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お嬢様にピンチなし  作者: 碧衣 奈美
第七話 魔界の扉

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潜入

 ニルケとカードは、移動魔法で南へと移動した。目的地はワドスの国だ。

 国のほぼ中央に位置する街ダーズ。ここは北にあるルエックから国を一つ超えた所にある街だ。同じ季節でも、やはり南に位置するだけあってラースの街より暖かい。

 魔物がエクサール家に残したウロコを頼りに、ふたりはここへとたどり着いた。さらに詳しくわかるように魔法をかけ、ダーズの街を歩き回ってある屋敷まで来る。

 立派な屋敷だ。外から見る限り、エクサール家と変わらない。この街の名士か、貴族か、とにかく身分のいい人の家なのだろう。大きな屋敷に広い庭、それを囲む壁。鉄の門扉から中を覗けば、噴水が見える。

「ここ? リンをさらった奴、こんな屋敷に住んでるくせに、人さらいなんて趣味があるのか」

「趣味、というんでしょうか……。リンネについてはまだはっきりしませんが、このウロコの持ち主がここにいる、ということは確かですね」

 ニルケの魔法では、この屋敷の中にウロコの持ち主である魔物がいるはずだ。

「このウロコと同時に、リンの髪を使って探索の魔法を使えばよかったな」

 ここへ来るまでに、カードがつぶやいた言葉である。

 慌てていたせいで、ふたりはそこまで頭が回らなかったのだ。魔物の行き先も大切だが、リンネの居場所も大切なのに。

 魔物がリンネのそばを離れることだってあるというのに、魔物のそばにリンネがいる、ということだけしか考えていなかった。

 直接リンネのいる所へ向かい、ひとまず安全な場所へ移動させてから魔物と対峙する……という形を取ればよかった、とこの街へ来てから気付いた。やはり慌てると冷静な判断ができなくなるものだ。

「この魔物の所へ、と言いたいところですが、相手がどんな力を持っているかまだわかりません。うかつに乗り込むのは危険ですね。相手がカードの言うように、人をさらう趣味なんてものを本当に持っているのであれば、リンネ以外にさらわれた人がいるかも知れません。リンネはうまく逃げるでしょうが、その人もそうだとは限りませんからね」

 魔物がいるくらいだから、中をこっそり調べるのはまずいだろう。とりあえず、この屋敷が誰のものなのかを探ることにした。少しでも相手のことを知らなければならない。

 ここへたどり着いたのは夜明け前だったので、少し休んでおく。

 街の中、それも家の中でさらうということは、喰うためではないだろう。それなら、山道や森を通る旅人や行商人を襲った方が早い。内容はわからないが、何かしらの利用目的があると思われる。すぐにでも見付けたいところだが、恐らく今まさに命の危機が……ということはないはず。

 夜が明けると、まずは街の人間を掴まえる。早朝に散歩している旅行者のようなふりをして、この立派な屋敷は誰のものかと尋ねた。

「ここは魔法使いのお屋敷ですよ。魔法使いゴイルのね」

 近くを通り掛かったおばさんに聞くと、そう教えてくれた。

「魔法使い? この国では、魔法使いがこんな立派な屋敷を持てるんですか?」

「ああ、普通の魔法使いなら無理でしょうけどね。ゴイルは王家に仕える魔法使いだから、それなりの身分って訳よ。でなきゃ、貴族でもないのに、こんなお屋敷に住めるはずないじゃない」

