ステイド少年
「さすが、鉄壁のボディガードね」
「ふふん、あんなの軽いもんだ」
カードにとっては、本当に食後の軽い運動くらいでしかない。人数も多くなかったし、大して強くもなかった。楽なもん、である。
「お嬢さん、なかなか威勢がいいな。今度は俺と付き合わない?」
声と同時に、またリンネの肩に男の腕が置かれた。
「まぁったく、懲りないわね」
リンネは絡んできた男に肘打ちをしかけた。
しつこい男は口で言ってもわからないのだ。こういう手合いは実力行使に限る。どうせ、端から見ていた輩が、自分は同じようにはならない、と思ってちょっかいをかけてきたのだろう。勘違い野郎というのは本当に困りものだ。
「うわっ、ちょい待ち」
男はぎりぎりでリンネの肘打ちを止める。
「リン、さっきの奴らじゃないよ」
カードが笑いながら言うのを聞いて、リンネは相手の顔を見た。
「え、ダルウィン?」
声をかけてきたのはならず者の類ではなかった。そこにいたのは、よその街で知り合った青年ダルウィンだ。
彼とはこれまでも何度か顔を合わせ、共に行動した仲である。カードはその身体でもってリンネを助けるが、彼は剣の腕でリンネを助けてくれた。リンネが首を突っ込むことに自ら巻き込まれていく、という結構物好きな青年である。
「よっ、久し振りだな。元気か……と聞くまでもないか」
「リンはいつでも元気だよ」
「んもう、悪ふざけして。さっきの奴らの残りかと思ったわ」
だから肘打ちしてやろうとしたのだが。
「あれを見て他の仲間が声をかけるはずもないよ」
リンネ達はわかっていなかったが、さっきの騒ぎは結構大きかったのだ。周りでは人だかりができている。偶然、通り掛かったダルウィンも何かと思って覗いてみたら、見知った誰かさんが暴れているのを発見したのだ。
カードが楽々と自分より図体のデカい男達をのしてゆくのは、いつもながら見ていて気持ちいい。そして、中心にはよく知っている元気少女。
「あなたもカティの街へ来てたのね」
「ああ。リンネ達とシーナの街で別れてから、ずっとラカールの国を回ってたんだ。で、こっちの方へ来て……余程縁があるらしいな」
ダルウィンはパズート大陸の国々を放浪していると聞いている。どこへ行くかも決めていない。気ままな旅だ。それがこうして何度も会うのだから、縁があるのだろう。
「あれ、ふたりなのか? いつものもう一人は?」
リンネの見張り役である魔法使いの姿が見えない。
「あは、抜け出して来ちゃったの」
「いつものことだけどさ」
「で、ぼくが追い掛けるのも、いつものことですけれどね」
「わわっ!」
噂をすればで、いきなりニルケが現れた。
「あやー、案外早かったわね……」
見付かるまでもう少し時間がかかると思っていたのだが。
「カティへ来たらすぐわかりましたよ。騒ぎのある所にリンネあり、ですからね」
「うーん、的確な表現だな」
「もう、ダルウィンってば」
リンネがカティの街へ向かったことは、ラグアードが教えてくれたのでわかった。しかし、カティは大きな街だ。すぐに見付かるだろうか。
ニルケの使う追跡の魔法は、ある程度の範囲内にいなければわからない。ラースで使う分には大した力を必要としないが、街全体を捜索範囲にするのは厳しいものがある。
そう思いながらカティまで来たのだが……半日で見付かった。あんな騒ぎがあれば、もしかして、と思う。予想を裏切らず、そこにはリンネがいた。
ラグスとリンネは別ルートでカティの街へ入っている。ニルケはラグスのそばにリンネがいるだろうと見越していたため、少し時間がかかってしまった。それでも、早く見付かった方だ。
「一体、何を考えてるんですか、あなたは。旅がしたいからって、やり方にも程がありますよ」
ほら来た、早速お説教だぁ。
「ラグアードにはちゃんと言っておいたわよ」
「ええ。おかげで街の名前だけはすぐにわかりました。でなければ、大騒ぎです」
「ずいぶん派手な抜け方したんだな」
「次はどういうやり方でやってくれるか、楽しみですよ」
最後のはもちろん、嫌みである。
「じゃあ、期待に応えて考えなきゃね」
しっかり応戦するリンネ。横ではダルウィンが笑いを堪えている。
「それで、今回は何が起こるんだ?」
リンネと会えば、何かしらの事件が起こる。首を突っ込んで来たダルウィンとしては、次に何があるんだろうと思うのも当然だった。
「何もありませんよ。ここへ来たのは彼女の父親がこの街に用事があって、それにくっついて来ただけのことですから」
