準備
魔物を見たという村人の家で話を聞き終えると、ダルウィンは外へ出た。小さくため息をつく。
思った通り、あまり有益な情報はなかった。逃げるだけで精一杯だったようだし、逃げた後では現実と想像がない交ぜになってしまい、どこまでが本当の魔物の姿かはっきりしない。
数人が同時に見ているはずなのに、証言がばらばらだったりする。こちらで適当につなぎ合わせるしかない。まぁ、期待はしていなかったが。
ダルウィンは村長から「念のために、もう一本剣を造って置いてはどうか」と言われ、鍛冶屋をしている村人の所へ向かっていた。自分が今持っている剣でも充分だと思っていたが、せっかくだから行くだけは行っておこうと思ったのである。
鍛冶屋をしているその村人は、バックスという男だった。三十前の、人のよさそうな顔をしている。
彼は村長から聞いた話に出て来た、グーリに「結婚したら不幸になる」と言われた男だった。妻のノーシャは二度流産し、今度はようやく流産はしなかったものの、医者に早産の危険があると言われている。
グーリが、子どもが生まれてもすぐに死んでしまう呪いをかけている、なんてことはもちろん夢にも思っていない。何とか無事に生まれてほしい、と願う毎日である。
「一日で立派な剣が造れるとは思いませんが、やれるだけのことはやってみます」
バックスは村長から、ダルウィンの頼みは何でも聞くようにと言われている。自分達を魔物から救ってくれる人なのだから、彼は言われるまでもなくそうするつもりだった。
「いや、剣はいいんだ。短剣を二、三本もらえれば。新しくなくても構わない。古いのを研いでもらって、それなりに斬れれば充分だから」
「そんなのでいいんですか? 今からがんばってやれば、徹夜してでも」
「剣は自分の持っているものだけでいいよ。二本もあったら動きにくい。態勢が悪くなったりして逃げることになったら、それを投げ付けて逃げるからさ」
バックスは本当にいいのかな、という顔をしていたが、ダルウィンはそれだけを頼んだ。
「そうだ、神使の家はどっちにある? 聞きたいことがあるんだ」
「神使の家なら、この道をまっすぐに行けばすぐにわかりますよ。他の家と違って、立派ですから」
「どうも。あ、短剣は今夜中に持って来てもらえるかな」
「ええ、わかりました」
バックスの答えを聞いて、ダルウィンは言われた道を歩いて行った。
☆☆☆
グーリの家はすぐにわかった。
他の家は質素な木や石の造りなのに、グーリの家はとても派手だ。何が使われているのか、やけに壁や屋根が金色にピカピカ光り、扉には妙な紋章らしき模様。煙突まで光っているのは笑える。窓にはカラフルなステンドグラスがはめこまれていた。
ここの神様は派手好きらしい。バックスは立派と言ったが、ダルウィンには立派という言葉は当てはまらないと思った。
あまりにも周りとは質が違い、そこだけが浮いている。まさか、妙な建物、とは村人も言えないのだろうけれど。
「くそ、いまいましい。マーナは明日までおあずけか」
ダルウィンが扉へ近付くと、中からそんな声が聞こえた。グーリの声だ。
「うまくいけば、今日にでもマーナは手に入るはずだったってのに。あの男、何やかやと言い訳しおってからに」
どうやら、ダルウィンを批判している様子だ。
「明日になっても動かなければ、また別のやり方で脅しをかけねばならんな。今のうちに考えておかねば」
家のそばに誰かが来ている、ということに気付いてないらしい。えらく大きな独り言を言う男だ。もし聞かれたりしたら、ということは考えないのだろうか。
ダルウィンは静かに少し離れると、今来たばかりというようにわざと足音をたてた。
そして、何も知らなかったように扉を叩いた。戸口へ出たグーリは、訪ねて来たのがダルウィンだと知ると、わざとらしいまでの笑顔をそのしわだらけの顔に張り付けた。
「やぁ、ダルウィンじゃないか。どうしたのかね」
「あなたに教えてもらいたいことがありまして。よろしいですか、神使」
「ああ、構わないとも」
表面上はあくまでもにこやかに、内心は何をしに来たのかびくびくしながら、グーリは客を招き入れた。とりあえず、イスを勧める。