 ますますわからなくなってきた。どうして王家に仕えるような魔法使いが、人さらいなどをするのだろう。

 おばさんに礼を言い、他の人にも念のために聞いてみるが、似たような答えだった。腕のいい、王家に仕える魔法使い、という情報しか入ってこない。

「ニルケ、リンじゃないけど、見慣れた奴がいる」

 人々の情報を頭の中でまとめているニルケに、カードが声をかけた。

「ラースでもないのに、見慣れた人がいるんですか?」

「ほら、あそこ」

 カードが指差す方向を見ると、濃い茶色の髪を後ろで軽く束ねた後ろ姿の男。確かに見覚えがある。

 カードは軽い足取りでそちらへ走り、声をかけた。歩いていた男が振り返ると、間違いなく知った人物。ダルウィンだ。

「カードじゃないか。何だよ、この前別れたばっかだってのに」

「同じ言葉をそっちに返すよ」

 ダルウィンは、リンネがよその国へ行く度になぜか出会ってしまう若者である。

 彼はパズート大陸の国々を放浪しているらしいのだが、彼の行く所へうまい具合にリンネ達が出向き、ばったりと出会うのだ。出会うだけでなく、その後は何だかんだでしばらく行動を共にする。もちろん、単なる観光ではない。

 これまでもリンネは色々な国で何かしらの事件に遭遇してきたが、必ずと言っていい程彼も同じように巻き込まれる。それも自分から。リンネと同じく、彼も物好きであるらしい。考えようによってはリンネ以上か。

 一ヶ月程前にも、よその国で魔性が関わることにリンネが首を突っ込み、同じように彼も首を突っ込んだ。ダルウィンは剣の使い手で、彼のおかげでリンネは助けられていることも多い。

「よう、ニルケもちゃんといるんだな。……元気娘は?」

 今まで最初に会っていたのはリンネだ。なのに、いつも一番に会うリンネの姿が今日はない。

「別の所を歩き回ってるのか?」

 リンネならありえる。よその街へ来たら、一人ででもあっちこっちと歩き回るだろう。

「そうだったらよかったんですけれどね。厄介なことが起こったんですよ。あ……まぁ、いつも厄介をしょいこんでますが」

「でも、いつもよりもう少しだけ厄介なんだ」

 ふたりの言葉に、ダルウィンは首を傾げる。ニルケはこれまでのことを手短に説明した。

「リンネをさらうだって? 恐ろしいことをする奴がいたもんだ」

 ダルウィンの言葉も、ニルケやカードと変わらない。

「で、さらった奴はもうわかったんだろ?」

「さらった魔物の居場所はね。そこはワドスの王家に仕える魔法使いの屋敷らしいんです。でも、リンネをさらったのは魔物でした。魔物がその魔法使いに取って代わっているかも知れないし、その魔法使いが術で魔物を呼び出したということもあります。不用意に踏み込むのは少し危険なんですよ。これから相手にするのが魔物なのか、魔法使いなのか」

「確かにいつもより厄介かもな。やり方を間違うと、役人に追われるってこともありえる。相手が王家召し抱えの魔法使いだと」

 こちらが王家に仕える魔法使いを疑っている、ということを知られてしまえば、きっと役人に調べを受けることになるだろう。なぜ嗅ぎ回るのか、と。

 ウロコを証拠として出しても、その魔法使いが黒幕であるなら、こちらが捏造したとでも言いかねない。

 それに、相手にこちらの存在を知られることで、リンネの命が今以上に危うくなってしまう。それだけはあってはならない。

「よし、オレが城に忍び込む」

 カードが突然そんなことを言った。

「城に? そこでゴイルのことを調べるつもりですか?」

「魔法使いに捕まらない限り、誰かに見付かるようなドジはしないよ」

 カードなら、身が軽いから忍び込むのも簡単だろう。見付かったとしても、狼の姿で陰に隠れてしまえば追っ手の目もごまかせる。

「じゃ、俺達はもう少し実のある情報が転がってないか、聞き込みをやろうぜ」

「俺達?」

 ニルケが聞き返す。

「こんな話をしておいて、まさか俺抜きで解決させようってつもりじゃないだろ。ふたりに会って、リンネには会わないままってのも淋しいしさ」

 半分こちらが巻き込んだようなものだが、やはり今回もダルウィンは首を突っ込むようである。

☆☆☆

 王家に仕える魔法使いのゴイルは、冷淡な性格をしていた。

 もちろん、自分の本性を王の前で出すことはない。人当たりのいい顔で周囲の人間と会話をし、城や街を歩く。その様子から、彼の本当の性格を見抜いている人はいないだろう。

 彼の年齢をはっきり知る者はいないが、外見から三十前後と思われる。切れ長で薄青の瞳や、整った顔立ちをふちどる真っ直ぐなプラチナブロンドの髪は、城にいる女性の目を引いた。愛想のいい顔をしながら、しかし、彼は誰の誘いにものらない。

