

「自分でかけたくせに、自分が手間取ってどうするのよ」

 バグの不器用さに、リンネも少々あきれた。

 ようやく扉が開いた。やっと全てが取り外せたらしい。

「食事を持って来たよ」

 言いながら入って来たバグに向かい、リンネはイスを頭上に振り上げ、思いっ切り叩き付け……ようとした。

「うわったった……」

 が、リンネのイスは空振りする。最初は悟られてしまったのか、と思った。そうなれば、今度はこっちが無事では済まない。

 しかし、そうではなかった。バグが何もない入口でつまづいてしまい、リンネが狙いをつけたところを偶然にすり抜けてしまったのだ。

 スープやパンを載せていたトレイが傾いた。バグが無理にバランスを取ろうとしたために、スープの皿が自分の方へすべってしまい、足にかかる。

「あちゃーっ! あちあち」

 もうブン殴るどころじゃない。バグが慌て、それにつられて二人も慌てる。

「あー、何をしてるのよ。ほら、早く水に」

 入って来る時は人間の姿だったバグだが、熱いスープをひっかけて元の魔物姿に戻ってしまう。だが、そんなことを気にしている余裕は、地下室にいる誰も持っていない。

 火傷は人間でも慌てがちだが、バグも大慌てである。端からその様子を見ていると、とても魔物とは思えない。そのせいで、二人は火傷をした彼を見て慌ててしまったのだ。

 リンネはバグを引っ張って、トイレの横にある洗面台へ連れて行った。そこで水を出し、スープがかかった足を冷やしてやる。短い足を台の上に乗せるのは大変だったが、バグは羽ばたいて身体を軽く浮かせたので、どうにかうまくいった。

「あなた、水の魔物でしょ。熱は平気なんじゃないの?」

「属性だけで言えばそうだけど……水の魔物でも、熱いのは苦手なんだよ」

「そういうものなの? ねぇ、氷はあるかしら。こんな屋敷なら、どこかから調達もできるでしょ? しばらく冷やして置いた方がいいわよ」

 一方で、シェリルーが床に落ちて割れたお皿を片付け、さらにはその破片を使ってシーツを割いていた。それで包帯を作る。

「あらー、シェリルーって器用ね」

「魔法以外のことなら、結構上手いのよ。さ、座って。ぬれた布をあてて、包帯を巻いておけば何もしないよりはいいはずよ。人間よりも治りは早いでしょうしね」

 別の布を水にひたして火傷部分にあて、シェリルーは少し緩めに包帯を巻いた。

「ありがとう……ありがとう……。本当なら、この隙に逃げられてもわしには文句なんか言えないのに、手当てまでしてもらって……」

 そう言われてから、二人は気付いた。バグ自身が隙を与えてくれたのに、利用しなかったのだ。

 さっきの間なら、充分に逃げる時間はあっただろう。リンネが冷やさなければ、きっと今頃はまだわめいているに違いない。

「私達、悪党にはなれないわね」

 今更イスでバグを殴る気にもなれない。完全に拍子抜けしてしまった。まさかこれが演技ではないだろう。

「どうなるかと思ったよ。本当にありがとう」

「ねぇ、お礼はいいから……お礼を言う代わりにあたし達を逃がしてもらえない? あの結界を解いて。そうしてもらえると嬉しいんだけど」

「う……ん、わしもそうしたいんだけど」

「じゃ、そうしようよ」

 リンネは簡単に言う。これでバグがうんと言おうものなら、すぐにでもここから出る気でいた。とにかく地下室を、この屋敷を出られればいいのだ。後はどうとでもなる。

「駄目なんだ、ごめんよ」

 バグはなかなか手強い。首を縦に振ってくれないのだ。

「どうしてよ。どうしてあたし達がここにいなきゃいけないの」

「ここの主人が今度使う魔法に、どうしても女性が必要なんだよ。それに……二人を逃がしたら、わしがひどく怒られるんだ」

「ひどく? でも私達の状態だって、ひどいものだと思わない? 太陽の光も当たらない所に閉じ込められてるのに。だいたい、女性が必要な魔法って何なの」

 バグが主人に叱られようが、こっちの知ったことではない。だいたい、命令しているのがバグの主人だとすれば、叱られるどころか役人に捕まることをしているのだ。遠慮する義理はない。

「あの……実は……」

 バグはしばらく口ごもっていたが、ぽつぽつ話し出した。手当てをしてもらって、その分だけでも返したいと思ったのだろうか。少なくとも、人質に優しくされていい方向に気持ちが動いているのは確かだろう。