そんなに頻繁にあっては、付き合う方の身体がもたない。
「さっきの騒ぎで充分なんじゃない?」
暴れていたカードが言う。でも、それで終わるかなぁ、というのがダルウィンの感想だ。
「ちょっと、そこのお兄さん」
通り掛かりらしいおばさんが、一行に声をかけてきた。お兄さんと言われても、リンネを除けばみんな「お兄さん」である。
「あんたよ、さっきチンピラを倒してた」
どうやらカードを差しているらしい。
「オレのこと? 何?」
「さっきの連中が、あっちでまた騒ぎを起こしてるみたいなのよ。止めてやってくれないかしら。相手が子どもらしいから」
「全く……本当に懲りない男達ねぇ」
カードよりもリンネが先に反応する。
「行きましょ、カード。あんなのをのさばらせておいたら、周りのみんなが迷惑するわ」
おばさんに言われた方へとカードを引っ張り、リンネは走って行く。放っておけないので、残された二人の青年も後を追った。
そこでは、さっきカードにのされた男達が少年を相手に因縁をつけている。
「とろとろ歩いてんじゃねぇ、このガキ」
「てめぇみたいなのがいたら、前に進めねぇんだよ」
男達は少年をこづいたり蹴ったりしていた。相手はリンネよりさらに細い少年である。きっとカードにやられた憂さ晴らしに、今度こそ弱そうな子どもを相手にしているのだ。
「ああいう奴って最低だわ。弱い者いじめして、何が楽しいのかしら。自分がみじめになるだけじゃない」
「リン、今度は手加減しなくていいかな」
「死ななきゃ構わないわ」
リンネのセリフも過激だ。
とにかくお許しが出たカードはさっと近寄ると、また少年を蹴ろうとした男の軸足を払った。少年の腹を蹴るはずだった足は空を切り、男は後ろにひっくり返る。
「もうちょっと男らしい行動しないと、嫌われるぞぉ」
その声に男達がギョッとする。そこには、さっき自分達をさんざん痛い目に遭わしてくれた黒髪の少年が立っていた。にこにこと、この場には不似合いな笑顔を浮かべて。
「お前達みたいな奴らには、おしおきしないとな。同じことを繰り返すような莫迦には」
「こ……この。いい気になりやがって」
男達が短剣を取り出した。刃が光に当たって不気味にきらめく。
もちろん、そんなものでひるむようなカードではない。
地を蹴ると高く舞い上がり、踊るようにナイフを蹴り落としていく。そして……三十秒後には、全員の意識だけがはるか彼方に逃げてしまっていた。
「カード、こんな荷物が転がっていたら、通行の邪魔になりますよ」
ニルケの言葉もなかなか冷たい。彼も社会に迷惑をかけるような輩に、同情するつもりはかけらもないのだ。
「そうだな。じゃ、街の外に捨てて来る」
男達を、正確には五人、カードは軽々と抱えて歩き出した。
「カード、一人残ってるわよ」
連中の中で一番太った男が、まだ道に転がっている。
「重量オーバー。誰か引きずって来てよ」
いくらカードでも、限界はある。
「俺が手伝うよ」
ダルウィンはニルケに自分の荷物を放ると、男を抱え上げてカードの後ろをついて行く。
「大丈夫?」
残されたリンネは、絡まれていた少年を介抱してやった。
「う、うん。どうもありがとう」
リンネよりも一つ二つ年下らしい少年は、ほっとした顔で礼を言った。短い黒髪に褐色の肌をした、本当に細い少年だ。その気になれば、リンネでも彼の腕の骨を折れてしまいそうな気がする。
「足、血が出てるわ。転んだ時にすりむいたのね」
少年のひざから血がにじんでいる。他にも手や顔にすり傷があった。リンネ達が駆け付けるずっと前から、男達にいたぶられていたのだろう。
「これくらいなら」
ニルケが少年の傷口に手をかざした。ゆっくりと傷が消えてゆく。少年は驚き、茶色の瞳を丸くしてニルケの顔を見た。
「魔法使いなの?」
「ええ。これで一応傷は消えましたけれど、無茶はしないように。自然治癒で言えば、治りかけの状態ですからね」
見た目には、少年の傷は全て消えた。
「ありがとう……」
そう言ってから、少年はまだ何か言いたそうな顔をしている。
「どうしたの?」
「え……あの……いや、いいんだ」
そんな言い方をしたら、聞いてくれと言ってるようなものだ。特にリンネにとっては。
「何よ。言いたいことがあったら、はっきり言いなさい。そのままだと絶対後悔するから、ためてないで出しちゃえば?」
「え……」
「リンネ、強引ですよ。人には事情というものがあるでしょう」