 ワドスの王が魔法使いを召し抱えたいと考えているのを知ると、さりげなく自分を売り込み、周りが気付く頃には王家に仕えるようになっていた。

 王家に仕えたいと思っていた他の魔法使い達は、ゴイルが何か術でもかけて王に取り入ったのではないか、と陰口をたたいたが、真実は定かでない。ただ、王がゴイルを気に入っているのは事実である。

 普段、ゴイルは王室の図書室で本の整理をしたり、事務処理の仕事をしている。魔法使いとは言っても、地味なものだ。

 王家に仕えるくらいなので、腕はいい。魔法を使う仕事を命令・指示されればこなすこともできた。

 仕事内容など、ゴイルはどうでもいいのだ。彼は王家に仕える、という肩書きがほしかっただけ。それによって得られる金が欲しかっただけ。

 その時までは。

 王室の図書室に置かれている一冊の魔法書を手にした時、ゴイルの中に静かな野望が満ちた。禁書扱いだったが、ゴイルはそんなことなど構っていない。

 そこには、魔王を呼び出す方法が書かれていた。

 魔王を呼び出し、その力を得ることができれば……。

 強い魔力を持つということは、魔法使いにとって最大の望みだろう。

 現在、ゴイルは王に仕えることで屋敷を与えられている。だが、人材は、つまり召使いは辞退した。自分がよく知っている者を使いたい、と言ったのだ。

 しかし、彼が使っているのは人間ではない。ゴイルは使い魔と呼ばれる小動物を人間に変え、召使いにしていたのだ。

 蛙や蛇、イモリのような爬虫類や両生類に、ネズミやねこのように小さな哺乳類など。これらの動物達は術者に対して従順であり、わずかに魔力もあってよからぬ人間がやって来ても対処できる。

 ゴイルは自分以外の人間は信じない。魔法使いから見れば力のない普通の人間など、見下す対象になってしまいかねないが、ゴイルの場合はもろにそうだった。そんな軽蔑している人間を使うなど、嫌悪感の方が勝ってしまう。

 留守の時に何かなくなったりしないか。余計なことを外でしゃべったりしないか。

 多少の物がなくなっても、屋敷内での行動などを話されたりしても、ゴイルにすればささいなことではあるが、自分が見下す人間にそんなことをされればプライドが傷付く。

 だが、自分の使い魔ならばそんなことはありえない。彼らはゴイルにのみ忠誠を誓っているのだから。

 召使い達に感情が見えないのは、彼にとっては何でもない。所詮は動物でしかないから。むしろ、感情は邪魔なだけだ。

 しかし、ひとりだけ。彼の屋敷にいて、彼の使い魔でない者がいる。

 それが、リンネ達をさらったバグだ。

 たまたま沼のほとりを通り掛かったゴイルは、無様に転んでいる魔物を見付けた。魔物の中にこんなドジな奴もいるのだと思ったゴイルだが、こいつを手元に置き、脅しをかければ後々役に立つかも知れない、とふいに思い付いた。

 使い魔は身体が小さく、魔力や体力が少ないので行動範囲が狭い。だが、あの魔物は羽もあるし、使い魔よりは魔力もあるだろう。役に立たなければ、さっさと捨てればいい。

 ゴイルの目に止まったのが、バグにとっては運の尽きだった。

 魔力はあっても、それを使いこなせない。不器用なのである。どんくさく、トロいともいう。ゴイルに脅されると、それに立ち向かえる程に魔法の技術も度胸もない。

 なので、いいように使われている。

 最近では、無表情のゴイルの使い魔達にも雑用を押し付けられるようになってきた。やれ、と言われると断れないという、損な性格なのだ。

 魔物を飼ってると思われないよう、屋敷の外や街の中では人間に姿を変えろと言われ、そのようにすると、ゴイルは冷たく笑った。あからさまに莫迦にしたような笑いだ。

「性質そのものが、その姿に現れているようだな」

 人間の姿になると、太った中年男の姿になるバグ。気はよさそうだが、それだけでしかない、という風情だ。

 バグも好きでゴイルの元にいる訳ではない。逃げれば足を切り落とすとか、羽をもぎ取るなどという言葉を平気で言うのだ。そして、ゴイルはそれを本当にしかねない性格をしている。

