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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第一話 リンネの旅
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待ち人は盗賊

 夕食をさっさと終え、リンネは自分の部屋へと引っ込んだ。

 疲れたから、と言えば、それでニルケも何も言わない。カードはしっかり食べた後、散歩してくると行って外へ出る。主人が危ないからと止めたが、カードは平気だと笑って出て行った。カードの正体を知っているニルケは、別に注意することもなく見送る。

 一方、先に部屋へ戻ったリンネが何をしていたかと言えば……窓から外へ抜け出していた。

 リンネの部屋は一階なので、出るのは簡単だ。もし二階だったとしても、ロープの代わりになるものがあれば、リンネはいくらでも抜け出せる。普段の行いが知れるというものだ。

 部屋を出る前に、ベッドの中へ荷物を入れてふくらませ、いかにも人が寝ているようにしておく。もしニルケが見回りで入って来ても、明かりを消してあればどうにかごまかせるだろう。

 リンネのいた部屋は、通りには面していない。窓の外は小さな畑になっていた。仕入れる以外にも、この宿ではこの畑で採れる作物を使って料理をしているのだ。客室から見えるのが手入れされた庭ではなく畑、という部分が、大きな街の本当に高級な宿とは違うところである。

 畑の一角には、色々な野菜が実を付けていた。これを一つ二つポケットに入れて、盗賊が来た時にぶつけてやろうか、なんてことも考えたが、食べるものを粗末にしてはいけないと思い直してやめる。それに、これは人様のものだ。

 この葉っぱ、何だろ。

 ほとんど光のない中で、見たことのない形の葉を見付けてリンネはそれを手にした。

 においをかいでみると、ツンとしたにおいが鼻につく。どうやら香辛料の類らしい。強いにおいに、もう少しでむせそうになる。

 これは直接かぐものじゃないな、とリンネは葉を捨てたが、手ににおいが付いてしまった。

 ま、いいや。毒じゃないし。

 リンネは表の通りへと出た。夜と言ってもまだそんなに遅い時間ではないのに、通りに並ぶ店は全て閉められていて閑散としたものだ。人の気配がほとんど感じられない。街灯もほとんど消えていた。

 光がもれている窓もあるが、ほぼ雨戸がしっかりと閉められているようで、その様子は不気味にすら思える。生暖かい風が吹いて、余計に気持ち悪い。物の怪でも出そうだ。

 玄関から、食事を済ませたカードが出て来る。堂々としたものだ。旅先にも関わらず、窓から抜け出るようなことをしている自分がちょっと悲しい。

「カード」

 リンネが呼ぶと、カードは何気ない素振りでこちらへ来た。

「何か持ってる? ツンとしたにおいがするけど」

 さすがによく鼻が利く。リンネは手を鼻の近くへ持っていかないとにおわないが、カードにはわかるらしい。

「あは。香辛料の素になる植物を触ったみたい。後でちゃんと洗うわ」

「そっか。ダルは?」

「まだみたいよ」

 結局ダルウィンも、この計画に一枚かむことになっている。

「女の子が盗賊相手にどうするのかってところを見てみたい」

 というのが、彼の動機らしい。

「先にやれることだけやっておこうよ」

 リンネは細い糸をポケットから出す。それから、部屋を出る時に持って来た大きめの紙袋を二枚。

「何すんの?」

「この糸を通りに渡しておくの。盗賊が通ったら触れるように。で、両端にふくらませた紙袋を付けておいてね、糸が引っ張られると破裂するように細工しておくの。馬ってね、大きい身体してるくせに、結構臆病なのよ。大きな音がしてちょっとでも暴れてくれれば、乗ってる盗賊が落ちるかも知れないじゃない。そこをガツンとやるの」