「神使は魔術を使えると聞いたのですが」
「ああ、一応の心得はある」
一応どころか、それで村人を自分の都合のいいように動かしてきた。
「身代わりの人形を作ることはできますか? 実物大で動ける奴」
「……何のためにだ」
グーリはダルウィンの質問に、明らかに不審そうな顔をする。これはグーリでなくても不審に思う内容だ。
「神の使いであるあなたに、こんな話はしたくないんですけれどね」
ダルウィンはわざと声を低くした。性悪そうな表情を浮かべる。
「殺されかけた恨みのある奴がいましてね、そいつはもう俺が死んでると思ってる。それを利用して、人形を幽霊に見せ掛けたいんだ。奴が驚いてひるんだ時に、本物の俺が出て復讐する」
いきなり復讐の話をされて、さすがにグーリは少し驚いた。……顔だけだが。
「殺したい程に憎んでいるのかね? わしとしては、あまり賛成はできないが」
神使らしく、グーリはダルウィンをいさめる。だが、本気で止めようとしていないのはダルウィンにもわかっていた。すぐに呪いをかけるような魔術師が、復讐ごときに驚くはずもない。
「なんせ、こっちは殺されかけましたからね。だが、相手は俺より剣の実力がずっと上。まともに歯向かっても勝ち目がない。だが、奴は妙な部分で臆病な所がある。それを使うんだ。俺そっくりの人形なんか見たら、間違いなく腰を抜かす。できれば、殺してやる、なんて言葉を人形が言えたら最高だな。このセリフはともかく、話をする身代わり人形を作る術くらい、あなた程の人なら知っているでしょう?」
「そ、それは、まぁ……」
遠回しにほめられたことがわかって、グーリも気分をよくする。
「だが、わしの立場としては、復讐に使われるとわかっている術をおいそれと教える訳にはなぁ……」
「教えてもらえないなら、魔物退治をやめます」
ダルウィンはきっぱり言い切った。それを聞いてグーリは慌てる。
「な、何を言うんだ。村人もきみに期待しているというのに」
「まさか、無償で、なんて言わないでしょうね。こっちだって命を張ろうっていうのに。報酬の話は一切出ませんでしたが、見た限りではこの村もそんなに裕福じゃなさそうだ。大金をブン取ろうなんてことはしませんよ。とは言っても、何かメリットがなきゃね。俺の条件は、今言った術を教えてもらうこと。それができないなら、友人でもない村人の落胆なんて知ったことじゃない。あなたの気持ち一つですよ、神使さん」
「しかし、退治役を放棄すれば、天罰が……」
「下らなかったのは、神使さんが一番ご存じだと思いますがね」
グーリは一瞬、身を引いた。それこそ、魔物を見るような顔になる。
「ど、どういうことだね」
「俺が天罰とやらを無効にしたのがわかってるだろ……って言いたいんですよ。人形の術を教えてもらえないなら、俺はさっさとここを出る。天罰の下らない俺は去って、後に残るのは占いが外れてしまった神使さんだけだ」
グーリは思わずイスから立ち上がった。ダルウィンは不敵な笑みを浮かべている。まるで何もかも知っているかのように。さっき浮かべた性悪な表情が、極悪に見えた。
「お前は……どこまで……」
「さぁね。俺はあんたがやろうとしていることに興味はない。せっかく魔術を使える人間に会えたんだ。これは教えてもらわない手はないな、と思っただけ。で、どうする?」
グーリはすぐに返事ができなかった。
村を去ると言うなら天罰が、とはもう脅せない。ダルウィンが本当に村を去ってしまったら、彼の言う通り占いは外れることになる。さらにはマーナが手に入らない。
怪しまれないよう、ダルウィンが山へ入ったら祈りをする、と言ってあるから、退治役が山へ行かない限りはマーナは来ないまま。こうなるのなら、もっと早く来るように言っておくべきだった。
とにかく、ダルウィンには退治役をしてもらわねばならない。もうこれは変更不可能。それなら術を教えるしかないだろう。あまり他人に魔術を教えるのは好まないのだが。