 自分でなければ、誰が傷付こうと構わない。

 世の中にはそういう人間がいるが、ゴイルがまさにそれだ。

 一度は逃げようとしたバグだが、何カ所か身体に軽く傷を付けられ、脅しは口だけではないと知った。本当に足を切り落とされなかったのは、仕事ができなくなるからだ。そこまでひどいことはしない、という訳ではない。

 バグはとても対抗する気にはなれず、今ではおとなしく命令に従っているのである。

 だが、今度の命令はとんでもなかった。女を三人さらってこい、と言うのである。処女なのはもちろん、魔法が使えればさらにいい。次の満月までにそろえろ、と。

 バグは知らなかったが、ゴイルがあの禁書を読んでからの命令だった。

 いやな役を押し付けられたのは、バグには羽があって行動範囲が広いのと、人間をさらうのに都合よく身体が大きいからだ。

 バグは人間に大して恩もないが、恨みもなかった。喰う訳でもないのに女性をさらうなど、とんでもない。

 だが、逆らえなかった。いやだと言えば、自分が殺される。逃げても殺されるだろうし、女を見付けられなかった時も……。

「ワドスでさらうなよ。よそ者を狙え。特にダーズの街にいる魔法使いをさらうと、後々やっかいなことが起きかねない。まぁ、大事の前の小事だがな。警戒が厳しくなって変に動きが取りにくくなるのは困る。移動の魔方陣を教えてやるから、それでよその国にでも行って女をさらえ。……念のために教えてやるが、それで逃げようとしても無駄だ」

 隣りの家の物を盗むと疑われかねないが、遠くの家の物を盗めばすぐには疑いがかからない。

 バグにはそう聞こえた。ゴイルにとって、人間は物でしかない。

 何のために女性をさらうのか。大事の前の小事とは何なのか。何をするつもりなのか。

 疑問に思っても、それを口にすることは許されない。尋ねたとしても答えは得られないだろう。

 仕方なく、バグは魔法を使えそうな女を探し始めた。次の満月といえば、あとわずかの日数しかない。

 そうして焦っていた時、シェリルーが現れた。

 申し訳ないとは思った。彼女には何の恨みもない。でも、急がなくてはならないのだ。

 バグは彼女をゴイルの屋敷へ連れて行き、地下室へ閉じ込めた。ここはゴイルが王に内緒で作ったらしく、ゴイル本人の他には使い魔だけがこの部屋の存在を知っている。何のためかは知らないが、よからぬことを考えて作らせたのは間違いない。

 シェリルーが移動魔法を使って失敗したらしいというのは、彼女の言葉や態度からしてもわかること。

 誰も知らない部屋に、ワドスの国へ来たことを誰も知らない女性を閉じ込める。

 誘拐にはうってつけの状況だ。

 バグは次を急いで探した。自分の身を守るためでもあったが、シェリルーを一人のまま地下室に閉じ込めておくのはかわいそうだと思ったからだ。さらえと命令されたのは女だし、二人になれば少しは気も紛れるだろう。

 気休めでしかないが、バグにはそれしかシェリルーに償うことができない。

 そして、ゴイルに教わった魔方陣を使い、適当に探した。バグがラースの街へ来たのは偶然である。あちこち飛び回り、わずかに魔法の気配がしている家の庭へ降りた。

 それがエクサール家だったのである。

 そして、都合よく少女が現れた。地下室にいる女性より若いが、年齢にこだわってはいられない。ゴイルからも、年齢については特に指示されなかった。

 リンネに魔力というものはない。だが、いつもそばには魔獣のカードがいるし、魔法使いのニルケもいる。そのせいで、リンネにもわずかながら魔法の気配がついたりする。バグはそれをリンネ自身の魔法の気配だと思い、彼女をさらったのだ。