「なかなか過激なことを考えるお嬢さんだな」

 また後ろから別の声。今回はわかる。ダルウィンだ。

「過激かしら」

 振り返りながら尋ねる。言ってみれば、ふくらんだ紙袋をパンッと破裂させるだけだ。

「やり方はともかく、ガツンとやる、なんて女の子は言わないぞ」

「いいのよ、別に。男に生まれていれば、なんてことはいつも言われてるんだし」

 弟のラグアードと性格が逆ならば、など、何回言われたか数えるのも面倒になった。

「そうだろうな」

 ダルウィンは笑いながら、あっさり納得した。

「まぁ、音で馬を驚かすって方法は確かにうまくいきそうだ。どうせどんな物音がしたって、街の連中は出て来ようとはしないだろうし、気を遣う必要はないか」

 ダルウィンはリンネの手を掴み、その手に何かおはじきのようなものをいくつか落とした。小石よりも少し大きいだろうか。でも、小石ではない。

「それを地面に強く叩き付けると、派手な音がする。たぶん、紙袋よりもずっといい音がするぞ」

「魔法なの?」

「いや、魔法じゃない。ちょっとしたおもちゃさ。リンネもびっくりするかも知れないが、それでもいいか?」

「うん。面白そう」

 リンネに怖い、などという文字はない。新しいおもちゃなど、大歓迎だ。暗いのでわからないだろうが、リンネの目はきらきらしている。

「カードも持つ?」

「いや、オレはいいよ。馬を驚かすなら、声だけで充分」

 狼の吠える声などを聞いたら、馬も慌てるだろう。それに乗っている人間も。

 馬に罪はないし、かわいそうだが仕方ない。なるたけ馬にケガをさせたくないとは思っている。

「あとは盗賊がやって来るのを待つばかりね」

「リン、本当に今夜来なかったらどうするんだ?」

 まさかニルケに、もう一晩泊まりたい、なんて言えない。言ったところで、反対されるのは目に見えた。うまい言い訳も見付からないし、すぐに見破られる。

「もし来なかったら実際のところ、どうしようもないのよね。帰りはいつもの行程から考えて、きっとここには泊まらないで通過するだろうし。だから今夜来てくれないと、あたしが困る」