ダルウィンが何者か気になるが、呪いを跳ね返すようなよくわからない人間に関わるのはやめておく方がいいだろう。万が一、自分よりも力があったりしたらマズい。
「わかった……術を教えよう」
別に自分が被害をこうむることはない。人形は一言しか話せないし、実物大とは言っても少し歩いたりする程度しか動けない物だから、危険のない術だ。
「感謝するよ、神使さん」
ダルウィンは、グーリに心を読む力がないことを願うばかりだ。彼には復讐する相手など、本当はいないから。
人形は別のことに使うつもりでいた。それを悟られては、この後にしようとすることに支障が起きてしまう。
だが、グーリにそのような力はないらしい。
それぞれの思惑を胸に、術の説明が始められた。
☆☆☆
その日の夜。
ダルウィンはマーナの家を訪ねた。
「ダルウィン、明日山へ行ってくださるんですね。私もあなたがケガをされないように、ずっと祈ってます」
マーナはもしかしたら、昨夜の自分の説得がダルウィンを動かしたのかも知れない、と思っているのだろうか。まぁ、彼としてもこのままマーナを放っておけないと思ったのは事実だ。
「そのことなんだけど、やってほしいことがある」
「はい、私にできることでしたら」
マーナの黒髪が、ダルウィンにリンネを思い起こさせた。リンネは少しくせのある髪だが、彼女もやはりマーナのようにきれいな黒髪をしている。
だが、二人の雰囲気はまるで違った。マーナとリンネでは二つ程しか違わないだろうに、マーナはとても落ち着いた雰囲気。
一方、リンネはラースの街のお嬢様だが、そうは思えない程に元気だ。どちらかと言えば、お嬢様と呼ばれる女性はマーナのような雰囲気の人が多いように思えるのだが。
もっとも、ダルウィンとしてはおとなしい女の子より、あちこち飛び跳ねているような子の方が見ていて楽しい。それはともかく。
「マーナにしかできないよ。いいか、まず……」
ダルウィンはマーナにやってもらうことを説明した。
「誰にも見られないようにしろよ。そのことを誰かに告げられたら、きみの立場がマズくなりかねないからな」
「は、はい。あの……でも、どうしてこのようなことを?」
承知はしたものの、マーナはダルウィンに指示された行動をなぜしなければならないのか、見当もつかない。一体、彼は何を考えているのだろう。
「今は話しても、信じられないだろうしな。それに俺自身、はっきりとつかんでる訳でもない」
マーナは事情が掴みきれない表情で、ダルウィンの顔を見る。今話した通り、ダルウィンとしても完全に事情を掴んでいるのではないので、下手をするとマーナを危険にさらしてしまうかも知れないという恐れがあった。だが、多分……。
「俺も首を突っ込んだ以上、やれるだけやる。だから、マーナもやってほしいんだ」
「わかりました」
どんな理由が彼の指示の中にあるのかわからない。でも、ダルウィンの目は真剣だ。嘘や偽りがあるとは思えない。
この人を信じよう。
マーナはしっかり頷いた。
他にもう一人、会いたい人物に会ってから、ダルウィンは宿へ戻る。
タイミングよく、バックスが短剣を持ってきてくれた。
彼が持って来たのは、何の変哲もない短剣が三本。細いがとても鋭く、しっかり研がれている。切れ味もよさそうだ。魔物に投げ付ければ、痛手を負わすこともできるだろう。
「なかなかいい短剣だな。よく飛びそうだ。ありがとう」
「本当にこれだけでいいんですか? 前に造った剣も用意してあるけど……」
バックスは持っていた剣を見せた。
「それはいいよ。もしも俺が魔物退治に失敗して逆上した魔物が村へやって来たら、それで斬ってくれ」
「そんな……俺は造ることはできても、使うことなんて」
ダルウィンの言葉に、バックスはとんでもないと言うように、慌てて首を振る。
「大切な人がいるんだろ。その人を守るためにもさ」
ダルウィンは親指を立てて笑う。バックスは戸惑いながらも頷いた。
「だけど、きっとこの剣は使うことなく終わると俺は思ってますよ。神使が予言して現れた人なんだから」
「初めて外れたってことにならなきゃいいけどさ」
笑いながら、ダルウィンは短剣をしまった。