 もっとも、魔力がなくても構わない。魔力はあるに越したことはないが、なくても女であればいいのだから。

 そして、同じように地下室へ閉じ込める。

 だが、ゴイルはバグを完全に信用していなかった。女達が逃げた時のことを考え、結界を屋敷に張ったのである。バグなら逃がしかねないから、と。

 外から屋敷へは入れるが、中から屋敷の外へは結界を解かないと出られなくなる。ゴイルの屋敷は、人間が訪れることは滅多にないのでいちいち解く必要もない。

 つまり人質は地下室を出たとしても、屋敷の外へは出ることができないのだ。

 バグはまだ残り一人を探しに行かなくてはならないので、結界から抜け出す方法を聞いてはいる。だが、この結界はバグにとって、さすがに気分のいいものではない。

 実際、リンネ達が逃げ出し、結界に触れたのを感じてすぐに捕まえた時はほっとした。

 それでも、相手がたとえゴイルのような男でも、信用されないというのは情けなかった。やはり失敗してしまった、という悲しい気持ちが胸の中をめぐる。

 本当は彼女達を逃がしてやりたい。今までは何のために女をさらってこい、と命令されたのかわからなかった。だが、こっそりと覗いたゴイルの部屋で、その理由を知ったのだ。だから、できるものなら、と。

 だが、そんなことをすれば、きっとゴイルはバグを罵るだろう。いや、それだけならいい。

 あの魔法使いならバグの失敗を、もしくは抵抗に怒り、叩きのめすだろう。自分の手は使わない。魔法か、もしくは使い魔にさせるか。

 もしやりすぎてバグが死んでしまったとしても、ゴイルは何とも思わない。また次に使える魔物を探すか、今度は魔法で召喚するなりし、すぐにバグの穴は埋まるのだ。

 バグも死ぬのはいやだ。後味は悪いが自分の命を守るためなら、このまま黙っていた方がいい。

 バグはあきらめの感情にドップリとひたり、最後の一人を探しに出た。

☆☆☆

 カードはワドスの王家が住む城へ、難無く入り込んだ。

 塀が低いので、そこを飛び越える。低いというのは、カードにとってであり、普通の人間にとっては充分に高い。泥棒も道具なしでは無理だろう。

 さすがに衛兵も、広い敷地を囲う塀の全てを見張るようには立っていない。誰に見付かることもなくカードは敷地へ踏み込み、巡回している兵の目を盗んで城の中へ入った。

 さて、忍び込んだのはいいけど、どっから探ってみようか。やっぱり、まずはゴイルって奴だな。どんな顔をしてるのか見たいし。

 カードは早速、魔法使いのいそうな部屋を探した。広い建物の中で、一人の魔法使いを探すのは大変だ。魔物と違い、人間の魔法使いはそんなに強く魔法の気配がしない。近くにいればわかるが、それを頼りにして探すのは難しいのだ。

 カードは勘で、適当に歩き回った。カードの勘は下手な占い師よりも余程よく当たる。カードは、ゴイルがいる二階のとある部屋のそばまでやって来ていた。

 そこまで近くに来ると、カードも魔法使いの気配を感じる。扉の向こうに、今回の事件の首謀者かも知れない魔法使いがいるのだ。

 魔法の気配を感じて相手に警戒されたり、万が一、攻撃されたりしたら困る。城にいるのだからあまり派手なことはしないだろうが、それでもこちらのことに気付かれない方がいい。

 カードは一旦城の外へ出ると、魔法使いがいた部屋の窓から中をそっと覗いた。そこが二階であることなど、カードには関係ない。

 部屋には銀色の髪をした、ニルケよりももう少し年齢が上であろう男がいる。ひどく冷めたような目だ。薄い青色をしているのだが、氷のような冷たさを感じる。

 あれがゴイルか。魔物の気配はないから、一応は人間なんだな。見た目は見る奴によって感想が違うだろうけど……いつか何かをやりそうな奴だ。

 その部屋は図書室らしく、周りにはたくさんの本棚が並んでいる。男はその部屋の端にある机で本を広げていた。何の本か、カードのいる所からは見えないが、熱心に読んでいる。