「ゴイルは……あ、これ魔法使いの名前なんだけどね、魔王を呼び出すつもりでいるんだ」

 バグの言葉に、シェリルーが息を飲む。

「魔王? それって魔界の王ってことでしょ。どうやって呼び出すの」

 王と呼ぶからには、まして魔界の王であるなら、その魔力はとんでもない。前に遭ったような魔性とは比べものにならない存在。悪魔の中の悪魔、みたいなものだ。魔王と対抗することができるのは、たぶん神か勇者だけだろう。

 とにかく、そんなことをするなんて正気の沙汰ではない。

「魔界に通じる扉をまず呼び出してね、それをきみ達が開けるんだ。あと一人いるんだけどね。開ける役の人間が魔法が使えれば、さらにいいらしいよ」

「だから、シェリルーをさらったのね。でも、どうしてあたしまでさらったの。あたしは魔法なんてものは使えないのよ」

「うん……そうみたいだね。あの時は魔法の気配がしたような気がしたんだけど。また失敗したみたいだ」

 リンネはカードやニルケの魔法の気配をバグが間違えたのだとは思ったが、黙っていた。バグはどうやらリンネ達を逃がしてくれるつもりはないらしいから、リンネが話すことはない。

 もしバグが主人に、ゴイルというらしいが、話したらきっとその魔法使いもふたりが来るのを警戒し、彼らにひどいことをするかも知れないのだ。

「それで、その扉を呼び出すのは、いつにするつもりなのよ」

 その魔法が行われるまで、リンネ達はここにいなければならないことになる。ずっと先の話だったりしたら、帰れるのも先。

「ゴイルは次の満月にって言ってるんだ。早くもう一人探して来ないと」

「ゴイルは魔王を呼び出して、どうするつもりなの? 私にも詳しいことはわからないけれど、もしかしたら殺されてしまう危険だってあるはずよ」

「あ、魔王そのものを呼び出すんじゃないよ。実際には魔界に通じる扉だけ。そこから直接魔王がこちらの世界へ来ることはないらしいよ」

「それでっ、目的は何なのよっ」

 リンネがいらいらしたように答えを促す。

「あ……の、きっとワドスの国を支配したいんだと思う。そのために、もっと強い魔法力が備わるように魔王に願うんだ」

「……魔界の王なら、一介の魔法使いに魔力を与えることも簡単だわ」

「だけど、そんなすごい魔王が、ただの魔法使いに魔力なんかくれるものなの?」

「それについては、別に考えるんじゃないかな。ごめんね。次の満月は二日後なんだ。気分のいい部屋じゃないのはわかってるけど、それまでがまんしておくれね。わし自身の家だったら、もっといい部屋にいさせてあげられるんだけど……」

 大きな身体を縮めながら、バグは謝る。彼のせいではないが、地下室にずっといるのは面白くない。

「ねぇ、とりあえず、食事を持って来てもらえる? あたし、おなかすいちゃった」

「あ、そ、そうだね。新しいのを持って来るよ」

 バグは火傷した足を少しひきずりながら、部屋を出て行った。お皿のかけらが乗ったトレイを持って上へ行ったが、しばらくして食器が床に落ちたような音が地下室まで聞こえてきた。

「また転んだみたいね……」

 シェリルーがあきれたように言い、リンネは苦笑する。

 バグは扉を開けたままで上に行った。逃げられる、とは思っていないのか、単に忘れただけか。

 どちらにしろ、リンネ達はもう逃げる気が失せた。それに、上へ行けばバグがいるから、またすぐに捕まってしまう。結界だって張ったままだろうし、屋敷の外へ出るのはやっぱり難しい。

「さっきのバグの話、本当だと思う?」

 リンネはシェリルーに意見を求めた。

「あの魔物、嘘をつくようには見えないわ。と言うより、嘘を言ってもすぐに顔に出て、相手に悟られるタイプじゃないかしら」

 つまり、シェリルーは本当だと思っている。ということは、二人は魔界の扉を開く役をさせられるということだ。

「バグは、魔法使いがワドスを支配したいんじゃないかって言ってたわよね。でも、そんな力を持った人間が、一つの国で満足するとは思えないわ。東西南北に手を広げて、いつか世界を支配してやるってことになるわよ、きっと。私ならそうするもの」

「うん、あたしもそう思う」

 充分にありえる話だ。どれだけの魔力を欲しているのか知らないが、魔王を呼び出してまで得ようとする力なのだから、相当なもののはず。それがワドスの国一つだけでおさまるとは思えない。

「ねぇ、魔王に力をもらうんだから、きっと相手も何か要求するんじゃないの? バグは何か考えてる、なんて言ってたけど」

「ええ、それなのよね。何かって言われても、それが問題なのよ。魔王が人間の使う金銭を要求なんてしないでしょうし、ああいう場合は生け贄が用意されるのが相場だわ」

 シェリルーがそう言ってから、二人はお互い顔を見合わせた。

「もしかして……あたし達?」

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