ニルケがたしなめる。
「だって」
リンネは不満そうだ。
「立てますか? 家まで送りましょう」
ニルケに支えられながら、少年は立ち上がった。ケガはニルケが治してくれているから、歩くのに支障はない。
「あなた達は旅行者?」
「ええ、ラースの街から来たの。あたしはリンネ、こっちはニルケよ」
「ぼくはステイド。あ、さっきのお兄さん達は放っておいていいの?」
「あ、いいのよ。ちゃんと捜して、追い付いてくるわ」
カードならリンネのにおいで追って来ることも可能だ。その点は全く心配していない。
「あのさ……テジ砂漠に湖が現れるって話、知ってる?」
ステイドがいきなりそんなことを聞いてきた。
「あ、カードがそんな話をしてたわね。たまに出て来るんでしょ。どういう湖かはわからないけど」
「あそこには魔性がいるんだ」
まともな湖ではない、とカードも話していたが、それをステイドが断言した。
「きみはその魔性とやらを見たんですか?」
「ぼくは見てない。でも、父さんの仲間が見たんだ。そいつに父さんが水の中へ引き込まれたって……」
リンネはニルケと顔を見合わせた。穏やかならぬ話である。
「もし明日に砂漠を渡るつもりだったりしたら、やめた方がいいよ。その湖が現れる夜だから」
親切心で教えてくれたと考えるべきだろうか。それとも……。
「あそこがぼくの家なんだ。送ってくれてどうもありがとう」
通りから少し外れた所に、こじんまりした家が建っている。外観としてはそんなに貧しそうには見えないが、その割には少年がやせているような印象を持ってしまう。父がいないということで、精神的な何かがあるのだろうか。
「ねぇ、ちょっと待って。今の話、ちゃんと聞かせてよ」
あんな話を途中まで聞かされて、リンネが引き下がるはずがない。
「……聞いても面白くないよ」
「それはあたしが決めることよ。聞いてもつまらなかったら、それはそれで終わり」
「リンネ、つまったらどうするつもりですか?」
また首を突っ込みそうになっているリンネを、さりげなくニルケがいさめる。
「そんなの、聞いてみなきゃわからないわよ」
リンネはあっさりと返す。ニルケは小さく溜め息をついた。もう、止めるのは不可能だ。
ステイドは聞きたがるリンネに少し押されていたが、小さく頷いた。
☆☆☆
リンネ達が立ち話をしていると、カードとダルウィンが追い付いてきた。
「何となくの雰囲気からして、変わった話が始まるのか?」
微妙な空気を察し、ダルウィンが尋ねる。
「変わった話かどうかはまだわからないけどね」
リンネはステイドに、改めて話をするように促した。
「話して都合の悪いようなことがあれば、無理をしなくていいんですよ」
「ううん、悪いことはないけど」
少年はまず、湖の話を始めた。
テジ砂漠には、一年に一度、夜に小さな湖が現れる。月の光を受けて輝く水面は、とても美しい。月明かりと星明かりしかない砂漠に、その水面の光は強く輝き、砂漠を渡る人々を引き寄せる。
だが、その湖には魔性がいるのだ。湖に近寄る人間を水の中へ引きずり込み、魂を奪う魔性が。
魔性は奪った魂をカゴに入れ、魂を失った身体は一年経つと、ろう人形になってしまう。その人形を、魔性は水の中の館に飾っている……。
それらを本当に見た人がいるのかどうかも怪しい。あくまでも伝説のようなものであり、人々が好きそうな噂だ。
しかし、ステイドはそれが嘘ではないことを、一年前に知った。自分の父のテクトが、その魔性に引きずり込まれてしまったのだ。
テクトは砂漠を渡り、砂漠の向こうにある街へ色々な商品を運ぶ仕事をしている。仲間達といつものように砂漠を渡っていたテクトは、その伝説の湖を見たのだ。
テクトの仲間が説明するには、彼らが湖へ近付くと水面に美しい女が現れ、一言二言会話をしたかと思うと、湖に一番近かったテクトが水の中へ引きずり込まれてしまった。
仲間が湖を覗き込んだがテクトの姿はなく、さすがに魔性のいる水の中へ入る勇気のある者はおらず、朝になると湖は消えてしまったのである。
元々身体があまり丈夫でなかった母のクーランは、夫を失ったショックで半年寝込んでしまった。今はようやく起き上がれるようになって、織物の仕事を再開しているらしいが、それでもまだ寝込んでしまう時がある。
「とんでもないことをする魔性だな」
「みんな、カードみたいだといいのにねぇ」
カードとリンネの会話に、ステイドがえ? という顔をする。
「きみ、魔性なの?」