 ふいにゴイルが顔を上げ、こちらを見た。視線に気付いたのだろうか。カードはとっさに窓の下に隠れた。たとえカードの顔が見えたとしても、ここは二階だ。見間違いだと思うだろう。

 魔法使いの顔は確認したので、これ以上窓の下にあるわずかな出っ張りに足を引っ掛けて中を覗き続けなくてもいい。

 カードはさっさと地上へ降りると、今度は城の人間に彼のことを聞くために歩き出した。

 堂々としていれば、新しく入った小姓にでも見られるだろう。こういう所は人がたくさんいるから、全員を完全網羅している人間はまずいない。新入りだと言えば、それで通るのだ。

 案の定、カードはうまく入り込んだ。カードのことを咎める人はいない。話の好きそうなおじさんを掴まえ、さりげなく魔法使いの名前を出してみる。

「ここってすごい魔法使いがいるんだろ。ゴ……ゴイル、だっけ?」

 わざと少しどもってみる。あまり物事を知らない少年のふりをして。その方が相手も警戒心を解き、こちらから聞かなくても色々な話をしてくれるのだ。

「そうそう、ゴイルだ。わしは彼が魔法を使ったのを見たことはないんだがな、王の前で素晴らしい魔法を披露したそうだ。人の目を楽しませる魔法も、攻撃から自分や周りの者を守る魔法も鮮やかにな。近くワドスの民も参加できるパーティが城で開かれる。きっとその時にゴイルが魔法を使うよう、王が御指示されるだろうさ。楽しみだよ」

 ワドスの王は気さくな人物で、一年に一度、国中の人々も参加していいパーティを城で開くのだ。今年はそれが次の満月の夜に行われる。確かにそんな日に魔法が使われれば、月の妖しさも相まって幻想的な景色を見られるだろう。

 カードが掴まえて話を聞いたおじさんは、それをとても楽しみにしているようである。

「できれば、それまでになくなった本が出てくればなぁ」

「え、本? どんな?」

「魔法の本らしい。王室図書に保存してあった古いものらしいが、リストと照らし合わせるとその本がどうしても見付からないとゴイルが王に申し上げたんだ。白魔法と黒魔法の両方が載っているらしくて、黒魔法が悪用されないように昔から門外不出になっていたんだが……。物が物だけに、王も何か起こらないかと心配されてるよ」

 今より数代前の王に仕えていた魔法使いが持っていた本なのだが、王が信頼される魔法使いのみにしか見せないよう、また見られないようにと王室の図書として保存されていたのだ。

 それがなくなったと聞き、王は心を痛めているという。

「魔法で捜せばいいのに」

 それくらいなら、ニルケなんかいつもやってら。リンが勉強したくないからってんで、本を隠すなんてしょっちゅうあるもんな。何だったら、ニルケに代わりに捜してもらえばいいんだ。ニルケならそんな魔法、得意だぜ。

 カードは心の中でそんなことを言ったが、おじさんは首を横に振る。

「なくなったのはかなり前からではないか、とゴイルは言ってるんだ。魔法で捜すにも骨が折れる程な。あの魔法使いでさえそうなんだから」

「ふーん……」

「おい、そこの坊主。使いの用事があるから、くっちゃべってないでこっちへ来な」

 召使いのリーダーらしい男が、カードを呼び立てた。

「あ、ごめん。オイラ、他にも用事を言い付かってんだ。先にそっちを済ませるよ」

 カードはここらで切り上げることにした。あまり長居をし、ゴイルに悟られるのもよくない。

 カードはうまく言い訳し、おじさんに手を振って走り去った。もちろん、人並みのスピードで。余計なことで怪しまれては莫迦らしい。

 誰の目もないことを確認し、軽々と塀を乗り越えると、カードはニルケやダルウィンの元へと向かった。

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