 盗賊にすれば、知ったことではない。

「空が曇ってるな」

 ダルウィンが空を見上げた。月はもちろんないし、星も雲に隠されてしまってほとんど見えない。

「これだけ暗いと顔もわかりにくいし、盗賊にすれば絶好の盗み日和じゃないか?」

「そう願ってるわ」

 よく考えてみれば、おかしなことを願っている、と思わなくもない。

「兄貴はこんなことしてるの、知ってるのか?」

「兄貴?」

「食事の時、一緒にいたろ」

 ニルケのことを言っているらしい。

「ああ、ニルケはお兄ちゃんじゃないわ。あたしの家庭教師よ」

「へぇ、家庭教師がついてるのか。じゃ、リンネはそれなりにお嬢様な訳だ。あの宿に泊まる時点で、単なる旅行者じゃないとは思っていたけど」

「そう見えないっていうのは、言わなくてもわかってるわよ」

 横でカードがけたけた笑う。

「リンはおとなしくしていれば、それらしく見えるのにな。ニルケがこれまでにしてきた苦労、わかる気がするよ」

「でもね、ニルケって静かそうな顔してても、あたしがちょっかい出すとしっかり反撃してくるのよ。面白いんだから」

 ニルケが聞いたら怒りそうなことを、リンネは平気で言う。もっとも、そばにいても言うことは多い。

「困った生徒だ。こんなことしてるのがバレたら、せんせーに叱られるぞ」

「大丈夫よ。もう寝たと思ってるはずだから」

 ほんのわずかな不安はあるが、ニルケもリンネが寝たかどうかのチェックなんていちいちしないだろう。

「リンっていつもこんなことしてるのか?」

「勉強させられてる以外で何をしてると聞かれると、答えに詰まるわ」

 別にいつも泥棒退治しているのではないが、お嬢様らしく編み物をしたり読書をしたりはしていない、ということだけははっきり言える。

「あれ、カードはリンネと一緒にいるんじゃないのか?」

「うん、今日からね」

「へ?」

 リンネの答えにダルウィンが首を傾げる。

「色々あって、リンに助けてもらったんだ。それが今日の昼前頃だったけ。で、それから一緒にくっついてんの」

 つまり、ここにいるメンバーは全員が初対面、ということになる。

「リンネって、色んなことに首を突っ込むのが好きそうだな」

「うん、オレもそう思う」

「好きそう、じゃなく、好きなのよ」

 しなくていい訂正を、リンネ本人がした。

☆☆☆

 どれくらいの時間が過ぎただろう。

 暗い中で待っていると、退屈だし、時間が本当に過ぎているのか疑わしくなってくる。

 だいたい、リンネはじっと待つのが苦手だ。かといって、今は動き回ることもできない。建物の影に身を潜めて、盗賊がやって来るのをひたすら待つだけ。

「遅いわね」

「待ち合わせをしているんじゃないからな」

 ダルウィンがしごくまともなことを言う。

「もうトーカの街へ来る気がなくなったのかしら。冗談じゃないわ。もうトーカはやめて、他の街まで荒らそうってつもりじゃないでしょうね」

「そう一人で結論を出すなって。だいたい、盗賊ってものは夜更けに来るのが常だろ」

「そうかも知れないけど……待つ間ってつまんないわ」

 空に星でもあれば、ひまつぶしに数えることもできるが、雲が邪魔して見えない。

「こんな暗い所で、何の勉強をするつもりですか」

 後ろから声をかけられ、リンネはビクッとなる。

「あ……ニルケ。どうしてわかったの?」

 そこに立っていたのは、もちろんニルケだ。腕を組み、リンネを見る目がちょっと冷たい。これはかなり怒っている。

「あまりに早く部屋へ戻ったからですよ。カードは散歩へ出ると言ったまま、戻って来ない。ふたりで何かたくらんでいることくらい、すぐにわかります。部屋へ行くと案の定、ベッドに細工がしてありましたからね」

 まさか、カードがいないから、ということでバレてしまうとは思ってなかった。やっぱりニルケは侮れない。リンネの行動はしっかり読まれていた。

「何を考えてるんですか、あなたは。抜け出すにも程があります」

「だってニルケに話したら、怒るじゃない」

「当たり前です。相手はリンネがいつも一緒にいるような子どもや、気のいい人達じゃないんですよ。もしものことがあったらどうするんです」

 夜ということもあって声は抑えられているが、怒りは十分に伝わってくる。

「大丈夫よぉ、そんなに心配しなくても」

 あくまで気楽なリンネに、ニルケは頭を抱えた。

「まぁ、せんせ。とりあえずは俺が面倒見てやるよ」

「あなたは?」

「俺はダルウィン。話を聞いてるうちに、リンネに付き合うことになったんだ」

「あなたも年長者なら、彼女の行いを止めてください」

「言って止まるようならやってたけど、すぐに無理だってわかったからな」

 その言葉に、納得してしまうニルケであった。いつもそばにいる自分ができないのだから、初対面の人間にリンネの行動を止めろと言う方が無理だ。

「強引に止めるより、いっそぎりぎりまでやった方がいいかなって。危なくなったら、抱きかかえて宿屋へ逃げ込むつもりだったんだ」

「ダルウィンってば、のりのりで来てくれたんじゃなかったの?」

「少なくとも、のりのりではないな。俺だって、余計な危険は避けたい派だ」

「もしかして、さっきくれた音が出るっておもちゃ、にせものとか?」

「いや、あれは本当に音が出る。ただし、あれはどちらかと言えば、逃げる時に相手を驚かせて、一瞬でも足をすくませるための用意ってところだな」

「えー、逃げるためだったのぉ」

「無計画なリンネとは違う、ということです。で、カードはすぐリンネの話にのったんでしょう」

「あれ、わかった?」

 悪びれもせず、カードは笑った。

「言ったでしょう。リンネに似てますからね、きみは」

「けど、もう止めるのは遅いぜ。お客が来たみたいだ」

 カードの耳は、遠くで複数の馬が地を蹴る音を聞き取っていた。

「オレ、あっちの方で待機してる」

 カードは少年から狼に姿を変え、黒い毛並みはすぐに暗闇の中へと溶け込んだ。

「あいつ、魔獣だったのか……」

 目の前のできごとに、ダルウィンは驚きを隠せない。声だけで十分驚かせる、と話していたのも、これを見て納得した。

「あら、言わなかった?」

「聞いてないぞ、そんなこと」

「魔獣を助けるって、何をやったんだ」

「大したことはしてないわよ。檻から出してあげただけ」

「檻って……」

 言ってる間に、彼らの耳にも馬の蹄の音が聞こえてきた。

「ね、ニルケもここまで来たんだから、協力してよ」

「戒めの魔法を使えと言うんですか? 前に言いましたが、ぼくの魔法はまだそんなに拘束力はありませんよ」

「いいのよ。半分くらい、何とかしてくれればそれで」

 盗賊はもうそこまで迫って来ている。今更力づくでリンネを連れ戻す、というのはまず無理。こうなったら、リンネに危険が及ばないようにするしかないではないか。

 宿屋の主人が盗賊の話をしてリンネがこちらを見た時、ニルケは最終的にこうなるような気はしていたのだ。もしもの時のために魔法書を読んではいたのだが、こういう状況にはなってほしくなかった。

 まず間違いなく空しい願いだ、と思いながら。

 何だかリンネの術中にはまっている気のするニルケだった。

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