「うん、そう。正確には魔獣かな」
カードはあっさり答えた。
「なっ……」
「大丈夫よ。彼は悪い魔獣じゃないから。それはさっき見て、ステイドも知ってるでしょ」
そう言われれば、カードはステイドを助けてくれているのだし、父をさらった魔性とは違うだろう。
だが、人間ではないと聞いて、少し警戒したのも確かだ。この話をして、湖の魔性を憎んでいるということを伝えられたら、ここまでやって来るかも知れない、と思ったのだ。
「そいつは水の魔性だろ。俺は狼の魔獣で、地に属するから。別に仲が悪いんじゃないけどさ」
カードはステイドの気持ちを知って、そう付け足した。もっともフォローになっているんだかどうなんだか。
「湖の話はわかりました。そういう魔性のいる湖が明日の夜に現れるから、ぼく達に気を付けろと言ってくれているんですね。それで……ステイド、きみは何をするつもりです?」
「え……?」
ニルケの質問に、ステイドは少し戸惑ったような表情になる。
「もしかして、その魔性に仇討ちするつもりじゃないですか? さっきぼくの顔を見て、何か言いたそうにしていましたね。魔法使いが一緒にいればうまくいくかも知れない、でも関係ない人を巻き込むのはよくない。そう考えていたんじゃありませんか?」
ステイドはうつむいた。否定しないところを見ると、ニルケの指摘は当たっているらしい。
「わー、ニルケ、冴えてるね」
リンネはお気楽に感心している。
「こんな状況では想像がつきますよ、ぼくでなくても」
「そうか。だから家から離れた所で話をしてるんだな。仇討ちに行くなんて、お袋さんが聞いたら面倒だってことで」
ダルウィンが周りを軽く見やる。
話だけなら、家の近くでもいいはずだ。しかし、もしも話が仇討ちの方へと流れてしまったら、クーランに聞かれてるかも知れない。そうなったら、間違いなく止められる。
そんなことが少しでもないようにと、ステイドは家から少し離れた場所で話していたのだ。
「だって……だって、もしかしたら父さんは助かるかも知れないんだ」
今にも泣きそうな声で、ステイドは言った。
「魂を奪われた人間がろう人形になるのは、一年以上経ってからだって聞いたんだ。それなら、父さんはまだろう人形になってない。魂と身体を取り戻せば、父さんは戻って来られるんだ」
「明日しかチャンスがないってことね」
もちろん、噂レベルのその話が事実であれば、だが。
「ぼくは母さんが元気になってくれるように、知り合いの店で配達の手伝いをしてる。薬だとか、おいしい食べ物だとかを買って帰る。でも、足りないし……母さんには父さんがいなきゃダメなんだ。だから……仇討ちなんて考えてないよ。人間が魔性にかなうはずがないもの。わかってる。ぼくはただ、父さんに帰って来てほしいだけなんだ」
十二歳の少年に、家計を支えるだけの報酬など得られない。父の代わりは無理だ。経済面も精神面も。
ステイドは必死に堪えていたが、ついに涙が一粒、地面に落ちた。
「あたしも手伝う!」
リンネがステイドの手を握って叫んだ。
「望みがあるなら捨てちゃいけないわ。あたしにできることがあったら、手伝う。あなたの父様が帰れるように手伝うから」
「リンネ……」
ステイドは嬉しいような困ったような顔になる。巻き込んでいいのだろうか、と悩んでいる顔に。
「ニルケ、止めないのか?」
様子を見ていたダルウィンが、こっそりお伺いをたてる。
「勢いづいてるリンネを止められる自信、ダルウィンにはありますか?」
逆に尋ねられてしまった。
「せんせーに止められないのに、俺なんかが止められるはずないだろ」
「今の状態のリンネを止められる人がいたら、ぼくも尊敬しますよ」
どうやらこの場に、リンネを止められるような人材はないようである。
「いつ出発するつもり?」
「明日の昼頃に。母さんにはうまく言って抜け出すよ。でも……本当に行くつもりなの? 相手はさっきみたいな男達じゃなくて、魔性なのに」
「魔性が怖くて人間なんてやってられないわ」
「それって、リンだけに通用するんじゃないの?」
カードが口をはさむ。
「あら、あたしの後ろにもこの理論が通じる人達がいるわよ」
リンネはにっこり笑ってそう言った。
魔性を怖がらずに人間をやっている……いや、恐怖心は一応持っているが、リンネに断言されてしまった二人は苦笑いしながら溜め息をついた。
「やっぱり『何か』が起こったな」
「たまには静かに、よその街を歩きたいものですね」





